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79:『宇宙怪獣教』

「やはりそうですか」

 『宇宙怪獣教』について思い出す前に、バニラ宇宙帝国全体の宗教について俺は思い出す。


 バニラ宇宙帝国では宗教の自由が認められている。

 誰が何を信奉するのも、それ自体は自由という事だ。

 だが、『神や宗教を自分の行いの言い訳に使うな』、『如何なる理由があろうとも犯罪は犯罪である』と言うのは徹底されていて、そう言う人間は同じ宗教の専門家から徹底的に論破された上で、帝国法に従った裁きを受けることになる。

 なので、異教よりも異端に厳しいとは、よく言われていたはずだ。


 で、肝心の宗教については……ぶっちゃけ俺は詳しくない。

 セイリョー社、ヒラトラツグミ星系、グログロベータ星系、何処も宗教色は薄かったし、俺自身の興味もないので、よくは知らない。

 『宇宙怪獣教』についても俺自身が宇宙怪獣という事で、存在を知ったころに多少調べた程度である、

 ただ、宇宙帝国になる前から、バニラ宇宙帝国には色々な宗教・宗派が存在していて、今はどの宗教でも穏健派が主流となっているのが現状である。


「はい。と言っても、私の『宇宙怪獣教』は一般的な範疇。ある種のアニミズム程度です。間違っても犯罪行為に手を染めるような真似はしていません」

 さて、『宇宙怪獣教』はメーグリニアの言う通り、アニミズム……精霊信仰や自然信仰に近い宗教だ。

 宇宙怪獣と言う人智が及ばない相手を信仰対象としてみて、崇め奉る。

 あるいは自分たちに害を及ぼさないようにと畏れ敬い奉ると言ってもいいかもしれない。

 詳細なスタンスは人それぞれなはずだが……メーグリニアは『宇宙怪獣教』の信徒の中でも、少しでも宇宙怪獣と言う存在の正体を明かしたい立ち位置のようだ。


 問題は……『宇宙怪獣教』の信徒の中には、宇宙怪獣の力を我がものにして絶大な権力を握りたいだとか、敵対者を滅ぼしたいだとか、この世の救済を求めるだとか、自らも宇宙怪獣になりたいだとか、よく分からない目的を有している者が少なからず居る事。

 そして、そのよく分からない目的を持っている者のさらに一部は、自らの目的を達成するためならば、法律も倫理も無視して行動するような狂人であるという事だ。


 うん、宇宙怪獣である俺から見ても迷惑極まりない。


「と言いますかですね。彼らは『宇宙怪獣教』の信徒を名乗っておりますが、その実は自分の力ではどうしようもない現実を超常の力で変化させることを夢見た挙句に、宇宙怪獣様の事を何一つ理解せず、考えず、思わず、偏見に満ちた自己の知識内での解釈を宇宙怪獣様へ押し付けて、その結果として生贄だとか研究資金だとか救済であるとか嘯いて犯罪行為に走るようなどうしようもない連中なのです。そのような奴らと同一視されるなど私としても迷惑極まりなく思うところですが、それ以上に温厚な宇宙怪獣様まで不必要に畏れられる原因となっており……は、申し訳ありません。私としたことがまた……」

「「「……」」」

 どうやらメーグリニアはだいぶフラストレーションが溜まっているらしい。

 まあ、彼女が本当に善良な『宇宙怪獣教』の信徒であるなら、その名を騙って身勝手をやる連中の事が許しがたいのは当然の事か。


「その、詰まるところとしてですね。私としては宇宙怪獣様の事をもっと知りたいのです。知らなければ、どう接するのが正解であるかも分かりませんから」

「それは確かにそうですね」

「はい。ですので、ヴィリジアニラ様には感謝しております。貴方様のおかげで宇宙怪獣ブラックフォールシャークと言う新たな宇宙怪獣様の存在を知る事が出来るようになりましたし、あの方々との相互理解が成立するのにまた一歩進んだと思いますので」

 しかし宇宙怪獣との相互理解なぁ……。

 俺のような人間サイズの端末持ちとか、人間並みの知性を持っているのならともかく、そうでない宇宙怪獣との相互理解は……無理じゃないか?

 言葉が通じる通じない以前に、コミュニケーションを取れないだろ、相手がこっちを認識できないのだから。


 いやまあ、友好的、継続的接触だけが相互理解ではなく、住み分けを進める、と言うのも相互理解の結果なのかもしれないが。


「そうですか。ですがそういう事なら、私からメーグリニア嬢に渡せるものはありませんね。私が知っている事は伯爵にお話ししたことで全てですから」

「そうですか……。い、いえ、それだけがお茶会ではありませんから」

 メーグリニアは少し悲しそうな顔をするが、直ぐに顔色を戻して、ヴィリジアニラ、『エニウェアツー』の社員の二人と別の話題で話を始める。

 内容は……まあ、例の猟奇殺人事件にも、宇宙怪獣にも関係ない感じだな。

 地名やら食品やら化粧品やら衣装やらの名前が出ているが、特に気にすることはなさそうな感じだ。

 あ、俺が贈った髪飾りについても話が出たな。

 少し変わった塗装ぐらいにしか思われてなくて終わりだが。


「と、申し訳ありません、ヴィリジアニラ様。私、スペファーナ男爵家の名代としてまだ挨拶をしないといけない方が居たのでしたわ」

「あらそうでしたの。それでは……」

「はい。ここで失礼させていただきますね。楽しい時間をありがとうございました」

「こちらこそ今日はありがとうございました」

 やがてメーグリニアは誰かを見つけたらしく、礼を保ちつつテーブルから去っていった。


「ヴィー様」

「見えた感じからして、彼女本人が犯人である確率が70%。彼女と犯人に関わりがあるのが27%。ハズレも含めたその他が3%と言う所かしら」

「分かりましたヴィリジアニラ様。至急、部下に命じて監視を強めます」

「お願いします。あくまでも私の目で見た結果なので、物的証拠はなく、間違っている可能性もある事は気を付けてください」

 そして、メーグリニアの姿が見えなくなった途端にこれである。

 どうやら彼女こそがフラレタンボ星系で起きている連続猟奇殺人事件の関係者であったらしい。


「それと、私の目では彼女がどうやって貴方たちの目から逃れていたのかは分かりませんでしたので、その点についても注意をしてください」

「分かっています。では」

 うーん、怖い。

 俺の目には三人ともほぼ終始和やかにお茶会を楽しんでいたようにしか見えなかったのだが……裏では表情の読み合いやら何やらがあったという事なのだろうか。

 流石は貴族と言うべきか、これだから貴族はと言うべきなのか……。


「サタ。気を付けてください。たぶん彼女は私の目に目標を定めました。その為ならば、きっと、手段を選ばない事でしょう」

「……。分かった。注意しておく」

 その後、何かが起こる事もなくお茶会は終了。

 俺たちはジョハリスの操る車に乗って、本日宿泊予定のホテルへと向かった。

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