前へ次へ
7/40

第八話 ファンタジー世界でソフトクリーム

よろしくお願いします。

「Oh~おいらた~ちゃ~歌う農民さ~♪」

「いつか~女王様の目に留まる日を夢見てクワ持つ農民さ~♪」

「へいザクッせいザクッえっさっほいさっ、いつかこの土いじりから脱却さ~♪」


 そんな声が馬車の上で寝転んだ俺にも届く、いや歌なのか?ここはオトラ女王国、芸術の国と言われ、戦乱に包まれつつあるヤシゾ大陸の中でも中立を貫く国である。


 異世界のグルメ -第八話 魔法アリのファンタジー世界でソフトクリーム-


 国民の誰もが歌と踊りで団結しており、隣近所の結束は下手な軍隊よりも硬い。平和を愛する国だがいざ戦いとなると歌いながら突撃してくるというヤシゾ大陸随一の農民徴兵集団を持っている。多分もう少し技術が進化しないとこの国に勝てるところは無いだろう。


 しかし戦争なんて無いほうが、俺みたいな雑貨商だと儲かるのさ。そう考えながらポンと叩いた木箱は同じものが6つ。中身は金管楽器と絹織物。楽器は俺が揃えてきたが、織物に関しては折谷に任せるしか無かった。


 布は、比較的扱いやすく技術が発達していない世界なら需要が高くいい値段で売れるが、素材と染料の選択が結構面倒だ。特に染料はその世界の流行りもあって難しい。折谷はそんな中でその世界の流行りと、いくつかの絹や麻に木綿などの供給元を確保しているのでありがたい存在だ。


 本日献上する絹織物は大型犬サイズの蚕達が毎日排せ……生産する、その世界では非常に安価な物だったりするが、売りつけられる人はそんなのわかりっこない貴重な絹である。


「オトラ女王国首都、オトラに入りました。」

「どうも、いい加減座っとくか。」


 足元まですっぽりと紺色のスカートで覆われた女性らしき何かはこちらを振り向くことなく目的地へと馬を歩かせている。本日の馬車は見栄を張って二頭立て。なんたって、今日は女王様と次期女王候補達にこれらを献上してご褒美を頂くのだ。


 カポカポと歩く二頭の馬達は土から石畳へと歩みを進める。町はどこからも太鼓や笛、弦楽器の音が響きあい、街路には似顔絵画家や背景画、アクセサリーなどを売る露天商が大勢居る。この国の特徴なのだが、芸術に従事しているのは全て男だ。男は歌や踊り、絵や彫刻などで女にアピールし、それに惹かれた女が結婚を申し出るという奇妙な国である。


 ただし、これは女王候補も同じなのが面白い所だ。本当に秀でた能力があれば女王候補に召し上げられる。だからというわけではないがこの国の王様は基本お飾りで種馬。何かしらの祭りごとに自らご自慢の踊り等を見せるという風習である。先代の王は歌が上手いだけの農民だったとか。


「だからなのか、歌を歌っていてもどこか必死で楽しんでいる感じがあんまり無いんだよな……。」


 ボーっとカポカポと足音を立てる馬車に寄りかかっていると、一人の粗雑なロングスカートの服にエプロンをつけた女性が走り寄ってきた。


「そこの商人さん、ソプラノソフトクリームはいかが?」

「ソプラノソフトクリーム?」

「あら、異国の商人さんなのね!これは魔力を込めたソフトクリームっていうお菓子なのよ。ソフトクリームはわかる?氷の魔法で牛の乳を冷やして特殊な製法で作ったお菓子よ!ソプラノ、アルト、テノールにバスのフレーバーがあるわ、おひとついかが?」


 説明のようで説明になっていない。


「そのソプラノってのはどんな味なんだ?」

「あら、味じゃないわ。音よ!知らないなら食べてみるのが一番ね!」


 売り子らしき女性はコロコロと笑ったが、こちらは顔をしかめるしか無い、ソフトクリームなんだよな……?


