前へ次へ
37/40

第四十六話 蛇の蒲焼きとスライス焼きリンゴ

よろしくおねがいします


 水の香りと草花のさざめきが心地よい。俺は相変わらず戸板のような荷車の上に寝転がり、ガタゴトと揺れる車輪に睡眠を邪魔されながらも白が混ざった青い空を楽しんでいた。


 ふと、顔を右にやると雲すら貫く世界樹の姿が確認出来た。あれは巨大バオバブのエルフという世界樹。ここはマジカ大陸、俺が移動している場所はサバンナと草原の境目ギリギリで、サバンナ側へと水が流れ込んでいく大きな川が存在する場所だ。


 御者の土色のローブを着た女性のような何かは、泥人形、ゴーレムと呼ばれる二足歩行の人工生命体に荷車を引かせていた。ゴーレム……そういやこの素性のわからない御者はどこか人工生命体に似ている気がする。なんというか、雰囲気だろうか。


「止まってー、橋の使用料は1コパルだよ。」

「とのことです、源太郎様。」

「はいはい……1コパル。」


 係員らしきヒューマンに銅貨1枚渡し、移動するよう御者に促したが、係員が静止してきた。


「あー、浮き橋の定員オーバーだから渡ってるやつが陸に登るまでちょい待っててくれ。」


 幅200mを超える巨大な川には樽、革袋、ペットボトル──何でペットボトルあるの?──などを利用した浮き橋には、大体30人、馬車が遠目に2台見えた。対岸では巨大な風車のように見える建物があり、風車のような羽根はばってん印の赤いマークを見せていた。待つしかないか。


 あぐらをかいてボケーっと待っていると、オークにヒューマン、雪女にドワーフ、犬頭のコボルトにスキュラがわいわいがやがやと浮き橋の上を歩いてきた。呑気なものだ。


「やぁどーもー。」

「どーも。」


 橋の上から彼らが挨拶をしてきたが、その浮き橋の横の水面が大きく盛り上がった。


「危ない!」


 反射的に俺は声をあげたが、水中から大きくホオジロザメのような淡水に住む鮫が橋の上の彼らに跳びかかり、スキュラに噛み付いて水中へと消えていき、水面は赤く染まっていった。


「間に合わなかったか……。」


 俺は体の前で両手をあわせ、冥福を祈ろうとしたところで、水中から先ほどのスキュラが顔をひょっこりだした。


「死ぬかと思ったわ!まったくもう!」


 彼女の右手には鮫の頭。足の触手には人の腕ぐらいなら簡単にちょん切れそうな大きな鋏が3つもあった。勝っちゃったよ……。彼女たちのパーティは笑いながらスキュラを陸へ引き上げた、そしてスキュラは俺に投げキッスと礼の言葉を残していった。


「あ、OKみたいだ。あんたら行っていいよ。水中から鮫が襲ってくるから気をつけて。」


 俺を含めて、一体どう気をつけろというのだろうか。


 荷車はより不安定になった道をガタゴトバチャバチャと滑ってゆき、俺は急な鮫の飛来に注意するため、魔導バリアを展開し伏せの状態で震えながら旅の無事を祈り……特に問題も無く荷車は陸へと戻った。


 この浮き橋は雨季の時期になると川が増水するため、陸に橋を引き上げる。まだこの世界にはこんな長い橋を建築させるほどの技術は無いとはいえ、悪くない方法だ。この川を貫く橋が出来たおかげで、マジカ大陸中央を横断する道路が出来て、東海岸と西海岸を繋ぎ……まぁ西海岸は開拓中だ。これから俺が行くエルフの宿屋もまた発展途上なんだ。


 いくつかの分かれ道を北へ折れていき、サバンナと草原から草原と森林の境目へ、そして森の入り口へとたどり着いた。


 オーク達の世界樹を奪還せんと常にテロ行為を繰り返しているエルフ達が経営する、観光および交易商人向けの宿屋へと……。





 第四十七話 -蛇の蒲焼きとスライスリンゴ-





 周囲は雑木林といった心持ちで、どんぐりを中心とした木の実がつく木がそこかしこに生えていた。ただし、切り開いたと思われる人工的な手は加えられておらず、切り株はもちろん、木の間隔を調整したような後すら無い。野生の森だ。


「野生の森ってそりゃそうだ。」


 宿屋はそんな雑木林のど真ん中……2階建ての家屋の中心から赤い実をつけた木らしきものが3階として上に突き出ている。だから木は切れよなぁ……。


 荷車を馬止めに置かせ、俺は宿屋へと向かった。本日の目的はこの宿屋兼交易施設。外に目を向けたエルフ達がいくつかの細工品を販売していると聞いて、どんなものか見に来たのだ。


 宿屋といえば日干しレンガと泥で作られ、窓はガラス製。肝心のドアは……無い。アーチになっており、そこにはキラキラと輝く何かがすだれのようにおりていた。のれん、とはまた違うなぁ。アーチの上から地面すれすれまで伸びていて非常に長い。


