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57:ザクロック・ハヨモツグイ

「此処がそうか」

「そうみたいですね」

 翌日。

 俺たち三人は第一プライマルコロニーの下層、一般市民の居住区になっているエリアの中でも、少々奥まった方にやってきていた。


「はい。此処がグログロベータ伯爵から紹介していただいた、ヒノモト星系出身の流れの料理人が現在店を開いている場所になります」

 俺たちの前にあるのは一応は商店としても使用可能になっている建物だが、基本的には居住の為の建物。

 俺の知識の範囲内で言うなら……地域密着型で、基本的には地元の人間くらいしか知らず、食べに来ない、個人経営の食堂と言うのが近いだろうか。

 いや、実際、そう言うものなのだろう。

 今も経営中のようだが、こんなところに食事処があるとは、俺もメモクシも知らなかったわけだし。

 何なら看板すら出していないので、教えてもらわなければ分かるわけがないな、これ。


「では入りましょうか」

「はい」

「だな」

 さて、何故こんな店を俺たちが訪れているのか。

 それは先日のロケットコーンテロ未遂事件にも関わりがある事だ。


 まず、先日のロケットコーンテロ未遂事件は被害こそ小惑星帯農場の一部だけで済んだが、もしも事がテロリストの思惑通りに進んでいればグログロベータ星系全体が壊滅していた案件であった。

 その衝撃たるや、小惑星帯農場が実際に占拠されているのに、なお“未遂”なんて言葉が付いてしまうほどである。


 で、それほどの事件であったので、とりあえずでも解決したからには解決に関わった人間に対しては報酬、慰労、褒賞などなどの形でねぎらう必要がある。

 なので、グログロベータ星系を統治する貴族であるグログロベータ伯爵は関係者を招いて祝賀会を開催している。


 と、ここまでは良いのだが……問題は俺たちの扱いだ。

 まず、俺たちが活躍したことは誰の目にも明らかである。

 発射されたロケットコーンそのものの処理に、本来なら表に出てこなかったであろう施設の発見、正確な戦力評価が出来なくてもヤバい事だけは確かな宇宙怪獣モドキの撃破と、過小評価してもなお十分すぎる成果を上げている。

 だが、ヴィリジアニラは諜報部隊の中でも囮の役目を持っていて、表立って表彰されるのはよろしくなく、なんなら本人も表彰されたくないと考えている。

 俺にしても、表立って表彰されるのは能力を一部とは言え明かすことに等しく、それはトラブルを招くという事で表彰されたくない。

 さらに言えば、メモクシも表彰よりも活動資金の充実などの分かり易い利益を求めた。

 つまり、俺たち三人とも表に立つことを拒否したのである。


 と言う事で、その辺は帝国軍、帝国軍諜報部隊、グログロベータ伯爵家を含むグログロベータ星系の統治機関が協力する事で、誤魔化した。

 そして、表に出ない報酬の代わりに幾らかの資金をいただくと共に、俺たちの望みという事で、この店……地元食材の中でも特殊なものを扱い、しかも美味しく調理してくれている店を紹介してもらったわけである。

 うん、全員が得をした素晴らしい取引だと思うな。


「お邪魔します」

「いらっしゃい。その目、貴族か……なるほど。貴殿らが伯爵殿がもてなしてほしいと言った客であるか」

 店内に入った俺たちに声をかけてきたのは、真っ白な鱗、赤い目、黄金色の角を持った竜人(ドラゴニアン)だった。

 厨房に立っている彼はエプロンを身に着けていて、包丁も手にしていて、何かしらの調理をしているようなので、彼が噂のヒノモト星系出身の料理人と言う事でいいだろう。


「ん? 兄ちゃん、どうしたであるか?」

「ああいや、すみません。ドラゴニアンの実物を見たことが初めてだったもので。職業柄、つい観察をしてしまいました。気に障ったなら申し訳ない」

「別に構わないであるよ。大半のドラゴニアンは(ねぐら)と決めた場所の外に出てこないであるから、珍しく思うくらいはよくある事である。むしろ見たいならもっと堂々と見るであるよ」

「そ、そうですか……」

 ドラゴニアン。

 平均寿命が千年を超える、帝国に住む人間の中でも屈指の寿命の長さを誇る人種。

 全身が鱗に覆われているのはリザードマンと同じだが、角の有無と顎鬚の差で両者の見分けは付く。

 身体能力については、身体能力に優れた方の人種であるリザードマンでも比べ物にならないほどに高く、自分の趣味については長い寿命を生かしてとにかく極めようとする性質から知識も深い。

 総合的な能力だけを見るならば、modによる改造を積んだヒューマンの貴族にも匹敵する事だろう。


「さて、まずは自己紹介であるな。吾輩の名はザクロック・ハヨモツグイ。流れの料理人として、各地で未知の食材を捜し歩き、調理し、人々に提供しているである」

「ご丁寧にありがとうございます。私はヴィリジアニラ・バニラゲンルート。こちらはサタ・セーテクスとメモクシ・アイチョーハです」

 俺たちとザクロックさんはお互いに一礼をする。

 ザクロックさんは……たぶんだが、まだ200年生きていないドラゴニアンだな。

 顎鬚の長さがそんな感じだ。

 尤も、俺とは比べ物にならないほど年上なことは間違いないが。


「事前に伯爵から説明を受けていると思うであるが、改めて説明しておくである。吾輩の料理は安全と味が優先で、見た目の優先度は低いである。食器や店舗の整えについてはなおさらであるな」

「聞いています。一年ごとに別の星系へ移動される都合上との事でしたね」

「そういう事である。食事は五感を用いるものとは理解しているであるが、経済的余裕が無いと言う奴であるな」

 俺たちはザクロックさんの案内で適当な席に座る。

 他の客は……今は自分の料理に専念しているから大丈夫なのか。

 しかし、小声でとは言え、経済的余裕がないから、食器の質とかにまで気を配っていられないと言うのは……相手がヴィリジアニラと言う明らかに貴族な相手である事と、グログロベータ伯爵からの紹介であるから、事前に知らせて気を損なわないためか。

 うん、だったら仕方がない。

 ヴィリジアニラがマトモな貴族であることはザクロックさんからは分からない事だしな。

 たぶん、俺だけだったら言われない事だろうし、気にしない事だろうからなぁ、うん。


「では、注文通りに一通り出すのである」

「はい、お願いします」

 それよりもだ。

 食器については安全策を設けつつも、味については一切の安全策を設けなかった。

 それどころか安全と並んで第一とまで言った。

 これは……期待できそうだ。


 俺は内心ワクワクしつつ、料理が運ばれてくるのを待った。

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