34:『エディブル・クリセンマム』での夕食
「ふむふむ」
さて、ホテル『エディブル・クリセンマム』のレストランである。
特等席は惑星グログロベータ1を巨大窓越しに見れる位置に席があるが、俺たちは食事に集中したいのと、何かあった時に対処しやすいように端の方の席に着いている。
テーブル、椅子、食器類、調度品の類は当然ながら一流のそれ。
メニューについても、一部の飲み物や二択や三択の中からどれを選ぶかと言うのはあるが、基本的にはレストラン側が提供したいコース料理をいただく事になるようだ。
うん、これは期待できるな。
素人の考える感覚的な食べたい組み合わせも悪くはないが、プロのこの組み合わせが美味しいから味わってもらいたいと論理的に組まれた料理は文字通りの素晴らしいものになるからな。
「サタ。細かい部分は?」
「決まったから大丈夫だ。ヴィー」
と言うわけで本日のメニュー。
前菜は食用花のサラダ。
スープは野菜たっぷりのサフランスープ。
メインとしてステーキブロッサムの花弁を焼いたもの。
デザートとしてシムンハナと言う植物の花弁をメインにしたゼリー系の食べ物。
なお、飲み物として蜂蜜酒か花の香りを付けたジュースが出されているので、俺とヴィリジアニラはそれぞれ別の香りのジュースを選んでいる。
「いただきます」
「見た目が鮮やかで、味も……素晴らしいですね」
まずは食用花……エディブルフラワーを集めて作られたサラダ。
見た目は色鮮やかな花を集められたサラダで、まるで皿の上に花畑が広がっているようであり、香りも……うーん、花の甘い香りだけでなく、食欲をそそるような刺激的な匂いも混ざっているな。
では実食。
ふむふむ、グログロベータ星系のSwの影響を受けないように加工はされているが、どの花も新鮮で、美味しい。
少しの辛味や苦みもあるが、それ以上にツバが出て、次をくれ、次をくれと舌と胃が求めてくるような味だ。
「おお、こっちもいいな」
続けて野菜たっぷりのサフランスープ。
黄色いスープに深紅の柱頭を浮かばせているスープには玉ねぎやニンジン、じゃがいもと言った一般的な野菜が入っている。
当然ながら、どの野菜もグログロベータ星系産の野菜だ。
一口すくって食べてみれば……ああ、素晴らしいな。
様々な野菜のうまみが溶け込み、調和を示し、口の中から鼻の中にまで香りと幸せが広がっていく。
しかもこの味は一切のmodが使われていない、野菜の皮むきからスープとして仕上げるまで、最低限のmodしか使わず、味の調整に至ってはmod完全になしの、シェフが調味料だけで整えてみせた本物の味だ。
これが食べられただけでも、このホテルに来たかいがあると言うものだろう。
「これは……!?」
次はステーキブロッサムの花弁をミディアム程度に焼いたものに、塩気のある果実から作られたソースをかけたもの。
なお、付け合わせとしてグログロベータ星系産の野菜が添えられている。
さて、ステーキブロッサムは花弁が真っ赤、肉厚、巨大で、内部に蜜を蓄える特性を持っている花であり、栄養価としても動物の肉に近いものを持っている。
そんな花の花弁一枚を丸ごと焼いたものからは、よく焼けた肉特有のいい臭いがしている。
ナイフは難なく通った。
切り分けることで内部の蜜とかけられていたソースが自然と混ざり合い、香りが立つと共に、甘じょっぱいソースが完成する。
それを口に運べば……ああ、美味しい。
噛めば噛むほどにステーキブロッサムの花弁からうま味が飛び出し、そこにソースが混ざり合って美味さに深みが加わる。
そして、出来上がったソースと付け合わせの野菜を合わせれば……ああ、こちらも絶品だ。
ステーキブロッサムとは違う味、食感、その他諸々とソースが噛み合って、舌を楽しませてくれる。
「凄いなぁ……これが一流か……」
花の香りを付けたジュースも素晴らしい。
花の香りを爽やか、ささやかなものにすることで、それまでの食事を楽しみ慣れた舌をリセットして、次の一口が再び素晴らしいものに出来るようにしてくれる。
引き立て役は目立たないものではあるが、これほど見事な仕事をしてくれる引き立て役を俺は褒めずにはいられない。
「これは寒天に近いものでしょうか?」
「シムンハナ……惑星グログロベータ1の海洋を漂っている植物であるらしいな」
最後にデザートであるシムンハナの花弁をメインとしたものであるが……。
見た目は花弁状の寒天に甘いソースをかけたもののようだ。
えーと、シムンハナと言うのは惑星グログロベータ1の海洋を漂っている植物で、海面上にゼラチン状かつ透明な花を浮かべ、海面下に毒々しい色の根や葉を伸ばす、産業植物ではなくテラフォーミングの過程で生まれた天然植物の一種のようだ。
近い生物だと海月と言う生き物が思い浮かぶな。
で、花は食用になるが、根や葉は有毒なので回収対象であるらしい。
うん、海月では?
「あ、美味しいですね」
「だな」
肝心の味としては……かけられている甘いソースが美味しく、ゼリー感覚で食べられるな。
ただ、これまでの品と比べると、まだまだ研鑽途上であるように感じられる。
とは言え、他の品に見劣りするほどの品ではないし、資料によれば最後に食べることで適度な満腹感をもたらしてくれると言う意味でも、デザートとして相応しい品であるように思えるな。
「しかし、今更だが空調modがすごいな。このお店」
「そうですね。花畑の中に居るような香りが広がっていますが、それが混ざり合っていません」
なお、今更な話になってしまうが、このレストランで何より凄いのは、これほど香りに満ちた空間であるのに、香りが濃くなり過ぎず、不快感を発生させていない事かもしれない。
よく見れば食用花ばかりの食事で、大量の香りが発生しているにもかかわらず、不快感に至るほどではないように抑えられているのだ。
どんな香りも強すぎれば悪臭となるものなのだが、それがないと言うのは、地味ながら凄い話である。
「うん、満足だな」
「ですね」
そうして俺たちは幸せな気持ちと満腹感のままにレストランを後にした。
09/23誤字訂正