第三十八話 ポストアポカリプス世界でストロベリーゾンビ
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コンクリートで型を取り、アスファルトをべったりと敷き詰めた町。言うなればただのビル街で、俺の懐かしき母世界の風景と大差無い。懐かしき、とは言っても俺の自宅自体は母世界にあり、毎日ちゃんと帰っている。俺が今居る場所を懐かしきと表現したのには理由がある。
足元のアスファルトはひび割れ名前の知らない草が顔を出し、持ち主が逃げ出した車は色あせて、ゴムタイヤが抜き取られて放置されている。ああいうタイヤってサンダルとかに出来るんだってね。威風堂々とそびえ立っていったビルには地面から伸びる蔓に絡め取られ身動きが取れない状態になっている。この世界のビルは元々動かないけど、ありゃ身動きが取れそうにないって表現したくなる……っと、電話だ。
「何だよカテキン。」
「なんだよじゃねーよ!どこに居るんだお前!」
「お前なぁ、化物が出たら場所も考えずに逃げるに決まってるだろ。」
「普通は逃げ道を考えながら逃げるんだよ!事前にマップ渡しただろ!?」
マップ……そういえば渡された気がする。確認はしたが頭が真っ白になっちゃったんだよな。
「マップは貰ったけどさぁ、カテキン。あんなのが居るなんて思わなかった──。」
目の前に、また真っ赤な化物が現れた。ハートを逆さまにした姿で、足は緑色の化物。わしゃわしゃと、何本もある足を動かしその化物は俺のほうへと近寄ってきた。
「またストロベリーゾンビが出た!切るぞ!」
「あ、おい!ゲンチャン!?」
異世界のグルメ 第三十八話 -ストロベリーゾンビ-
全長2m、幅はサンドバッグ2つ分ぐらいはあるほどデカく、真っ赤な苺を逆さまにした状態の化物。緑色のヘタ部分がまるで足のようにわしゃわしゃと動き、その化物苺は人が早歩きをする程度の速度でこちらへ向かってくる。冗談じゃないぞ!こんなバケモンが居るなら崩壊世界で警察署をあさって武器弾薬を回収しよう、なんてことに参加しようとは思わなかったぞ!
そもそもキューミリダンとかエンピーファイブだかがまったく同じだからって、どうしてわざわざ町中に行かなきゃならないのか。モンスター系のポストアポカリプスの基本は町に近寄るな、だろうに。むしろ軍隊用品を探せばいいだろくっそ!そっちのほうが確実だろう!?
俺は振り向き、走って逃げ出した。あのB級映画にでも出てきそうな怪物が恐ろしくてしょうがないのだ。
あれはストロベリーゾンビ、遺伝子改良でマグカップほどの巨大な苺を作り、なおかつ害虫を自分で消化吸収するように作られただけのただの苺だった。だが、どこかで間違えて相撲取り並に巨大化し、葉や根で消化吸収する予定が実の部分で吸収するという珍妙なものに出来上がってしまった。どうしてこうなるまで放っておいたんだよと言いたくなるレベルで進化をしていき、実の部分だけで自力移動と光合成までするようになった。
いつかはハウス苺ではなく、苺牧場を作る予定だったとか。餌は人間になりましたとさ、クソァ!カテキンが言うには、こいつが原因でこの世界の文明は滅びたらしい。生き残りが少々残って、シェルターを作っているとか。怖い苺だなぁ。
光合成で増えるから脱走して、数を増やし群体となり、知性を持つようになって襲ってきた。ゾンビという名前は実として本体から切り離された時点で腐っているからである。本体は今でもどこかの牧場で元気に苺を増やしているらしい。マザーストロベリーとか名前がついている。どうでもいいよね!
俺は走って逃げるが、どうしても体力が持たない。ガキの頃は無尽蔵のエネルギーで走り回っていたというのに、俺も歳をとったな……。
振り向くと、巨大苺は未だに俺を追いかけ続けている。普段食べている苺が巨大化して、こっちを追いかけてくる姿は気持ち悪くて仕方が無い。懐から手のひらに収まるほど小さな銃、22口径の銃を取り出し、両手で構え、引き金を5度引いた。
弾は全て明後日の方向へ飛んでいった。
「これだから銃はダメなんだ。」
さらに懐から賢者の石の飾り付きペンが刺さった手帳を取り出し、その中の1枚の小さな魔法スクロールを破り捨て、詠唱破棄で緊急発動した。緊急発動で必要な魔力は1カラットサイズで赤く輝く賢者の石が補ってくれる。
真正面にバスケットボールサイズの火球が4つ、出現した。
「ファイアーボール!!!」
子供の頃には実際に使えるとは思えなかったこの魔法。実際に使ってみるとちょっとカッコ良くて良い気分。火球は4つともまとめてまっすぐ飛んだ。そのうち2つは上へ跳ね上がり、1つは化け苺の頭頂部に、もう1つは背面へ、そして残った2つはまっすぐ進み、4つ全てが同時に着弾した。このタイプのファイアーボールを使うのは初めてだがちょっと殺しに特化しすぎてて怖いぞ。
化け苺には焦げた大穴が4つも空いて倒れた。50の経験値を獲得ってところかな。しかし、疲れた。付近には生きた生物が居るとは思えないが、ストロベリーゾンビも居るとは思えない。
「腹が……減ったな。」
今日の朝飯はパンケーキ2枚に薄切りベーコンをカリカリに焼いた奴を2切れ、スクランブルエッグを1つ、レタスとかいわれ大根のサラダ……こうも走り回る予定だったなら、もう少し食べておいたほうが良かったな。
そして、この香ばしい匂いの苺が…………確か……これ……本体から切り離されても腐りはするというが…………発酵ってパターンもあるよな?
