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56:テロ事件のその後・2

「ロケットコーンの改造に用いられたのはアンプル型の使い捨てmodだったようです。詳細は情報漏洩を警戒して明かされていませんが、生育途中の植物に直接突き刺すだけで急速に成長させた上でサタ様が解析したmodを付与し、兵器化するようです」

「「……」」

 メモクシの言葉に俺もヴィリジアニラも黙り、考え込む。

 俺はアレが使い捨てで、素人でも扱えるほど簡易で、使用から発動までが極めて短時間と言う、並外れた性能を持つmodであったと言う、恐ろしい事実と、一体どこからそんな技術が湧いて出てきたのかと言う点で。

 ヴィリジアニラは……たぶんだが、そんな恐ろしい代物がもしかしたら量産されていて、既に何処かで使われているかもしれないと言う懸念事項で。


「このアンプルを手に入れたのは今回捕らえられた『帝国人民解放戦線』のメンバーの中でも正規かつ幹部と言える者でした。そして、当人は『黒の根』の武器調達を専門とする者から手に入れたと言っています」

「なるほど。なら……」

「ですが、この『黒の根』を名乗った人物は既に死亡しています。死亡推定時刻はテロが発生する一時間ほど前で、脳だけをムース状になるほどにかき混ぜられた状態で死んでいたそうです。当然のように情報端末などは処分されていました」

「なんて殺し方ですか……」

 そんなmodをテロリストに与えた当人は既に死亡済みか。

 尋常ならざる殺され方からして、きっと海藻人間を生み出した黒幕が関わっているだろうな。


「ただそれでも顔が残っていましたので、捜査は進みました。結果、この男がガイドコロニーでの通り魔事件の犯人にシールド貫通modやドラッグを売っていた可能性が高いとのことです。その他にもグログロベータ星系内での物理と情報の両面での窃盗や密輸など、今回の一件全体にこの男が深く関わっていた可能性は高いようです」

「という事はだ。この脳みそムース男が各企業が生み出した技術や物資を、海藻人間にされた誰かに融通していたって事か」

「その可能性が高いようですね」

「なら、この男の能力自体は優秀だったのでしょうね。そして、それほど優秀な人間を成功すれば星系全体を滅ぼすようなテロが起こる前に始末していた……本当に入念ですね」

 とりあえず、厄介な人間が死んだのは確かなようだ。

 だが、ヴィリジアニラの言う通り、確かに入念だな。

 海藻人間もテロが起きる前からああなる予定だった気配があったし、テロが上手くいっても上手くいかなくても、とにかく自分には辿り着かせないと言う黒幕の意思を感じずにはいられない。


「ロケットコーンテロ未遂事件の本体についてはこのくらいですね。では、ヴィー様たちが制圧した施設についてです」

 さて、話はまだある。


「まず、あの施設に置かれていたmodの製造装置ですが、刻印されていたロットナンバーなどから、一年ほど前にギガロク宙賊団によって奪われたものだったようです」

「ふむふむ」

「また、装置の履歴から、テロに使われた生体改造modのアンプルがあの装置で作られた事が確定しています。ただ、製造は手入力かつ妙な操作が多く、再現や量産は難しいだろうとのことでした」

「それは……幸いと言っていいのでしょうね。あんなものは防衛にも攻撃にも使えませんから」

 宙賊経由で手に入れているなら、mod製造装置についてはこれ以上探れることはなさそうだな。

 『黒の根』なら離散前のギガロク宙賊団とは付き合いがあって当然だろうし。

 量産できないのは幸い。

 あんなものを増やされても困る。


「施設を使用していた人間については、施設に残されていた痕跡からほぼ特定。グログロベータ星系内の企業……トリティカムファクトリーで一年ほど前までmod研究員として働いていた人間のようです」

「働いていた……という事は今はもう辞めているって事か。その辺は?」

「辞めたではなく解雇のようです。解雇理由はmodを扱う人間としての倫理面が不十分であると判断されたから。ただ、解雇直後に事故にあって行方不明となり、一般的には死亡扱いとなっていたようですね」

