4:ヴィリジアニラ・バニラゲンルート
本日四話目でございます。
「ええ、こんにちは。それでその、貴方様は何者で、何の御用でしょうか?」
俺は船員さん、コロニーの職員、アンドロイドの三人から少し離れて、やってきた二人の少女の姿を改めて見る。
「『ツメバケイ号』への乗船予約をしたヴィリジアニラ・バニラゲンルートと申します」
二人の少女の片方、金色のふわふわとした髪質の女性が礼儀正しく、はっきりとした発音と優し気な声で名乗り、乗船目的でやってきたことを告げた上で、奇麗な所作で身分証を提示する。
えーと、まず名前の長さからして貴族関係者なのはほぼ確定。
貴族は地位の分だけ接触する人間が多く、名前被りを出来るだけ防ぐために名前が長くなりがちだからな。
時々、平民が貴族っぽくするために長い名前にすることもあるが、ヴィリジアニラの場合は所作からして本物だろう。
まあ、所作を抜きにしても絶世の美少女と言う奴であり、上流階級の人間であることだけは間違えようがない。
「確認できました。確かに本日『ツメバケイ号』に乗船されるヴィリジアニラ・バニラゲンルート様ですね」
「ありがとうございます」
衣服は上にジャケットを羽織ったワンピースに、ブーツ、ただ、腰のベルトなどで絞るべき部分は絞ってある感じ。
アクセサリは両手首にブレスレットで、右側頭部に渦巻き型の髪飾り。
武装は小型拳銃型のブラスターが腰に一丁。
いずれも品質は上の上で、一応平民でも手は出るレベルだが、貴族と考えた方がやはり自然か。
「あー、その、失礼ながら乗船目的は? 見ての通り、ウチはそこまで立派な船じゃないんですが」
「取材を。それとその、失礼な話かもしれませんが、観光も兼ねています。色々と見て回りたいのです」
「あ、ああ。なるほど……」
まあ、見た限りでは異常と言うか怪しい点は見られないな。
使っているmodの質も良さそうだが、異常ではない。
目の周りに身体強化modの影響なのか青緑色の燐光が現れては消えているのは気になるが、これも貴族ならそこまでおかしなものじゃないからな。
船員さんがそうなっているように、丁寧に対応しなければと萎縮はしてしまうが、暴れたりしないだろうかと恐怖する必要はなさそうな感じだ。
その後、幾つかの質問とスキャンが行われて、ヴィリジアニラは問題なしという事になった。
「そろそろよろしいでしょうか」
「と、すいませんね。貴方は?」
「メモはメモクシ・アイチョーハと言います。身分証はこちらに」
さて、もう一人の少女。
こちらは全身をクラシカルなメイド服に身を包んだ少女型のガイノイドのようだ。
両耳以外に機械らしい機械が見えない事からして、限りなく生身のヒューマンに近い見た目を持たせたタイプのガイノイドであり……はっきり言って、お高い存在である。
値段的な意味で。
「乗船目的は?」
「ヴィー様の世話です。メモはヴィー様の従者ですので」
んー、二人の関係性と見た目を見る限り、ヴィリジアニラ専属のメイドロイドとして幼い頃から、と言うところだろうか。
アンドロイドも人造人間も、製造元から課される雇用期間は概ね五年。
人造人間と違ってアンドロイドは他の個体と無線通信で情報のやり取りも出来る。
となれば、雇用期間を過ぎてなおヴィリジアニラに付き従うという事は……まあ、仕えている主の正常さを示すものになるだろう。
不自然な挙動も見せていないしな。
なお、メモクシの外見に武装の類は見えないが、ガイノイドであるなら……大抵は体内にブラスターの一つや二つは内蔵しているものだし、身体能力もヒューマンのそれとは一線を画しているはずなので、十分な備えはあるはずだろう。
「スキャン完了しました。お二人とも事前の申請に無いもの、違法な品の所有は確認できませんでした」
「ありがとうございます」
「……」
スキャンも無事完了。
と同時に俺は船員さんに視線を向けた後に軽く首を横に振る。
問題は感じなかったと言う合図だ。
それを受けて船員さんは小さく頷く。
「なるほど。では、お三方共こちらへどうぞ。『ツメバケイ号』の船内へと案内いたします」
「分かりました」
「それでは我々コロニー側はこれで。良いお旅を」
「ありがとうございます」
では移動開始。
コロニー職員とアンドロイドはその場に残し、船員さん、俺、ヴィリジアニラ、メモクシの順番で『ツメバケイ号』に乗船するためのチューブへと近づいていく。
「ウチは貨物メインの船なんで、船員の出入りは内部に無重力などの移動関係modを展開しているチューブを使ってます。中に入ったら力を抜いて、流れに乗って奥へ進んでください」
「分かりました」
俺はヴィリジアニラたちに一度目礼をしてから、先んじてチューブに入る。
すると俺の体はコロニー全域に発生している重力modの影響下から解放されて浮かび上がり、その後ゆっくりとチューブの先……つまりは『ツメバケイ号』の乗り込み口に向かって落ちていく。
うん、レディファーストと言う概念が色んな星系にあるのは知っているが、この場面での適用は不適当だと思ったのは正解だったな。
二人はまだチューブの中に入っていないようだが、この頭から落ちていく状況に続けて入る事を考えたらな、うん。
と、そんなことを考えている間にツメバケイ号の上部にまで俺は移動し、開放されているハッチから中へと進入。
「ようこそ『ツメバケイ号』へ。お客さん」
「これからしばらくよろしくお願いします。船員さん」
乗り込み口に用意されているクッションに着地。
『ツメバケイ号』内部の重力方向に体を合わせた後、出迎えてくれた別の船員さんと挨拶を交わしつつ、少し横へと移動。
「よう……ようこそおいでくださいました。『ツメバケイ号』へ。その、よろしくお願いいたします」
「お願いいたします」
「はい、よろしくお願いします」
続けてメモクシ、ヴィリジアニラの順で到着。
出迎えの船員は明らかに挙動不審な様子を見せるが……。
「まあ、そうなるよな」
「ああなるなと言われても無理なのは俺も分かる」
うん、明らかに絶世の美少女判定が出る貴族のお嬢様が突然現れたら、男なら誰だってビビる。
挙動不審にもなる。
変に固まる。
これはもう仕方がない事なのだ。
悲しき男のサガって奴なので、実害がない限りは見逃していただきたい。
「さて、現在時刻は……ふむ。では、お三方、『ツメバケイ号』がグログロベータ星系に向かって旅立つまでに後二時間ほどありますんで、船内についてざっと説明をさせてもらいます。付いてきて下せえ」
「分かりましたわ」
「分かった」
「えーと、カメラよし。雑記帳よし。では、お願いします」
船員さんが移動を始める。
うん、ヴィリジアニラについて気にするのはひとまず此処まで。
俺の生活の為にも、此処からはしっかりと取材をしなければ。
俺は気を入れ直し、情報端末で起動しているアプリを確認。
それから、船員さんについて移動を始めた。