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第三十三話 中世ファンタジーでエルフピザ

よろしくお願いします

 鬱蒼と茂った道なき森を俺はただひたすら、横になりながら進んでいく。いつも通り、馬車に揺られ、2頭のロバを制御するのは紺色の制服を着た女性のような何か。何年もの付き合いではあるが、最近たまにロングヘアーの個体が居るらしい事に気がついた。本日制御している女性らしき何かの目は髪の毛に隠れていて、見えない。


 だからなんだという話であるが、今まで髪の毛の色も肌の色もどうも認識出来なかったことを考えれば大躍進だ。この3日、ずっと彼女を眺めるだけでこの旅は終わりそうである。もう3日も森の中を馬車で進んでいるんだな……。


 今回の目的地はエルフの集落。深い、深い森の中に存在するエルフの集落。よくある典型的なエルフの集落。ポータルが口を開ける場所がもっと近いところにあればいいんだが、このチアム大陸にはまだポータルは1つしか開かない。


 チアム大陸の技術レベルは低い。金属加工技術はあるが、火薬が無い典型的な中世ファンタジー世界だ。魔法はある。


 のろのろと馬車は森を進んでいたが、急にロバがいなないて止まった。

 

「どうした?野生動物か?」

「いえ、チアムのエルフに遭遇した模様です。」


 ロバ達の前には矢が2本地面に刺さっていた。なんていうか、典型的なエルフの警告だなぁ……。どうしてこんなにどこも森好きな種族は似ているのか。


「侵入者よ、ここは我々の縄張りだ。それ以上は進まないでもらいたい。」


 典型的なエルフの警告だなぁ……。


「多部田だ、あんたらと取引している奴。」

「割符を出せ。」

「なぁ……俺たち割りと何回もこういうの繰り返してるけどさぁ……。」

「割符を出せ。」


 男のエルフの声の調子は変わらないし、姿も見せない。超高待遇のリーンシェイマが懐かしいな。俺は懐から木製の割符を取り出し、正面へ適当に放り投げた。割符はある程度飛んでゆき、ポトリと地面に落ちたところで犬が木の間から現れ回収していった。少しして。


「ようこそタベタ、我々は君を歓迎する。」


 嘘つけ。




 第三十三話 エルフピザ




 エルフの集落は、藁と泥で作られ土壁に小枝と藁で形成された屋根の家屋が規則的に点在していた。ただし、その建物のほとんどは元々立っていた木に気を使うかのように建てられている。どうみても邪魔な木を切っていない……。森を大切に、とはいうがやりすぎじゃないですかね。


 ロバを御者に止めさせ、運んできた荷物、別大陸──もとい別世界──に居るエルフ製の調度品を壊さないように丁寧に持ち運ぶ。そして、彼らとの息が詰まるような応対を終え、やや渋られながら代金をきっちり額面通りいただき、いつも通りの仕事が終わった。


「疲れた……。」


 今は月がおっとりと輝きはじめる時間。俺はエルフ達の経営する交易商向けの簡素な2階建て宿屋にある部屋に居た。こんな世界の森の奥では新幹線もタクシーもポータルも無いんだ。一泊するのは仕方が無い、仕方が無いね。藁の上に麻の布がかけられたベッドの上で軽くひと伸び。ついでに風呂もあればよかったんだが、そこまでは高望みである。


 油の入った皿から伸びる紐の先で灯る火はゆらゆらと揺れ、ついでに持ち込んだノートPCで映画でも適当に見ようかと思ったが……腹が減った。取り出しかけたオーバーテクノロジーをバックに仕舞いこみ、同室に居る女性らしき何かを軽く一瞥し──ツインベッドの部屋である──俺は部屋を出て下の食堂へと向かっていった。


 こういうところだと普通は酒を出すもんだけどな。エルフだって酒は飲む。飲むけど、どちらかといえばここは異種族向けの宿屋である。食堂で動くものはゆらゆらと揺れる篝火に、あくびをする猫につられてあくびをする緑髪の女エルフぐらい。


「あー、何か飲み物と食べる物はあります?」

「今日はピザと水。よそ者には酒は出すなって言われてるんだ。あと生イチゴにイチゴジュースとイチゴのサラダ。やりたいなら焼きイチゴに煮込みイチゴ、イチゴピザも出せるよ。イチゴジャムは木製の箱で良けりゃお持ち帰りが可能。」


 酒はまぁしょうがないとして……ピザか。何回か利用しているがピザがあるとは知らなかったが……エルフのピザじゃあもういろいろと期待は出来なさそうだ。乳製品と肉が絶対に出てこないことだけはよくわかってる。それと……このイチゴ攻めはどこかで見たような……。


「ピザと水で、あと焼きイチゴ。」

「まいど、交易共通貨でピザが銅貨3枚、水が銅貨1枚、焼きイチゴは銅貨2枚ね。」


 懐から交易共通貨、シドラ銅貨を6枚取り出して手渡すと顎でそこに座ってろとテーブル席を指示されたので大人しく座って待っておく。女エルフはカウンター裏にある石窯の前へと動き、1mぐらいはある木製の杖を取り出して石窯の薪を入れるであろう空間に杖の先っぽを差し込んだ


「もえろー。」


 やる気の無い声と共に彼女の顔が光り輝いた。多分、魔法が発動したのだろう。電気オーブンならぬ魔力オーブンなんだろうな。魔法は訓練次第で火力を一定に調整出来るから結構コック兼魔法使いはこの手の異世界には多い。その後エルフはキビキビと動き始め、俺の足首に猫がじゃれつき始める頃には出来上がったようだった。




・エルフピザ -シドラ銅貨3枚-

 穀物粉を水と共にこね、耳たぶ程度の硬さになった塊を麺棒で伸ばして皿のようにした後、いくつかの材料を載せて魔力オーブンで焼いたもの。生地の直径は20cmほどで生地の上にはトマトソースと思わしきものが塗られ、さらになんと!チーズがべったりと全体に広がっている。チーズの下にはいくつか出っ張った部分があり、何かがトッピングされていると思われる。それにしてもこのチーズ、焼き跡が全く見当たらない。焼いたのに焦げていないチーズってなんだ?