 右手の甲でそのすだれを……これ、爬虫類の革か?思わずすだれの1つを手に取りしげしげと眺めた。赤と黒のまだら模様の革は明らかに爬虫類。もう一本も確認してみるが、これは……切ったものじゃないな。この鱗の感じは蛇だ。


「おいヒューマン、入るのか入らないのかどっちかに決めてくれ。」

「あぁ、失礼。これ、蛇革?」

「そうだよ、次にお前はどうして動物の革なんて使っているんだって言うかもしれないが、蛇は動物じゃねーんだ。魚だから俺達エルフも食べていいのさ。」

「あ……そう……。どうも。」


 確かにこの辺りのエルフは四足の動物を繁殖している、という理由でオークやヒューマンを毛嫌いしている話と、魚を普通に食べるという話は聞いていたが、そうかー蛇は魚かー。新説だなー。


「で、用件は何だ。飯か?部屋はまだ掃除をしてるからその辺で散歩でもして待っててくれ。」

「とりあえず、食事かな。何が出来る?」

「そっちだ。」


 民宿とかペンションのあるようないかにもという受付でしかめっ面をしていた緑髪で耳の長いエルフはそのままそっぽを向いて本を読み始めてしまった。本の外装は……蛇革、おそらく魔導の指南書かな。


 受付らしきところを通り過ぎ、上階段の脇をすり抜けて、食堂へとたどり着いた。食堂は内というよりも外だ。壁に阻まれておらず、吹きさらしの素敵な森の香り。食堂の内部……外部かな?日干しレンガで作られたテーブルと椅子がいくつか置かれている。エルフのビアガーデンかな。


「あーいらっしゃーい、食べてく?」

「あ、えぇ。何がありますか?」


 女性の緑髪のエルフはキラキラと陽の光が反射する川のような笑顔を見せ、黒く輝く板を手渡してきた。これはタッチ……パッド……?この世界にこんな物を生産する技術なんて無いはずだが……。不審に思いながら画面を指でタップすると、マジカ大陸の交易用共通語が浮き出てきた。


「これは……何?」

「あら、見たこと無い?アーティファクトだってー。いちいち炭で描いたものをパンでこすらなくてもいいのよ、それ。」

「へぇ……どこかで売ってるのかな。」

「ううん、見たことない。極稀に見つかる地下の宝物庫から手に入る貴重品よ。」


 そういえばこの世界の解説で、古代は俺の母世界と同等で宇宙にまで飛ぶ技術があったが、何らかの原因で滅びた、というものがあったな。そういう物かね。


 画面には蛇の蒲焼き、煮込み……。魚の塩焼き、それにパンとピラフ。スライス焼きリンゴにリンゴのジャム。後はチョコレートパイ。チョコレートパイ……。飲み物にお酒は無く、フルーツジュースと水(無料)のみ。


「蛇の蒲焼きと、ピラフ、後は焼きリンゴに水を貰えるかな?」

「はいはーい、あ、全部でえーと……7コパルね。」

「はい、7コパル。」

「はいまいど、すぐに出来るからその辺お散歩してていいよー。あ、はい、コップ。水は自分で井戸から汲んでね。」


 井戸は食堂から少し離れた場所に掘られてあった。枠を石で囲み、滑車と桶で水を組む古式ゆかしいタイプだ。俺は木のマグカップを片手に持って井戸の手前まで歩いて行き、なんとなく中を覗き込んだ。


 赤い丸いのがいくつか、さらに井戸の中からパシャンと、何かが動いた音。


「おーい!井戸の中に何かあるんだけど!」

「え?りんごと鯉よ。別に珍しいものじゃないでしょ?あ、マキナ大陸からのお客様かな?あっちはパンプだかパルプだかポンプ式で中が見えないんだっけ?」

「あー……まぁそんな感じ。」


 そういや井戸を簡易生簀にしたり、果物を冷やしたりするのはよくあることか。なかなか井戸を眺める機会って無いからな。俺は滑車に括りつけられた桶を井戸の中へ入れ、放り投げることは無く、ロープを掴んでゆっくりと降ろしていった。パシャリと桶は底の水にたどり着き……少し待って水が桶の中に入ったことを確認すると、引き上げた。


 水の入った桶は地味に重くて困る。グッ、グッ、グッとロープを握る手に力を込め、水桶を引き上げた。そして井戸の縁に水桶を載せ、マグカップで一杯すくって、まずはここで水分補給。


