42:遭遇した事件の続報・2
「ガイドコロニーの通り魔の件と言うと、ナイフの出元が分かった感じか?」
「そのようです。とは言え、説明は順に行わせていただきます」
メモクシの話は続く。
次はガイドコロニーの通り魔の件の続報だ。
「通り魔の身元は判明しました。やはりガイドコロニー出身の成人資格証を持たない人間でした。種族がヒューマンで年齢が25歳とのことなので、完全に落伍者です。使用が認められたドラッグについても自分で使用したもので間違いないようです」
「うんまあ、そうだろうなぁ」
「明らかに異常な様子でしたからね」
まあ、通り魔の男については情状酌量の余地なしって感じだろうな。
保護者も保護者で保護管理責任を果たしていなかったという事で、場合によっては罪に問われそうな話だ。
ただまあ、この件については犯人については割とどうでもいい。
問題はシールドmodを無効化するナイフについてだ。
「ただ、そのドラッグですが、通り魔の男が普段用いていたものよりも格段に攻撃性と凶暴性を高めるようなものになっていたようです」
「「……」」
いや、ドラッグの売人についても問題か。
と言うか、もしかしなくてもこれは……。
「件のナイフを通り魔の男に渡したのはドラッグの売人の男でした。また、現場周辺の監視カメラにはハッキングが行われた痕跡もありました」
「実験台……という事ですね」
「胸糞悪い話だ」
「はい、警察もそのように判断しています」
シールドmodの無効化が出来るかを試したのか。
治安維持に関わる全員を舐めている上に、内々で実験する余裕のなさを感じるな。
それ以上に愚かさも感じるが。
「ですから、逆探知などによって、ドラッグの売人の男及び、ガイドコロニー内に居た仲間と現地幹部までは締め上げたそうです。その先については、もはやメモたちが知る事ではないでしょうし、もっと時間がかかる事になるでしょう」
ふむふむ、ドラッグ周りについては一応解決済みか。
それはいい事だ。
「さて、件のナイフの出元ですが、どうやらグログロベータ星系内にある企業コロニーで研究中のものが持ち出され、加工された結果のようです。詳しい部分はまだ調査中のようですが、特定の金属元素を根から吸い上げて、葉や果実の形で製錬する特殊な植物を製造中に生み出された変種のようですね」
「つまり、その企業全体か研究員の一部はドラッグの密売組織に関わっているわけですね」
「また変なものを……いやまあ、使い道はあるんだろうが」
と、此処から件のナイフか。
なるほど、あのナイフは変な植物を加工した結果、作り出されたナイフだったわけか。
「この植物及び金属を誰が流出させたのか、どこまで関わっているかはまだ調査中です。ですが、現状で分かっているだけでも、数十キログラム程度の金属が流出していることが確認されています」
「大問題ですね」
「大問題じゃねえか……」
そして、その元になった金属はどう見てもナイフ一本では済まない量で流出していると。
これだけ流出しているなら、植物そのものも流出しているぞ、これ。
「その植物。グログロベータ星系の外で育つのですか?」
「不明です。どうやら件の企業もコロニーも現在大混乱中のようで、調査自体も難航しているようです」
「おいおい……」
ヴィリジアニラの言葉にメモクシは呆れたように答え、俺は少々頬を引きつらせる。
どの程度のペースで育つのか、そもそもグログロベータ星系の外で育つのかと言う問題があるが、抑え込みに失敗したら一大スキャンダルになるぞ、これ。
「よって、この件については続報待ちです。ただ、これほどになると、もはや内々で済ませたり、隠蔽したりなど出来ませんから、ニュースになるのを待つくらいでちょうどいいと思います」
まあ、うん、とりあえず俺らがどうにか出来る範囲を超えてしまっているのは確かだな。
それは間違いない。
「では続けて。惑星グログロベータ1への不法侵入者の件ですね」
「それもあったなぁ。そう言えば」
不法侵入者はケーラビーに捕まって、救難シグナルを出されて、それで治安維持部隊に捕まったと言う話だったか。