・焼きイチゴ -シドラ銅貨2枚-

 5粒の焼きたてこんがりイチゴが皿の上に乗っかっている。大抵の果物は焼くと甘くなるので珍しくもなんともない。焼き蜜柑なら俺も食べたことがある。


・水 -シドラ銅貨1枚-

 こんなものでも金を取るのかと言いたいが、飲用可能な水は基本有料である。




「じゃ、さっさと食って。」

「あ……ちょっと待った。チーズって良いのか?エルフは乳製品だめだろ?」

「それ、大豆のチーズだから。わかったら早く食って。」

「あ……あぁ、なるほど。いただきます。」


 植物性油脂でチーズを作る。そういうことか、俺の世界じゃマーガリンとか、コーヒーフレッシュでよく使われる手だ。チーズがあるとは知らなかったが。


 まずは軽く水で口と喉を潤し、ピザを食べられる状態へと持っていく。どことなくイチゴ臭。


 さて、ピザだ。ピザカッターで2回切られ、4等分にされたやや大きめの一切れを手に持った。とりあえず顔の前まで上げて厚みを確認してみたが、やはりクリスピータイプで薄い。具も分厚いということはない基本的なピザだ。そしてそいつを一口。


 口の中にむわっと広がるトマトソース、ついでバジルの香り。そして……チーズ、チーズかな?あまり乳臭く無く、そして香ばしくもないチーズの香りが広がって、最後にひっそりと小麦の生地の味。前歯で噛みちぎり、ピザと口を離したら間にチーズの吊橋が出来てしまった。よく伸びるなぁこれ。もう一度噛みつき、チーズをちぎる。


 すげーぞピザだ。俺、エルフの集落でピザ食ってるよ。


 もしゃり、もしゃりとピザを飲み込み、もう一口パクついた。チーズがピザの上に相当乗せられており、どこを噛み付いてもチーズが伸びていく。惜しいなぁ。これでチーズに焦げ目がついていれば完璧だった。


 もしゃりもしゃりと一切れを食べ、もう一切れを手にとった。こいつはチーズの下に何かが乗せられているやつだ。さて、アスパラガスか、イモか。脂ぎったベーコンだったらいいなぁなどとありえないことを考えながら食べていく。


 そしてようやくたどり着いたチーズの下の何か………味が無いなぁ。いや、少し苦味があるか?チーズをめくってみると爪楊枝のような物が挟まっていた。色と言い、細さと言い……どこからみても爪楊枝のような気がするがどこかで見たことがあるような……。


 店員のエルフは棒を弄び猫をじゃらしている。懐からこっそりPDAを取り出し、謎の爪楊枝をスキャンしてみた。


 [土筆]


「なんて……読むんだこれ?」


 [土筆つくし]


 音声認証ばっちり、そしてこっちはがっくり。つくしかぁ~……。そういえばここのエルフの飯はよく山菜が出てきたっけな。まぁ、チーズが乗っているのでそれを良しとしよう。もしゃりもしゃりとピザを食べていくと、また別の苦味がした。何の山菜かなんて調べる気にもなれないな。


 割りと量があり、結構腹に溜まってきたチーズトマトピザをもしゃりと食べ終えた。代用品であってもやっぱり油は最高ですね。軽く水を飲み干し、デザートの焼きイチゴと行こう。


 イチゴは俺の母世界でも見かける形のイチゴで、へたの部分は切り取ってあった。決して木苺のようなものでは無く、ピンポン球並の大粒といったところ。これを5粒となれば結構な量である。畑は交易商が行く範囲では見かけないがハウス栽培ってわけじゃないだろう。しかしそんなにここではイチゴを作っているのか。イチゴジャムとか言ってたし作っては保存しているのかな。


 さて、食器は無いので焼きイチゴも素手で掴んでいただきます。指先に触れた赤焦げた果実からはほんのりと熱が伝わってくる。口の中に放り込むとややぬるいがちょうどいい温度だ。そして、ほんのりとあまい。酸味が薄まり、甘みが強調された良い焼きイチゴ。ちょっと水っぽい気もするがそこはご愛嬌。母世界並の甘さを求めるのは野暮ってもの。


 次の粒を口に放り込み、薄い酸味が香り、焦げ後の香ばしさを堪能しつつひょいぱくひょいぱくと5粒全て食べてしまった。


 そして最後に木製のコップの水を全て体の中に流し込む。


「ごちそうさまでした。」

「どーも。食器、こっち持ってきて。」


 皿を重ね、コップを一番上にのせ、カウンターへとつきだして、「まいど~」と手をひらひら振る女エルフを横目で見ながら2階へと登っていった。さて、特にすることも無いし、映画でも見ながらうたた寝するかな。

閲覧していただきありがとうございました

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