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64:宇宙怪獣ブラックフォールシャーク

「宇宙怪獣ブラックフォールシャーク?」

「はい。サタ様の提出した書類や、メモたちの証言から、遭遇した宇宙怪獣が未観測の宇宙怪獣であることが判明しました。なので、ヴィー様の功績隠しや事情隠しの賠償金代わりに命名権を『ディップソース号』の船長に譲り渡し、船長が名付けた名前がブラックフォールシャークとなります」

「なるほど」

 俺は警邏部隊の事情聴取に赴き、俺の本体関係以外については一通りの証言をしてきた。

 で、証言を終えて帰ってくる頃には、俺たちが遭遇した宇宙怪獣にはブラックフォールシャークなる名前が付けられていた。


「ごめんなさい、サタ。勝手に命名権を売り渡すような真似をしてしまって」

「いや、そこは問題ない。ヴィーの事情や俺の今後を考えたら、未知の宇宙怪獣の名付け親なんて称号はごめんだからな。そもそもとして、今後も数は少なくとも被害を出し続けるであろう宇宙怪獣の名付け親になんてなりたくないし」

「そうですか。ならよかったです」

 まあ、命名についてはむしろありがたいまであるな。

 ブラックフォールシャークは間違いなく今後も帝国の超光速航行の航路で被害を出し続けるし、討伐することも出来ない。

 そんな化け物であるから、下手に名付け親になると、どこで変な絡まれ方をするかもわかったものじゃない。

 『ディップソース号』の船長は生活圏が決まっているのと、船乗りであり、遭遇したのに生き延びて見せたという箔から、そんなデメリットも込みでこの名誉を得ても問題はないが、俺たちはそうじゃない。

 なので、俺個人としてはありがたい話だな。


「ちなみにサタ。警邏部隊にブラックフォールシャークに挑むようなそぶりは?」

「あるはずがない。宇宙空間じゃなくてハイパースペースを自由に回遊する惑星規模の宇宙怪獣だぞ。まず相手が何処に居るか観測する技術の開発から必要だ。で、そんなものを作るのは警邏部隊じゃなくて専門の技術者の仕事だろ。向こうもそこまでは理解してるって」

「そうですよね。ええ、普通はそうなりますよね」

「ん?」

 ヴィリジアニラの表情が何か悩むようなものになっている。

 俺が事情聴取を受けている間に何かあったのだろうか?


「メモクシ?」

「サタ様が事情聴取を受けている間にはブラックフォールシャークの名前が決まるだけでなく、方々から連絡がありました」

「なるほど」

 うん、何かはあったらしい。

 メモクシがその何かの一覧を開く。


「まず諜報部隊からは推測でも構わないからと少しでも多くの情報を送るように催促が来ていますね」

「当然だな。でももう送ってあるな」

「はい、送っておきました」

 一つ、諜報部隊からの事情聴取。

 これは当然だから、ヴィリジアニラの表情とは無関係だな。


「続けて地元のマスコミからも情報と言うか取材を求められていますね」

「まあ、これも当然だな。でも既に断ってあると」

「はい、メモたちの立場として多くを語る事は望ましくないので」

 二つ、フラレタンボ星系の報道各社からの取材。

 これも当然だし、必要な書類は渡してあって、取材自体はお断り済みなので、ヴィリジアニラの表情とは無縁だな。


「更にフラレタンボ伯爵からお茶会のお誘いが来ていますね。宇宙怪獣ブラックフォールシャークについて窺いたいそうです」

「フラレタンボ伯爵……ああ、この星系の統治を任されている貴族か。まあ、分からなくもないな。自分が治めている星系の直ぐ近くで宇宙怪獣が見つかったわけだから。そして、これを断るのは……」

「望ましくないですね。ヴィー様は表向き子爵位です。用件も真っ当。むしろ断る方が角が立つでしょう」

 三つ、フラレタンボ伯爵からのお誘い。

 これまた当然だな。

 宇宙怪獣ブラックフォールシャークがこの近辺に居続けているかどうかとか、討伐は可能であるかとか、直接目撃した当事者から話を聞きたいというのは、フラレタンボ星系の統治者なら思って当然のことだ。

 むしろやらない方が拙いだろう。


 でも、これならヴィリジアニラが悩むようなことなどないと思うんだが?

 素直に受けて、素直に喋ればいい。

 星系の統治者なら判断能力も真っ当だろうから、きちんと説明すれば、宇宙怪獣ブラックフォールシャークの討伐は現状不可能だが、そこまで心配する必要が無い事くらいは察してくれるだろう。

 むしろ、察する事が出来なければ、統治者の座から引きずり降ろされる案件だ。


「加えて、帝国軍の技術者かヴィー様とサタ様の感知能力を模倣するための協力要請も来ていますね」

「探知手段自体は必須だろうしなぁ。今後の為に」

「はい。ですが、受けるならフラレタンボ星系では簡易のものですね。本格的なものは帝星バニラシドに赴いてからです」

「ふむふむ。つまりバニラシド星系へ行く理由がまた一つ増えたわけか」

 四つ、帝国軍技術者からのお誘い。

 当たり前の話だな。

 あの時、宇宙怪獣ブラックフォールシャークの襲撃を感知出来ていたのは俺とヴィリジアニラだけだった。

 そして、俺のOS違い感知はともかく、ヴィリジアニラの目ならば模倣できる可能性はある。

 感知出来て反応できるかはまた別の話になってしまいそうだが……今後の帝国の流通を考えたならば、作らないという選択肢はないだろう。

 つまり、これも受ける他ない案件という事だな。

 諜報部隊だって帝国軍の一部なので尚更だ。


「うーん、で、結局ヴィーは何を悩んでいるんだ?」

「その……」

「未来視か」

「はい。何故か、警邏部隊の方々に深く関わると何かしらの脅威が発生するような気配が発生しています」

 なるほど、どうやら“いつもの”であるらしい。

 しかし、いつものではあるが、警邏部隊に対して発生していると言うのは確かに妙だな。

 そして、その妙は今の状況なら確かに宇宙怪獣ブラックフォールシャークに関わっていそうではある。


「ちなみにマスコミの取材を受ける、フラレタンボ伯爵とのお茶会、帝国軍技術者との協力、どれでも脅威が発生する気配があります。どれも確率でと言う感じですが」

「ナニソレコワイ」

 あ、これ、宇宙怪獣ブラックフォールシャークは切っ掛けであって、実際の脅威はたぶんまったく別のものだ。

 オレハ クワシ インダー。

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