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3:サタ・セーテクス

本日三話目でございます。

「構わんよ。で、えーと、お客さんでいいんだよな?」

「ええ、間違ってないはずですよ」

 チューブの入り口に居る三人に近づいた俺は少し距離があるところで立ち止まる。

 距離を詰め過ぎないのは、お互いに相手が大丈夫な存在であるか、確証が持てていないからだ。

 むしろ、こういう時に不用意に距離を詰めてくる人間については色々と警戒をしておいた方がいい。

 スリや詐欺ぐらいならまだマシで、一番酷いのだと……ゼロ距離でいきなりブラスターを撃ち込まれた覚えがある。

 あの時は大変だった。


「では、まずは名前と身分証の提示をお願いします」

「分かりました。名前はサタ・セーテクス。身分証はこちらです」

 さて、それはそれとして、『ツメバケイ号』に乗り込むための手続きである。

 俺はコロニーの職員さんの言葉に従って名前を名乗ると、近づいてきたサポートのアンドロイドの手に身分証……バニラ宇宙帝国で一般的な身分証である成人資格証を渡す。

 この成人資格証と言うのは……まあ、簡単に述べてしまえば、大人としてきちんとした責任能力を有している証明のようなもので、偽造不可能かつ現在の人類の生存圏全域で有効な代物である。

 まあ、俺としては、たった一枚のカードで色々と出来るし、証明も出来る、便利な代物ぐらいな感じではあるが。


「確認できました。確かに本日『ツメバケイ号』に乗船されるサタ・セーテクス様ですね」

「ありがとうございます」

 アンドロイドが情報の読み取りを終えて、俺に身分証を返す。


「では、幾つかの質問事項がありますので、正直にお答えくださいね」

「分かりました」

 さて、本人確認が取れたところで次のステップである。

 アンドロイドが俺の体の各所に向けて緑色の光を照射し始める。

 これは事前申請されていなかった危険物や違法な品物を持っていないかを検査するスキャンmodの光だ。

 体に害はないし、拒否する理由もないし、俺の隠し事に通用するグレードのものでもないので、俺は素直に受け入れる。

 で、それと同時にコロニーの職員と『ツメバケイ号』の船員による質問及び確認タイムだ。


「渡航先は?」

「グログロベータ星系のプライマルコロニーですね」

「渡航目的は?」

「取材ですね。俺はフリーライターとして活動していますので」

 コロニー職員からの質問は型通りのものなので、どうという事はない。

 素直に答えればいいだけだ。


「ウチの船を利用する目的は? グログロベータ星系に行くだけなら、高速船はもちろんのこと、ウチのような貨物も一緒に運ぶ船じゃなくて、人だけを運ぶ豪華な客船だってあったはずだ」

「一番は値段ですね。そこまで儲かっているわけじゃないんで」

 問題は『ツメバケイ号』の船員からの質問だ。

 船の所有者には、怪しい客を乗せない権利はもちろんの事、いざと言う時には船外に叩きだす権利だってある。

 つまり、機嫌を損ねるような答えはNGである。

 身元が確かな船を利用するべきなのもこの辺が理由で、ヤバい船だと客の荷物を奪ってポイっされかねない。

 まあ、そこまでヤバい船は滅多にないが。


 これは余談だが、高速船は貨客船よりはるかに早く目的に着くが値段はそれ以上に高い。

 客船は貨物船、貨客船と足は変わらないが、サービスが良く、値段も相応に高い。

 安さと言う意味では、貨物船、貨客船に相乗りさせてもらうのが一番安いのである。


「値段ねぇ……」

「後、自分の居住地の外に出たことがない人向けに記事を書きたいという事もありまして、折角なら星系間航行がどのようなものであるかを時間をかけてしっかりと見たいと言うのもあるんですよ」

