賭けの対象になった婚約破棄

作者: 朝樹 四季

「アドリアーナ・ブルローネ! 貴様との婚約を破棄する!」


 ドランド第一王子がそう言った瞬間、会場はニヤリと笑みを浮かべる人達と頭を抱える人達に一斉に別れた。


「ふふ、私の勝ちでございますわね」

「く……まさかここまでバカだったとは……くそっ」

「お前なんかまだ良いだろ。俺お小遣い全額賭けたんだぜ……」

「バカだろ、お前。どう見ても負け戦じゃねぇか」

「お前まさか……」

「ふっ、十一でなら貸してやっても良いぞ。何せ今日から俺はお金持ちだからな。はっはっは」


 一瞬静まり返った後、ドランド殿下を置き去りにして会場は盛り上がった。

 段の上にいる陛下はそれを咎めようとはしなかったが、ドランド殿下とその腕にくっついている例のご令嬢ことレラ嬢はそんな会場の雰囲気に戸惑いを示す。

 一方、婚約破棄を突き付けられたアドリアーナ嬢はと言うと、くるりとブルローネ公爵に振り向いた。


「賭けは私の勝ちでございますわね、お父様」

「……そのようだな。まさか本当にやるとはな」

「では、約束通り、私の自由にしてよろしいですわよね?」

「ああ、そういう約束だったからな」

「ありがとうございます、お父様」


 現在、ルンギ上級学園を卒業した者達が主役となる成人パーティーが王宮で開かれていた。

 これは王族や貴族達がルンギ上級学園を卒業することで貴族として申し分のない教養を身に着け、一人の大人として自立していることをアピール及びお祝いする為、毎年行われているパーティーだ。


 今年、我が国の第一王子であるドランド殿下も学園を卒業した。

 第一王子である為、この後婚約者であるアドリアーナ嬢と結婚し、公務を大々的に行っていくはずだった。


 そんな大事な場での婚約破棄。本来ならもっと大事になっていいことだった。

 しかし、誰も国を思って憂いたりはしなかった。不要な心配であることを知っていたからだ。


 当人であるアドリアーナ嬢も既にドランド殿下への愛想は尽きていた。よって、婚約破棄を突き付けられたとは思えないくらい、晴れやかな笑みを浮かべていた。


「お、おい、聞いてるのか! お前等も黙れ! 今俺が話しているのが分からないのか!」


 アドリアーナ嬢と会場に向かってドランド殿下は怒鳴る。思った通りに皆の心を引き付けられないどころか無視されている状況だからだ。

 しかし、そこでようやく正気に戻った王妃が立ち上がり、ずんずんと歩いて行くとドランド殿下の後ろから思いっきり扇で頭を殴った。


「がっ……な、なん――は、母上!?」

「こっの、バカ者が!! 近衛!! このバカ者共を閉じ込めておきなさい!!」


 顔を真っ赤にして怒る王妃の命令を聞いて、近くに居た近衛兵が国王の顔を伺った。国王が頷いたことでドランド殿下とレラ嬢は近衛兵に捕らえられる。


「な……ちょ、は、母上? これはどういうことですか?」

「連れていきなさい」

「はっ」

「母上!! 母上っ、ちょ、お前等放せ! これは何かの間違い――母上っ」


 喚きながら連れていかれる息子に王妃は背を背けた。


「賭けはワシの勝ちじゃな、王妃よ」

「ええ、構いませんわ。あんなおバカだったとは……私も目が覚めましたわ。まさかブルローネ公爵家を捨てるなど……しかもこんなパーティーの場で晒すように!! 有り得ませんわ!」


 王妃は怒りのままに扇をバキリと手折った。



 その日、王宮関係者、学園関係者、貴族の間で大盛り上がりしていた賭けに決着がついた。

 負けた者の中にはドランド殿下を恨んだものも居たらしいが、負けた者にも勝った者にも共通していた思いがあった。それは


『あんなバカ王子が国王にならなくて良かった』


 と言うものである。


 恐らく、貴族の間では笑い話として受け継がれていくであろう。

 王になれずに廃嫡された王子はそれなりの数居るものの、その中でも異様な雰囲気を保つことは間違えない。

 何せ、王族がこんな広く賭けの対象になるなどそうそうないことであろうから。






 1ヶ月程前。


「陛下! どういうことですか? ドランドを廃嫡するなどっ」


 陛下に王妃が駆け寄り、詰め寄った。その声は大きく、とてもよく響いた。


「王妃……それはもうワシが悩みに悩んで出した結論なのじゃ。もうドランドは王子たる資格はない」


 陛下も最初は気の迷いだと、一時期の遊びだとそう思い込もうとしていた。しかし、ことは悪化する一方で、例え叱咤しても一時期大人しくなるだけで元に戻るドランドを見て、徐々に信頼をなくしていった。


「例のご令嬢とのことですね? あんなの、学生時代のお遊びではありませんか! そのようなことで私の息子の継承権を取り上げるなど、到底看過出来ることではありません!」

「アレはお遊びの範疇を超えておる」

「それは陛下の偏見ではありませんか!」

「…………はあ」


 陛下は己の息子を庇おうとする王妃の気持ちは良く分かった。分かったからこそ、こう言った。


「ならば、賭けをするか」

「賭け、でございますか?」

「ああ、ワシが負けたら廃嫡は取りやめよう。但し、ワシが勝ったらお前が何と言おうと廃嫡する」

「……賭けの内容は?」

「アレがアドリアーナ嬢に婚約破棄を申し出るかどうかだ。当然、ワシは申し出るに賭ける」

「ふふ、そんな賭けでよろしいんですの? ブルローネ公爵家はドランドの後ろ盾をして下さっております。それくらいドランドも十分理解していますわ。婚約を破棄するなど有り得ませんわ」

「なら、そう言うことで良いな?」

「ええ、構いませんわ」


 この話は一気に広がった。

 つまり、賭けの大流行の始まりだった。

ふと国王視点で書いたらどうなるんだろうと思って暗部からの報告時の会話を書き連ねていたはずが、オチを最初に持ってきたら会話集全部削った方がテンポよくなって暗部一切出て来なくなりました。ギャグと見るならこれはこれで良いかなと思っています。