化け苺に歩み寄り……その前にその辺のひび割れたアスファルトをひっぺがし、投げてぶつけてみる。ストロベリーゾンビは動かない。巨大な苺に顔を近づけて匂いを嗅いでみた。甘く腐った香りがする。これは……いけるか?
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全長2mほどにもなる巨大な苺。以前はこれを普通に食べていたらしい。味のほうは糖度も高いが酸味が強い。生食よりもジャム等の加工品として使われていることのほうが多かったようだ。ビル群にはストロベリーパイの看板もあった。
「食べてみよう。」
懐から割り箸を取り出して綺麗に真っ二つに割って準備は完了。まずは一口大に切り取った。見た目は……少し熟れ過ぎた苺。箸を入れても非常に柔らかく、力を入れることなくスイスイと切り取れた。改めてもう一度切り取った部分の匂いを嗅いでみる。不快な匂いはしない。
さらに念には念を入れて切り取った物をPDAで簡易スキャンしてみた。これで食えるかどうかだけはわかる。
[熟し過ぎ、食用可能]
いけそうだ。しかし、まだ念には念を入れておこう。切り取った破片はせいぜいサイコロサイズ。これを舌の上に乗せ、そのまま1分ほど待機する。……ピリピリ、ヒリヒリといった症状は発生しない。食えるぞこれ。
そのまま口を閉じて、さらに口蓋と舌ベロでストロベリーゾンビを潰した。甘い。甘すぎる。そしてほのかに香るのは……アルコール。なるほど、これはストロベリーゾンビ。便利なストロベリーゾンビだな。
いちごリキュールってほどじゃないが、悪くない。もう一切れ切り出し、もにゅりと頂く。甘くていい感じ。もう1個切り取って食べる。うん……今度の部位は酸味が強くていいアクセントだ。
割り箸を放り捨て、素手で直接握りとった。触感は柔らかい。そのまま貪るように苺を口に運んだ。甘い、少々甘すぎる気もするが、砂糖の入り過ぎていない自然の甘みだ。やや、青臭さがあってそれもまたアクセントの1つである。少し体がぽかぽかしてきた……これはアルコールが原因だな。
もうひとすくい、いや、両手でかきむしるように苺を削り取り、頬張った。今の俺はまるでひまわりの種を頬袋に溜め込んだハムスターのようだ。止まらない、こんなに美味い苺を食べたのは生まれて初めてかもしれない。
「ゲンチャン、おい……おい!?」
俺は苺を食べている。苺を食べるんだ。
「バッカボケタロ!この世界が滅んだ理由、そいつだけどな!苺中毒なんだ!苺を食べる以外に考えられなくなってみんな死んだんだよ!くそっ!もうちょっと詳しく説明しておけばよかった!」
俺は苺を食べていたが、殴られた。だが苺を食べている。
「スタンガン使わないとダメか!」
俺の背中に何か硬いものが突きつけられ、全身が痺れた。鼻の奥が焦げ臭いが意識はある、だから苺を食べるんだ。
「例え死んでも苺を食べる……ストロベリーゾンビってのはホント名前負けしないな。何でこんな化物苺を食べようと思ったんだよお前はァ!」
俺は苺を食べていたが、どこかの邪魔をする誰かに両腕、両足を拘束バンドで固定されてしまった。抵抗はしない、抵抗する暇があったら苺を食べる。でも苺が食べられない。だから手についた苺の果汁を舐めるんだ。舐めとるんだ。
「……スタンガンもう一発と、拘束バンド追加だ、くそっ。」
俺は、俺はこの世界から消えるのは嫌だ!嫌なんだ!やめろ、ポータルを開くんじゃあない!やめろォ!やめろぉ……やめてくれ……世界が消えてしまう……やめてくれぇ……。
「苺を、苺を食べるんだ。」
「その前に病院だ!」
俺は台車に載せられたが、自分の革靴の底に赤い苺がついていることに気がついた。体を折り曲げ、舐める。舐めとる。美味い。苺、苺ぉ……。
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