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第三話 ちょっと先の未来で回転牛

よろしくお願いします。


 電子音の歌姫が街頭を賑やかし、デカイビルに貼られたモニターでは2047年度の経済の話。ここはちょっとした近未来の日本。猫田原市の駅前繁華街。同じ異世界輸入商、主に衣類関係に強い折谷の紹介で俺はこの世界へとやってきた。なんでも面白い回転すしを見つけたとかで紹介されたのだが……どうやら聞き間違えたらしい。


 俺の教えてもらった住所には回転すしではなく、回転牛の看板を掲げたチェーン店があった。


 異世界のグルメ-第三話 回転牛-


「おっかしいなぁ、たった30年の違いでどうしてトンチキなことになるんだ。」


 そう、回転牛の店の前で俺は呟いてしまった。変人である。だけどちょっとまって欲しい。店頭にはホログラムの牛が四足アイススケートをしているのだ。この世界の住人以外は誰だって困惑するに決まってる。あ、牛が3回転ジャンプに成功した。


 このアイススケートをする奇妙な映像を見ているだけで大分飽きないというか、すでに笑いを堪えるのに必死である。より人に近づいた電子音声が歌う中、牛が四足のままでキリっとした顔で滑っているんだぜ?絶対滑らないよ、滑ってるけど。2回転を2連続、無表情のまま、まるでゲームのように足をほとんど曲げずに飛びやがる。誘ってるのか。誘い受けか。


 このアイススケートをする牛のホログラム、DL販売してるようならほしいな……2時間ぐらいなら平気で時間を潰せそうだ。


「も~。」


 ホログラムから、いや、違う。店内から牛の鳴き声が聞こえた。回転牛、ただでさえまったく想像がつかないというのに余計に混乱してきたぞ。しかし、俺は迷うことなど何もない。回転寿司を食べるために空腹というエクスカリバーを携えた俺のどこに戸惑う要素があるだろうか、いや無い。


 俺は、その回転牛店へと足を進めた。ホログラムののれんをくぐると、俺の視界にはよくある回転寿司店の姿。店内の3分の2が寿司レーンと中の人が動くキッチン。そしてカウンター席とテーブル席がちらほら。ただひとつ違っているのは、回転する皿の上に乗っているのが両手のひらに乗るサイズの牛という点。

 

 この世界はホログラムと遺伝子技術が極端に進化したパラレルワールド、今となってはクローン牛のほうがコストが安く牧場が工場になるのも珍しくない世界。そう、あの小型牛は遺伝子組み換え済みのクローン牛。安全らしいというがほんとかね。


「いらっしゃいませー、お一人ですか?」

「あ、あぁ、そうです。」

「こちらのカウンター席へどうぞー!」


 そう俺を誘導するのは胸に詰め物でもしたのかと言いたくなるぐらいに巨乳の、牛柄エプロンを着けた美人ウェイトレス。他に俺の目線の先には胸に詰め物をして牛柄エプロンを着けた虚乳ウェイターの姿も見える。


 どっかりと座ったカウンター席は両側に衝立があり隣が見えない仕様になっていた。ついでに正面も回転してくる牛は見えるが店員は見えな──。


「ブフォッ!?ゴホッ!ゲホッ!」


 目の前を通り過ぎた小型クローン牛がグラビアアイドルめいたポーズだった。肘?をついて横になり、胸を強調するポーズだったがこんなもの絶対に噴き出すだろ。客に食事をさせる気が無いだろこの──。

 

「ブフッ!?ゲホッケホッケホッ!」


 小型牛が二本足で立ち、左側から流れてきた。それだけならいいのだが、手を腰の前で組み、片足を少し上げたサイド・トライ・チェストの形で、しかも2頭が鏡合わせの形になって現れ──。

 

「ゴハッ!?ゲホッ!クソッ!」


 今度は両腕を尻につくように背中に回し、上腕三頭筋を強調するサイドトライセップスを鏡合わせになるように、しかもその鏡合わせの真ん中には両手を頭の後ろに当て腹筋と脚を強調するアドミナブル・アンド・サイの形で二本足立ちの小型牛が3頭まとめて流れていった。ダメだろこれ。絶対笑う。これを考えた奴は客に飯を食わせる気がまったく無い。ほんっと何考えてんだこのチェーン店。


 しかもあれが流れていったと思わしき方向で、やはり俺と同じようにむせている音が何回も数人から聞こえてくる。あぁ、俺がむせたのは常識的に言っておかしくないんですね。ちょっとだけホッとしました。


 俺は目を閉じて大きく深呼吸を1回、そして中くらいの深呼吸もう1回、そして三回小さく深呼吸をした。そして牛レーンのほうを見ないよう注意しながら、ここでの注文方法の解説を読み始めた。


 まずは、小型牛を注文する。そうすると前菜として小型牛の湯がいた内蔵の一部が、次に焼き肉用に解体された肉が店員によって運ばれてくるという仕組みだ。回転レーンについては一切言及が無い……。何のためですか、この回転牛レーン。笑わせるためだけにあるのか?


