前へ次へ
44/319

44:トリティカムファクトリー

『間もなく当船はトリティカムファクトリーに到着いたします。お忘れ物の無いように……』

「さて、着きますね」

「だな」

「そうですね」

 翌日。

 俺たちは第一プライマルコロニーの中層にある港から、トリティカムファクトリーが出している定期便に乗って、トリティカムファクトリーが管理している企業コロニーへと向かった。

 この定期便は日に五往復分ほど出ているもので、片道一時間ほどで目的地に着く。

 サイズとしては『ツメバケイ号』より少し小さい程度の大きさであるが、貨物スペースはほぼなく、殆どのスペースが人間を乗せる場所になっている。

 正に定期便である。


「ふむ。とりあえず大きな騒動は起こってないみたいだな」

「確認ありがとうございます。サタ」

「こういう時にサタ様の本体は便利ですね」

 トリティカムファクトリーの企業コロニーは第一プライマルコロニーより一回りほど小さい真四角の柱型になっている。

 中にあるのはトリティカムファクトリーの加工工場、倉庫、研究所が殆どで、残りがライフラインに関わるところか、従業員の居住施設または事務作業を行う場所である。


「定期便に乗っていた他の客たちはもう降りたようです。メモたちも降りましょう」

「そうですね。向かいましょう」

「分かった。先行する」

 さて、コロニー一つ分の加工工場と言われると、とんでもないように思われそうだが……此処で取り扱っているのが惑星グログロベータ1で収穫された小麦の大半であると考えれば、むしろ小さいくらいである。

 それに加工と一口に言っても、小麦粉、シリアル、ビールなどなど、様々な形に加工は行われている。

 それぞれの加工に専用の設備が必要であることを踏まえれば……一つのコロニー内に複数の工場が併設されているようなものなので、やはりコロニー一つでは小さいくらいだろう。


「うーん、当たり前なんだが客よりは従業員と思しき人間が多いな」

「それは企業コロニーとしては当然のことですね。行楽はプライマルコロニーやそれ専用のコロニー、あるいは各種興行の巡業を行う船に任せているからこその生産性ですから。そう言えばセイリョー社のコロニーは……」

ウチ(セイリョー社)はいわゆる研究馬鹿が多かった。これでだいたい足りると思う」

「あ、はい。まあ、研究者には付き物ですね。バニラシド帝国大学にもそう言う教授は少なからず居ましたし」

 定期便を降りれば、そこはトリティカムファクトリーの入り口である。

 ここで名前、危険物、入場目的を含む各種チェックをされた上で中に入っていき、それぞれの目的に従って動くことになる。

 そんなわけで、俺たちの前では、第一プライマルコロニーで休暇を過ごした家族連れあるいは一人の人間が中に入っていったり、スーツ姿の人間がチェックを受けた上で他の人物とは違うルートで移動を始めたりしている。


 なお、俺とヴィリジアニラの会話については……まあ、うん、本当に研究者あるある何だ。

 ある種のワーカーホリックと言うか、研究の息抜きに別の研究をし始めると言うか、そう言うのが少なからず居るのだ。

 きっとトリティカムファクトリーでも研究部門の人間の中にはそう言うのも居る事だろう……。

 ちなみにだが、気晴らしに別の研究を始める程度ならともかく、疲れるほどに別の研究をやって、きちんと休まない奴は、セイリョー社では研究職から降ろされていた。

 休むのも仕事の内だからである。


「ん? ああ、小口の食料品はこっちからで、小麦は別の港から……いや、トリティカムファクトリーの業務とそれ以外で使う港を分けてあるのか」

「恐らくですが、第一プライマルコロニーと同じように物が動いているのでしょう。あちらはコロニー内で加工する様々なもので、こちらは小麦に限定されるようですが」

 入場待ちをしている間にも俺はチェックを続け、最終的に俺たちが居る場所とは別の港を二か所ほど見つける。

 どうやらメモクシの言う通りで、片方の港で惑星グログロベータ1産の小麦を降ろし、もう片方の港で加工が終わった品を運び出しているようだ。

 行先は……まあ、分かるわけもないな。

 で、俺たちが居る港からコロニー内に運び込まれているのは、ちょっと覗き見た感じでは普通の野菜や衣料品などの生活必需品のようだ。

 これらはこのコロニー内では生産していないが、第一プライマルコロニーへ都度取りに行くには遠いという事で、輸入に頼っている品なのだろう。

 まあ、行楽関係と同じと言えば同じだな。


「ト、トリティカムファクトリーの工場コロニーへようこそ。お名前と身分証の提示をお願いいたします」

「はい。分かりました」

 と言うわけでヴィリジアニラがまず名乗り、身分証として成人資格証を提示。

 なお、名前を名乗る際には子爵(ヴィスカ)を名乗っていたのだが……ヴィリジアニラの顔を見た時点で受け付けの社員さんの笑顔が微妙に引き攣っていたし、子爵と聞いた瞬間には明らかに強張っていた。

 うんまあ、特別な取り計らいは不要とは事前に言っておいたが、それでも平民が貴族の相手をするのは緊張する事だろうから、これは仕方がない。

 トリティカムファクトリー側としては、本当ならもっと慣れた人を受付に回したかったのかもしれないが、昨日の今日では間に合わなかったのだろうしなぁ。

 なに大丈夫だ、安心しろ、ヴィリジアニラは理不尽な要求はしないタイプだから。


「工場の見学ツアーですね。では、三番の通路から内部へどうぞ」

「分かりました。ありがとうございます」

 では、注意を払いつつ先に進んでいこう。

 トリティカムファクトリーそのものには問題はないはずだが、ヴィリジアニラの目はここに向かうのが最善であると告げたらしいからな。

 俺たちは指示されたとおりに、三番の通路からコロニーの中へと入っていった。

前へ次へ目次