23:ヴィーの正体
「まずは改めて自己紹介を。私の名前はヴィリジアニラ・エン・バニラゲンルート・P・バニラシド。帝国歴2571年生まれで、2年ほど前にバニラシド帝国大学を卒業しています」
「つまり飛び級で入学し、合格しているわけか。宇宙船での戦闘をする時の指揮の優秀さとかはその辺からか」
「いえ、そちらは趣味です。大学での専門は星系またはコロニーの管理運営でしたから」
「あ、はい」
さて、ヴィリジアニラの自己紹介である。
今は帝国歴2587年なので、ヴィリジアニラは16歳という事になるな。
帝国での大学入学は普通なら18歳前後なので、少なくとも学力については保証されている事になるな。
「そして、確かに私は皇室の名を使わせていただいていますが、普段は母の実家の爵位から子爵の方の名前を使わせてもらっています。ですので、サタの私に対する態度も、貴族に対する態度が求められた時はそちらを基準にしてもらえると助かります」
「分かった。と言ってもこっちは平民だ。皇室も子爵も上には変わりないから、たぶん態度はそう変わらないと思う」
「それでも構いません」
皇室の名前を必要な時以外に使いたくないというのは……まあ、分かる。
皇室の名前は強力過ぎるからな。
貴族の権威を前面に押し出してくるような愚か者を真正面かつ最速で叩き潰したり、指揮権を移す時にスムーズに事を進めたりする時には使えるが、それ以外で使うのは……まあ、メリットと同じくらいにトラブルを招きそうではある。
なお、爵位の詐称に関しては、下の者が上の地位を名乗るのは当然ながらアウトであり一発で死刑もあり得る案件である。
だが、その逆は、後で本来の地位に相応しい扱いを受けられなかったと言いだす、そんな恥ずかしい振る舞いをしなければ、お咎めなしである事が大半である。
「それで皇帝陛下との関係は?」
「書類上は現皇帝陛下は実の父親という事になっています。DNA検査でも血縁が認められており、私の母が未婚の母親であると同時に、私を身ごもった当時は帝室に仕えるメイドでもあったので、周囲の証拠も十分揃ってると言えます」
「ふむふむ」
「ですが、実際のところは遺伝子や容姿、能力の面などで都合がいいと判断した子供に地位を与えて、帝室の為に働いてもらう事を目的としたものだと思います。今の帝国の技術なら、幾つかの証拠の詐称は容易ですし、一部の検査が真実であるかを確かめる手段は私にはありませんから」
「あー……なるほど……」
俺はメモクシに一瞬だけ視線をやる。
メモクシはヴィリジアニラから見えない位置であることをいい事に、呆れたように首を左右に振っている。
なるほど把握した。
ヴィリジアニラ自身は自分を駒として使うために帝国が手を回したと考えているが、事実はちゃんと皇帝の庶子である、と。
なんだか、ヴィリジアニラの態度に皇帝陛下がしょんぼりとしていそうな気配すら漂っているな。
でも、ヴィリジアニラの考え方も分かるものだ。
自分が皇帝……それも現皇帝陛下の娘だって言うのはなぁ……場合によってはこの広大なバニラ宇宙帝国の統治を継ぐことになるかもしれないって事だろう?
それは……信じられないだろうし、信じない方が精神衛生上よろしいだろうなぁ……。
「と、書類上でも陛下の娘ってことは継承権持ちって事になるのか。順位は?」
「皇太子殿下や第二王子殿下、公爵家の方々に、公式に側室となられた方々との子供などが居ますから低いですよ。確か……24位ぐらいだったと思います」
「そ、そうか」
その継承順位は十分高いと思いますよ、ヴィリジアニラ殿下。
いやまあ、早々回ってくる順位でもないけれど。
と言うか、もしかしなくても自分が興味ない案件については割とどうでもいいと思っているタイプっぽいな、ヴィリジアニラは。
「私の今の仕事についても話しましょうか。今の私は表向きはサタと同じでフリーライターとして活動し、主に観光と食事についての記事を書いています。そして裏では帝国軍の諜報部隊として活動しています。あ、フリーライターとしての記事を卸している会社は諜報部隊が作った企業ですね」
「ふむふむ」
さて、此処からは今の仕事の話だな。
表向きの仕事が一致したからこそ、今後俺とヴィリジアニラは行動を一緒に出来ると言う話だったので、これは分かる。
で、裏の話は……。
「ただ、諜報部隊と言っても、私たちが集めるように求められている情報は深度が浅いもの、民衆の暮らしがどうなっているかや、どういった噂が流れているだとか、そういう簡単に集められるものだけです。何処かの組織に潜り込んだり、非合法活動を伴うような情報を集められることは求められていません」
「それはまあ、助かるな。俺にそんな能力は……まあ、無いと言ってもいいし」
「むしろ私たちに求められているのは囮としての役目ですね。少し情報を探れるものならば、私がただの子爵家の娘ではなく、皇室に繋がる者として名乗ることが許されている人間なのは直ぐに分かります。そんな人物が碌な護衛を付けずに移動する以上は、相応の波風が否応なく立ちますから」
「なるほど。そして、その波風の隙間を縫って本命たちが色々と動く、と」
「そういう事です。ただ、私たちがその本命の事を意識できることはまずないでしょう。何処そこに行ってほしい程度ならまだしも、それ以上の情報を私たちに回す理由もありませんから」
陽動をメインとした諜報部隊、という事になるようだ。
まあ、これなら俺の能力でも問題なくこなせるだろう。
後、仮にヴィリジアニラが入手できるレベルの情報を本命の諜報部隊がまだ入手できていないとかあったら……その時は粛清とか、内部の引き締めとか、そういう話が俺たちの与り知らぬところで進むんだろうな、きっと。
「今すぐにサタに話しておくべきはこれくらいでしょうか? それではサタ。今後も記者仲間兼護衛としてよろしくお願いしますね」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますだ。ヴィー」
とりあえずこれで最低限お互いに知るべきことは知れた。
これからどうなっていくかはお互いの言動次第だと思うが、きっと悪い事にはならないだろう。
俺とヴィリジアニラは握手を交わした。