「モー。」


 牛の鳴き声だけで俺は高校生並に笑い転げそうになった。なんて客のことを一切考えていない店なんだ。飯が食えないだろ。俺はとりあえずメニューを開き、全てのページをざっと見て牛がポージングしている写真が無いことを確認した。あるかと思って身構えたのに無いのかよ!


 他には焼き肉屋定番のライス、小型牛の丸焼き、ソフトクリームにお持ち帰り用のプラスチック製ミルクボトル1Lなんてある。未来の日本はとうとうペットボトルに牛乳を入れて販売するほど牛乳の需要が増えたんだな。


 メニューを見て思ったのだが……つまり……ただの一人焼肉が出来る焼肉チェーン店ですね?回転レーンを削ってテーブル席を増やせばいいんじゃないかと言いたくなるが、きっとマーケティング的に何か目を見張る物があったのだろう。異世界では俺の常識が通用しないのはもはや常識だが、いつになっても慣れることは無いようだ。


「すいません、注文いいですか。小型牛1頭にライスは……ちゅう……いや、やっぱ大で。後烏龍茶ください。」

「はーい牛1頭にライス大、烏龍茶ですねー!」


 店員が奥へと引っ込んでいくと、すぐに烏龍茶と小皿を持って現れた。早いな、すでに解体済みなのだろうな。


【烏龍茶】-190円-

・普段は焼き肉だとビールを頼むが、本日は食事をしにきたので烏龍茶。ライスを頼まなければビールを頼んでいた。


【センマイ刺し】-小型牛1頭セット1480円-

・牛の第三胃袋のこと。茹でられた物を酢味噌と一緒に頂く。見た目は灰色で全体的にトゲトゲしており、ぱっと見ではとても食用とは思えないのがセンマイ刺しの特徴。


【ライス 大盛】-290円-

・焼き肉といったら白米。サンチェやパンも捨てがたいが俺は白米。いつもその時の腹具合で量の見極めに悩まされ、器に残った白い宝石に後悔させられる。本日は大の気分。


「いただきます。」


 割り箸置きから割り箸を一つ取り、さっそく不格好な箸でセンマイ刺しをいただくとする。気が早い店員によって運ばれたライスはまだ脇に置いておく。


 それにしても、このセンマイというのはいつみても食用に見えない。灰色でトゲトゲしていて、それでいて……普段のそれより量が少ない。大抵店で出る場合は短冊切りの形に整え、何枚ものセンマイを組み合わせて半球体にして提供するものなのだが、いま目の前にあるセンマイ刺しはふぐ刺しの中央にある花を模したような形である。少量だ。


 俺はそっと一本のセンマイを箸でつまんで持ち上げてみる。目に見えてトゲトゲした部分が小さい。普段は一体どこの猪の毛皮だと言いたくなるようなトゲトゲしさを誇っているのだが、奇妙なほど小さい。小型牛を捌いているというのは本当なのだろう。


 それを一緒に運ばれてきた小皿の中に鎮座しておられる酢味噌に軽く浸し、パクリと一口。うん、酢味噌の味しかしない。それでいて独特の砂を噛むような食感で茹でてあるのに噛みちぎるのが面倒くさい。センマイの栄養価は高いというが、毎回これを頼むたびに酢味噌を食べるために注文している気がしてならない。


 だけどなぜかセンマイを注文しちゃうんだよなぁ、で、ちょっと量が多くて一人で食うと辟易する。その点ではこの少量はある意味ありがたいね。そう思いながらもっぎゅもっぎゅと砂を噛むように酢味噌を食べていると、ウェイトレスが肉の皿を持ってこちらへやってきた。


「焼き肉用のお肉ですー、こちら着火いたしますねー。」




【赤身】-小型牛1頭セット1480円-

・サーロイン、ロース、ヒレ、バラ……素人目にはまったく見分けのつかない赤身がまとまって大皿に載せられている。量は焼肉チェーン店で見かけるような焼き肉セットより一回りほど小さい。

