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20:『ライムスツノ号』の変事 ※

本話はヴィー視点となっております。

「これは、ヴィリジアニラ様……」

「船長。異常事態と判断し、状況を窺いに参りました。説明をお願いします」

 警邏部隊の隊員二名に先導された私はメモとサタさんを連れて指令室へと移動します。

 そこには船長他数名が居る他、衝角付き宙賊の船……自称『ライムスツノ号』の内部を探索している隊員たちから送られてくる映像を映しているモニターがあります。

 しかし、そのモニターの内、幾つかは砂嵐を映しているだけであり、これだけでもカメラを所有していた隊員に何かがあったと思わせるには十分なものでしょう。


「説明……よりは見ていただいた方が早いでしょうな。画像を」

「了解しました」

 モニターの一つが切り替わります。

 どうやら、遭遇者が見たものになるようです。


「これは……酷いですね」

「全体の造形だけ見るなら蟹だな」

「随分と冒涜的な蟹ですね」

 映し出されたのは体高が2メートル近い巨大な蟹。

 ただし、その両手の鋏の内側にはブラスターが装備され、甲殻は人造人間のものであるために強固。

 と、此処までならば大きいだけの蟹ですが……メモの言葉が指すように、蟹特有の突き出た目の部分は人間の上半身になっており、時折開かれる口の中には大量の人間の脳みそが見えます。

 そして、口から吐き出される泡は人間の顔をしていて、触れた生物にかじりつき、身動きを阻害するようです。

 最終的にカメラの主は無数の泡によって捕らわれ、首を鋏で切り落とされ、頭を食われたのが、カメラと音声で確認できました。


 これは明らかに違法なmodによって構築された、存在してはいけない人造生物ですね。


「倒せますか?」

「分かりません。何者かの干渉によって現在当船と宙賊の船は位置固定を受けており、この固定が防壁としての作用も持つため、逃げることも他の船からの砲撃で撃墜することも出来ません。しかし、あの蟹型クリーチャーの持つシールドは艦載機並で、他にも何かmodがあるのか妙に堅い。個人携行が出来る程度の武器で打ち倒すとなると……相応の時間と犠牲を必要とした上に、倒せるとは断言できないのが現状なのです」

