第七話 ポータル港でサンドウィッチ
よろしくお願いします
「……はい、問題ありません。ポータルクレジットに換金し、口座へと送金いたしました。他に何か?」
「登録国家の貨幣で、口座から1万円札を25枚引き出したいのですが。」
「少々お待ち下さい……はい、こちらになります。他には何かございますか?」
「いえ、ありがとうございました。」
「次の方どうぞ。」
紺色の絨毯にパキラを主とした観葉植物が等間隔に並び、目の前のカウンターには衝立1つ無いこの場所はポータル内に存在するポータル銀行。窓の類はもちろん存在しないため巨大なモニターで何かしらの背景映像を写している。本日はヌードビーチinミノタウロス国家。息子が自信を失うので勘弁していただきたい
この銀行では、登録世界で使われている貨幣の全てがポータル用のクレジットと交換出来るが、口座を持つにはある程度の信用チェックが必要だ。俺も4年前にやっと個人口座を開けたばかり。
銀行の外へ歩みを進めると、紺色の制服を着て、紺色のアサルトスタンライフルを持った女性と思われる存在と目?が合ったが、特に何も言われない。ポータル港の中はとことん、潔癖症の人が掃除をするよりも完璧に安全だ。人っぽい何かが通路の5mおきに重鎮しており、ここは警察署の隣にあるドーナツ屋よりも安全だろう。
「3時間もずっと待たされたせいで腹減ったなぁ……。ポータル港内にある屋台街にでも行くか。」
第七話 ポータル港の屋台街でサンドウィッチ
ポータル港はとことん広い。俺が今いる最上階の管理エリアは東京ドーム並に広いと言われているし、万単位は居ると言われている異世界商人達のオフィス兼倉庫が存在する。俺のポータル港用のIDも014142(オイシイヨネ)だったりするので最低でも1万人は居るだろう。レンタルエリアは仕様上空港よりも広いし、テナントが入っているエリアはオーストラリアよりデカイだなんて言われている始末。今から向かう屋台エリアも登録店が数百は存在する巨大エリアで、激戦区だ。これで空きがまだあるってんだからすごいよな。
俺は屋台街へ向かうために見た目が広い地下道のようなところを歩いている。もっともポケットティッシュを配る人はおらず、治安は良いのだが、ちょっとした騒ぎが起きそうな予感……あ、くちゃくちゃと何かを噛んでいた前の奴がやっぱりガムを道に捨てた。
「失礼、ゴミのポイ捨ては禁止されています。」
「あ?何言ってんだねーちゃん、ガムを捨てただけだろうが。」
「抵抗を確認、無力化します。」
Bzzz!と簡単な電撃音と共にミノタウロス族の男が倒れこんだ。アサルトスタンライフルから強力な電撃が放たれ、体が麻痺したのだ。
「対象を留置所へと移送開始します。なお、ゴミのポイ捨ておよび反抗的な態度は600+200クレジットの罰金となっております。皆様もお気をつけ下さい。」
あれ、すっっっっごく痛いんだよね。
屋台エリアは少々特殊で、2週間毎に整理が行われる。地区維持費が払えない場合は強制退去だ。屋台の撤退は申請すればすぐ通るし、販売許可証も朝の9時に管理局へ行けばすぐに貰え、レンタル屋で装置を借りれば許可証をもらった3時間後には店を開くことが出来る。そのためとにかく店の回転が早い。
俺は通路を歩きながらエリアの番号を確認していく。目的は現在の最終番号であるエリア33。最終番号のエリアは必ず新入りが入る。例え2週間以内にどこかのエリアに空きが出来たとしても必ずここに入れられるのだ。それはつまり、見たことない屋台が出ているということ。エリア33の入り口、同時に10人は入ることが出来るようなどこかの遊園地のようなゲートをくぐった。
そこはどこかのショッピングモールでみたことのあるようなフードコートである。テーブル席は20ほど存在し、カウンター席は30。屋台はどれもポータル港内で定められたワンボックスカーサイズの小さな物。それがコの字型に15軒並んでいるが、6つはまだ空き家のようだった。
「いらっしゃーせー!たこ焼きとたい焼きだよー!たこ焼きは大粒10個入りが2クレジット!たい焼きは1クレジットでこしあん、カスタード、ずんだ、チョコレート、ブルーベリージャムに抹茶!そしてクレイジーフ##キンスーパーハッピー味!その他50のフレーバーが選べるよ!」
そう叫びながら男が大量のたこ焼きを10本の触手でクルクルとひっくり返していく。店主はイカ人間のようだが一体タコに何の恨みがあるというのか。
