39:ティーフリズ社mod工場
「……。インストール、完了いたしました。これよりメモはインストールしたデータに従って、ヴィー様とサタ様を案内いたします」
翌日。
俺たちは第一プライマルコロニー内を移動して、とある工場へとやってきた。
で、その工場の案内としてメモクシがデータを受け取り、そのデータに従ってメモクシが案内係を務めてくれることになった。
これはヴィリジアニラが見るからに貴族であり、他の一般見物客と一緒にするとトラブルが起きた際に困るという事で分けたのだろう。
こちらとしてもマイペースに見て回れること、トラブル防止、密談の類がしやすいなど、様々なメリットがあるので、受け入れる事はやぶさかではない。
うん、こう言うのはメモクシのようなアンドロイドだからこその技術だな。
情報端末にインストールして音声で流すと言う方法もなくはないが、メモクシによる解説の方がもっと分かり易いし。
「ではこちらへどうぞ」
「分かりました」
「分かった」
では見学開始。
まず、今回見学する会社の名前はティーフリズ社と言い、特定分野のmodの開発、製造、販売を行っている会社である。
本社はグログロベータ星系とは別の星系にあるが、グログロベータ星系内での需要の高さから、第一プライマルコロニーに製造工場を得た上に、下層ドック……搬出口への直通通路まで貰っているようだ。
「まずは前提から。以前説明した気もしますが、此処第一プライマルコロニーは惑星グログロベータ1が農業に専念するために作られた加工衛星とでも言うべきものであり、惑星グログロベータ1で必要なものを作り出すのが主な産業になっています」
「ふむふむ。確かに聞いた覚えがあるな」
惑星グログロベータ1は昨日見学したとおり、ほぼ全てが農業に使われていて、残りも住居、農作物を最低限加工するのに必要な設備、宇宙にまでものを上げるための設備で埋め尽くされていた。
なので、肥料、農機具、娯楽、その他生活に必要な物たちは全て惑星の外からの輸入に頼る必要がある。
「そして、そのなかには農作物を最低限加工するのに必要な物資の一つ……鮮度保持modも含まれています。サタ様、鮮度保持modがどのようなものかは分かりますか?」
メモクシから質問が飛んでくる。
さて、どの程度答えたものだろうな?
まあ、一般的な範囲で答えておくか。
「ティーフリズ社がここで作っている鮮度保持modは特定生物に付与するタイプのmodだな。使用回数が決まっているカートリッジ型。効果としては対象の原子分子に発生する化学変化を停止する事によってグログロベータ星系のSwを……」
「十分過ぎます、サタ様。それ以上は見学の意味がなくなるので、お止めください」
「ん? おう」
「サタはやっぱり専門家の部類に入っていますね」
あれ? 一般的な範囲を飛び越えたか?
いやでも、セイリョー社ではこう習ったし、俺の舌でもそう感知していたんだが……。
「コホン。サタ様、一般的な……専門家の普通ではなく、帝国の一市民の常識においては、鮮度保持modへの認識は、物が腐らなくなる、何度か使ったら効果が無くなる、使うには専用の装置が必要、副次的な作用としてちょっとだけ頑丈になる。こんな所です。具体的にどのような作用によって鮮度保持が為されているかも、Swとの兼ね合いも一般人は知りません。メモが受け取ったデータにもありませんでした。そして、グログロベータ星系内での認識は、農作物の収穫と持ち運びに必須のmodである。この程度です」
「あっはい。なんかごめんなさい……」
メモクシがこれまでにない早口でまくし立ててきた。
あ、うん、周囲に一般見学客が居なくてよかったわ。
色々と問い詰められそうだ、ティーフリズ社の社員さんに。
「では、足を進めましょうか」
「そうですね」
「分かった」
さて、工場を少し進むと、窓ガラスの向こうで何かしらの機械のパーツを製造する場面が見えてくる。
うん、鮮度保持modだな。
長辺10センチ、短辺3センチほどで厚さは1センチもない。
俺が言った通りのカートリッジ型だ。
なお、modそのものを充填する部分は非公開である。
これについては見せて、万が一にもそこらへんで真似されたら大惨事になりかねないからだろう。
「メモ、あのmodは一般的にはどう使われているの?」
「一般的には収穫の際に用いられます。収穫と同時に鮮度保持modのカートリッジを使用、付与し、変化が起きないようにします。そうする事で完全に熟するまで収穫を待つことも出来るようになりますし、その状態でも次の工程まで支障なく運べるようになります」
作られた機械が大きな籠のようなものに差し込まれ、籠が何十段も積み重なると何処かへと運び出されていく。
恐らくだが、十分な数が貯まったら船で惑星グログロベータ1の地上に降ろし、使用されるのだろう。
そして、このmodが無ければ、グログロベータ星系のSwの影響であっという間に熟すどころか腐ってしまうので、毎日のように山ほど送られているに違いない。
そりゃあ直通通路の一つも貰えるはずである。
ちなみにだが、modの使用対象については、現時点では『植物』と言う指定以外には入っていないはずだ。
どの農作物を対象とするかは現地で収穫する人間に指定させた方が確実かつ便利だからな。
「さて、この工場では他のmodも製作されています。鮮度保持modのマイナーチェンジ版、modの解除キー、一般市民が日常レベルで使う鮮度保持modと解除キーも作られているようですね」
さて、メモクシの説明は続く。
併せて窓の向こうで作られているものも、微妙にその形を変えていく。
最初のは加工の際に使う奴で、指定空間内で特定の反応だけ抑えるような奴だな。
さっきまで話に出ていた鮮度保持modだと強度も上がってしまうので、そう言うのも必要なのだ。
解除キーについては正規の手段で鮮度保持modを解除する手段の事。
これが無いと、普通のトマト一つ潰すのに大人が全力で力をかける必要とかがあるはずだ。
一般市民が日常で使うレベルと言うのは……まあ、この星系内で暮らすには必須品だから当然か。
食生活の殆どが植物由来だろうしな。
なお、いずれの品にしても、やはりmodそのものを付与する工程は秘匿されている。
この分だと、その工程部分だけは専門の社員がやっているのだろうな。
「なるほど。ティーフリズ社は問題なさそうですね。社員たちも普通に働いているようですし、製造工程にも特に怪しい点などは見られませんから」
「そうですね。ただ、こんな表に見えるところで怪しい挙動をしているなら、それはもう末期症状と言えますが」
「そこまでの末期症状ならヴィーが来る前に色々手が入ってそうだしな」
まあなんにせよだ。
俺たちにとって重要なのは、ティーフリズ社はホワイト企業であり、市民生活を瑕疵なく支えていて、帝国に対して何も偽る事はないと言う事実である。
と言うわけで、今日の工場見学も問題なく終了となった。