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37:ケーラビー

「んー? これはどういう状況だ?」

「サタ。サタが見ているものはサタにしか見えていないのですから、説明をお願いします」

「……」

 救難シグナルが出されている場所に俺の本体は辿り着き、上空から現場を眺めているような状態になっている。

 そこまではいいのだが……現場がどうにも理解に苦しむ感じになっている。


「えーと、とりあえず救難シグナルは農場に倒れている複数の人間から発せられている。で、その人間の周囲には救急部隊と治安維持部隊の乗り物と人間が集まってる」

「ふむふむ」

「ただどうにも雰囲気が物々しいと言うか……警戒の方向性が要救助者の周りではなく、要救助者へ向けられているように思えるな」

「それは確かに奇妙ですね」

 俺の言葉にヴィリジアニラも首を傾げる。

 メモクシは……何かモニターのようなものを準備し始めているな。


「これ、俺はどっちの側で立つべきだ?」

「事情が分かりませんのでそのまま観察を。治安維持部隊が来ているならば、後でそちらから事情を知る事も出来るはずです」

「分かった」

 とりあえず手出しはしない。

 そして俺が見ている中で、救難シグナルを出していた人間たちは次々に乗り物の中へと運び込まれて、近くにある惑星上の都市へと運ばれていくようだ。

 一応、都市の位置についてはヴィリジアニラにも伝えておこう。


「サタ様。サタ様はミツバチや虫媒花と言う言葉についてはご存じですか?」

「?」

「分かりました。では、推測を含みますが、順に説明いたします」

 と、ここでメモクシがモニターを操作して、幾つかの絵を出してくる。

 ヴィリジアニラも俺が目撃したものに関わりがあると判断したのか、モニターの方を向く。


「惑星グログロベータ1の地表には農業の手助けとしてケーラビーと言う生き物が放たれています。この生き物はミツバチを元にmod技術を含む各種技術によって生み出されました」

 モニターに映し出されているのは体長10センチにも満たない小さな昆虫だ。

 体色は黄色と黒を基本としているが、頭部には真っ赤な円がある。

 他の特徴としては……尾部が発達していて、鋭い針が見えているな。


「ケーラビーは普段は農作物の花から花へと移動し、蜜を集めると共に花粉を移動させ、農作物の受粉を促し、結実させる役目を担っています。これは元になったミツバチから引き継いだ性質であり、この手法によって受粉する花を虫媒花と呼びます」

「ふむふむ。ミツドリ科の鳥みたいなものか」

 どうやらミツバチと言う生き物は、ヒラトラツグミ星系で言うところのミツドリ科の鳥に似た性質を持っているようだ。

 ちなみにミツドリ科の鳥は体長10センチくらいの鳥で、やっている事は似た感じだ。


「ちなみに、このケーラビーなどの蜂が集めた蜜が蜂蜜と呼ばれるものであり、そちらを発酵させると蜂蜜酒(ミード)と呼びます」

「ああ。蜂蜜の蜂ってこいつらの事なのか。ようやく知識が繋がった気がするな」

 モニターに地中にある専用施設に作られたらしいハニカム状の巣が映される。

 巣には芋虫の形をした幼虫の他に、大量の蜜が蓄えられている。


 なるほど、ここはミツドリとは異なるな。

 ミツドリは蜜を巣に蓄えるんじゃなくて、消費するだけだし、体内に溜め込むのはヒナに与えるために一時的に蓄えるだけだから。


「さて、このケーラビーですが、先述の通り、mod技術も用いた品種改良の結果として生まれています。なので、特殊な能力も持っています」

 モニターが切り替わる。

 これは……グログロベータ星系の統治機構が所有している、本来なら外には出しちゃいけないタイプの書類ですね、はい。

 流石は諜報部隊と言うかなんというか……。

 まあ、その点については黙っておこう。

 それよりも重要なのはだ。


「識別用タグmodを所有していない人間への攻撃性を高める指示mod、攻撃した相手の意識を奪う麻酔mod、攻撃した相手の体力を利用して救難シグナルを発させる救難シグナルmodですか。ではサタが見つけたのは……」

「なるほど、そういう事か」

「はい、そういう事です」

 ケーラビーが攻撃するのは、惑星上で暮らす人々には所有が義務付けられ、観光で訪れた人間にも必ず一時貸与される識別用タグのmod、それを持っていない人間と人間に近い姿を持つ生物だけ。

 攻撃にケーラビーが用いるのは、針で刺した相手の意識を奪い取り、身動きを取れなくさせる、全身麻酔modの亜種であり、見方によっては制圧用の武装と言えるものである事。

 起動の為に必要なエネルギーを発信者から奪うと言う、通常ではあり得ない改造が施された救難シグナルmodも、拘束とケーラビー側の味方を呼び寄せるための合図と言えるだろう。

 そして、ケーラビー自体はグログロベータ星系の統治機構が生み出した、グログロベータ星系内でしか生きられない限定生物である。


 これだけの要素が揃えば、俺にだって救難シグナルを発していた人間たちの正体は掴める。


「つまり奴らは違法に惑星グログロベータ1に降下した人間だったわけか」

「それを惑星中に生息するケーラビーに捕捉され、拘束されたと」

「はい。そう考えてよいと思います」

 つまり、違法性はあるが、法を犯していたのは、救難シグナルを発していた側だったという事だ。

 そりゃあ、やってきた治安維持と救助の人間たちの警戒方向が、救難シグナルを発していた人間たちになるわけである。


「いやしかし、そうなると凄い生物だな……ケーラビー。よくこんな生き物を生み出したもんだ」

「そうですね。普段は休まず農作業に従事し続け、密入星者が居れば拘束するだなんて……」

「ちなみにですが。グログロベータ星系から産出される蜂蜜や蜜蝋の大半はケーラビーが作り出されたものです。また、ケーラビーの幼虫や蛹は珍味として味わう事もあるようです」

「本当に凄い生物だな」

「本当に凄い生物ですね」

 徹頭徹尾と言う規模で利用されているんだなケーラビー。

 とりあえず幼虫と蛹については後で機会とお店を見つけて食べてみる事にしよう。

 珍味と言うからには味も良いのだろうし、楽しみだ。

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