「なら、ここもさっきの男が関わっていそうですね。死亡事故の偽装くらいは必要ならやるでしょうから」

 テロの際に最初のターゲットとしてトリティカムファクトリーが狙われた原因はこの辺にもありそうだな。

 それはそれとして、流石は諜報部隊。

 一般的には死んだ人間であっても、特に問題なく探り出せるのか。


「なお、この人物についてですが、解雇理由についてもそうですが、技術や態度面でも劣悪と言う意味で問題があったようです」

「……。え、なにそれ、かなり怖いんだけど。そんなのにあの出来のmodを作らせるとか無理だろ。倫理駄目でも何とかはなるが、根っこの技術と態度が駄目な奴に一級品を超えたものなんて作れるはずがない」

「はい。諜報部隊でもmodの製造周りを専門としている人間から同様の報告が上がっています。なので、本件の黒幕……つまりは海藻人間を生み出した何者かによる指導や洗脳の類があったのではないか、と言う疑惑がありますね」

「えーと? サタとメモが言っているのはどういう事なのでしょうか?」

 俺とメモクシの言葉にヴィリジアニラが首を傾げる。

 軽く説明しておくか。


「あー、その、だ。modの製造ってかなり繊細な作業なんだよ。それは最新鋭のmodになればなるほどに微細な力加減と言うか、機械でも代用できないようなものになってくる。少なくとも俺の知識の範囲内では」

「メモはサタ様に同意します。そして付け加えるならば、今回作られたmodは最新鋭のその先に在り、手順書の類があっても作れるのは一流の技術者か研究者に限られるでしょう。会社から技術と態度を理由に解雇されるような人間にはとてもではありませんが、手を出せるような代物ではありません」

「なのに、現実として作られてしまった……。なるほど確かに問題ですね。そして、だからこそ、製造した当人はテロと同時に何者かによって始末されたわけですね」

「そういう事なんだろうなぁ……」

「そういう事だと思います」

 そいつには作れるはずがないものを作らせる事が出来る。

 これが本当なら……最悪のパターンとして、素人にも同じことを出来るようにした上で、何処かで量産、なんてことがあり得るか。

 そしてそれが帝国中でばら撒かれたのなら……本当に洒落にもならないな。


「最後に、本件の重要人物二名の殺害に関わっているであろう黒幕ですが……こちらは全くの未知なる存在です。ですが、遠隔か時限式かは分かりませんが、宇宙怪獣モドキを発生させる能力だけでも脅威としては十分。既に諜報部隊の全実働部隊に注意喚起と捜索の命令が下っているようです」

「何か分かっている事とかは?」

「ありません。死体は欠片も残っていませんでしたし、宇宙怪獣モドキの存在と変貌の様子がカメラに収められているだけです。なお、相手の危険性を鑑みて、黒幕も宇宙怪獣モドキも情報収集を第一とし、始末も捕縛も極めて余裕がある場合に上層部からの許可を得た上で行うようにとのことでした」

「なるほど。判断については妥当だと思います。アレを倒したり捕まえることは、現生人類では入念な準備をしなければ不可能だと思いますから」

 黒幕については一切不明、と。

 ただまあ、これについては当然か。

 これまでまるで話に上がってこなかったという事は、自分に繋がる用済みの味方だけでなく、敵対者も確実に始末してきていたと考えていい。

 となれば、これまでの諜報で行方を絶った人間の幾らかが、こいつの仕業だと考えることも出来るだろう。


 そして、そんな相手であるのに、相手の戦力は最低でも人間サイズの宇宙怪獣相当。

 下手をしなくても、実際の戦力はそれが山のように出てくるし、下手をすれば恒星サイズのだって出てくるかもしれない。

 うん、まずは情報を集めなければ話にもならないだろう。


「以上。これが現在諜報部隊が掴んでいて、メモたちにまで開示されている情報となります」

「なるほど。つまり今後もまだまだ地道に探るしかない、と」

「そういう事になりそうですね」

 なんというか、帝国の安寧は案外薄氷の上にあるのだと理解させられるような話になってしまった。

 今が平和である以上、まだ対応が間に合うのだろうけども、それでも一般人には聞かせられない話だな、これは。

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