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83:宇宙怪獣式現場検証

「失礼。こういうものなんだが」

「何者……は? あ、はい、少々お待ちを……確認が取れました。どうぞこちらへ」

 現場近くに転移した俺は直ぐに移動し、現場を封鎖していた警官に身分証を提示して現場へと入れさせてもらう。

 どうやらメモクシが取ってくれた許可は既に現場にまで回っているらしい。

 フラレタンボ星系の治安維持機関の優秀さが窺えるな。

 それだけに、この連続猟奇殺人事件の異常さと厄介さが露わになっているが。


 なお、現場にはマスコミと野次馬が詰めかけて来ていて、その場に見るからに一般人な見た目の俺が入って来ているので、微妙に注目を集めている感じだな。

 これからやる事を考えると、出来れば人目はあって欲しくないんだが……今回はヴィリジアニラから全力での鑑定をお願いされているからな。

 周囲の目は無視してしまおう。


「この血痕がそうなんだな」

「ええそうです。とは言え、既に現場写真は撮影済み、目ぼしい証拠も回収済みです。後は専門業者を入れて奇麗にしてしまえば、この場は終わりですよ」

「それぐらいのが都合がいい。こっちは普通じゃない方法で普通じゃ掬い取れない証拠をかき集めるために来ているようなものだからな」

「なるほど?」

 俺は被害者が倒れていた場所の近くの路上に飛び散り、広がり、乾いた血に素手で触れる。

 それだけでもある程度の情報を得られるが……目的の情報は含まれていなさそうだな。

 と言うわけで、指先に僅かな液化modを展開して、路上の血に湿り気を与えて手に付着させ、手に付いた血を口へと運ぶ。


「ふむふむ」

 きちんと調べるのなら血は情報の宝庫だ。

 被害者の健康状態に始まり、身体強化modや電波感知modの類を普段から使っていたと言う情報も得られる。

 そして、現場の湿度や気温から考えて、僅かに水分が多い情報も得られた。

 で、僅かだが……人の血にあるべきではないmodの残滓とでも言うべき情報もある。


「……」

 俺はスペファーナ男爵家の一角、メーグリニアが居る部屋を人形と本体の両方で見る。

 人形の目で見れば、壁に阻まれて何も見えないが、昨日は感じなかった嫌な感じが少しだけした。

 本体の目で室内に侵入して見れば、自室に居るメーグリニアが情報端末と思しきものを覗いて何かをしているのが見え、やはり、昨日の対面時には感じなかった嫌な感じが少しした。

 この独特な嫌な感じは……そう、『バニラOS』ではないOSの気配だ。

 だが、少しという事は完全に外れ切っているわけでもないのだろう。


「何か分かりましたか?」

「分かった部分はあるが、まだ証拠不足だ。これで強硬措置を取るわけにはいかない」

「そうですか」

 この時点で俺視点ではメーグリニアは完全な黒になった。

 元からなのか、乗っ取ったのか、メーグリニアが変わったのかは分からないが、メーグリニアは宇宙怪獣モドキかそれに準ずる存在になっている。

 放置すれば、何が起きるか分からない相手と言ってもいい。


 だが客観的証拠がない。

 そんな状態で攻撃を仕掛ければ、相手が男爵家の娘であるとか、宇宙怪獣モドキの嫌疑がかかっているとか、そんな事関係なしにこちらが悪になってしまう。

 それは俺個人にとっても、ヴィリジアニラにとっても良くないだろう。

 仮に皇室の名前を使ってゴリ押すにしても、ゴリ押せるだけの証拠は準備しないといけない。


「俺は検死の方を見に行く。あっちのが情報がありそうだ」

「分かりました。お気をつけて」

 正直に言ってメーグリニアから目を離したい状況ではない。

 しかし、それでも俺は現場から離れ、人目に付かない路地から路地へと転移して、正確な検死が行われている場所へと移動する。

 で、そこでも多少の手続きをした上で死体とご対面。


「それで何を調べるのですか? だいたいのことは調べたと思うので、改めて調べるまでもないと思いますが」

「目だな。視神経が千切れた辺りがあると特にいいんだが……あった」

「な、なにを……っ!!?」

 検視官たちは突然割り込んできた俺に対して、最初はいい顔をしなかった。

 次に素手で被害者の目の辺りを探り始めた時点で怒りの表情を見せるか、正気を疑うような顔を向けてきた。

 そして、取り出した視神経の切れ端を俺が口に運んだところで顔を青ざめさせ、怯え始めた。

 うんまあ、妥当と言うか正常な反応だな。

 人間を食っている化け物にしか見えないだろうし。

 が、俺の体で最も敏感かつ正確なセンサーは舌だ。

 指先でもおおよその事は分かるが、舌はそれ以上に多くの情報を取得できる。

 これぐらいは我慢すると共に、墓場まで持って行って欲しい。


「……」

「あ、あんた、何を考え……」

「うぼっ、げほっ、ごほっ……」

 続いて標準サンプルとして、被害者の血液も一滴だけ舐める。

 うん、情報が流れ込んでくるな。

 えーと、これとこれが噛み合って、そうなるとここが異物になって、フラレタンボ星系のSwの影響も加味して、さっき見たメーグリニアから嫌な感じも考えて……。


「だいたい分かった。犯人は高高度で生成した氷の刃を念動力としか称しようのない力で動かして、被害者を攻撃したらしい。そして、この念動力を使って、眼球も抉り取ったみたいだな。断面にmodの残滓があった。ただ、最初から直接眼球に干渉しなかった点から考えて、現状では相手が死にかけであるとか、条件付きのようだ。狙いを付けるために必要なmod類はないようだったから、恐らくは監視カメラか衛星カメラ辺りを利用しているんだろう。現状では個人特定は厳しいが、眼球の行先を追えばあるいは、と言うところか」

「「「は、はあああぁぁぁぁぁっ!?」」」

 検視官たちが驚きの声を上げる中、俺はとりあえず検査結果と所感、それからメーグリニアが黒だと言う判断をヴィリジアニラへと送った。

 さて、此処からどう動くべきだろうな?

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