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67:奇妙なスターウェア

「しかし、普通のガイドコロニーはやっぱり人が居ないな」

「そうですね。ですが、当然の事でしょう。グログロベータ星系のガイドコロニーと違って観光する場所ではありませんし、人を留め続ける別の理由もありませんから」

 俺たちはガイドコロニーの通路に出た。

 が、そこに俺たち以外の人通りは最低限しか見えなかった。


 まあ、ヴィリジアニラの言う通り当然だな。

 フラレタンボ星系のガイドコロニーを利用する人間は、超高速航行を利用するか、利用にあたって受ける必要がある検問をするか、その検問に必要な人員を支えるか、警邏部隊が一時的に寄港するか……後は検問に引っかかった人間を拘留しておく、このくらいのものだ。

 そして、他の人間は俺たちのような特殊な事情が無ければ、ガイドコロニーは素通りしていく。

 そんなわけで、人通りがあるはずないのだ。


「メモたちに割り当てられた部屋もグレードこそ客人向けのものですが、ホテルではありませんでした。そもそも、此処のガイドコロニーにはホテルはないそうです」

「まあ、あっても仕方がないしなぁ」

 うん、実を言えば、今歩いている場所も通路と言ってしまえるぐらいに通路なのだ。

 道路では決してない。

 扉一つ挟んでそれぞれの部屋があるぐらいだしな。


「でも、こういうオブジェはあるんだな」

「観賞用水槽の一種ですね。この形に出来るのはフラレタンボ星系だからこそですけど」

「微量ですが、空気循環も担っているようですね」

 歩くこと少し、俺たちの前に食堂が見えてくる。

 調理を行っている部分や食べる部分は普通の食堂だが、中心部には他の星系ではまず見られないであろう、変わったオブジェが置かれている、


 それは目算で直径が10メートルちょっとあるであろう水球。

 中では中心から生えるように海藻が揺らめき、サンゴが枝を伸ばし、十数匹の見た目鮮やかな魚が泳いでいる。

 だが変わっているのは、水球と外を隔てる壁が無く、保持しているのは水球と床が触れている部分の大きなカップだけと言う点だ。


「おー、ちゃんと手を入れられる」

「サタ。食事前に手を洗うのは忘れないように」

「それはもちろん」

 本当に壁が無い証拠に水球に向かって手を伸ばせば、難なく水球の中に手は入るし、出せる。

 そして、出した手はちゃんと濡れていて、乾くにつれて体表から体温が奪われる。

 つまり、本当にただの水であり、見えない力場のようなもので形を維持しているわけではない、という事だ。


「しかし、こうして実際に機能しているのを見ると、本当に妙なSwだな」

「サタから見てもそうなんですか」

 これがフラレタンボ星系のSw(スターウェア)

 効果は……一定体積以上の液体が球体となって、他の液体と混ざらないようになる、だったか。

 なお、この一定体積以上とやらは多少曖昧と言うか振れ幅があるらしく、今俺がしたように少し失われたくらいでは球体化は解除されないし、他の液体と混ざらないも余裕があれば取り込んだりするようで……うん、かなりファジーと言うかテキトーなSwではある。


「ところでサタ様。このSwの解析は可能ですか?」

「無理。俺は薄い知識と感覚頼みでmodの解析をやっているからな。ここまで複雑化して専門家でもどうしてこうなったのか分からないようなSwは表面を読み解くのでもやっとだ」

 で、そんなSwだからなのか、俺の頭ではどうしてこんなSwになったのかは勿論のこと、どうすればこんなSwになるのかも分からない。

 まあ、専門家でも分からないようだから、俺ごときでは分からなくても当然だな。


「サタでも分からないんですね。そうなると、本当にフラレタンボ星系黎明期の資料が失われているのは痛恨ですね」

「まあ、どうしてこんなSwになったのかが分からない訳だしな。それが分からないと発展させる方向についても分からない訳で、統治する貴族と官僚としては本当に大変だと思うぞ」

 なお、ヴィリジアニラの言う通り、フラレタンボ星系の開拓が始まった当初の頃の資料は失われている。

 もう少し具体的に述べるなら、周囲の他の星系やバニラシド星系、諜報部隊には、周りから見たフラレタンボ星系の情報は残っているのだが、フラレタンボ星系の内側から見た情報については軒並み失われているのだ。

 どうやら、何かしらの事情で以って大規模な混乱が発生し、その過程で各種データが壊滅する事になってしまったらしい。


 うんまあ、実を言えば、詳細は分からなくても、大枠については何が起きたのかの想像は付く。

 千年以上前の話ではあるが、あいつらなら普通に居ただろうしな。

 そして、それを踏まえれば、フラレタンボ星系のSwがこのようなものになった理由の一端くらいには触れられるんだが……他の人間の耳が無いなら、何時話しても同じか。

 食後にでも話してしまおう。


 余談だが、このフラレタンボ星系の一件以降、バニラ宇宙帝国の版図拡大は若干スピードを落として、慎重に事を進めるようになったそうだ。

 まあ、俺が想像している通りのことが起きていたなら、当然の話ではあるな。


「いらっしゃい。お客さんだね」

「はい。あと数日ほどお世話になりますのでよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね。何もないところだけど、出来る限りの事はさせてもらうよ」

 なお、本日の食事は惑星フラレタンボ1から輸送されてきた細長い魚を焼いたものに、グログロベータ星系産の大根をすり下ろしたものをメインのおかずとした定食だった。

 うん、魚はもちろんのこと、フラレタンボ星系産の昆布を使った汁物も、惑星フラレタンボ1で収穫された白米も実に美味い。

 食堂担当のおばちゃんの笑顔も含めて、実に満足が行く食事だった。


「ところでサタ。サタは醤油、魚醤、ライム、ポン酢、どれが正解だと思いますか?」

「うーん、どれも良いところがあって、悪いところはないから悩ましいな。その時の気分としか答えようがないのかもしれない」

 食事中、味付けの調味料としてどれを使うかを二人して真剣に悩んだのはここだけの話である。

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