西洋剣術の知識がないものが剣術アクションを書くとこうなる
振り下ろした鉄塊が、横一文字に構えた剣に受け止められた。
耳をつんざくような激しい金属音。
眩しく火花が散り、細かく割れた刃の欠片が飛び散った。
「っ……」
欠片は礫となって俺の兜の隙間に飛び込み、目の下を浅く裂いた。
血のぬくみが頬を濡らす。あとで鉄片をこじりだすのが面倒だなと思った。
俺の持つ大剣が中途半端に相手の剣に食い込んでいる。鍔迫り合いになる前に、向こうが前蹴りを放ってきた。
悪手だ。そして俺にとっては好機だ。
俺は踏ん張りを利かせて、下から持ち上げるように剣を押した。
不用意に片足となった相手の体勢が崩れる。
剣を押す動作をそのまま振り上げる動きに変え、一歩進んで振り下ろす。
溝付の兜がひしゃげ、頭蓋が砕け、脳漿が飛び、眼球がこぼれた。
テコを上げ下げするように、鎧に食い込んだ大剣をひっこ抜く。
ぬちゃりと粘性の体液が糸を引いた。
「……次」
仰向けになって片足を痙攣させる男から目を離し、血を振り払う。
周囲にはまだまだ兵士がいるが、向かってくるものはいない。
「お前、行けよ。賞金首だろ」
「あいつ、ゲオルグだろ。おりゃ命が惜しい」
「あれが処刑人のゲオルグ……」
周囲の兵士は正規の兵ではなく、金で雇われただけの傭兵のようだ。
たった今倒した騎士と戦う様子を見て、俺を値踏みしているらしい。
処刑人とは、恐れ多い通り名を頂いたものだ。
死刑執行人はかなりの高給取りだ。俺のような木っ端の傭兵とは立場が違いすぎる。
だが、そう呼ばれるようになった心当たりはある。
俺の持つ特異な大剣。先端が斧のように丸みを帯び、幅も膨らんでいる。
突き刺す事ができない代わりに、切っ先に重心があることで強い遠心力を生み出すことが出来る。
罪人の首を落とすためだけに作られた儀式剣だ。
こいつで俺は幾つもの戦場を渡り歩いてきた。
頑強な全身鎧に身を包んだ騎士相手には、切れ味よりも頑丈で重たいこの剣が有効だったのだ。
「なあ、三人で同時にかかろうぜ。あの馬鹿でかい得物だ。一回振れば隙ができる」
「あー、三人の内、誰が殺られるかは運ってことで」
「せーの、な。せーの」
遠巻きに見る兵士の中からそんな話し声が聞こえてくる。
たしかに三人が武器を構えて散り、三方向から狙っていた。
槍持ち一人、剣が二人か。槍が厄介だな。
俺は大剣を引きつけ、腰に提げるように構えた。
下段から薙ぎ払うという意思が見え見えの構えに一人が嘲笑する。
「ばっかじゃねーの! そのなまくらじゃ一度に全員は斬れないっつーの!」
「突け! 突いたらせーのな!」
「おっしゃあ!」
槍持ちが背後から突いてくる。
同時に左右から飛びかかってくる片手剣の二人。
槍を打ち払えば、剣に刈られ、剣の二人を狙えば槍に突かれる。
悪くない作戦だ。と言いたいが、それも悪手だ。
俺は構えを守ったままギリギリまで動かず、切っ先が背中に当たる直前、体をねじった。
鎧の背面で槍を受け流す。
良い突きだ。受け流してもなお強い衝撃に噎せそうになる。
それをこらえ、通り過ぎた槍の切っ先を左手で掴み、右手で大剣を真横に薙ぎ払う。
「げひ! 止めたぞ!」
片腕、しかも重さの乗らない真横からの攻撃は、右側の剣士に受け止められてしまう。
「っしゃあ! 賞金もらい!」
左の剣士が頬を釣り上げ、剣を振りかぶる。
俺の剣撃を受け止めた右の剣士は、反撃を警戒するようにしっかりと自分の剣を握っている。
それを確認して、俺は大剣を引き寄せた。
大剣の幅広い先端は矢の返しのように男の剣を巻き込んだ。
引っ張られるとは思っていなかった男はあっさりとこちらへ倒れ込んでくる。
入れ違いに振り下ろされた左の剣士の斬撃が、男の後頭部を割った。
「うおっ、ばっか!」
「あれれれれ?」
目玉をこぼしながら男は絶命し、仲間をやってしまった剣士は焦り、まだ食い込んだ剣を引き抜く動作にも移っていない。
「!? てっめえ!!」
槍を持った兵士が、切っ先をつかむ俺の手を外そうと、ねじりながら槍を引いた。
「びくともしねえ?!」
柄の短い処刑剣を自在に操るには常ならぬ握力が必須となる。束ねた荒縄を素手でねじ切れる俺の握力はその程度じゃ外せない。
槍を引き寄せ、間抜け面をさらす男の顔面に大剣の柄を叩きつける。頬骨を砕かれ、男がうずくまる。血が溜まってそのうち死ぬだろう。
「ちょ、ちょ、ちょっと待った!」
仲間に刺さった剣を抜けないまま、剣士が手のひらをこちらに向けて懇願する。
「待たない」
俺はしっかりと剣を振りかぶって、一歩進んで、振り下ろした。
安い兜は真っ二つになり、男の胸ほどまでを切り裂いて、剣は止まった。
足をかけ、ギコギコとやりながら引き抜く。
「……次」
つぶやく俺に答えてくれるものはいなかった。
「や、やってられねえ!」
「割に合わねえ。違うやつを狙おう」
「おい! こっち見てるぞ! やらねえからな!!」
退散していく傭兵たちを見送りながら、一抹の寂しさに息をつく。
まあいい。切り結んでくれる相手は他にもいるだろう。この戦地の争いはまだ始まったばかりだ。
俺は次の獲物を求めて、血に煙る戦場を歩き出した。