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51:エーテルスペース

本日は四話更新になります。

こちらは一話目です。

「サタ。言われたとおりの準備は出来ました」

「みたいだな」

 ヴィリジアニラの疲れがある程度取れると共に、一度脱いだ宇宙服を着直したことで準備は完了した。

 と言うわけで、先ほどまでのロケットコーン排除にも使っていたスクーターに再び三人で跨る。


「さて、これから俺が取得した座標の場所に向かうが、その道中についての注意事項だ。『出来るだけ見るな、出来るだけ聞くな、出来るだけ嗅ぐな』」

「理由は?」

「俺の本体が居る空間は間違っても人間にとって快適な空間とは言い難いからな。生身で立ち入っても大丈夫なのはセイリョー社の方で確認済みだが、大丈夫なのと不快なのとはまったく別の話だから、突入後も考えたら負荷は出来るだけかけない方がいい」

「分かりました。注意しておきます」

「メモも注意を払っておきます。ひたすらに真っすぐ走らせればいいのですね?」

「ああ、それで大丈夫だ。本体の方でもう道は作っているから、それだけで目的地に着く」

 メモクシがスクーターのエンジンを入れると同時に、目の前の空間に俺の本体が持つ触手の中でも細いものが現れて円を形成する。


「ゲートオープンだ」

「「……」」

 そして俺の言葉と共に円の内側から見える光景が変わる。

 企業コロニーのごく普通の壁から、俺の本体の触手に囲まれた一本道へと。

 同時に臭気が……軽度の事象破綻に伴う、文字通りにこの世ならざる悪臭が漂ってくる。


「行きます」

 メモクシがスクーターを勢いよく走らせて、円の向こう側……俺が居る空間に飛び込む。


「……」

 俺の本体が居る空間をセイリョー社の研究員はエーテルスペースと名付けている。

 エーテルスペースの基本的な性質は超光速航行に用いられるハイパースペースによく似ているらしいが、俺もそこまで詳しくはない。

 だが、性質が似ているからと言って見た目が似ているわけではない。


 このエーテルスペースに広がっているのは、銀色にヘドロを混ぜ込んだもので天地が覆われた世界。

 それらが気泡を上げ、シャボン玉のようになり、浮き上がっては弾ける世界。

 そして、弾けては人間の叫び声のようなものが響き渡り、恨みつらみをぶちまけているような音が響く世界。

 淀み、濁り、穢れ、俺以外の生きている生物を見かけない死せる世界。


 ああ、ハイパースペースはもちろんのこと、現世(リアルスペース)とも大違いだ。

 あっちはもっと煌びやかで、華やかで、何より陽の気に満ち溢れている。

 やっぱり俺はあっちの世界の方が大好きだ。


「なるほど、サタ様の注意事項も頷けますね。これは長く留まって居たい場所ではないです」

「……」

「納得してもらえて何よりだ。俺だけなら座標の即時書き換えで、此処を通らないぐらいだからな」

 そんな世界をスクーターが駆け抜けていく。

 一応通り道を囲うように俺の触手で道を作り、外部の様子がそう簡単には見えないようにしているのだが、メモクシの動体視力と言うかカメラならば、これくらいの速さなら普通に見えてしまうか。

 ヴィリジアニラに至っては……その渋面からして完全に見えているし、聞こえているな。

 と言うか、どうにも普段より気泡の湧き出しが激しいように思えるし……後で少し調べておくか。


「アレが出口だ」

「突入します。ヴィー様、捕まっていてください」

 スクーターを走らせること一分ほど。

 入り口と同じように俺の触手で作られた出口が見え、メモクシは躊躇わず、その円の向こう側へとスクーターを突っ込ませる。


「さて着いたな。周囲に敵影は……なしか」

「……。サタ様、重力方向が反転しているなら、そう伝えて欲しかったのですが」

「シールドが半分くらい削れましたね……」

 そしてスクーターは宙に飛び出し、頭の方が下となって、激しい音と共に壁に衝突した。

 咄嗟にメモクシがブレーキを引いたのと搭載されていたシールドmodが仕事をしてくれたので二人にケガはないようだが……これで隠密は無理になったな。

 後、メモクシの恨み言についてはだ。


「ああうん、自分以外を未知の場所へと一緒に跳ぶのは初めてだったから、説明不足だったな。と言うわけで、メモクシ。俺が取得したのは独自座標だけだ。そこに何があるか分からないってのには、重力方向も当然含まれているんだ」

