10:グレードEx ※
本話はヴィリジアニラ視点となっております。
そして本日は五話更新の予定となっております。
こちらは一話目です。
「うーん、美味しい」
夕食のメニューは鶏肉のソテーに付け合わせとして野菜を数種、乳卵をベースにしたと思しきシチューには肉と野菜がたっぷり、それで足りない方はシチューに合うように堅めに焼き上げられたパンをそれぞれの事情に合わせて取るようにと言うものでした。
それを向かいの席の彼……サタ・セーテクスと名乗った男性は美味しそうに食べています。
その笑みは見ているこちらまで嬉しくなってくるような、喜びに溢れているものです。
そんな彼の笑みを見つつ、私も食事を口に運びます。
そうですね、昼のローストチキンと比べてしまうと少し、と思うところはありますが、これは比較対象にしているものが悪いだけで、十分に美味しいと思います。
もう少し手を加えれば、私の実家でなら出しても恥ずかしくはないでしょう。
「うん、いつもの味だな」
「昼のはここ一年の大当たりだったからなぁ……」
「これぐらいの美味しさがちょうどいいけどな。舌が肥えても困るだけだ」
周囲の船員さんたちの反応を見る限り、やはり昼のは本当に特別な料理だったようで、これぐらいが普通のようですね。
……。
少し考えます。
『ツメバケイ号』は貨客船としてはそれなりのグレードであるように見えます。
『ツメバケイ号』は貨客船として真っ当に仕事をこなしていることもメモが確かめてくれました。
そんな『ツメバケイ号』で住み、働く平民である彼らがこれだけの料理を食べられていると言うのは、間違いなく良い事です。
少なくとも、彼らと彼らの周囲に存在している企業やコロニーの職員が健全に職務に全うしている可能性が高い事は確かでしょう。
「メモ」
「はい、ヴィー様」
「ヴィリジアニラさんは部屋に戻るので?」
「はい、戻らせていただきます。今日は一日ありがとうございました。明日もよろしくお願いしますね。皆さん」
私はメモに食事を終えたトレーの処理をお願いすると、サタさんと船員さんたちに挨拶をし、それから自分の客室として割り当てられた部屋へと戻ります。
「さて、ヴィー様。報告をしても?」
「お願いします。メモ」
部屋に戻った私はアリバイ作りのための記事を書きながら、メモの報告を受けます。
「『ツメバケイ号』の船員は完全にシロです。外部とのやり取りは既定のものしかありませんし、貨物スペース内にも異常はありません。船員たちも事前の調査通りの面々です。強いて違法行為を挙げるならば、セクハラまがいの言動とゲームに対する賭け行為が見られましたが、見咎めるほどのものではありませんでした」
「そうですね。私もそう思います。となると……」
「サタ・セーテクスについても概ねシロです。本人の言葉通り、『ツメバケイ号』の予約をしたのは二週間ほど前ですし、記者として活動しているのも確認できました。船内での彼の言動にも怪しい点は見られません」
「そう。だったら、少なくとも明後日の昼までは落ち着いて過ごせそう……概ね?」
メモの言葉に私は首を傾げる。
メモ……メモクシ・アイチョーハは機械知性とも呼ばれるメイド型ガイノイドであり、私が生まれた時から付き従ってくれている存在。
メモの調査能力はそこまで高いものではないけれど、私たちの立場上、一般市民相手であれば、一日もあればその半生を突き止めることは容易く、サタさんのような人造人間……製造された存在であればなおのこと。
それなのに概ね? いったいどういう事だろうか?
「サタ・セーテクス。フルネームはサタ・コモン・セーテクス・L・セイリョー。セイリョー社が製造し、所有していた人造人間で、5年の雇用期間が明けて、今はフリーライターとして活動していると言うのは本人が名乗った通りです」
「それだけじゃないのね?」
「はい。セイリョー社から帝室へ彼についての情報は送られ、グレードExの秘匿情報として指定されています」
「!?」
グレードExの秘匿情報。
それはつまり帝室関係者が、自分が閲覧したと言う記録を残さなければ見れない情報……そんなものが彼に含まれている?
あの、明らかに善性の人間に?
ただの一個人にしか見えないのに?
しかもセイリョー社はそんな存在を雇用期間が明けたからと素直に手放した?
意味が分からない。
グレードExの秘匿情報と言うのは、扱い方によっては帝国全体を揺るがしかねない情報の事。
俄かには信じがたいけれど……メモの言葉ならば真実なのでしょう。
「また、彼の出身地から考えてヒラトラツグミ星系のガイドコロニーに入星系記録があるべきなのですが、メモが確認した限りでは記録は見つからず。代わりにそれを良しとし、特例措置を出すフラットタイガー伯爵とセイリョー社のやり取りが確認されています」
「フラットタイガー伯爵家は……ヒラトラツグミ星系を統治されている家の方でしたわね。そこが良しとしているなら密入国にはなりませんが……普通ではありませんね」
「それと、これは今入ってきた情報になりますが、彼のヒラトラツグミ星系での活動を探っていると……時々、現地にあった違法組織の壊滅や、殺したのに死ななかったと言った情報が入ってきますね」
「……。なるほど。グレードExの秘匿情報にされるだけの個人、ではあるのですね」
詳細は不明。
けれどサタ・セーテクスが普通の人間でないことは間違いが無いようです。
「ヴィー様の名前を使って探りますか?」
「いいえ、辞めておきましょう。私の立場でグレードExの秘匿情報を必要もなく探るのは危険が多すぎますし、後に続くデメリットも多い。彼が善性の人間である事さえ分かっていれば、私たちとしては十分です」
「かしこまりました。ではそのようにします」
ただ、彼が帝国の一市民として過ごすことが認められるだけの善良な人間であることもまた事実。
そうであるなら……目を瞑り、何も知らなかった事にするべきでしょう。
私の役目は見逃してはならない悪を見つけて対処する事であって、善良な人間に難癖をつける事ではないのですから。
『本船『ツメバケイ号』は間もなく本日の目的地であるガイドコロニーのランディングエリアに到着。亜光速航行から通常航行に切り替えてランディングエリアに突入します。ガイドコロニーでは……』
「……。私は寝ます。ガイドコロニーに無事に着いたなら、少なくとも超光速航行に移行するまでは何も起きないでしょうから」
「心得ました」
私は『ツメバケイ号』が間もなくガイドコロニーに到着すると言うアナウンスを聞くと、ベッドに横たわりました。
……。
流石にベッドの質はそこまで良くないですね。
枕、布団含めて、少々堅めです。
いえ、贅沢を言ってはいけませんね。
これは平民基準なら普通の事でしょうから。
私の意識はゆっくりと、けれどきちんと落ちました。
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