【ホルモン】-小型牛1頭セット1480円-

・大腸、小腸、ミノ、ハツに赤い何か。小型牛であるため部位のそれぞれが小さく、腸に至っては開いて洗っただけで長細いままである。

【牛タン】-小型牛1頭セット1480円-

・牛のベロ、問題は普通に食す物より厚く、そして小さい。二口分。


 なるほど、確かに普段一人で焼き肉を食べる量よりは少ない。これはライス大、失敗したか……?しかし、まだセンマイが数枚残っているからこれをやっつけつつ、焼き網が温まるのを待つとするか。


 もぎゅ、もぎゅ、とセンマイを咀嚼する。酢味噌の味しかしないのに何故これを食べたいのか。自分でもいまいち理由がわからない。


「頃合いか。」


 俺はそっと赤身を箸で摘み取り、縦15cm、横25cmほどのノートブック並の大きさである焼き網の上に赤身を乗せた。ワッとスーパースターが現れたのを目撃した観客のように焼き網は歓声を上げ、真っ赤な肉は真夏のビーチで見かけた女性よりも魅力的な小麦色へと変貌していく。そして赤身をひっくり返す。


「気が早かったか。」


 俺がそう呟いた目線の先では、肉の焼き目にまだ赤色と肉汁が残っていた。まぁ、それで良い。焼くのに時間がかかるホルモンを箸でつかむと……、びろーんと伸びた。びろーんって。ヌードルじゃないんだから切っとけよ……。しかしそう持ち上げたホルモン──大腸と小腸のどっちだろう──は普段食べるソレの半分以下、割り箸一つ分の太さしか無かった。切っていないのはこうだからかな。


 腕を顔の高さまで上げると、ホルモンの一部が皿から離れた。一応、ちゃんと切ってあったらしい。スパゲッティ1本分というところだろうか。俺は苦笑いを浮かべながらホルモンを焼き網へと蚊取り線香のようにとぐろを巻きながら降ろしていく。ホルモンのせいで焼き網の半分が占領されてしまった。

 ちょうど、先ほど下ろした赤身も悪く無い焼き目が付いている頃合いだろう。もう一度裏返して焼き足りない部分を焼いておく。そして赤身を楽しく追加。出来ることならばこのホルモンのように切れ目なく食べて行きたいところ。


 焼き上がった。


 少し焼き網に張り付いた赤身を剥がすのに数瞬格闘したがしっかりと箸で掴んだ。これを低空飛行のままタレの入った小皿へと落とし、二度、三度とタレの中で肉をひっくり返し、肉にタレを塗りつけた。そうした肉を白米の器でお迎えにあがり、タレがテーブルに零れないように、そして油と混ざったタレが確実に米へと落ちるように気をつけながら肉を運ぶと、俺は肉を口に入れた。


 ああ、焼き肉だ。


 肉の満足感って口に入れただけでわかるよな。エルフのようなベジタリアンだと肉の焼ける臭いすら嫌だと言う者も居るが、その意見はまったくもって理解出来ない。


 何度か咀嚼し、肉を喉へと送り込む。そして、先ほど肉ダレをバウンドさせた米をひとすくいしてやはり口の中へ。タレと肉の油が入り混じった米というものを超える混ぜご飯は果たして存在するのだろうか、俺は未だ出会えたことがない。


 油っていうのは悪魔だな。焼き網の上の赤身をひっくり返し、ホルモンはそのままでもう一枚赤身を追加する。そしてもう一枚。部位なんて関係無い、肉だからいいんだ。そして変わり種、小さな小さな牛の心臓も戦場へと投下だ。コリコリなハツ、焼けるのが楽しみである。


 ぐるぐる巻きのホルモンを雑にひっくり返し、両面焼きの準備、そして赤身を空挺降下。焼けた赤身をたれにつけ、ご飯と共にかっこむ。美味い。ホルモンはまだだろうか、赤身を焼き網に追加。まだか。少し口の中をリセットするために烏龍茶で休息を取る。


「ふぅ。熱いな。」


 本日は休日で俺は普段着だからネクタイを緩めることも無いが、襟首を掴み軽く扇いだ。汗がじっとりとTシャツに張り付くのを感じたが今はそれも心地よい。


 ペースを抑えよう。明日から一週間は肉絶ちしなきゃいけないからつい急いてしまう。焼けている赤身をひっくり返すと、そろそろ頃合いとなったホルモンを回収した。


 やはり、細い。普段食べているものよりは長いが、割り箸ひとつ分という太さはちょっといただけない。小型牛から取ったのだからしょうがないか。そんなことを考えながら俺は小皿からホルモンが溢れないよう気をつけ、ご飯の上にタレと油を軽く落として細長いホルモンの先端をワイルドに噛みちぎった。