「覚えておきます。下手をすれば深海どころか溶鉱炉の中だってあり得るという事ですね」

「そういう事だな。やっぱり規定座標以外で目視範囲外に跳ぶのは俺だけにしておいた方がいいかもしれないな」

 まあ、素直に謝っておくほかないな。


「二人ともそこまでにしておきましょう。それよりも此処は何処ですか?」

「本体の目で見る限りはグログロベータ星系の小惑星帯農場の何処かだ。適当な大きさの小惑星をくりぬいて、その中に施設を作ってあるタイプだな」

「座標の取得が出来ました。当たりですね。軍も警察も把握していない施設です。最大級の秘匿回線で情報を通知しておきます」

 ヴィリジアニラの言葉を受けて俺は周囲を見る。

 俺たちが今居る部屋は……ちゃんとmodの研究室のようだな。

 汎用と言うか、研究用と言うか、新たに作り出した任意のmodを付与できる装置が置かれている。

 それと作業内容の都合か、グログロベータ星系のSwを無効化するmodが施設中に入っているみたいだな。


「サタ。これはmodの付与装置ですよね?」

「ああそうだ。それもエネルギー源さえあれば何度でも使えるタイプだし、未知のmodやいろんな理由から禁止されたmodでも付与できる奴だな。しかも最新版。帝国内の一流企業の最先端研究室で使っているような代物。これがこんな場所にあると言う時点で、もう怪しさの塊と言っていいレベルだな」

 見た目は俺もよく知っている、天球儀にも似た巨大な球体を中心として、無数の細かい装置と制御用の端末がくっつけられたもの。

 ただ、制御用端末に付いているボタンなどの数からして、市井の人間やテロリストが頑張った程度で手に入れられるようなものではない。

 詳しいところはメーカーやロットナンバーを後で調べるとして……これだけでも、此処の主には貴族か大企業のスポンサーが付いている証拠と断言していいだろう。


「ではメモクシ」

「既にハッキングを開始しています。第一段階完了。ひとまず電子的な手法による遠隔での爆破やデータ消去が行われる危険性は排除しました。ダウンロードは……メモの実力では難しいですね」

「modによる証拠隠滅はどうしましょうか……」

「任せておけ。今の俺ならこういうことも出来る」

 と言うわけで証拠確保。

 こういう機械には大量のデータが残されているので、メモクシが外からデータを弄れないようにする。

 なお、データ面の操作をしつつ、電源コードや電波受信口の物理的な破壊もしている辺り、メモクシの慣れが窺える。


 同時に俺は指先から黒い煙を噴き出して、mod製造機に纏わりつかせておく。

 これで座標指定型のmodによる攻撃も含めて、外からの干渉で機械とデータへ何かすることは出来なくなっただろう。


「サタ、その煙は?」

「簡単に言えば俺の墨だな」

「……。そう言えば、さっきの空間で少し見えたサタの本体の姿はタコに近い姿をしていましたね。なるほど」

 なお、mod製造機そのものに煙が触れないように注意はしておく。

 この煙はmodにとっては毒のような代物だからな。

 迂闊に触れさせてしまうと、証拠が台無しになりかねない。


「では、証拠の保存が出来たところで施設の制圧に移りましょうか。メモ、この場はお願いします」

「分かりました。ご武運を」

「了解。と言っても、数分経って警備ロボの一体も寄越してこない辺り、気づいていないと言うよりは、誰も居ないの方があり得そうだけどな」

 さて、此処までに敵影はもちろんのこと、何かしらの物音もなし。

 外から見張っている本体の目にも引っ掛かるものもなし。


「それでも油断せずに進みましょう。もしかしたら置き土産の類はあるかもしれませんから」

「ああ、そう言うのもあり得るのか。確かに注意を払った方がよさそうだ」

 俺とヴィリジアニラは部屋に一つだけある扉から、外に出た。

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