第四十四話 ファンタジー世界で蕎麦がきと岩石焼き
よろしくおねがいします
駱駝はカポカポと音を立てて歩いていた。岩石砂漠と呼ばれるこの地帯の地面は硬く、ヒビ割れており歩きにくいが馬などの四足動物なら別に大したことはない。そして俺は少々大きな幌馬車に乗り込み、ガタゴトと揺れる家具を支えながら汗をかいてひーこら言っていた。これだから大物は扱いづらくて嫌いなんだ。
ここはマーテラナ大陸北西部、ノー・マンズ・ランドなどと呼ばれる無人地帯である。無人とはいっても、ヒューマンとかそういうのが居ないだけで結構住み着くやつは居る。ノー・マンズ・ランドはちょっと作物が育ちにくいだけなので文化的な営みを送りたいとか、荘園として経営したいっていうお貴族様が居ないだけである。
しかし、見渡す限り乾いた大地に岩ばっかり。生えている植物といえば雨季ににょきにょきと伸びたまでは良いが乾季に耐え切れずカサカサに乾いてしまった葉っぱしか見えない草。後は……まぁ、そういうところなので、居るとしたらアレです。人との関わりが大っ嫌いな隠者の類に山賊の類が住み着いているってわけで。幌の向こう側から馬の足音が聞こえてきた。
「よぉフードを被った旦那ァ……へへへ、ここ、通行料が居るって知ってるかーい?」
やっぱ来るんじゃなかったなぁ。くそっ。
異世界のグルメ 第四十四話 -蕎麦がきと岩石焼き-
わいわいがやがやと現れたのは、子鬼のようなゴブリン、細身のオーク、そして細身のヒューマン。異世界三大害獣のご登場である。どんな異世界であっても大抵の場合この3つの種族が盗賊の類になって広範囲に被害を与えるのが特徴だ。他の種族は大抵固定の位置に居るから被害はひどくないが、こいつらは徒歩で大陸横断に海賊になったり等、様々なことを平気でやるからドラゴンよりタチが悪い。正直来たくなかった。
しかし、俺は以前とある場所で高額な費用がかかるポータルの緊急展開をする羽目になった。その費用は折半となったが……正直かなり痛かった。おかげで本日はのんびり自分のペースで行う自営業からサラリーマンにクラスチェンジである。くそ、カテキンの奴め、本当にいろんな意味で面倒な仕事を押し付けやがった。
「おい!きぃてんのか!?」
「源太郎様、いかがいたしますか。」
駱駝の馬車を制御していた女性のような何かが俺のほうを振り向いて問いかけてきた。彼女は今の状況を完璧に理解していて、なおこの対応である。
「知ってるだろ、無視だ無視。」
「了解しました、主は金を持っていないあなた方に用はないとのことです、お引取りを。」
「それで引き下がるわけないだろクソアマァ!!」
何故いちいち煽った……。
幌越しだったため、良く見えないが外に居た盗賊共は一斉に飛びかかってきようだった。まぁ襲撃を仕掛ける前にわざわざ話しかけてきていただいただけでもずいぶん紳士的な対応である。馬鹿とも言う。俺はため息を一つつき、ゆらゆらと揺れるタンスを抑えた。なんでこの馬車は振動抑止マットを敷いてないんだよ……ていうかあいつが持ってないのがおかしいのだが。
飛びかかってきた3人は見えない障壁にぶつかって、後ろにぶっ倒れた音がした。あいつから借りた携帯用バリア[魔獣対策用]である。お値段たったの5万円、そして動作には別売り250万円のポータブル水素ガス発電機で動作する不思議な未来2つのアイテムである。
トラブルなぞ無かったと言わんばかりに駱駝はあくびを一つして、カポコポと無味乾燥な石と砂、少々のリュウゼツランやサボテンの大地から、丈の短い雑草や水たまりのような水源地、遠目には緑色の樹木の姿も見える平野へと歩みを進めていった。
そんな中、一陣の風が馬車の中へと躍り出て……。
「くっせぇ。」
糞の臭いがした。これこそ、文明的な臭いとでも言うべきだが、正直慣れない。これは駱駝の糞の臭いではない。平野へと移ったことで酪農地帯そして、入り口からちらりと見えた純白の花々……蕎麦の花の臭い。農地へとたどり着いたわけだ。
