7:『ツメバケイ号』昼食レポート
本日二話目でございます。
「ふむふむ」
さて、改めて本日のメニューを見て、味わってみよう。
まずは大きめのコッペパン。
船員さんたち肉体労働者向けなのか、業務用として普通の店で売られているものよりも一回り大きい。
端を裂き、一口分取って食べた感じだと……グログロベータ星系産の小麦粉を元に、ヒラトラツグミ星系のプライマルコロニーで大量生産されたものかな。
つまりはごく一般的な大量生産品と言う奴だ。
味はほのかに甘く、他のメニューの味を引き立てはしても邪魔はしない。
うん、美味しい。
次にサラダ。
見た感じ、5種類か6種類くらいの野菜をこの場で刻んでサラダにしたものだな。
葉物野菜だけでなく、赤や黄色の色合いの野菜も混ざっていて、色合いも美しい。
味からして……ヒラトラツグミのプライマルコロニーで生産されている奴だな。
ただ、刻んでいる人の手か、機械の腕が良いのだろう、野菜の細胞が潰れたりせずに栄養満点、野菜特有の触感に味がする。
つまりは美味い。
そして、『ツメバケイ号』の食堂特製らしい卵中心のドレッシングをあえれば、その味は更に深みを増し、美味しくなる。
続けてモーモーダックの乳卵。
これはモーモーダックと言うヒラトラツグミ星系特有の鳥の卵であり、普通ならば卵を割って中身である牛乳と普通の卵の中間のような味がする黄身と白身を器に……それこそ普段なら企業がジュース缶とかに移した物を飲むわけだが……。
『ツメバケイ号』では洗い物を少なくする観点から、卵のまま出されるようだ。
と言うわけで、周囲に倣って、砕きやすくなっている端の方を砕いて一服。
うん、こちらもまた栄養満点と言う感じで、非常に美味しい。
最後にマルマルダチョウの丸焼きを一人前分切り分けたもの。
こちらはマルマルダチョウと言うヒラトラツグミ星系特有の大型家禽を丸焼きにしたものであり、使われている香辛料の匂いもあって、非常に食欲がそそられる。
一切れ口にしてみれば、肉汁たっぷり、うま味たっぷり、笑みが浮かんで仕方がない。
これは……あれだな。
噂に聞く、中期長期航海をする宇宙船が、出航を記念すると共に航海の安全を願うべく、ヒラトラツグミ星系の港に停泊している期間をめいいっぱい使って作るマルマルダチョウのロングロースト。
食べてみたいと思っていた品ではあるが……まさかこんなにあっさりと、しかも大当たりを食べられるとは思わなかった。
うーん、美味い……。
そして、この四つの品は合わさる事で更に美味しさを増していく。
ローストとサラダをコッペパンに挟んで口にし、乳卵で喉の奥へと押し込めば、短時間でエネルギー的にも味的にも大満足の品になるのだ。
うん、思った通りだ。
肉とドレッシングをサラダとコッペパンが受け止め、逃さず、口の中に複雑な味わいと共に幸せが広がっていく。
まるでヒナが巣立ちし、初めて大空へと飛び立つのを祝福されているかのような品だ……。
「これは……素晴らしい品ですね」
「まったくだ……」
さて、どうやらこの味はヴィリジアニラにとっても満足がいくものであったらしい。
特にマルマルダチョウのロングローストは本当によかったらしく、驚いた様子を見せている。
「いったいどのようなmodを使ったらこのような味が作れるのでしょうか?」
「ん?」
だからこそ次の言葉に俺は首を傾げてしまった。
「modは……保存や調理補助はともかく、味周りは使ってないと思うぞ。俺の舌で感じた限りの話になるが」
「え!?」
そしてつい答えてしまった。
「あの、このレベルの味を出すのに使っていないのですか?」
「使ってない。あくまでも俺の舌で判別した限りでだが」
「……。驚きですね。下手な高級店ですと、modを使ってもこれ以下の店もありますのに……」
「そういう店は良くて安定のために、悪いと誤魔化しの為にmodを使っているからな……。でも、『ツメバケイ号』の食堂はそういうのとは無縁だな。その手のmodにありがちなものを感じられない」
mod……局所事象改変は今のバニラ宇宙帝国を支えると言っても過言ではない技術である。
ありとあらゆる種類が存在し、人が想像できるおおよその現象を実現して見せると言っても過言ではない。
『ツメバケイ号』含め、宇宙船が宇宙を航行できるのもmodの働きによるものだし、星系ごとの特色をもたらすSwだって大規模なmod。
日常生活をサポートするmodも当然ながら多数存在するし、その中には食べ物の味を良くするものもあれば、本来食べられないものを食べられるようにするmodだって存在する。
が、だからこそと言うべきか、少々のズルもあるが、俺のような人間にはmodが使われているかどうかが分かる。
そして、その能力を以って断言させてもらうが、今俺たちが食べているこの料理の味そのものは純粋な技術の結晶である。
調理のサポートにmodは使われているかもしれないが、少なくとも味についてはそのままだ。
うーん、素晴らしい。
「……」
「ま、まあ、上流階級だと色んな事情から敢えてmodを使っているパターンもあると聞いているからなー……」
ヴィリジアニラが悩まし気な顔をしている。
俺はそれを少しだけサポートするような言葉を残しつつ、食事を進める。
ヴィリジアニラが過去に食べた料理に何があったのかは知らないが、そこは俺が関わる事ではないので、何かあるにしても下船後にお願いしたい。
え、取材? 食事の写真?
カメラアプリをビデオモードに切り替えて撮影してあるので、後でそれからいい感じの画像を切り取るので問題はない。
むしろ、そんなのの為に美味しい食事を台無しにするなどあり得ない。
『本船『ツメバケイ号』はヒラトラツグミ星系プライマルコロニーのドックから離れることに成功。これより、本日の目的地であるヒラトラツグミ星系-グログロベータ星系間のガイドビーコンを利用するべく、ヒラトラツグミ星系側のガイドコロニーへと移動を開始します』
と言うわけで、今はこの素晴らしい食事を味わう事に専念しよう。
09/05誤字訂正