「有機栽培ノ野菜アルなう。全部水耕栽培、太陽デ光合成、使用シタ栄養剤ハ人体ニ影響ナイヨ!」
大きな機械音声で客引きをしているのは映画に出てくるような骨組だけの金属で構成された無生物、ロボットである。ドレッシング無しのかぶりつき生野菜を売っているようだった。
「ミニチーズフォンデュはいかがですかー?手のひらサイズの食べきりミニチーズフォンデュが3クレジットだよー!美味しいよー!」
濃厚なチーズの臭いを漂わせた屋台を切り盛りするのは二足歩行のアルパカ。そして並ぶのはパンとソーセージにふかしたジャガイモ。呼び込みなぞしなくても良いぐらい屋台に人が並んでいる。
「アイスクリームー?バニラ、チョコレート、アボガドにバナナ、ヨーグルトにサソリ味ー。1つ1クレジットー?いろいろできるー。」
華奢な女性……いや、脚がない。女性の幽霊がアイスを売っている。案外人気なようで黄色のバナナ・白いヨーグルト・薄い緑のアボガドのトリプル載せを用意しているところのようだ。サソリ味は爪楊枝一本分の傷も無いほど綺麗で誰も買っていないのが見て取れる。ていうかサソリ味の黒いアイスはどうなんだろう……。
「ヌードルオイシヨー、ミソ、ドラゴンコツ、ワニがアルヨー、トッピングハワニノ燻製肉ガ人気ダヨー!一杯3クレジットネー!」
爬虫類系ラーメン屋のようだ、ドラゴンの骨で出汁を取ったらしいラーメンが気にかかるが、店員の男の背中にコウモリのような羽と爬虫類のような尻尾が見える。あれってドラゴメイド──竜人のこと──だよな?俺が人肉売ってるのと大差無い禁忌をおかしてないか?
「サンドウィッチ~サンドウィッチはいかがですか~!ハムとチーズとレタスのホットサンド!20種の組み合わせから選べるフルーツ生クリームサンド!そして定番のたまごサンドにツナサンド、リヴァイアサンドなんかもおすすめですよー!どれも1クレジットから買えますよー。」
大きな声と中身の割に販売しているのは少女である。カウンターの下に踏み台を用意してなんとか顔をのぞかせている姿が微笑ましく、年の頃は10歳の少女に見えるが……たまに見える犬歯の鋭さが明らかに吸血鬼であることを密かに主張している。
「当店は軍用糧食店であります!缶詰!レトルト!フリーズドライ!2015年の地球から全部直輸入してきたものであります!値段はそれぞれ違いますが1クレジットから購入出来ます!泥水のように不味い濃いコーヒーも1クレジットで用意してあります!一口飲めば女と飲んだビールの余韻も吹っ飛び、二口飲めば6時間は起きたままで活動できるであります!」
おいおい、ありゃ日本の自衛隊員だ。横流しっぽいぞ、何やってんだ。どうみても俺と同郷じゃないか、世界的な意味で。
「イチゴ専門店、イチゴ専門店でございます。焼きイチゴ、煮込みイチゴ、生イチゴに氷イチゴが取り揃えております。煮込みイチゴはお持ち帰り用のイチゴ型瓶もございます。イチゴ、イチゴでございます。1クレジットで購入出来る山盛りのイチゴでございます。」
イチゴがゲシュタルト崩壊しそうだ。店員はイチゴの帽子を被った耳が長いエルフ系の女性。煮込みイチゴとはただのイチゴジャムである。氷イチゴと生イチゴがきになったので覗いてみたが、本当に生のイチゴと冷凍庫で凍らせただけのイチゴだった。
「空気缶でござーい!プルタブをひねって開けて臭いを嗅ぐと腹がふくれる不思議な空気缶詰だよー!今のフレーバーは牧場、ゾンビ、ホタテ、猫、雨が降った森に冬の雪山だよー!1つ2クレジットだよー!」
たまにはこうやって食べ物じゃないものもあるのか、しかしゾンビってのはどういうことだろう……。店員は黒人の男。
「タブレット屋だよー!5粒1セットが1クレジット!ジューシーなタレ付き焼き肉、揚げたてフライドポテト、バターに茶碗蒸し、照り焼き鳥肉、ベイクドチーズケーキ味のタブレットがあるよー!お腹は膨れないけど間食したかったり、ダイエット中の誘惑を振り切るのに最適だよー!」
焼き肉味を後で買おう。店員は両腕が機械のアジア人男性。
これで全てを見終わった。並んでいる屋台はたこ焼きとたい焼き、ロボ栽培野菜、ミニチーズフォンデュ店、アイスクリーム屋、ヌードル、サンドウィッチ、軍用糧食店、イチゴ専門店、空気缶にタブレット屋か。