「なるほどね。ウチの船も取材対象の一部って事か。そりゃあ、わざわざ船長に取材の許可を求めるか」

「取材するなら必要なことでしょう?」

「必要なことなんだが、許可取らずにこっそりやっていく奴が多いんだよ。まあ、そういう連中からは後でたっぷりとお金をいただくわけだが」

「ははは、それは当然のことですね」

 船員が金マークを手で作って笑みを浮かべ、俺も笑みを浮かべる。

 まあ、個人の観光の記念写真程度ならともかく、それで金を稼いでいるなら、ちゃんと許可を求めない方が悪い。

 お金だけで事後許可を出してくれるのはホワイトの範疇だ。


「スキャン完了しました。危険物は事前の申告通り、違法物は確認できませんでした」

「危険物……ブラスターではなく、伸縮自在modを入れたチタン製の棒ですか」

「ええ、その通りです」

 と、スキャンがようやく終わったようだ。

 問題は当然なしだ。


「珍しいな。俺もそうだが、大抵の奴は護身用のブラスターぐらいは持っているんだが」

「親……製造元から絶対にブラスターを使うなって言われているんですよ。俺」

「ほーん。そいつは珍しい。てかアンタ、ラボ生まれだったのか、言動からじゃ分からなかったな」

「ははは、イレギュラーって奴です。おかげで雇用期間は危険に関わる事もなくって奴だったんで、悪い事ばかりじゃないですよ」

「なるほどな。そいつは確かにいい事かもな。ブラスターが扱えなくて死ぬわけじゃねえんだし」

 その後も俺は細かい確認事項をチェックしていく。

 当然ながらどれも問題なし。

 この辺は事前に調べたとおりだな。


「しかし、片方は普通の客かと思ったら、ある意味じゃ両方とも普通の客じゃなかったわけか」

 さて、これで船に乗り込む前の手続きは終わり。

 と、思ったら、船員さんが少し気になる事を口にした。


「両方共とは?」

「おっと」

 船員さんが俺を招き寄せ、耳元に口を近づけ、その間にコロニーの職員さんとアンドロイドは俺たちの姿を陰に隠しつつ、周囲を警戒するように目をやる。

 どうやら、あまり表立ってしたくない話のようだ。


「ボソボソ(いやな、船長から話があったんだが、今朝になって急にもう一組客が増えたんだよ。しかも特急料金だとしても割高な料金を支払って。具体的には高速船で五往復しても十分なレベルだ)」

「ボソボソ(それは……普通じゃないですね)」

「ボソボソ(だろ? だから何かヤバいものを運ばされるんじゃないかって、船員も職員も警戒しているところなんだ。もう直ぐやってくるはずだが……もしも、ヤバいと感じたら教えてくれ。アンタは悪そうな奴じゃないし、少しでも目が欲しい。最悪、これから来る奴を見て乗船キャンセルしても金は返すぜ)」

「ボソボソ(誰が来ても乗るとは思いますが……警戒はしときますし、情報は出しましょう)」

「ボソボソ(頼んだ)」

 なるほど、これは確かに怪しい客だ。

 不相応に高い金払いには警戒をしておいた方がいいのは、帝国の何処でも変わらない話だからな。

 そして、そういう事ならば、もうしばらく雑談に興じているフリを……いや、普通に俺の記事の宣伝でもしていればいいか。

 そこまで考えて、俺は自分の情報端末であるタブレットを示しつつ、船員に目をやりながら少し離れる。


「ああそうだ。知ってもらえていると嬉しいんですが、俺はこんな記事を……と」

「お、宣伝か? いいねぇ……来たか」

 で、雑談として俺が自分の記事のページを見せたところで、俺の視界の端にその二人は現れ……。


「……」

 俺は目を奪われた。


 現れたのは二人の女性。


 前を歩くのは金色の髪の女性であり、明らかに質がいい衣服を身にまとっている。

 金色の目の周囲では、何かしらの身体強化modが働いた結果として表れているのであろう青緑色の燐光が現れては消えていて、その他の品にしても民生品としてはかなりの質のものを使っているように思える。

 単純に歩くだけでも芯がぶれず、気品さと言うものを漂わせているし、明らかに貴族階級の人間だ。


 後ろを歩くのは俺より頭二つ分ほど小さいメイド服の女性……いや、少女か。

 ただ、耳が機械であるのを見れば、彼女がサイボーグかガイノイドの類であることは分かるので、そういう見た目と言うだけの話になるな。

 手には大きな旅行用カバンを持っており、服装と状況から考えるに前を歩く女性専属のメイドロボと言うのが妥当なところだろうか。

 いや、俺の目が確かなら……止めておくか、どうやって見極めたと言われそうだ。


 とりあえず俺から言えることは一つだ。


「船員さん。厄介ごとではあるが、マシな厄介ごとで済みそうだぞ」

「そうだな。何処かの貴族のお姫様が金に物を言わせて割り込んだだけくせぇ。本当に助かったわ。いやマジで」

「同感だ」

 警戒度は下げられる。

 なにせ、貨客船に乗り込もうと言う時点で成人資格証持ちなので、極めて馬鹿なことは言いださない。

 バニラ宇宙帝国の貴族であくどい連中なら、こんなと言ったら悪いが、こんな貨客船は使わずに自前で船で用意する。

 それでも貨客船を使うなら、ただの気分で物好きなだけの可能性が高い。

 多少のわがままはあるかもしれないが、それ以上に金も払ってくれるだろう。

 もしも、違法な品を持っていたら?

 その時はたぶんコロニー側がスキャンしても出てこないくらい厳重に封印されて、そういう品を持ち込んでいるので……船としては知らぬ存ぜぬが通用する。


 よって、なんで貨客船を使おうとしたのかと言う理由に謎はあっても、ただの客でいい。

 ただの客として扱うべき。

 そういう話だ。


 そして俺に限っては……まあ、どんな問題が起きても何とかはなるだろう。

 俺はそう言うのだからな。


「こんにちは。職員、船員の方々」

 そして、件の少女は俺たちの前にまでやってきた。

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