15:引きずり出し
「おっと。干渉が始まると同時に、『ツメバケイ号』も回避行動に入り始めたか」
『ツメバケイ号』が揺れる。
揺れの原因は複数ある。
一つは超高速空間外に居る宙賊からの干渉。
『ツメバケイ号』を進ませないようにすると共に、通常空間へ引きずり出すための干渉の結果として、『ツメバケイ号』が揺れると言う現象が発生しているのだ。
もう一つは『ツメバケイ号』の回避行動。
今の『ツメバケイ号』は照明や重力発生modのような戦闘中は最低限あればいいものの出力が落とされて、代わりに推進力発生modやシールドmodと言った戦いの為に必要なものに出力が回されている状態である。
そうして得た余剰の推力で宙賊たちの引きずり出しに対抗しつつ、その照準から完全に逃れて逃走しようとしているのだ。
言うまでもない事だが、『ツメバケイ号』の逃走成功は乗員全員の生存に繋がるため、船が揺れて誰かが怪我をする程度の事象よりも、逃走成功の方が優先される。
なので、揺れるのは仕方がないし、恨み言をぶつけるならば宙賊たちに対してだろう。
「しかし、超光速航行中に仕掛けてくるとは……相手の規模次第じゃ、とっとと姿をくらませる必要があるか?」
俺は部屋の中で周囲の状況を窺いつつ、これからどうするかを考える。
mod……局所的事象改変にも限界はある。
大規模すぎる事象改変は事象破綻を起こすことになるし、小規模の事象改変でも今の現実と異なりすぎる事象を無理やり起こそうとするなら相応のエネルギーを浪費する必要がある。
そして、超光速航行中の宇宙船を通常空間に引きずり出すmodは特に消費が大きいもので、軍でも専用に近い船が必要だったはず。
となれば、今襲い掛かってきている宙賊は十中八九、極めて大規模な宙賊集団となり、とてもではないが『ツメバケイ号』一隻で相手を出来るようなものではない。
で、宙賊と言う連中は……はっきり言って人間の姿をしているだけの害獣、猛獣の類だからなぁ……楽に死ねれば御の字で、下手をすれば何かを生み出す機械として強制的に生かされるぐらいまでは想定の範囲内。
そりゃあ、生死問わずの対応が許されるのも当然である。
なのでまあ、無理だと判断した時点で俺はとんずらだな。
俺一人ならどうとでもなる。
「でも、そんな大規模な連中がヒラトラツグミ星系近辺に居るなんて情報はなかったはずなんだが……」
逆に考えて、相手が大規模な宙賊集団でない場合は?
その可能性は……低い、はずだ。
確かに事前に集めた情報では大規模な宙賊が近辺に居ると言う情報はなかったし、その兆候も見られなかった。
そもそもヒラトラツグミ星系とグログロベータ星系間の超光速航行は行き来が非常に盛んで、宙賊が根を張れるような場所ではない。
だから大規模な集団でない可能性はあるかもしれない。
それこそ流れで偶々立ち寄り、小規模の集団が通り魔的に襲い掛かってきているのかもしれない。
ならば、大規模でない可能性は……あるのか。
だがそれでも、引きずり出しの船とは別にもう一隻は確実かつ最低限で居るはずだ。
でなければ、宙賊の側は何もできない。
その船が普通の戦闘艦なら……俺の仕事はないな。
今の俺は白兵戦しか出来ない。
逆にその船がこちらの鹵獲を狙って、移乗戦闘を狙ってきたのなら……俺の仕事だな。
宙賊程度が相手なら、今の俺でもどうとでも出来る。
でも二隻以上なら……やっぱり俺には何も出来なさそうだな。
「うーん、悩ましい。情報が足りない。そもそもどうして『ツメバケイ号』が……ああ、貨客船の上に超高速空間に入る前のガイドコロニーでの一件で後方が居ないからか。となると、軍の見回りも今はちょうど離れていると考えていいのかもな」
俺は客室の外に出ると、チタンスティックを肩に当てつつ通路を歩き、相手が移乗戦闘を狙うならどこを狙ってくるかを見る。
見て……相手の出方を見てからでないと意味がなさそうだと溜息を吐く。
ついでに、状況的に『ツメバケイ号』が宙賊目線で良い餌に見えたから襲われたんだろうなと気づいて、そういう意味でも溜息が出る。
「サタか。どうして客室の外に……白兵戦になると読んでいるのか?」
「船員さん。まあ、そんなところです。これでもセイリョー社製の人造人間なんで、白兵戦なら手伝えますよ」
「……。その時は頼む」
と、ここで船員さんに遭遇。
手にはアサルトライフル型のブラスターを持っていて、どうやら俺と同じく移乗戦闘に備えているようだ。
「他の船員さんたちは戦闘配備として、ヴィリジアニラさんとメモクシさんは?」
「あー、その二人だが、『ツメバケイ号』が引きずり出しの回避に失敗した場合には、その後の戦闘の指揮を執るらしい。普通はあり得ない事なんだが、船長と話をして、そんなあり得ない事をあっという間に認めさせちまったよ」
「それは確かに珍しい。船長の権限を一時的にとは言え渡すとは」
どうやらヴィリジアニラたちは船の操舵を行う場所である艦橋に居るようだ。
普通はあり得ない事だが……まあ、何か、頼るに足る根拠を示したのだろう。
『警告! 警告! 本船『ツメバケイ号』は通常空間に引きずり出されます! 激しく揺れるため、船員各位は手近なものにつかまり、衝撃に備えてください!』
「となると、此処からはヴィリジアニラさんの指揮になるわけか」
「そうなるな」
引きずり出しが成立してしまったようだ。
『ツメバケイ号』周囲の空間が超光速空間特有のものから、ただの宇宙空間へと、艦内が激しくシェイクされつつ変化していく。
「ーーーーー!?」
「さて、相手は……驚いた」
その揺れは相手のmodの質がいいのか悪いのか……とにかく激しい。
先ほどまで会話していた船員さんは揺れに吹き飛ばされて、何処かへと飛んで行ってしまう。
対する俺はとある方法でもってシェイクを回避しつつ、相手の数と位置を把握しようと『ツメバケイ号』の周辺を見て……驚かされた。
相手……宙賊の船は二隻。
片方は引きずり出し専門の船であるらしく、『ツメバケイ号』から少し離れた場所に居る。
そして、もう一隻は……。
「こりゃあ、宙賊は宙賊でも手慣れた連中だな」
正に今、俺が居る場所に向けて衝角を突き出しつつ突っ込んできた。
『ツメバケイ号』のシールドが破壊され、破壊された際の衝撃も無効化され、外壁が貫かれ、内壁を突き破り、横に並んだ人が数人同時に進めるサイズの筒が、俺を押し潰したのは、俺が相手の位置を認識するのと同時の事だった。