「そうですか」

 相手の正体は分かりました。

 現状については、『ライムスツノ号』に乗り込んだ警邏部隊は、こちらの船との連絡通路前に集合して防衛線を構築中とのこと。

 ドローンによる情報収集の結果から、もう間もなく接敵することになりますが……倒せるかは分からない、と。

 ただ、この前線に私たちが加わっても助力にはなりませんね。

 他の部分で手伝いましょう。


「メモ、位置固定modの元凶は分かりますか?」

「探った限りでは……やはりあの蟹が出元のようです」

 現状で最も厄介なのはあの蟹よりも位置固定modです。

 これがあるために逃げることも出来ず、他の艦から支援を受けることも出来ない。

 だから、あの蟹以外に出元があればと思ったのですが……そう上手くはいかないようです。


「あの蟹。微妙にこっち側っぽいんだよなぁ……」

「サタ、あっち側とは?」

 ならば他には何かないかと思っていたら、サタさんが虚空を睨みつけるような顔をしつつ呟いています。

 私は小声で彼の言葉を促します。


「あー、詳細は明かせませんが……。簡単に注意事項だけ述べるなら、致命的事象破綻が何時起きてもおかしくない相手とは言っておきます」

「……。そう言えば、現場の人間からの報告でやけに甘い匂いがすると言っていますね。ヴィー様」

「なるほど」

 サタさんの正体はまだ聞いていませんが、グレードExの秘匿情報の存在とこれまでの行動から、おおよそ察しが付いています。

 彼は人間サイズですが、宇宙怪獣……独自のOSを保有している存在なのでしょう。

 そんな彼がこっち側だと言うのであれば、あの蟹も宇宙怪獣に近しい何かなのでしょう。

 しかし致命的事象破綻とは……拙いですね。

 最悪、周囲一光年が消し飛びかねません。

 そうなるとは限らないのでしょうけど、早々に事態を解決する必要がありそうです。


「何か手はありますか?」

「申し訳ありませんヴィー様。メモには皆様の言葉を聞いた後にこれまでの記録を別の体に送って、事後の策を練ってくれと訴えるくらいです」

「あー……まあ、なくはないか。ぶっつけ本番にはなるが」

 ただ、メモには手は無し。

 私たちが全滅しても情報は残せるので、最悪は避けられると言えますが。

 サタさんには……何かはあるようです。

 情報端末に何かの情報を表示して見せてきます。


「主が許可を出すことによる追加機能と身体能力の向上ですか。随分と珍しい機構ですね。製造元での雇用期間が明けた後にまでこのような制限を付けているとは」

「俺の能力は個人が無制限に保有するには問題があるものでして」

「それは……そうかもしれませんね」

 どうやら、これまでの彼は宇宙怪獣としての力を十全に振るっていたわけではないようです。

 それで宙賊の船を一人で制圧してしまえるのですから、彼のスペックの凄まじさを感じますが……それ以上の力を振るえるようになるとなれば、確かに誰かが主としての責任を持ち、制御を利かせる必要はあるのかもしれませんね。


「船長! 例のクリーチャーと接敵しました!」

「弾幕用意! 決して近づけさせるな!!」

 残念ながら、能力の開放で何が出来るかの詳細を読んでいる時間は無いようです。

 複数の微妙に角度が違う場所から撮影されたモニターに例の蟹が映り、こちらへブラスターと泡を飛ばしてきています。

 なので私は開放方法だけ読むと、サタさんに近づきます。


「では、サタさん」

「ああ」

 サタさんが膝をつくと、私は彼の首筋にある鵺の入れ墨に手を当てます。

 必要なものは三つ。

 互いの承認意思、主がサタさんの入れ墨に触れている事、そして私の名乗り。


「私、ヴィリジアニラ・エン・バニラゲンルート・P・バニラシドの名の下に、サタ・コモン・セーテクス・L・セイリョーの真なる力の開放を許可します。事態の解決のために力を貸してください」

「分かった……は?」

 なのですが、多少の想定外があったらしく、サタさんの顔が呆然としたものになっています。


「エン?」

「エンです」

侯爵(マルク)伯爵(カウント)ではなく、皇室(エン)?」

「ええ。ですが、詳細はまた後で」

 どうやら私が現皇帝の庶子として扱われていて、しかも認められている存在であると言うのは想像していなかったようです。


「それで私がエンの名を名乗る事で何か不具合でも?」

「予定より出力が出ると言う意味では不具合があります。姫様」

 そして、彼の能力の開放は主の地位によって異なってくるようです。


「「……」」

「メモはバックアップの準備を進めます」

 メモが最悪自分だけは助かるように準備を進める中、私とサタさんの間に気まずい沈黙が流れます。

 まさか、対貴族関係者の権力対策になっている皇室の地位が仇になるとは思っていませんでした。

 サタさんも私の事など意識に入っていないかのように目を細めています。


「とりあえず全員、宇宙に放り出されても短時間なら大丈夫なように準備を。可能な限り絞りますが、ミスったら船が全壊するんで」

「船長! 至急、総員に船外活動対策を!」

「!? わ、分かりました! 前線の者たちは元から対策済みですので、こちらの船内の者が出来れば対策完了になります!」

 私たちは直ぐに普段の服から宇宙服に着替えるか、専用のmodを起動していきます。

 船そのものも隔壁を降ろし、一部区画が破損しても大丈夫なようにしていきます。

 そして、その間にサタさんは右腕を引いて何かを殴るような姿勢を見せ……同時に妙に甘い匂いが周囲へ立ち込めていきます。


「準備完了しました! ヴィリジアニラ様!」

「サタさん!」

「分かった」

 そうして準備が整い……サタさんが腕を突き出した瞬間でした。


「「「!?」」」

 空間が歪み、船外の様子を映すモニターに幾つもの吸盤が付いた巨大な触腕が現れ、出現したそれは槍のように突き出され、伸び、伸び……固定modによって破壊が出来ない状態になっているはずの『ライムスツノ号』を貫いて、その先に居た蟹を叩き潰し、それでもまだ止まらずに船を破壊していき……蟹は船の外にまで叩き出されました。


「ヴィー様!」

「っ! 総員! 撃てぇ!!」

 そして、私の号令で警邏部隊の船が一斉砲撃。

 所詮は艦載機クラスのシールドしか持ち合わせていなかった蟹は宇宙のチリと化しました。

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