75:フラレタンボ伯爵との会合
「アレはフラレタンボ星系のSwに合わせた超大型ヤカンのようですね」
「ヤカン?」
「ええ、ヤカン……サタ様の育ちから考えて、遭遇している可能性がありませんでしたね。簡単に言えば水を沸かして、熱湯を作るための容器です」
「へー、わざわざ給湯器以外のものを使うなんて、味か何かに変化があるのか?」
どうやらあれは鍋ではなくヤカンであるらしい。
ただ、メモクシがわざわざ超大型と言っている辺り、普通のものではないようだ。
機能としては……フラレタンボ星系Swで球体を維持している水球を中に収め、下の薪の火で熱を与えて沸騰させるみたいだな。
で、熱によって水球の水が気化する事でフラレタンボ星系のSwの範囲外にまで水量が減れば、今そうなっているようにけたたましく鳴きつつ、大量のお湯が出来ている、と。
お湯なんて給湯器やmodで作ってしまえば問題ないはずなのだが、わざわざ薪まで使ったロスの多い手法を使っている辺り、味かパフォーマンスか……まあ、何かしらの意味があるだろうな。
「それよりもサタ様」
「ん? ああ、仕事か。了解」
『時間となりましたので、ただいまよりフラレタンボ伯爵家主催のお茶会を始めさせていただきます。では伯爵様』
とりあえずヤカンの沸騰音には茶会開始の合図と言う意味はあったようだ。
拡声器越しの声が会場中に響き渡る。
と同時に、会場に集まっている客たちが動き出す。
そして、今はスーツを着ているが、なんとなく麦わら帽子とツナギの方が似合いそうな男性貴族が挨拶を始める。
あの男性貴族がフラレタンボ伯爵のようだ。
「ではサタ。エスコートと警備をお願いします」
「承りました。ヴィー」
さて、フラレタンボ伯爵の挨拶が終われば、茶会が本格的に始まる。
そうなると客は特定の席に着いて茶と菓子を楽しみつつ会話をするか、席に着かず立ったまま話をするか、席に着いている客から客へと渡り歩くように話をするか……まあ、そんな感じの動きになるだろう。
が、今回のお茶会の開催目的の都合上、ヴィリジアニラとフラレタンボ伯爵の初動は決まっている。
フラレタンボ伯爵が挨拶を終え、席に着いたところで、ヴィリジアニラが挨拶に向かい、席に着き、そのまま話を始めることになる。
と言うわけで、俺はヴィリジアニラをエスコートして、所定の位置へと移動する。
「初めまして。フラレタンボ伯爵。私は……」
「おお、お噂はかねがね。さあ、こちらへどうぞ。今日は……」
うんまあ、問題など起きるはずもない。
俺はマナーには詳しくないが、ヴィリジアニラの所作が美しい事は分かるし、あの美しさでマナーが出来ていないとも考えづらい。
と言うより、皇帝陛下が庶子として認める条件の一つに素行の良さぐらいは入っているだろうし、そこら辺を考えてもヴィリジアニラがマナーで問題を起こすとは考えづらいな。
俺がそんな事を考えている間にも、ヴィリジアニラとフラレタンボ伯爵は宇宙怪獣ブラックフォールシャークについての話を、周囲にも聞こえるように話している。
内容としては……ほぼほぼ、事件後に警邏部隊から事情聴取で訊かれてた内容を話しているだけだな。
ところどころに俺の所見も混ざっているし、Swの影響でフラレタンボ星系自体の安全性は高そうだと言う話も入っているが。
「フラレタンボ星系の安全性は高いのですか。しかし、それにしては我が星系と隣接星系の間では原因不明事故が多いように感じるのですが、それは……」
「その点については……サタ」
「はい。私見になりますが、宇宙怪獣はフラレタンボ星系には入れない。だから、境界線に沿うように宇宙怪獣が移動して行き、結果として密度が高まっているのかもしれません。ですので、Swの範囲を弄る事が出来ればあるいは……とは思っています」
「なるほど。だが範囲を弄るか……難しい話だ……ふうむ……」
なお、最後の方でヴィリジアニラから意見を求められたので答えておく。
たぶんこれで、勘がいい人にはヴィリジアニラの持つ宇宙怪獣に関する知識が俺由来のものであることは伝わっただろう。
まあ、フラレタンボ伯爵含め、フラレタンボ星系上層部の人間は俺の正体含めて既に知っているだろうから、事前に知れなかったレベルかつ良からぬことを考える連中に対する囮だな。
そうでなくとも、ヴィリジアニラの見た目でエスコートしていたのが俺と言うのがあるので、時々やっかみのような視線を向けられている気配はあるし。
「ああ失礼。いや、感謝いたします。ヴィリジアニラ殿。おかげでフラレタンボ星系の帝国民を安心させることも出来そうです」
「それはよかったです。微力ながらもフラレタンボ伯爵の力になれたのなら、私としても嬉しい話です」
なんにせよフラレタンボ伯爵へと伝えるべきことは無事に伝える事が出来た。
と言うわけで、ヴィリジアニラは席を立ち、離れていく。
合わせて何人かの客も動く。
動きからして、星系の防衛に関わる人間っぽいな。
恐らくだが、今のヴィリジアニラの話を持ち帰って、早速動き出すのだろう。
「これで用件は終了か?」
「そうですね。絶対にやらなければいけない事は終わりました。後は伯爵の顔を立てつつ無難にこなしましょう。表向きは」
では、この後は表向きはお茶会を楽しむとしよう。
いい香りを放っている紅茶に、マカロン、クッキー、ケーキと言った菓子たちの甘い香り。
護衛なのでそう多く貰うわけにはいかないが、楽しみだ。
なお、裏では不審者……特に連続猟奇殺人事件の関係者が居ないかを探る事になるのは言うまでもないことである。