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62:襲来

「流石のサタも食が進みませんか」

「まあ、流石にな。本体の方で常時最大級の警戒をしているから、こっちが幾らか疎かになる」

 グログロベータ星系とフラレタンボ星系の間の超光速航行にかかる時間は48時間。

 つまりは丸二日かかる。

 そして現在は40時間ほど経過したところ。

 このまま何も起きなければ運が良かったで終わらせる話だが……予測したのがヴィリジアニラなので、完全に切り抜けるまで油断が出来ない状態だ。


「ヴィー様。食が進まないというのは……」

「サタの食べるペースは普段は一緒ですから」

 そんな状態であるため、『ディップソース号』の艦内で出されている特製ディップソース付きの各種食事も一人前を普段の倍の時間をかけて、不必要にゆっくりと食べているのが俺の現状。

 正直、常時脇見運転のような形なので非常によろしくないのだが……予測されている脅威がなぁ……一瞬の油断が出来るのかも怪しくてなぁ……。


 と、そうやって警戒している時だった。


「!?」

 最初に反応したのは俺だった。

 自分が利用しているOSとも、『バニラOS』とも異なる、未知にして脅威となるOSの接近を、重圧感と不快感と言う形で感じ取った。


「九時方向上方!」

 一瞬遅れてヴィリジアニラが反応する。

 その目に秘められているmodがどう反応したのかは分からないが、一瞬遅れた代わりにどちらから来るかと言う値千金の情報を俺にもたらしてくれた。


「バックアップを……」

 メモクシも俺たち二人に大きく遅れて動き出す。

 本当の万が一に備えたバックアップへの情報送信の構えを見せている。

 同時に船外カメラを掌握して、ヴィリジアニラが反応した方向へとカメラを向ける。


「「「は?」」」

 船員たちは動けなかったし、何が起きているのかも理解できなかった。

 当然だろう。

 ヴィリジアニラの予測を安定させるために、俺たちは何も話していなかったのだから。


 そして、それが姿を現した。


「んなっ……」

「あっ……」

「送信完了」

 本来、展開されたサイズから変わる事のないハイパースペースが数百倍のサイズに拡張される。

 絶対不可侵とされているハイパースペースの境界面を突き破るように、巨大な円……否、穴としか称しようのないものが現れる。

 『ディップソース号』が小魚にすらならないような大きさのそれが迫ってくる。


 それは……それは……全身が漆黒のサメ肌に覆われた鮫だった。


 それ以上は分からない。

 俺でも本体の目で見たから相手のおおよその姿かたちが見えただけ。

 俺の本体と比較しても100倍以上の大きさがある事は分かるが、あまりにもサイズ差がありすぎて、どれほどの実力差があるかを考えるのも馬鹿らしい。


 とにかく、そんなバカげたサイズの宇宙怪獣が『ディップソース号』を飲み込むように、虹色の口腔内を輝かせながら降ってきていてる。

 サイズ差がありすぎてこちらを認識しているかも怪しいし、そもそも狙って動いているのかも分からない。

 だが、明確に不快感を感じるほどに異なるOSを相手が持っている以上、飲み込まれれば事象破綻によって俺たち全員が爆散する事だけは間違いないだろう。


「サタ!」

「分かってる!」

 だから、とにかく俺は動いた。


「なんだ!?」

「何が起きて!!?」

「ふ、船に何かが巻き付いて……!?」

「ひいっ!?」

「ば、ばけも……」

 本体でハイパースペース内に姿を現し、触腕を素早く『ディップソース号』に巻き付ける。


「おらぁ!」

「っ!?」

「くっ……」

「「「ーーーーー!?」」」

 そして、少しでも鮫から距離を取れるように動きつつ、ハイパースペースからリアルスペースへと強制的かつ瞬時に移動。

 『ディップソース号』の船体を軋ませ、アラートを激しく鳴らさせ、船員たちに悲鳴を上げさせ、俺自身何度も味わいたいとは思えない振動と轟音を伴ってではあるが、窮地を脱する。


「くっう……サタ。追撃は?」

「たぶん大丈夫だ。囮、煙幕、追跡妨害、そんな感じのmodを含ませた墨をばら撒いてきてる。そうでなくても、たぶんあれはハイパースペース内でしか生存できないとか、そういう宇宙怪獣だと思う」

「そう、ですか」

 俺は『ディップソース号』から慎重に触腕を外すと、本体は周囲を軽く警戒をしてからエーテルスペースに戻っていく。

 うん、八つの目で見ても、modについての感覚で感じても、異常は感じ取れない。


「サタ様。もしかすると帝国内でこれまでに起きた超光速航行中の原因不明事故は……」

「1%ぐらいはさっきの奴なのかもなぁ……あれに呑まれたら、助かる奴なんていない」

「……。諜報部隊へ送っておきます」

 いやしかし、ヤバい相手だった。

 ハイパースペース内を自由に回遊し、偶然でも遭遇すれば丸呑みにされて事象破綻で消滅させられる、小さめの惑星ぐらいの大きさはある宇宙怪獣とは……姿が見えてからの対処では絶対に間に合わなかったな。


「さてヴィー」

「ヴィー様」

「はい、分かってます。此処からは私の仕事ですね」

 さて、宇宙怪獣の脅威については切り抜けた。

 ならば次は、状況を飲み込めないが、此処までの動きで何かは知っていそうだと、極めてマトモな判断を下した『ディップソース号』艦長からの質問に答える番である。

 が、これについてはヴィリジアニラに任せよう。

 安堵と恐怖で今更ながらに手足が震えてきたので、今はちょっと心を落ち着かせたい。

これが本物かつ長く生きた宇宙怪獣です。

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