58:ザクロックの料理
「以上である。説明についてはグログロベータの統治機構に提出したものと同じデータをメモクシ殿に渡したから、良い感じに頼むである」
「はい、承りました」
さて、ザクロックさんの手で料理が運ばれてきた。
品数は……主食として用意されている白米と湯気を立てている緑茶を除けば四つだな。
「では軽く説明を」
で、メモクシによれば、これらは……。
・シムンハナの酢の物
・ケーラビーのハチノコ揚げ
・エアコンツリーの実の甘露煮
・ロケットコーンの一粒焼き
であるらしい。
と言うわけで、詳細な説明を聞きつつ、箸を付ける事にしよう。
「シムンハナの酢の物は通常は有毒部位として廃棄されるシムンハナの根や葉の部分を無毒化した上で、それを主体とした酢の物として仕立てたようです。あ、無毒化の証明はグログロベータ星系の対応省庁から発行されていますので、安心していいと思います」
「ほー、これは良い感じの刺激と言うか、独特の食感と言うか、面白いな」
「そうですね。コリコリプチプチで美味しいです」
一品目、シムンハナの酢の物。
本来は食べられないものを食べられるようにしたと言う意味では、ヒノモト星系出身の料理人らしい料理と言えるだろう。
食感は不思議なコリコリ感がやってきて、噛み砕くと今度はプチプチ感がやってくると言うもので、最初は鳥の軟骨に似ていると思ったが、その後も含めれば全くの別物だな。
俺の舌で察する限り、どうやらシムンハナの根が持つ刺胞細胞に似た細胞がこのような食感を生み出しているようだ。
味は刺激が辛味となり、和えられている酢が酸味となり、この二つが適度に混ぜ合わさる事でとても箸が進む味になっている。
勿論、周りにある海藻と野菜と一緒に食べても良好。
個人的には居酒屋のお通しとして適切な料理のように思えるな。
「ケーラビーのハチノコ揚げは名前通りですね。惑星グログロベータ1で収穫されたケーラビーの幼虫をそのまま揚げたものになります」
「クリーミーでジューシーって感じだな。幾らでも食べられそうだ」
「ええ、皮はサクサクで、中身はとろーりとしていて……美味しいです」
二品目、ケーラビーのハチノコ揚げ。
見た目もケーラビーのハチノコそのままな揚げ物なので、これは人によってはどんなに味が良くても食べられない代物かもな。
だが、見た目が大丈夫なら、事前に聞いていた通りの絶品だ。
少し弾力のある皮を突き破れば中からうま味と栄養が詰まった汁があふれ出して口の中で広がる。
微かな塩気と甘みがそのうま味を増幅して、幸せを加速させる。
ああ、これもまた箸が進む。
いや、進ませなければならない。
「エアコンツリーの実の甘露煮。こちらは特殊な育て方をすることで味を調整したエアコンツリーの実を砂糖で煮たものになりますね」
「ーーー! あ、あのエアコンツリーの実がここまで……!」
「甘いけれど爽やかな風が口の中を吹き抜けるようですね」
三品目、エアコンツリーの実の甘露煮。
一粒口の中で運んでみただけで理解した。
これはもう全くの別物だ。
と言うか、これの味の秘密を理解してしまったら、そこらで生えているエアコンツリーの実がなんであんな味になっているのかも理解できてしまった。
だが、そこらのエアコンツリーなんてどうでもいい、今は目の前の甘露煮の方が重要だ。
噛めば噛むほどに口の中で心地の良い甘みと清涼感が広がっていく。
これまでの二品でデッドヒートを繰り広げていた口の中の味が平定されていく。
平和で……尊く……それでいて何時までも食べていたいと思わせるような味がする。
「最後にロケットコーンの一粒焼き。どうやらロケットコーンは部位ごとに皮の厚さ、中身の柔らかさ、栄養価、種子をばら撒く時の役割などが異なる粒を付けるようですね。そして、今回出しているのは本命粒とも呼ばれる、ロケットコーン粒の中でも特に希少で、栄養価に優れた粒のようです」
「お、おおっ、確かにトウモロコシだけど、肉のように濃厚な……」
「美味しい……」
四品目、ロケットコーンの一粒焼き。
特別な粒を丸焼きにした、ただそれだけの品である。
だが美味い。
長辺が手と同じくらいの大きさがある粒を箸で切り分けて口へと運べば、濃厚な生命の味が口の中で広がっていく。
いや、口の中で広がったうま味は鼻へと突き抜け、そのまま脳髄へと突き刺さるかのようだ。
味は間違いなくトウモロコシであるのだが、普通のトウモロコシとは違う強烈な味を感じずには至れない。
しかも、焼く際に用いられたらしい焦げた醤油の味がその味をさらに引き立てている。
ああ、美味い……本当に美味い。
「いやぁ、素晴らしい。本当に素晴らしい……っ!?」
そうして四品食べ終えて、口の中を一度リセットするべく緑茶を俺は口に含む。
そして不覚なことに今気づかされた。
この緑茶もまた匠な味であると。
最良の状態を保つべくmodを使っているが、その最良の状態として設定されているのがとんでもないのだ。
具体的に言えば、口の中にある各料理の余韻、その中でも余分なものだけを洗い流して、適切な状態にリセットしてくれている。
後に残るは次はどの料理に箸を付けようかと思わせるような心地よい飢えでありつつも、満足したならばそこで箸を止めようと思える充足感。
主張し過ぎない茶の香りとそれ以上に微かな昆布の香りが、食事中に飲む茶の役割を見事に果たしてくれているようだ。
「「ごちそうさまでした」」
気が付けば食事は終わっていた。
俺とヴィリジアニラの前にある皿はどれも空である。
「満足してもらえたようで何よりである。こちらとしても美味しそうに食べてもらえて嬉しいである」
「ええ、とても美味しかったです」
「ああ、本当に美味しかった……まだまだ食べられそうなくらいだ」
心地よい満腹感と満足感に今俺は満たされている。
「そうであるか。ただ吾輩はもう数日でグログロベータ星系を旅立ち、次なる味を求めて別の星系へと向かうのである。であるから、また食べたいと言うのなら……上手く出会えた時にであるな」
「そうかぁ……じゃあ、その時は楽しみにさせていただきます」
「そうですね。次の機会があれば、またいただきたいです」
次に帝国のどこかでザクロックさんに出会えたのであれば……その時はまた満足いくまで食事をしたい。
そう思わせる一時だった。