「……今日は普通にサンドウィッチがいいかな。それと夜食用に焼き肉タブレットかな。」
まずはタブレット屋へ行こう。5粒で1クレジットはちょっと高い気もするが、それは味次第。屋台にたどり着いてまず確認すべきことは、屋台の正面に飾られている販売許可証を確認すること。これには母国ならぬ母世界が書かれており、商品の品質に少なからず影響するものである。
「2576年のウズベキスタンか。こりゃ結構期待出来そうだな。」
「いらっしゃいませー!うちのタブレットは特別製だよ!口に含んで5分間は元となった味が本当に楽しめるんだ!500年以上前にあった陳腐な物とは大違いだよ!」
タブレットは飴の量り売りに使われているようなプラスチック製のピラミッドのように積み重なったケースに入れられている。フレーバーは先程の7つ以外にかんぴょう巻き味、焼きベーコン味、サルミアッキ味、ワッフル味、チョコレートケーキ味にロールパン味などがある。
「酢飯と焼きベーコン、揚げたてフライドポテトにジューシー焼き肉、茶碗蒸し……後はプロフ(ピラフのような物)のタブレットを1セットずつくださいな。」
「はいまいど!うちのプロフは俺のおふくろの味がモデルなんだ!期待してくれていいよ!」
「6クレジット、読取機はどこに?」
「そこの白と黒の太いストライプの箱がレジさ、入力するからちょっとまってくれ……いいよ、かざしてくれ。」
彼がレジに入力した内容が箱の側面にある手のひらほどの小さなモニターに表示された、購入品にミスは無く、合計金額も6クレジットである。俺は手元のPDAの支払いアプリを起動し、[6]とだけ入力した後読み取り部分をレジへとかざした。チーンと小気味良いベルの音が鳴り、支払いが済んだことがわかった。
「まいどあり、タブレットの賞味期限は2年だよ。保存の時は他のタブレットと一緒にすると臭いがうつるからその袋に入れたまま保存してくれよな。」
そういって彼から渡されたのは6つの小型チャック付きポリ袋とそれを入れたレジ袋である。
「どうもありがとう。」
タブレットとはね。夜食に最適で太らない良い物を手に入れたよ。あまりにも遠い未来だと逆に臆してなかなか行けないからこういう屋台は本当にありがたい。さて、次は目的地のサンドウィッチだ。
チーズフォンデュの強烈な臭いに負けそうになりながらも、俺はサンドウィッチ屋台の前にたどり着いた。ホットサンドにフルーツサンド、普通の冷たいサンドウィッチもあるようだ。どうしたものかな、ピーナッツバターサンドとかは別に要らない。フルーツサンドの生クリーム+イチゴはキープ、ホットサンドはチーズ+ハム&レタスは確定。
ジュージュー、カラカラと脳裏に響く乾いた音と抗えない匂いがする。これは……。
「はい揚げたてホットかつサンド2箱。まいどありー!」
揚げたてホットかつサンド!これは絶対1つ買おう。
「いらっしゃいませ~、あら?源太郎じゃない。」
「……え?」
「何度か見たことあるわ~、ほら、マイロードの店~。特殊なサンドウィッチもあるわよ~。」
「あぁ、あそこの常連さん……こっちの世界の人だったんですね。いや、今日は良いです。」
「マイロードはここのことは知らないけどね~。じゃあ決まったら言ってちょうだい。」
「それじゃあ……。」
・ホットサンド -1クレジット-
専用のホットサンドメーカーで焼かれた2個1セットのホットサンド。食パンの耳を切り落とした後、レタス、ハム、カマンベールチーズ、レタス、の順番で挟み込み、その後ホットサンドメーカーで2分ほど加熱。取り出した後に対角線上に包丁を落として三角形にした物。あったかい。紙でくるまれている。
・かつサンド -2クレジット-
2枚の食パンを十字で切って4つの四角形のセットを作り、そこにソースをつけた揚げたてミニトンカツとキャベツの千切りで挟んだもの。あつあつ、じゅーしー。箱にぴっちりとつめ込まれている。
・たまごサンド -1クレジット-
ゆでたまごをみじん切りしたあとボウルに入れ、マヨネーズ、塩コショウで味付けして混ぜ込んだ後、三角形のサンドウィッチ用のパンに挟んだ物。コンビニなどで売られているものよりややしょっぱく、マヨネーズが多め。ラップでくるまれている。
・生クリームイチゴサンド -1クレジット-
さらにやや硬く練り上げたホイップクリームをべったりと塗り、その上へ半分に切ったイチゴを載せ、もう一度生クリームを入れてパンで挟んだもの。ちょっとしたショートケーキ。こちらもラップだ。
