19:これからの為の契約
「申し訳ありません。これも規則ですので」
「いえいえ、必要なのは理解していますから」
さて、除染消毒が完了したところで俺は警邏部隊の船へ移動する。
「「「……」」」
そこに居たのは俺と同じように警邏部隊を背後に着けたヴィリジアニラとメモクシの二人。
俺とメモクシは互いの存在を認識すると素早く目くばせをし、その後に俺はヴィリジアニラとも視線を合わせて微笑む。
うん、上手く合わせてくれると信じて、こちらからも上手く合わせよう。
「お疲れ様です。サタ」
「見事なご活躍でした。サタ様」
「お褒めに預かり光栄です。ヴィリジアニラ様、メモクシ」
俺はヴィリジアニラの前で膝をつき、首を垂れる。
その動きはまるで騎士が謁見するかのようであり、どちらが上位なのかを傍目にも明らかにするものである。
で、その間に俺の情報端末へとメモクシが情報を送ってくれたので、その情報をこの場に居る俺ではなく本体の方で閲覧し、警邏部隊に気づかれることなく情報共有を進める。
まあ、警邏部隊も警邏部隊で、俺とヴィリジアニラたちを会わせて、見逃している感じもあるので、どちらかと言えばヴィリジアニラの側な気がするが……そこは本音と建前。
警邏部隊視点では、建前として、俺が宙賊でない保証はまだ完全に取れていないし、安全であるかも分からない。
だが本音としては、ヴィリジアニラが関わっている時点で、表向きの業務は済ませるから面倒ごとには関わらせないでほしいと思っているに違いない。
ヴィリジアニラの正体が俺の思っている通りならば、だが。
「それで、俺の力は御身の御眼鏡に叶ったでしょうか?」
「はい、勿論です。これからもよろしくお願いしますね。サタ」
さて、メモクシの送ってきた情報だが……。
まず、『ツメバケイ号』の船員たちは全員無事。
俺、ヴィリジアニラ、メモクシの三人は事情聴取と救助を兼ねて、宙賊の船の基本的探索が済み次第、警邏部隊の船でグログロベータ星系のガイドコロニーへ移動。
『ツメバケイ号』の船員たちは船に残り、応急修理が完了次第、グログロベータ星系のガイドコロニーまで移動する。
宙賊の船は探索が終わり次第、警邏部隊で曳航。
生き残りの宙賊たちは既に船内の留置場で厳重に収監されている。
で、俺にとって重要なのはここから。
戦闘用人造人間の製造装置まであった宙賊の船を一人で制圧してしまった俺は残念ながら危険人物判定を受ける。
普通に行けば、普通の事情聴取の後で普通に解放されるはずだが……万が一変なのに当たってしまうと面倒ごとになるのは確実。
そうでなくとも、今回の件で引く手数多になってしまい、変なところも含めて勧誘が来ることは確実。
この勧誘を完全に退けるのは、セイリョー社の力を以ってしても、面倒なのは間違いない。
そんな面倒事を避けるには、先んじて誰かの庇護下に入ってしまうのが、手っ取り早く、確実な手になる。
そう……メモクシの送ってきた資料にある通り、帝国軍の諜報部隊の一員にして、貴族としての籍を持つヴィリジアニラの部下になってしまうと言うのが、最も手っ取り早い対抗策なのだ。
「そうそう。私の事は普段はヴィーと呼んでください。表向きの身分を隠しての旅をしていますので」
「かしこまりました。ヴィー……」
と言うわけで、面倒事はヴィリジアニラにお任せするとしよう。
そんな思いも込めて、敬意を込めた口調をしていたのだが……ん?
ヴィリジアニラはどうにも不満な顔をしているな。
これは、そういう事か。
「こほん。分かった、ヴィー。これでいいか?」
と言うわけで口調変更。
同格の相手に語り掛けるような言葉遣いにする。
「はい、結構です。これなら記者がコンビを組んで行動しているように見えますね。あ、警邏部隊の方々、この件についてはオフレコでお願いします」
「「了解いたしました!」」
まあ確かにその方が都合はいいか。
それでも傍目には貴族のお嬢様がメイドロボと護衛の人造人間を連れて歩いているようにしか見えないだろうけど。
「ぼそぼそ(サタ様、細かい件は後で時間を見てお伝えします)」
「ぼそぼそ(分かった。これからよろしく頼む)」
ヴィリジアニラ……ヴィーが警邏部隊の人たちへ威圧するように微笑んでいる間に、俺はメモクシと最低限のすり合わせをしておく。
とりあえず……宙賊の船を制圧した功績は、俺の命令者であるヴィーのものにしておく、ヴィーの功績はつまり軍の諜報部隊の功績である。
よって、正当評価され、報奨金とかも来るが、表には出ずに今回の件は終わる、と。
今後の俺はヴィーの護衛兼雑用係で、表向きは記者仲間。
表向きの活動内容については元々俺とヴィーの活動は似ているので、大きな変化はなさそうだし、裏向きについてもそこまで気にする必要は無し、と。
うん、流された結果の契約ではあるが、悪くはなさそうだ。
「と、ヴィー。悪いが正式採用が決まったなら、こっちの登録もしておいてくれ。人造人間として、主が出来たなら登録は必須だ」
「そうですね。確かにしておいた方が良さそうです」
俺は首に巻いているバンダナを外す。
その下にあるのは俺がセイリョー社製の人造人間であることを示す鵺の入れ墨であり、その鵺の前足……虎の腕は俺の固有コードになっている。
これを情報端末で読み取ることによって、俺は正式にヴィーと契約したことになり、色々と出来ることも増えるのだが……出来ることについては後でだな。
諜報部隊の仕事の詳細を知る事と同じで、今やる事じゃない。
「はい、登録できました」
「メモの方でも、サタ様の主にヴィー様がなった事を確認しました」
と言うわけでサクッと登録。
「よし、これで……っ!?」
「サタ?」
これで後はグログロベータ星系のガイドコロニーに着くまでゆっくりできる。
そう思っていた俺の感覚が嫌な気配を捉え、俺は思わず気配の元……俺が制圧した方の宙賊の船の人造人間製造装置がある辺りを睨みつけてしまう。
「ヴィー様。それに警邏部隊の方々。緊急事態のようです」
「メモ?」
メモクシも俺とは別方面から異常に気付いたらしい。
明らかに険しい顔をして、俺と同じ方向を向いている。
「サタ様。人造人間の製造装置は完全に破壊したのですよね? それと船の制圧もしっかりとしたのですよね?」
「時間が無かったからどっちも完璧かつ完全とは言い難いな。だが、少なくとも何かの拍子で事象破綻が起きてドカーンなんてことにはならないようには処理した」
「……。極めて異常な事態が起きていることは把握しました。状況の詳細をお願いします。メモ、サタ」
さてどう説明すればいいんだろうなぁ、これ。
俺の感覚は空間跳躍を用いて何かが干渉してきた、程度でしかないんだよな。
まあ、感じたままに説明するしかないか。
「とりあえず俺が感じたのは、宙賊の船の人造人間製造装置辺りに何かが空間跳躍してきて、その何かが干渉を行った、ぐらいだな」
「メモは宙賊船及び当船が謎の存在からmodによる干渉を受け、その結果として現在座標に固定され、分離不可になると共に外部からの救援も望めなくなったのは確認しました」
「……。分かりました。状況の把握を進めましょう。警邏部隊の方々、船の捜索を指揮されている方が居る場所へ案内してください。これは帝国軍諜報部隊からの要請です」
「はっ! かしこまりました!」
「こちらへどうぞ!!」
俺はヴィーの後に続く形で移動を始めた。