さらに30分ほど、家具を支え続けていたがようやく町の姿が見えてきた。木の柵から土がいくらか漏れでた姿が見え、さらに柵の前には空堀が掘られている。さらに木の柵、もとい木の壁の上には見張りが犬を連れて歩いており、木の壁の角の隅には屋根付きの見張り塔が1段高く作られていた。遠目からだが、柵の向こう側には白煙がいくつか登り、中央部には木で作られた砦のような物が見える。
いわゆる、モットと柵と呼ばれる簡素な砦である。土と木で作られた簡単なものだが野獣や野盗の類には効果的で、50~100名程度の軍隊でも跳ね返そうと思えば出来るだろう。あれに攻め込もうと思ったら攻城兵器でも用意しないと徒労に終わる。
駱駝の馬車は門の前まで進み、門番の静止の声に合わせて止まった。
「よぉし、いい子だ。お前は誰だ、目的は?」
「源太郎だ、守山の使いで、中のザルデゴスさんにチェストを3つ、衣類を3kg届けに来た。これ、ポンタールの入場許可証と馬止の許可証。こっちは守山からの代理人証明書。」
「あー……書類のほうは間違っていないな、荷物を見聞させてもらっても構わないかな?」
「あぁ、どうぞ馬車の中へ。」
オークに馬車の裏へ回るよう促し、俺は懐から銅貨が少々入った小袋を取り出した。ちなみに小袋のほうは俺の母世界にある百円均一ショップの消費税フリーデイで買い込んだ布で雑に作ったものである。簡単な小袋ぐらいは手縫いで作れないと異世界商人はやっていけない。
「よろしくおねがいしますよ。」
「ん……。」
ギュッと手渡した小袋の中身をきっちり確認した門番のオークは軽く視線を馬車の中に向けただけで終了した。
「まぁいいだろ、門を開けてやれ!!」
「どーも。」
「ポンタールへようこそ。ヒューマン。あんまり路地をうろうろするなよ、ケツ毛まで抜かれたくなかったらな。」
賄賂、必要だったのかなぁ。量的には飲酒2回分の額だし別に良いんだが……。まぁ、わざわざ馬車の中を引っ掻き回されるのもいろんな意味で都合が悪い。水素発電機とかどう説明すりゃいいかわからんし。
門を超えるとポンタールと呼ばれる町が見えてきた。ポンタールの内部は日干しレンガ等で作られた粗雑な掘っ立て小屋と、布や皮で作られたキャンプなどで構成された場所である。もっとも、それは大通りを外れたところの話。大通りと中央の砦は木製の建造物も多い。
そして本日の目的地は砦である。
「よーよー、奴隷はいかが?若いヒューマンのネーチャンが揃ってるよ。人足にも使える男も居るぜ!」
「干し肉はどうだい!帰りは集落が無くて大変だろー?」
「エール、樽で売ってるぜ!革袋に入れるのも有り!水で薄めちゃいないドロドロのエールだよ。」
「矢や石弾の補給は万全か?ウチならたっぷり!」
「その馬車の幌、傷は無いかい?あて布に縫師!車輪の補修もやってるぜー!」
客引きがしつこい……。
俺が普通の商人なら割と──若いヒューマンのネーチャンは黒髪ぺたんこの10代だった──助かるかもしれないが残念ながら俺は異世界商人である。行きは遠いが帰りは一瞬。こういう点はほんと楽でいいね。
「美味しいオレンジはいかがー?」
「ナッツ、ナッツ、ナッツ!美味しいナッツはどうよー。」
「蕎麦がき、岩石焼きはいかがー?」
「ベーコン!ソーセージ!平パンに載せて焼きたて熱々をマスタードとたっぷりケチャップでどう?」
「……止めてくれ。あの蕎麦がきの店の前で。」
「かしこまりました。」
干し肉はまったくもって興味が湧かないが、蕎麦がきに負けた。ここ数ヶ月食ってなかったから余計にこう……胃袋がむらむらした。異世界のこういう道を通るときは衝動的に来るから困る。それもピンポイントに胃袋を貫いてくる奴。
「へいいらっしゃい!蕎麦がき?岩石焼きかい?」
「岩石焼きって、何だ?」
「石みたいに硬い背中を持ってる動物でさぁ、背中だけは固くてナイフすら通さねえ。でも、焼いて食うとこれが結構美味いんすよ。大きさはオレンジぐらいっす。」
「蕎麦がきはどういう……感じだ?」