「前に見たとおりよく食べる人ね~。これからもお客さんになってくれると嬉しいな~!」
「ポータルは激戦区だからちょっと約束は難しいかも、ともかくありがとう。」
日本の東京にあるラーメン屋のほうがまだマシと言われるぐらいである。ちょいちょい誰かが勧誘して現れる観光客は居るが基本的には異世界商人共ばかりなのでこればかりはどうしようもない。
少女に軽く手を振り、サンドウィッチをオフィスへ持ち込もうと思ったが考えなおす。あったかいうちに食べたほうが美味いのは何でも共通だよな?そう思い、フードコートに備え付けられているドリンクバーでお茶を一杯分手に入れると俺はカウンター席でサンドウィッチを広げてピクニックだ。
まずは、冷めたら困るホットサンドから。サンドウィッチの包み紙を開くといきなり濃厚チーズの香りが鼻に直撃する。絶対美味い。手にとったサンドウィッチの表面はすっかりパリパリのトーストで、手に伝わる触感からはややしんなりとしている。厚みはせいぜい指と同等のハムチーズレタスサンド。まずは一口。
パリッと香ばしいパンの香り、遅れて味。ねっとりとトロけたチーズが舌に絡みついてきた。次にしんなりレタスとハムが申し訳程度に塩味を提供してくれる。チーズのほうが肉厚だな。しかしわかりやすい味だ。想像通り、意外性は特に無いが、美味いことには間違いない。しゃくりしゃくりと完食してしまった。
まぁ、わかってはいたが、こんなので足りるわけもなく。お次はたまごサンドを1つパクリ。うん、マヨネーズが結構強いけど悪くないぞ。むしろこれぐらいのほうが俺は好きだな。黄身もざらついていなくてマイルドな食感だ
お茶でグイッと流しこみ、俺は別の箱を開けた。モワッとした熱気が手にかかる。誰かが食べ物のことで宝石箱と例えたことがあったが、これ以上無い的確な表現だと思う。宝石箱の中は揚げたてのトンカツの油が頭上のライトに照らされてキラキラ輝いていた。
片手でカツサンドを摘むとパン越しにほんのりと熱が伝わってくる。当然だ、揚げたてなんだから。それを一口ジャキリと噛んだ。油が強いや。パンが完全に力負けしてしまっている良いトンカツ。自然と体も顔もほっこりしてくる良いソース味。少しソースの量が足りないけどしっかり火が通った肉の味が楽しめて良い感じ。
「はむっほふっほふっ。」
つい、そう声が出てくるくらいかつサンドは熱くて、だけど美味いから止められないんだ。少しニヤつきながらカツサンドを食べる姿は絶対人には見せられないな。
こうして俺はかつサンドとホットサンドを完食、残りは一切れのたまごサンドと生クリームいちごサンドのみ。俺はお茶を軽く口の中で転がし、奥歯の奥からも油を食道へと流しこむとたまごサンドのラップを戻して鞄へと入れる。
「こいつは後で小腹が減った時用。」
ふふりと笑い、俺は生クリームイチゴサンドに目を向けた。君はここで全て食べてしまおうか。ペリペリとラップを剥がすとひんやりとしたパンの触感が伝わってくる。こういうのもさっさと食べちまうのが美味しい。慎重に生クリームサンドを持ち上げると、一口モニュリ。甘い、そしてイチゴ。
「おっと、あぶね。」
甘い生クリームと酸味がキリッと効いたイチゴを味わう前に、一部のクリームとイチゴがパンから脱走するところだった、危ない危ない。ペロリとサンドウィッチの端を舐めとり、もう一口。うん、甘い。ソレ以外にどう言えっていうのか、おっと、イチゴが酸っぱい。
「生イチゴ美味しいですよー!」
イチゴ売りのエルフがまるで俺を狙い撃つかのように声を張り上げていた。美味しいよね、うん。だけど今日はショートケーキの気分。この小さな薄いショートケーキの残りを口の中へとつめ込み、もっぎゅもっぎゅと咀嚼する。そしてお茶で流し込み、包んであったラップは丸めて鞄の中へ。
「さて、オフィスに戻るか……。」
もう満腹ではあるが、タブレットを試してみたくなった。鞄から酢飯味のタブレットを取り出して、口の中へと放り込む。うん、冷めた米を3回ほど噛んだ味と、ほんのりキツく香る酢の味。面白いな、確かに酢飯を食べているような気分になる。当たりかもね。
「次来た時も残っているといいな。」
それはどの店への言葉か自分でもわからないが、俺はフードコートを後にしたのだった。
閲覧ありがとうございました