前へ次へ
74/319

74:フラレタンボ伯爵家

「では向かうっす」

 『パンプキンウィッチ』から貴族向けの見るからに頑丈そうな車へ。

 そして、車からお茶会の会場であるフラレタンボ伯爵家へと俺たちは向かう。

 現状では……特に異常は見当たらないな。

 大きな騒ぎはもちろんのこと、俺の目でも分かるほどに奇妙な動きをしている人間や機械はない。

 とりあえず、会場に入るまでは問題なさそうだな。


 なお、お茶会が開かれるので、会場周辺は賑わっているが、その賑わいの外は何事もない日常と言う感じである。

 まあ、庶民視点じゃ、イベントが何か開かれていますね程度なんだろうな。

 内容も内容だし。


「着いたっす。頑張ってくださいっす。ヴィリジアニラ様、サタさん、メモさん」

「ああ、運転ありがとうな」

「帰り道もよろしくお願いしますね」

「ありがとうございます」

 そうこうしている内に車はフラレタンボ伯爵家の正門前に到着、

 伯爵家の人間によって車のドアが開けられ、まずは俺が降り、周囲を警戒。

 それから俺が手を出し、エスコートするような形でヴィリジアニラが降車。

 俺とヴィリジアニラは周囲からのざわめきを浴びつつ、フラレタンボ伯爵家の中へと入っていく。

 で、その後ろにメモクシが続く。


「本体で見ていて分かってはいたんだが、広いな」

「そうですか? 星系トップの貴族の家なら普通だと思いますが……」

「いや、後ろのもそうっぽいからな」

「ああなるほど。それなら確かに広いですね。ただ、嬉しい広さではないと思います。それだけ土地を余らせてしまっているとも言えますから」

「それは……そうかもな」

 さて、お茶会の会場はフラレタンボ伯爵家だが、正確に言えばフラレタンボ伯爵家の前庭で行われる。

 前庭には植木や花壇なども存在しているが、その広さは『パンプキンウィッチ』が十数台は止められるほどであり、非常に広い。

 そして、フラレタンボ伯爵家本体も同じくらいに広い。

 で、今回のお茶会には関わりないだろうが、伯爵家本体を挟んだ反対側には前庭の数倍の広さはありそうな原生林があるのだが、資料によれば、こちらも伯爵家の敷地とのことだった。


 この広さを一つの家で所有しているのは、俺が知る他の星系……ヒラトラツグミ星系やグログロベータ星系ではほぼ見かけなかった広さである。

 が、フラレタンボ星系では開発の遅れからか地価が上がらず、結果的に所有できてしまったのだろう。

 表向きだけなら羨ましい限りだが、裏向きの事情と立場まで考えると、ヴィリジアニラの言う通りな悩ましい話になってしまいそうだ。


「で、思ったよりも人が多いな」

「そうですね。ですが全員、招待客かスタッフだと思います。私の目では不審な動きをしている方は見かけないので」

 俺たちは会場に入る。

 会場に居る人間は……概ね四種類に分けられそうだな。


 一種類目はヴィリジアニラのように伯爵家に招待された人間で、要するにお茶会の参加者であり、先述のように此処から更に五種類ほどに分類できる。

 二種類目は招待された人間が連れてきた人間で、家族、親しい人間あるいは護衛と言うところだろう。

 三種類目はお茶会のスタッフで、揃ったデザインのメイド服、執事服、あるいは警備員服を着用して、それぞれの仕事に従事している。

 四種類目はマスコミで、お茶会で話されたあるいは発表された情報を一般市民にまで伝える役割を持って、伯爵の許可の下、訪れている。


 まあ、どの人間にしても基本的には大丈夫だ。

 星系内の最高権力者が主催している会場で愚かな振る舞いをするような人間は早々居ない。


「ヴィー様。注意は怠らないでください。何処に何者が潜んでいるか分かりませんので」

「それは分かっています」

 うん、居ないはずなのだ、普通なら。

 ただ、メモクシが警戒している事からも分かるように、何かは居る。

 それも惑星フラレタンボ1の地上で発生している連続猟奇殺人事件の犯人に関わるような何者かが。

 そう、いつ実際に動くのかは分からないが、ヴィリジアニラの目はこのお茶会に参加する事で脅威が近づいてくることを本人へと告げているのだ。


 だから、俺もメモクシも警戒しているのである。

 俺はあからさまに。

 メモクシはガイノイドであることを生かして表情を変えずに。

 ヴィリジアニラも……表向きは笑顔を浮かべているが、内心ではきちんと警戒しているようだな。


「ただ、今はまだ大丈夫です。そもそも、こんな場で事を起こすような人物なら、とっくの昔に捕らえられているはずですから」

「それはそうかもしれませんが」

 まあ、それはそれとしてだ。

 せっかくのお茶会会場であるので、他にも色々と見る価値があるものはある。


 例えば前庭の各所にある、奇麗な形に切り揃えられた木々、手入れが行き届いた花々、汚れ一つ見受けられないレンガの道、奇麗に刈り揃えられた芝生、中で色鮮やかな魚が泳ぎ回っている水球だとか。

 これは芸術的センスがあると同時に、前庭の隅々にまで手入れを行き届かせる金と人材がある証明でもあるな。


 例えば招待客と同伴者の衣服。

 スタッフやマスコミの衣服はそれぞれの役目に応じた実用性重視のものであるが、招待客たちが身に着けているのは実用性以上に華やかさや美しさが重んじられている。

 男性と言うか、俺が着ているようなスーツを着ている人間も少なくはないが、そのスーツだって質はよく、よく見ればそれぞれの家紋や社章が目立たないように刺繍されていたりすることもある。

 そしてドレスを着ている面々はとにかく華やかで、それ以上に気合が入っており、一人一人じっくりと見ていたら、これだけでも一日がかりになってしまう事だろう。

 身に着けている宝石や装飾品、小道具の類も同様で、正にパーティーと言うに相応しい格好をしており、中には俺の全財産が余裕で吹っ飛ぶような品も紛れ込んでいる事だろう。


 で、そんな見る価値があるものの中でも特に見る価値がありそうなのは……うん、あれだな。

 俺は前庭の奥の方、巨大な金属鍋のような物体が置かれている方へと目を向ける。

 鍋の下ではわざわざ薪を使って火が焚かれているようで、周囲には何十人もの客とスタッフが集まっている。


 そして鍋が鳴いた。

一応書いておきますが。

こちらはバニラ宇宙帝国フラレタンボ伯爵家でのお茶会ですので、地球のお茶会とは諸々異なる点があります。

なんなら、同じ帝国内でも、星系ごとにお茶会の雰囲気などが異なるものになるでしょう。

予めご了承ください。

前へ次へ目次