「犯人たちはどうやら惑星上を遊覧飛行する宇宙船をチャーターし、正規のルートで惑星グログロベータ1に接近。遊覧飛行の最中に何かしらの方法で惑星へ降下したようです。手段についてはこれ以上の開示はされませんでした」
「ふむふむ。それで?」
「手段は分かりました。目的は?」
「惑星グログロベータ1で働く農民の解放を訴えています」
「「?????」」
俺とヴィリジアニラの顔に困惑の表情がはっきりと出る。
メモクシも完全に呆れた顔になっている。
「農民の解放? 貴族の解放じゃなくて?」
「はい、農民の解放です」
「えーと、どういう理屈でそんな話を?」
「一応、こちらに資料としてまとめてありますが……目を通す価値はないとメモは判断します」
目を通す価値はないと言われたが、俺もヴィリジアニラも一応、彼らの意見に目を通す。
通すが……ああうん、確かに価値はないな。
典型的な妄想に囚われた人間の言であり、自分に酔っていますと言う感じだ。
それでも頑張って読んで、反論させていただくなら……。
「惑星グログロベータ1の農民たちってぶっちゃけエリート層で、高給取りで、休みたいなら申請を出せば普通に休めるよな」
「ええ。農業はグログロベータ星系の主要産業ですし、農業の何処をとっても知識も技術も必要な仕事ですから、相応の給料と休暇が与えられています」
彼らは農民が奴隷のように使われていると言った。
だが、そのような事実は何処にもない。
地下農場や海中農場で働いている、表にはなかなか出てこない農民まで目をやっても同じだろう。
「貴族が農民を虐げている余裕なんてあるか?」
「物理的にないと思います。グログロベータ星系は周辺の星系とは比べ物にならないほどに人の出入りが多く、企業コロニーも多数存在していますから」
彼らは貴族が農民に鞭を打っていると言った。
だが、鞭打たれこき使われているのはどちらかと言えば貴族の方だろう。
俺が確認した限りでは第一プライマルコロニーの行政機関は文字通りに24時間無休で動き続けていて、管理責任者であろう面々はだいたい、食事を摂るのも睡眠をとるのも仕事です状態なぐらいに自由時間が無く、あれをこき使われていると言わなかったら、何をこき使われていると言うのだろうか。
「金。消えてないよなぁ」
「きちんと計算してみる必要はありますが、少なくとも政府管理部分の金はクリーンだと思います」
彼らは予算が貴族の私腹を肥やすのに使われている言った。
しかし、金銭と言うのははっきりと数字で出るものな上に、敢えて融通が利かないように調整された機械知性たちが担当しているはず。
1バニラポンドどころか、1バニラリンすら使途不明金はないはずだ。
個人の懐に入った金をどう使おうかは、それこそその個人の勝手なので、犯罪行為に絡まない限りは周囲がとやかく言うようなものじゃないしなぁ。
「『帝国人民解放戦線』……帝国ほど庶民が自由な国なんて無いと思うんだけどなぁ……」
「なんと言いますか……なんて言えばいいんでしょうか?」
その他にもまあ、色々と意見は書かれていたが……。
総評するならば、あなた方はいったいどこの世界の生まれなのでしょうかと問いかけたくなるような内容だった。
なんと言うか頭が痛くなってくる。
「ちなみに不法侵入者たちですが、見事に雲隠れしてみせた責任者と思しき人物以外は成人資格証を持たない人間であり、出身星系はバラバラ。恐らくですが、現状に不満を抱いている彼らを抱き込んで、良いように使っている黒幕がどこかに居ると思われます」
「こっちはこっちでまた根が深そうな話になってきたな……」
「その黒幕が許せませんね」
あ、うん、つまるところ、何処か別の星系を治める組織の誰かから、大いに賑わっているグログロベータ星系への嫌がらせってことだな、これ。
そうでない可能性も勿論あるだろうけど、一番ありそうな話だ。
「よって本件もメモたちはこれ以上関われません。ですが放置も出来ないので、諜報部隊が本腰を上げて調べることになるでしょう」
「なるほどな。はぁ、休憩にしてはまるで落ち着けない話だ」
「本当ですね……」
とりあえず俺もヴィリジアニラも花茶を飲み干すと、しばらくは宙を見つめるくらいには頭が痛い話だった。
世の中には困った輩が居るものである。