 

 うん、プリっとした内蔵の感じが舌の上で跳ねる。続いて感じるのは熱さ、そして獣臭が混ざった内蔵独特の風味と油とタレ。もう一回、噛む。噛みきれないほどの弾力。焼くことで全体的に固まったからわかったのだが、長いホルモンには一口サイズになるよう切れ目が入れてあるようだ。だからさっきはホルモンなのに簡単に噛みちぎることが出来た。


 くにゅり、くにゅりと腸の外側の皮のような部分を噛み、内壁だったと思われるぷりぷりした物をこそげとり、俺の血肉となるために口の中へと入っていく。そして、皮を飲み込み、油が染みこんだご飯を箸ひとすくい、ふたすくいして腹を満たす。小さいけど、ちゃんとホルモンなんだな。


「あっ。やべっ。」


 肉が、赤身がちょいと焦げてしまった。急いでタレへと落として小皿に肉山を形成していく。肉、肉、肉……。


「そういえば野菜が無いのか。」


 どうせ後で山程食うことを考えれば、好都合でもある。肉の山か掻き分けたのは先程焼いたハツ。タレに少し浸してご飯の上でバスケットボールのドリブルのようにポンポンと軽く油などを落とし、口の中へダンクシュートだ。うん、いい感じにコリコリしてる。先程からムニュムニュだったから良いアクセント。味はまぁ、こんなもんでしょう。


 赤身、タン、ミノ、ホルモンを焼き網へとのせてマシンガンミートの準備は万端。小皿で山盛りになった肉達をタレでべたつかせホルモンとライスの上にオンザミート。さぁ、焼き肉をまだまだ食べるぞ。ホルモンを噛みちぎり、赤身を目一杯口にほおばり、満足して飲み込んだらご飯でリセットを仕掛ける。これの繰り返しだ。


 良いペースだ、烏龍茶のコップを掴み、ゴキュリ、ゴキュリと喉を鳴らして飲む。ライスはすでに半分を切り、タレ皿は油のほうが目立ってきた。焼き網のホルモンをひっくり返し、他の肉もひょいひょいとひっくり返す。……そろそろタンが良さそうだな。淡々とタンの焼き具合を確認し、左手でサモンレモン汁だ。


 別の小皿にレモン汁をギュッと絞って準備は万端。黒い焦げ目が微妙についてしまったタンをガラス製品を扱うように落とすと、ジュッと良い音がした。軽くひたし、普段食べるのとはまた違った形の牛タンを口の中へと放り込む。


 ぎゅっ、ぎゅっ、という噛みごたえのある食感と共に他の部位とは違う獣臭が、口内に染み付いた乳臭い肉の香りを一蹴した。あぁ牛タン。どうも俺は臭みに弱いらしい。しかし、牛タンでご飯を食べる気にはあまりなれないな、脂肪が少ないからだろうか。


 そしてミノ、昔は焼いたイカと勘違いしてたミノ、今回は小さめのが4ブロックほどしか無いがそれはそれでまぁ、悪くない。一つ掴み……とりあえずそのまま口の中へひょいとぱくり。もにゅり、もにゅりと独特な食感。内蔵って味が無いことが多いよな……でも食べたくなる、タレが美味いのだろうか。残ったミノは小皿のタレへIN!タレで食っちまえ。


 箸休めは終わり、俺にとってのメインはホルモンと赤身達だ。肉を焼き、タレにつけ、白米の上で軽くバウンドさせて染み込ませ、肉を食べ、ご飯をかっこむ。単純なことだが、なんと嬉しいことか……しまった。まだホルモンが残っているのに白米を食べきってしまった。


「参ったな……。」


 相変わらず、焼き肉になるとライスのペースだけはどうもズレてしまう。何も無くなった器にタレのついたホルモンを放り込むと、卵かけご飯をかっこむかのようにチャッチャッチャと口の中に収め、よく噛みしめて烏龍茶で流し込んだ。


「ごちそうさま。」


 サッと立ち上がり会計を済ませて出た先ではホログラムの牛がスピンを決めているところだった。さぁて、仕事に行きますか。目的地は電気街。アレはこの世界でも事足りるさ。

閲覧いただきありがとうございました。

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