 カップを傾けて唇に当てると、ひんやりとした感触。水のほうはといえば、臭いわけでも無い無味無臭の冷たいお水。喉をゴクリゴクリとならして胃袋へと一気に流し込んだ。


「ぷはっ。」


 俺はもう一杯を食事用に汲み取ると、水桶の水は井戸へリリースして、桶は所定の位置に戻しておいた。




 そして待つこと15分。


「お待たせー!」


・蛇ピラフ 2コパル

 蛇肉といくつかの野菜を一口大に切り、炒める。その後熱したフライパンの上にオリーブオイルを垂らし、米を炒め、スープと具材を突っ込んで炊いたもの。大盛り。大盛りです。


・蛇の蒲焼き 3コパル

 蛇を開いた後、骨などを取り除きぶつ切りにして金属製の串を打った後に焼き、トマトソースをつけたもので縦20cm横15cmの肉の塊だ。この辺りのエルフは蛇の養殖もしているとの噂がある。

 

・スライス焼きリンゴ 2コパル

 横に切って4つにしたスライスリンゴを簡単に焼いた物。縦では無い*横*である。全てのスライスリンゴに芯と思わしき部分が存在する。




 俺は青空と緑の森に囲まれる中、茶色のレンガに座り込んだ。

 

「いただきます。」

「へー、おもしろーい。そういう挨拶してから食べるんだ?」

「えぇ、まぁ。」


 俺は金属製のスプーンを手に持ち、まずはピラフだ。ピラフの色は赤に狐色に緑色。多分パプリカか玉ねぎだろう。大盛りになるようにすくい取って、香ばしさ満点のパラパラライスを一気に頬張った。


 うん、美味い。野菜の苦味と肉の脂に米の甘み。そしてこのインディカ米特有のぱらつきがたまらない。粘り気が無く、噛みごたえのあるお米というのは普段あまり味わうことがない、楽しい食感だ。ちょっと喉が渇くのが難点かな。


 次にスプーンが決めた被害者君はピラフの横に乗っかっているお肉。100円ライターほどの大きさで、焦げ目がきっちり付いている。口に含むと急に世界観が変わった。ベーコンだ。スモーキーで濃い塩味がピラフとまったく別の世界に切り替わった。しかし味のほうは肉が完全に煙に負けている。……この辺りで食える肉といったら、蛇しか無いので蛇ベーコンか、悪くない。


 そして、蒲焼きの串を手にとった。3本の串は金属でまだ熱が篭っているのかほんのり温かい。それにしても、トマトソースかぁ。スプーンで肉を潰し切り、一口放り込む。


 んー…………脂の足りないチキンソテーにケチャップつけるとこんな味だな!想像以上にケチャップだった、ケチャップだよこれ。何でケチャップ開発してるの、もう一口食べてもケチャップだ。異世界ってほんっとよくわからないところでよくわからない発展の仕方してるから面白いよ。


 しかしながら、むしろ食べ慣れている味なので結構イケル。パリパリとした肉の表面にふわりとした食感。それにケチャップ的な味が加わり、ややチープながらも食べやすくて美味しい。それに大盛りピラフをモハモハとかっこんでいくのだ。


 ようやく水に手を付けた頃にはピラフも蒲焼きも全て食べてしまっていた。別に蛇とはいっても、肉が変わってるってわけじゃないから普通に食べちゃったな。


 さて、問題はスライス焼きリンゴ。俺の想像していたリンゴはどうやら大玉だったようで、今回出てきたリンゴは蜜柑並のサイズである。食べやすいといえば食べやすい。とりあえず素手で1枚手に取って見た。ぺろん、ふにゃんとやる気の無さをかもしだしているが、匂いといえば甘いリンゴの酸味が混じった美味しそうな匂いだ。


 さて、まずは一口。むにゅり、と柔らかい焼きリンゴ。もう一口、芯のほうを食べようとすると、硬い。やわ硬い。ダメなやつだコレ。芯まで食えるリンゴかと思ったが、やはり芯まで俺の知ってるリンゴのようで、硬い。焼いてあるから食えないこともないが、甘みもあまり無い。食物繊維的なものを食べている味がする。


 もう1枚、端の方はあまっこくて、酸味も混ざって美味しい。これにバニラアイスかシナモンを振りかけたら最高だろうな、パイのような小麦系の薄焼きもきっと良く合うことだろう。


 もしゃりもしゃりと芯の部分だけ残し、焼きリンゴもきっちり食べ終えた。そしてその甘味を流すように水を一杯飲み干して、おしまいである。肉がOKのエルフは良いね……肉無しはやはりきつい。


「ごちそうさまでした。」

「はいどーもー。」

「ここ、蛇革の細工品を扱ってるって聞いたんだけどどこにあります?」

「ん?あぁ、アレね、受付のやつが作って売ってるから、そっち行ってみて。」

「ありがとうございます。」


 妙なもので、足の無い生物はエルフ達の宗教的には何をしても良いそうだ。そういうわけで今回は川から手に入る砂金と蛇革、骨などの細工品がどんなものか見に来たのだった。とりあえずあの魔術本欲しいなぁ……写しとかあったらいいんだが。

閲覧していただきありがとうございました

前へ次へ目次