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45:警戒している時には来ないもの

「こちらは小麦粉の製造ラインですね。小麦粉と言っても強力粉、中力粉、薄力粉と言った具合に様々な種類が存在しており、トリティカムファクトリーではそれぞれの粉に適した品種の小麦を用いて製品を作っているようです。もちろん、それぞれの工程では使わない部分と言うのも出て来ますが……」

 さて、ティーフリズ社のmod工場の時と同じように、俺たちの案内は必要なデータをインストールしたメモクシがしてくれている。


「こちらはビールの製造ラインですね。水、酵母、ホップと小麦以外にも必要なものがありますが、それらはトリティカムファクトリー独自のものを調製しているようです。ただ、メモとしてはヴィー様はまだお飲みになられない方が適切だと思います」

「メモ、それは分かっています。そう言えばサタは酒をあまり飲みませんね」

「ん? ああ。俺は酒がそんなに好きな方じゃないんだよ。味覚的にあまり合わないし、酩酊感とは無縁だしな」

 なので俺はその分だけ周囲に注意を払っている。

 具体的には工場、居住区、研究室、港、何ならトリティカムファクトリー周囲の宇宙空間に、その他いろいろと本体で見て回っているのだが……。


「サタ?」

「いや、何も起きないと言うか、予兆もないなと思ってな」

「サタ……」

 ヴィリジアニラの言葉の割には何かが起きる気配は見られない。

 ヴィリジアニラの目とこれまでを考えたら、何かは起きそうな気がしていたんだけどな。


「サタ様の気持ちは分かります。メモも以前はそうでしたし」

「メモ!?」

「……。そうですね。メモの経験から言えば、サタ様とメモがあからさまに警戒している間は来ないと思います。それがいつもの流れと言う奴ですから」

「あー、何か分かる。相手がこっちの警戒を見て動いているかは関係ないんだけど、どうしてか警戒を解くと来るって奴だな」

「ええ、そう言うのです」

「……。二人とも、もう少し歯に衣を着せていいんですよ? それに孤児院やティーフリズ社の時のように何事もなく終わる事だってちゃんとありましたよね?」

「いやだって、今回はヴィー直々の前振りがあるし」

「メモはヴィー様のあの言葉があった時点でバックアップを新規に取りましたが?」

「……」

 ヴィリジアニラが何か言いたそうにしている。

 が、短くともこれまでにあった事と俺の護衛と言う役目を考えると、油断は出来ない。

 メモクシに至っては俺が生まれる前からヴィリジアニラと付き合いがある以上、そういう場面にも多々遭遇している事だろうし……妥当な対応だと思う。


「ただサタ様。四六時中警戒を続けるのは集中力の無駄です。もう少し気を緩めていきましょう。何かあれば、まずはヴィー様の目が捉えます」

「それもそうか」

「それと、メモたちの油断とは関係なく、此処トリティカムファクトリーの工場見学ルートに居る間は、他の客さえ近づかせなければ大丈夫かと」

「そうですね。もしもこの場で何かあれば、それはトリティカムファクトリーにとっては大失態。最悪、企業コロニーの統治権にヒビを入れる事にもなる。そこまで心配はしなくても大丈夫だと思います」

「なるほど」

 メモクシとヴィリジアニラの言葉に俺は頷く。

 確かに今この場で何かトラブルがあって、それが企業側に瑕疵があるものだった場合、トリティカムファクトリー側はコロニーの治安維持、管理運用の面から咎められる事になるか。

 それを考えるなら、普通は何も起きないだろうな。


「じゃあ、きちんと警戒しておかないとな」

「サタ!?」

「素晴らしいですサタ様。これまでの話をよく分かっていますね」

 まあだからこそ俺は警戒するわけだが。

 ついでに言えば、ヴィリジアニラの目が優れているからと言って、それに頼るのは護衛として駄目だろう。

 と言うわけで、警戒を続行しつつ俺たちは工場見学を進めていく。


「よし、此処までは何もなかったな」

「そうですね」

「二人とも、この件については後でしっかりと話し合いましょう。私の事をどう思っているかについてを特に入念に」

「「……」」

 で、無事に本日の日程の三分の二ほどを消化し、昼食をとるための食堂についた。


「コホン。さて、昼食だな。トリティカムファクトリーらしくメインは小麦粉製品か」

「そのようです。パン、シリアル、うどん、ピザ……色々ですね。どうやら発売前の製品も幾らか混ざっているようです」

「……。野菜や果物についてもグログロベータ星系の各地で採れたもの、肉も大豆を元にした代用肉のようですね。ある意味ではグログロベータ星系最新の食事と捉えることも出来そうでしょうか」

 さて、トリティカムファクトリーの食堂は広大だった。

 理由は簡単で、此処には見学客だけでなく社員に、社員の家族、休日の日の人間……つまりはこのコロニー中の人間がやってくるのだから、相応の面積が必要であるためである。

 しかも、その気になれば、この食堂だけでも一日過ごせるのではないかと思うくらいにメニューは豊富。

 シリアル一つとっても食べ慣れたもの、珍しいフレーバーのもの、発売前の試食を兼ねたものと、何種類も並んでいるくらいである。

 おや、軽食系のショートブレッドもあるな。

 これは……うん、折角だから食べ比べてみよう。


「サタ、また妙な食べ方を……」

「問題ない問題ない。俺だしな」

 と言うわけで、俺は周囲の目を気にすることなく、ショートブレッドだけを一通り頼んで、食べ比べてみることにした。


 なお、ヴィリジアニラは総菜パンを選んでいる。

 うん、そっちはそっちで、特製のパンに厳選された野菜の組み合わせで美味しそうだ。

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