69:ジョハリス・サゴーキヨ
『お待たせしました。こちらは衣料品製造会社『エニウェアツー』所属、『ウォークイン』型宇宙船カスタムモデル『パンプキンウィッチ』っす。で、ウチは船長のジョハリス・サゴーキヨと申します。そちらはヴィリジアニラ・バニラゲンルート様御一行でしょうか?』
フラレタンボ星系のガイドコロニーの港内に現れた宇宙船は全長100メートルちょっとの小型宇宙船だった。
そして、船内からと思しき声は少女と言っても差支えの無い感じの声である。
で、諜報部隊が寄越したと言うのに、『エニウェアツー』と言う俺も知っている衣料品メーカーの名前が出てきたわけだが……。
俺はとりあえずメモクシに視線を向ける。
「確認が取れました。メモたちが乗る予定の船です」
「そのようですね」
「なるほど。つまりはそういう事か」
『はい。こちらも確認が取れたっす。ハッチを開けますので、乗り込んでください』
どうやらちゃんと本物であるらしい。
じゃあ大丈夫か。
と言うわけで、港に泊まった『パンプキンウィッチ』なる船名の船がハッチを開き、乗り込み用のチューブを伸ばしたところで、俺、ヴィリジアニラ、メモクシの順番で乗り込む。
で、乗り込みつつ思い出すのだが。
『エニウェアツー』は……帝国全土で衣料品を製造、流通、販売している衣料品メーカーだな。
デザインとしては可もなく不可もなくと言うか、普通の帝国人が着る服と言う感じで、値段も普通。
何処の星系でも第一ではないが、何処の星系でも安定して販売している、と言う感じだったと思う。
なお、俺は能力都合上、世話になった事はない。
だが、ここで出てくると言う事は……『エニウェアツー』は帝国軍諜報部隊が所有しているフロント企業の一つと言う事になるのだろう。
だからこそ、何処の星系にもあったし、きっと裏では集めた情報のやり取りもしていたのだろう。
まあ、此処まで堂々と出てくるなら、ある程度以上の地位に居る人間にとっては公然の秘密と言う奴なのだろうけど。
「さて船内は……」
『すみませんけど、案内はハッチを閉めてからさせてもらうんで、ちょっと待ってくださいっす』
「分かった」
「分かりました」
さて、船内に到着。
まあ、普通の入り口だな。
で、俺が到着してから数秒したところでヴィリジアニラが入って来て、更に数秒後メモクシが入り、それを確認してからチューブが縮められ、ハッチが閉められる。
『今向かうっす』
「……。もしかして、この船、一人か、それに準じるくらいの人数で動かしているのか?」
「その可能性はあると思います。フラレタンボ星系の重要性を考えると人員は最低限でしょうし、私たちの移動はもちろんのこと、フラレタンボ伯爵のお茶会そのものも急に決まった事でしょうから」
「あり得ますね。メモが調べた限り、この船は大部分が簡易AIによる自動制御で運用出来るようになっています。なので、責任者として操縦桿を握る一人が居れば、運用自体は可能でしょう」
船内に響く声が止む。
たぶんだが、船長を名乗ったジョハリスと言う人物が今、こっちに向かっているのだろう。
しかし、一人で運用できる船とは言え、本当に一人だけでやってくるのか……。
フラレタンボ星系の諜報部隊はもしかしなくても人手不足なのだろうか?
ああいや、そもそもとして例の猟奇殺人事件を調べるために、そちらへ人員が割かれているのか。
そっちの方が、現地としても帝国全体としてもヴィリジアニラとしても重要だもんな。
対して、ヴィリジアニラが移動する話については、事前にルートの安全確保さえしておけば、概ね大丈夫な話。
となれば……迎えは確かに一人でも済むかもしれない。
「お待たせして申し訳ないっす」
と、そんな事を考えている間にキャタピラとマニピュレーターが付いた寸胴鍋として称する事が出来てしまうような物体が、わざとらしい音を立てながら近づいてくる。
「貴方が船長のジョハリス・サゴーキヨさんでしょうか?」
「その通りっす。あ、ちょっと待ってください。ちゃんと姿を見せるっす」
ヴィリジアニラの言葉に応えるように、寸胴鍋の蓋が内側からずらされる。
そして、寸胴鍋の内側から水色の半透明の物体が出てくる。
出てきたそれは少しずつ形と色を整えて、向こう側が少し透けている丸みを帯びた少女の姿を取る。
「では改めまして自己紹介をさせてもらうっす。裏は帝国軍諜報部隊所属。表は『エニウェアツー』移動販売部門所属の雇われ船長。で、今回は『パンプキンウィッチ』の船長を務めさせてもらっている、ジョハリス・コモン・サゴーキヨ・C・フラレタンボっす。よろしくお願いしますっす」
「はい、よろしくお願いします。ジョハリスさん」
「よろしくお願いします」
「ああ、よろしくお願いしますだ」
なるほど、帝国で確認している人種の中でも変わり種として扱われる種族、液体に近い変幻自在の肉体を有している種族……スライム。
それがジョハリスの種族であるらしい。
「じゃあ、ウチは船を惑星フラレタンボ1の近くまで自動航行するようにセットしてきますんで、船内の詳しい説明はそれからっす。それまではレストルームでの待機をお願いするっす」
「分かりました。待っていますね。ところで他の方は?」
「居ないっす。ウチの他に手が空いているのは単独行動をさせられないペーペーばかりで、先輩たちは例の事件やら何やらで大忙しなんす。なので、色々と不便はかけると思うっすけど、我慢してくださいっす」
「なるほど分かりました。私たちはだいたいのことは自分で出来ますから、安心してください」
「ありがとうっす」
ま、とりあえずはレストルームで待たせてもらうとしよう。
本体でちょっと調べた感じ、この船についてはちょっと特殊みたいだしな。
説明を受けずに動き回るべきじゃない。
と言うわけで、俺たちはレストルームへ向かった。