「椀がきか──翻訳中──すいとんみたいなのどっちか選べるよ。持ち帰りならどっちも椀はあんたで用意してもらわんと困るが。」
「じゃあ、すいとんみたいなのを1つ、岩石焼きを1つ。器は自分のがあるからそれに入れてくれ。」
「まぁいどありー!」
・蕎麦がき -ドワブ銅貨1枚-
そば粉と水を合わせたもの練って作り、加熱した鍋に突っ込んで温めるすいとん風の蕎麦がき。味は塩と胡椒でつけられている。スープつきでもらったが、蕎麦の塩スープである。蕎麦つゆが欲しいよなぁというのは贅沢な話。量は多分、100gぐらい。
・岩石焼き -ドワブ銅貨2枚-
アルマジロ的な生物を想像していたら巨大な焼きダンゴムシが出てきた。足は取り除かれているが、ダンゴムシかぁ……。匂いだけはなんていうか、エビっぽい。分厚い背中の皮が器の代わりとなる。
「いただきます。」
ガタゴトと揺れる馬車の中でさっと済ませるにはちょうど──焼きダンゴムシの目がビーズ並でこっち見てきてキモい──良い気がする。とりあえず、マグカップに入れてもらった蕎麦がきに口をつけた。箸の類は持ってきていないので、直接かじりつく。
「ずずー……んむ。」
汁は完全に塩味蕎麦風味。そして人間排水口に引きこまれてきた蕎麦がきを丸かじり。むにゅりとした食感で蕎麦がきにはすぐ逃げられてしまったが、破片がちゃんと口の中へ吸い込まれた。うん、なんか胡椒っぽいけどちゃんとした蕎麦の味がする。なんで胡椒っぽいの……。
もう一度マグカップを傾け、蕎麦がきをむにゅりともぐもぐ頂く。ぱっと見はそうでもないけど、実際食べるとなると結構食べがいがあるんだよな。
そんなところで手をふと止め、巨大ダンゴムシへと目を移した。確かにサイズはパッと見オレンジ並。缶コーヒー1つ分の大きさはあるが……さて。
俺は両手で熱でしなって完璧にまん丸に丸まったダンゴムシの皮の切断面を掴み、ぐっと両方の親指で押し開いた。中身は白っぽいきつね色の肉が見える。足があったのか、全部取り除いてあるようだったが……足だったところがブツブツしててキモい。これの食べ方はというと、そのまま中身をかぶりつきである。
「南無三。」
なんとなしにそう呟いて、俺はダンゴムシの肉に前歯を突き立てた。ほっかほかしている。ショベルカーのように肉をすくい上げ……そういうことが出来るぐらい肉が柔らかいな。そして思いっきり口の中へかっこみ、噛んだ。何度も噛んだ。
「ちょっと臭いエビ味?マヨネーズが欲しいな。」
意外とイケる。肉汁の類はあまり無く、肉はボロボロと崩れるのが難点といえば難点だが、食える。二度、三度と連続で肉を掬い上げ、岩石焼きと言われる所以の硬い外骨格に閉口したが悪くない。
ダンゴムシは置いてマグカップを手に取り蕎麦がきを口の中へと入れていく。食材の柔らかさが地味に似ている。後、胡椒っぽい。店主が香辛料をケチっているようだが、個人的にはそのケチっぷりが逆にダンゴムシの風味を引き上げている気がする。ダンゴムシなのに!
もう一度岩石焼きをかじろうとしたが。
「ん……あれ、もう食えるところが無いのか。」
安いとはいえ、ちょっと寂しい量である。ブラックタイガー2匹分になるかどうかだぞ。
まぁそんなもんか。蕎麦がきを腹に入れ、塩スープを飲み干していく。軽食と考えれば十分だろう。食べきった岩石焼きの殻は後でポータル港のゴミ箱行きなので、馬車の中にある木製の生ごみ入れへ放り込んでおく。マグカップのほうはタオルで吹いて、使用済みの袋へ入れておしまいだ。
さぁ、お仕事だ。目の前に広がる大きな木製の砦へと入って、家具を受け渡して終わるだけのお仕事です……。これで、ポータルの入り口が岩石砂漠の向こう側に無ければもっと楽なお仕事なんですがね。砂漠で一泊したんだぞ、まったくもう。
閲覧ありがとうございました
次回第四十五話は下記のR-18G版で投下です
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