70:『パンプキンウィッチ』 ※
本話はヴィー視点となっております。
「自動航行の設定してきたっす。これで明日の朝には惑星フラレタンボ1近くの宙域に着いているっすよ」
「お疲れ様です。それで、一応お聞きしますが、道中の安全は大丈夫なのですね?」
ジョハリスさんが入った、スライム向け小型パワードスーツがレストルームに入ってきました。
レストルームでメモが淹れてくれた紅茶を飲んでいた私はそれを出迎えます。
「大丈夫っすよ。小惑星やコロニー、他の宇宙船はちゃんと避けるようになっているし、宙賊が大人しくなっているのも確認済みっす。そうでなくともこの船は貴人送迎用のカスタムモデルっすからね。シールドのグレードは最高出力なら軍用のグレード7で、しかもダブルコア仕様っす。宙賊程度じゃ手は出せず、逃げ隠れるだけなら、最新の戦艦相手でも対抗できるっすよ」
「サタ? メモ?」
「嘘は言ってない。と言うか、俺が見た限りじゃ、そんなものじゃ済まないくらいには良い船だぞ」
「サタ様に同意します。制御が簡易AIなのが少々気になりますが、その点を除けば、下手な戦艦よりもよほど安全かと」
「なるほど」
さて、この船……『パンプキンウィッチ』ですが、どうやら貴人送迎用と言う名目を加味してもなお優れた宇宙船のようです。
メモの表情は変わりませんが、サタの少し動いた目や口から察するに、相当の防御性能や隠密性能を持っているようですね。
ちなみに使われているシールドmodが軍用のグレード7という事は、一般的水準とされるグレード3のブラスターmodでは手も足も出ないくらいに強力なシールドであるという事。
そしてダブルコア仕様という事は、シールドを一枚破壊しても即座に次のシールドが展開されて被害を防げるという事です。
この形はメンテナンスの難易度が高く、調達費用も嵩むのですが……どうしてそんな船がフラレタンボ星系と言う星系の諜報部隊の手にあるのでしょうね?
理由は分かりませんが……あるならあるで、今は有効活用させてもらいましょう。
「ささ、それよりも船内を案内するっす。ベッドルームとかキッチンとかは過度に汚さなければ自由に使ってもらって構わないっすけど、『パンプキンウィッチ』の目玉はそこじゃないっすからね」
なお、後にサタから教えてもらったのですが、この船の装甲の塗装には自在変色modが、内部には各種レーダーへの対策modが仕込まれているとのこと。
なので、その気になれば、現在オレンジ色の塗装を暗色に変更する事で光学的迷彩を展開したり、帝国軍や傭兵、宙賊などが張っているレーダーをすり抜けたりも出来るそうです。
所属している企業『エニウェアツー』が帝国軍諜報部隊のフロント企業で無ければ、お咎めを食らいそうな話ですね。
「さ、此処が『パンプキンウィッチ』の目玉。どんな人でも華麗に変身させて見せるドレッサールームっすよ!」
「おー。凄い数のドレスにスーツが並んでるな。それに宝飾品の類も充実してるな」
「化粧品の類も十分に揃えられていますね。これなら十分だと思います」
「素晴らしい品揃えですね」
さて、ジョハリスさんに連れてこられてやってきたのはドレッサールーム。
そこには無数の衣類、装飾品、化粧品が並べられているのはもちろんのこと、衣装に関する最新と準最新の情報、古くからあるマナー関係の情報、それに幾つかの機械が並べられています。
これだけの品が揃っているのであれば、急にきちんとした衣装を揃える必要がある状態になっても対応する事は十分に可能でしょう。
「うわっ。よく見たら汎用デュプリケーターまである。しかも無制限」
「あるっすよ。一般的な原材料は蓄えてあるっすから、後は設計図さえあれば、modを含まない品はおおよそ作り出せるっす」
「そのmodにしてもシールドmodとか環境安定modみたいな一般的な奴なら……いやこれ、一般的な奴じゃないな。グレード6の奴だ。撥水modとかも多少ならあるし……当然のようにブラスターmodを付与するカートリッジまであるのか」
「凄いっすよね。『パンプキンウィッチ』」
「凄いを通り越して、頭の固い連中には見せられなくなってるぞ、この船……」
デュプリケーターと言うのは、原材料と設計図があれば、だいたいのものを作り出せるという機械ですが、兵器製造に用いることも出来るという事で、設置には許可と制限が必要なものです。
ただ、『パンプキンウィッチ』に搭載されているのは……サタの反応からして兵器も作れるタイプのようですね。
そして、modについてもブラスターmodの他にも使い方によっては兵器として扱えそうなものが少なからずある、と。
……。
この船、貴人送迎用と銘打っていますが、先日のロケットコーンテロ未遂事件のような状況下で、敵拠点へ特殊部隊が突入する時に事前準備から突入までこなせるような船になっているのではないでしょうか?
ジョハリスさんはどんな人でも華麗に変身させて見せると言いましたが、この船の力ならば、どんな人でも装備だけなら立派な戦士に変えられるような気がします。
「サタ様」
「ん? ああ、そうだな。分かった。俺はしばらく席を外す」
此処でメモに何か言われたサタがドレッサールームの外に出ていきます。
性別都合でドレッサールームの中に居るわけにはいかないというのもありますが、それだけではなさそうです。
とは言え、今の私にメモが何を頼んだのかを気にしている余裕はありませんね。
なにせ……。
「ではヴィー様」
「ええ分かってます。余計な厄介ごとを招かないぐらいには目立たぬように、けれど招いたフラレタンボ伯爵と皇室の面目を潰さないように、バニラゲンルート子爵家としておかしくない程度で、そして件の猟奇殺人事件の解決には繋がるように、衣装を整えていきましょうか」
お茶会とは砲火ではなく舌鋒を交わす戦場にもなり得る場所。
今回私が招かれた目的からすればそんな事にはなり得ないはずですが、それは備えをしなくてもよいという事にはならない場所。
本来ならば準備期間も無しに一人で向かえるような場ではないのです。
それでもなお、出来る限りの準備を整えて、臨むとしましょう。
私はバニラゲンルート子爵家の一員であり、皇帝陛下に庶子として認めてもらっている立場なのですから。
10/26誤字訂正