「わかった、ソプラノソフトクリームを1つ、いくらだ?」

「オトラ銅貨2枚よ。」


 銅貨2枚でパンと干し肉にコンソメスープがその辺の宿屋で食えるし、ジョッキ一杯分のエールも銅貨2枚。彼女の持っている箱の中にあるソフトクリームの量からして、俺の基準だと割高になるが、音がするというのが気になってくる。


「じゃ、1つ。」

「まいどありがとうございまーす!」


・ソプラノソフトクリーム -オトラ銅貨2枚-

 薄めで平たく扇状に広がる焼いたワッフルの上にどぽんとソフトクリームを落としてくるくるとワッフルを巻いて持ちやすくしたもの。見た目は不格好なソフトクリームである。ワッフルは冷えていてひゃっこい。


 手に持ってみたが、特に音がするわけでもない様子。騙されたかな?どうせならメープルシロップでもワッフルにかけてほしいところだが、残念ながらサトウカエデの類はこの世界じゃ見つかっていない。糖分は蜂蜜がメインの世界だ。


「いただきます。」


 まずは一口……!?


「あの、御者さん。何か歌いましたか?」

「いいえ、何も?」

「そうですか。」


 ……もう一口、ペロリ。うわ……歌ってるよ、歌ってるよこのソフトクリーム。口の中で高音の女声が響いてる。この世界の歌だろうか、翻訳回路が働かないため何を歌っているのかまったく理解が出来ない。それと、ソロで歌い続けているのだが、口の中に入れてしばらくすると音が止んでしまう。


 味のほうはミルクミルクした牛乳味。M●Wのアイスみたいな味がする。バニラもこの世界には無いからな……見つかっていないだけかもしれないけど。


 レロっとひとなめ、うん、まろやかで口内に響く声以外はしっかりとしたソフトクリームって感じだ。ツイストしていないのが気になるが味に影響は無い。


 カプリともう一口、しっかり冷えていて良いお味。魔法がある世界だとはいえ確かにこれなら銅貨2枚出してもしゃーなしといったところだろう。


 さて、ちょっと気になるのはこれを覆っているワッフルのほう。いわゆるワッフルコーンではなく、本当に薄いワッフルなんだ。クレープやガレットみたいな作りにすればよかったと思わなくもないが、もしかしたら作り方がまったく思いつかれていないのかもしれない。結構成長しているのにフライパンという概念が存在しない世界とかあったしな。


 それはともかくワッフルを一口、あぁ、ワッフルワッフル。あまり膨らんでいないパンケーキな味。やや香ばしくミルキーなソフトクリームに合う味だ。そして、こっちは静かなものだ。魔法がかけられているのはアイスのほうだけらしい。


 汗をかきはじめたソフトクリームにワッフルを組み合わせてパクリと一口。また歌が口の中に響き渡るが、これは邪魔なだけじゃないか?確かに綺麗な声だが一体何を歌っているのかサッパリわからん。


 ま、こんなもんだろう。唇で噛むようにソフトクリームを削ぎとって口内独奏会を堪能するとしよう。



 女王国オトラの城は洋式の城。俺はこの城へ絹織物と楽器を献上する、そして女王様からお褒めの言葉を頂き褒美の銀貨をもらう。ただそれだけのこと。俺が謁見の間で跪くのも割りと珍しくない。


「タベタ・ゲタロ、ゴブリン達の襲撃で街道が封鎖されている中でありながら、こうして品を持ってきたことには感謝したいと思います。」


 目の前に居るのは、女王の長女であるテナシア王女様である。こうしてお目にかかるのは二度目だ。結構偉い人で、とうとう俺もこの人から声をかけられるほど信用されるようになったというわけだ。6人の王女から順々に登って行って……次は女王だろうな。


「ですが、これは一体どうしたものでしょうか。」


 ん?と顔をあげた先には、テナシア王女が長い絹の手袋をはめた両手で広げる1枚の布。白と水色のストライプ、いわゆる縞パンという奴だ。折谷に頼んでいくつか下着を入れておいてくれと言ったのは、俺だ。セクシーランジェリーとかドロワーズとか、縞パンとか入れといておくとその技巧を褒められるので毎回入れておくのだが、今回の俺は確認を怠ったようだ。


「それは……。」

「白の線が4本に、青の線が4本。……これは街道を封鎖したゴブリン達の旗印でしたわね?」


 生きて帰ることが出来るといいなぁ。俺は衛兵に両腕を掴まれて地下牢へと引き摺られながらそう思うのであった。

ありがとうございました。

前へ次へ目次