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36:惑星グログロベータ1観察会

「超高精度望遠鏡、借りてまいりました。ヴィー様」

「ありがとう。メモ」

 翌日。

 俺たちはホテル『エディブル・クリセンマム』の301号室のベランダから、第一プライマルコロニーに設置された巨大窓を通しての惑星グログロベータ1の観察をする。

 今日は一日、体の休憩も兼ねて、観察会をし続ける予定だ。

 何なら昼食とかも部屋に運び込んでもらう事になっている。


「望遠鏡、必要なのか?」

「流石に必要ですね。私の視覚強化にも限界はありますから」

「なるほど」

 で、その観察に必要という事で、メモクシがホテルからmodも利用した超高精度望遠鏡を借りて来て、設置。

 調整が終わり次第、ヴィリジアニラはこの望遠鏡を使って惑星グログロベータ1を覗き見ることになるだろう。


「そう言うサタはメモと同じで不要なのですね」

「要らないな。本体で見に行けばいいし」

「メモは諜報部隊としての立場を使わせてもらえるなら、一般的な街頭カメラや農場カメラにはログインできますので」

 さて観察会だが……皇室に連なる者とは言え、ヴィリジアニラだけが見たのでは、視点や範囲が限定されてしまう。

 これでは公平性、公正性、問題発見の可能性を考えた場合には問題があるだろう。

 と言うわけで、俺とメモクシも観察会には参加する。

 ただ、その手段はヴィリジアニラと違って、それぞれ自前の手段でである。


「しかし、本当に農業惑星なんだな。見渡す限り畑か果樹園か……建物は最低限と言う感じだ」

 では観察開始。

 惑星グログロベータ1だが、入植当時にmodも用いたテラフォーミングが行われていて、今は気温、湿度、風、降雨と言ったものが完璧に制御された、惑星全体が農場のような状態になっている。

 それこそ地上だけでなく、海上、海中、地中でも農業が行われている状態である。


「そうですね。そして、Sw(スターウェア)の効果によってこうして見ている間にも作物が成長していきますね」

 種が蒔かれ、芽吹き、育ち、花をつけ、実をつけ、収穫、畑にはまた種が蒔かれ、収穫物は初期加工をされた上で大半が宇宙へ。

 これが農業の一連の流れであるが、惑星グログロベータ1では常にこの過程のどれかが行われている。

 種蒔きと除草剤のドローンは忙しなく飛び回り、収穫の為の機械を人々は操り続け、宇宙と地上を繋ぐ船と軌道エレベーターは常時稼働しているような状態だ。

 作物の成長速度は……種類にもよるし、大半のものは数日はかかるようだが、本当に早いものだと、種を蒔いたその日の内に収穫できそうな勢いのものもあるな。


 ただ、そんな忙しない状況だが、作れば作るだけ儲かるのと、きちんとシフト制を敷いていてそれぞれのプライベートの時間があるからだろう、農作業に従事している人々の顔は明るい。

 んー、とりあえず分かり易いほどの悪政は行われていないようだな。

 そんなの当然なんだけど。


「しかし、これほどの量の作物を作って、グログロベータ星系内のコロニーや他の星系へ輸出しているとなると……」

「そうですね。当然ですが、輸出した分だけ輸入する必要もあります」

 と、ここで前日の内に第一プライマルコロニーから発艦したらしい船が惑星グログロベータ1へと降下。

 そして、農場に近づくと、積載物である液体をばら撒いていく。

 うん、肥料だな。

 肥料であるが……。


「つまりアレの原料が人間たちの出したそれである、と」

「……」

「サタ様。流石にデリカシーが無いと思います」

「あー、うん。俺は出さないから、そっち方面の羞恥心はちょっと分からないんだ。すまない」

 その元になっているのはグログロベータ星系にやってきた宇宙船から出た排泄物であったり、わざわざヒラトラツグミ星系から購入した鶏糞であったりする。

 それを第一プライマルコロニーの工場で加工し、こうして撒いているのだ。


 なお、こう言うところのヒューマンたちの恥ずかしがる感情は俺にはイマイチよく分からないのだが……この過程についてはよくできた仕組みだよな。


「でも凄い計算がされているのは理解しているぞ。つまるところあれは輸出によって惑星グログロベータ1から失われた各種元素を、失われた分だけ補充している姿なわけだからな。多すぎても少なすぎてもいけないのだから、制御している奴の計算能力が段違いなのは明らかだ」

「そうですね。これの計算と制御を誤れば、富栄養化か砂漠化かは方向性次第ですが、とにかく惑星グログロベータ1の産業は成り立たなくなります。そう考えると、担当者の能力は確かでしょう」

「と言うか正に農業の神髄のような光景だよな。これ」

「と言うと?」

「人間が利用できないあるいはしづらい状態になっている原子や分子を、人間が利用できる形……作物へと変換する。太古から続く自然に対する改変作業。人類の英知であり、善き人々の努力の結晶。俺は素晴らしいものだと思う」

「そう……ですか」

 天秤の水平を保ちながら、皿の中身は次々に変換されていく。

 そう考えたら、下手なmodよりもよほど凄まじい偉業が行われているよなぁ、これ。


 で、俺がそうやって感心していると、どうしてかヴィリジアニラは悩まし気な笑みを浮かべている。

 どういうことだ?

 俺としては素直な感想を上げただけなんだが。


 ちなみにメモクシは無表情なので分からない。


「ん?」

「どうかしましたか? サタ」

「いやなんか、本体の方で救難シグナルを受信した。惑星グログロベータ1の惑星上で何かあったらしい。向かってみる」

「それは……珍しいですね。完全に制御された農業惑星上では滅多なことでは救難シグナルを出す必要があるよう事態は起きないはずですけど」

「……。サタ様は生身かつ位相空間に居るのに、機械でしか反応できないようなものに、当然のように反応しているんですね」

 と、ここで救難シグナルをキャッチしたので、俺の本体はそちらへと向かう事にした。

 位相空間に居るので出来ることはないだろうが、状況把握ぐらいはしておきたい。

 場所は……惑星グログロベータ1の上では夜の領域になっている場所のようだ。


 さて、何が起きているのだろうか?

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