31:エアコンツリー
「驚いたな。此処は外部の人間が入ってくる玄関のような場所とは言え、コロニー内に本物の植物がこんなにあるとは」
「そうですね。私も話には聞いていましたが、実物は噂以上ですね」
俺たちが入った地区は、先ほどまで降船口やその周囲で働く人たちの居住区と、降船口で降りて来た客を受け入れるためのホテルが多い区画のようだ。
ざっと見た限りでは行き交う人々の表情は明るく、治安も悪くなさそうだ。
だが一番の驚きは今俺たちが進んでいる道沿いに沿って植えられている街路樹だ。
「正直、コロニーの許容度的に大丈夫なのか不安になる光景だな」
街路樹は高さ3メートル程度の木で、葉や幹の色はヒラトラツグミ星系でも見るような普通の木と同じだ。
特徴的な部分としては……幾つかの葉先、幹と枝の間、と言った部分に穴のようなものが見えて、近づけば分かるほどに激しく吸気と排気を行っていること。
それから、こっちはグログロベータ星系のSwの影響なのだろうが、こうして見ている間にも新しい枝葉が生えたり、伸びたりしているのが見えている。
「そうですね。ですが、この街路樹の性質的に何十本植わっていても、それが好き放題に成長していても問題はない。そうでしたよね。メモ」
「はい、その通りです。ヴィー様」
「ほうほう、具体的には?」
さて、コロニーには許容度と言うものがある。
これは惑星上と比較してコロニー内は人間が利用しているエリアの密度が高く、水も空気も元は外から持ってきた限りがあるものであるから生まれた考えである。
詳細な計算式やらなにやらは省くが……簡単に言えば、環境を変化させる要因をどの程度まで受け入れられるかを示す指数である。
なお、この許容度の考えで重要と言うか気を付けないといけない話がある。
水は最悪の場合、とにかく純化した後で必要なものを添加すると言う手段が使えるように、奇麗にすれば問題はない。
だが、空気の場合は適切な混合比になっている必要があり、単一の気体の濃度をとにかく上げればよいと言うものではない。
なので、空気中の二酸化炭素を酸素に出来るからと、その能力だけを持った植物を大量に生育させたりすると、大惨事が起きることになる。
よって、現在のコロニーではだいたいが科学的あるいはmodを利用して、適切な混合比の気体を生成していると聞いているのだが……此処、グログロベータ星系の第一プライマルコロニーでは話が違うらしい。
「この木はエアコンツリーと言って、mod使用も含めた品種改良の結果、人間が生存し活動するのに適切な混合比の気体を生み出し続けるようになった植物だそうです」
「へー……」
なるほど、エアコンツリー。
無秩序と言うか生物の機能に従って気体を生成するのではなく、特定の混合比の空気になるように目指す植物なのか。
そして、グログロベータ星系のSwによって素早く成長と枯死を繰り返すことによって、長期間の機能の安定化も図られていると。
グログロベータ星系だからこそ出来る技術なのだろうが、凄い環境維持技術だな。
なお、こんな会話をしている俺たちの近くで、現に一本のエアコンツリーが枯れ、砂のように崩れ、崩れた木を原料として新しいエアコンツリーが芽を出し始めている。
で、こっそり枯れた際に出したと思しきエアコンツリーの実の一つを手に取り、味を確かめてみたわけだが……。
「サタがすごい表情をしてますね」
「当然です。サタ様のように手を出されてしまう方対策として、エアコンツリーの実は非常に不味いものになっているそうですから」
渋い。
とにかく渋い。
指で触って、指先の味覚で味を感じた瞬間に顔が歪み、目が覚めるほどに渋い。
しかもなんと言うか、金属系っぽい味も混ざってる。
これは駄目だ。
食えたものじゃない。
味まで空調設備を舐めたような味にしなくてもいいじゃないかと思うが、メモクシの言葉を聞いて納得もしてしまったので、その点についてはもう否定できないのが俺である。
「まあ、そんなエアコンツリーの実ですら何とか食べられるようにならないかと努力された方もいらっしゃるようで、第一プライマルコロニーの何処かにこっそりと店を構えられているようですね」
「そいつの努力は凄いな……。ヒノモト星系の出身者か?」
「さあ? メモが調べた限りでは店の実在すら確かめられませんでした」
「噂のお店、という事ですね。時間があれば探してみましょうか」
ちなみにヒノモト星系とはバニラ宇宙帝国で一番の食狂いと言われるような文化が根付いている星系である。
有毒魚の特に毒が強い部分を原理は分からんけど毒抜きできたからヨシッと美味しく食べるのは、この星系ぐらいなものだろう。
他にも色々な有毒物をどうにかして食えないかと加工し、実際に食えるようにしてきてしまったはずだ。
そんな星系の出身者なら……まあ、普通なら食えないものを食えるように調理していても驚かない。
むしろ納得する。
「あ、サタ。私たちが泊まるホテルはコロニーの中層に在ります。なので、そちらまで移動しましょうか」
「ん? そうなのか」
さて、ホテルを目指すとは言っていたが……流石は貴族。
この辺にある平民向けの安宿ではなく、コロニーの中心部と言うお高い場所にあるホテルを利用するようだ。
と言うわけで、俺たちはコロニー内の別フロアに移動するためのエレベーターへと乗り込み、下のフロアに向かって降りて行った。
許容度のお話は宇宙時代なのでそう言うのもありますよ、と言う感じで流しておいてください。
詳しくやると気体の組成とか、微生物の繁殖とか、水の循環とか、本題に関係ない話を延々とやる事になると思いますので、これ以上は取り扱いません。
09/21誤字訂正