第三十二話 中世ファンタジー温泉で温泉玉子とおこわ
よろしくお願いします
服を脱ぎ、かごの中へ丁寧に畳んで放り込む。そして綿で作られたやや黄色がかった大きめのバスタオルを手に取って、木製ロッカーの扉閉じて鍵を締める。太っているわけでも無く、かといって筋肉質でも無く、少々腹回りの肉付きがきになる自らの裸体を晒しながら俺は横にも縦にも広い脱衣所を歩いて風呂場へと向かう。
せいぜい10秒もかからない道ではあるが、筋肉質で鱗に覆われた裸体を惜しげも無く披露するリザードマンに、所在なさ気にうろうろと歩きまわるゴブリン、2m半を超える身長を持つリザードマンに対抗してポージングを取るビール腹で上半身筋肉質のオーク。
そしてそれに黄色い声を上げる、上半身は人、下半身は蛇のラミア、下半身がタコ足の触手のスキュラ達。どいつもこいつも裸体を晒し、胸をバルンバルンと揺らしている。目の保養になるとはいえ、目のやりどころには困ったものだ。
そんな光景を流し見ながら俺は脱衣所の扉を開け、東京ドーム並には広い露店風呂へと入場した。
異世界グルメ -32話 温泉卵とおこわ-
ここはエディトアル大陸、中央部。悪魔の調理場と呼ばれる地域だ。悪魔の調理場という名前は伊達ではなく、いくつもの火山地帯に囲まれた盆地で、さらにその窪地は山々から水と火山灰が流れ込んで作り上げられた広大な沼地だ。淀んだ水がありがちな沼地ではあるが、ここはマグマに濾された綺麗な水が湧き出し、さらに水は下流へと流れていくため比較的綺麗だ。泥炭がすごいことに変わりはないのでもちろん飲用には適さない。
さて、悪魔の調理場などと呼ばれるここはもちろん、温泉が沸く。リザードマンを筆頭に爬虫類系の変温亜人達はそこに目をつけた。燃料の必要無しに茹で・蒸し料理ができる温泉は彼らにとって有益だったし、さらに早朝に体を温める目的で温泉で体を洗うという行為は衛生観念の発達も促した。そうして徐々に人口が増えていき、いつしか多種族との平和的な交易が始まるようになると、豊富な自然資源を武器にここは発展を遂げていき、いつしか交易の中継地点の湯治場として知られるようになっていった。
飯もうまけりゃ温泉も湧き、さらには娼婦街まで揃っている。梅毒治療の湯もまたここから定時馬車で移動できる場所に存在するため、娼婦、および男娼と安全に遊べるファンタジー世界では珍しい安全な観光地だ。俺は女としか遊ばないがね。
さて、そんな場所に来た俺の目的は、お休みである。
「投げるよー!いっぱい投げるよー!安全だよー!」
「投げてくれ!」
「よしきた!」
大声で投げる、投げると叫んでいたスワンプジャイアントにそう呼びかけると、彼は4mもある巨体で俺の脇の下を掴んで持ち上げる。俺は子供にやる高い高いで持ち上げられた格好だ。
「いくぞおおおおお!」
スワンプジャイアントは手にグッと力を入れ、俺を目の前に広がる温泉へ落ちるように上へ放り投げた。俺は放物線をえがき、股間の何かを空中でぶらんぶらんとヘリコプターのように回転させながら浮遊感を楽しみ、温泉へと大きな音を立てながら着水した。
「ぶはっ!」
温泉の深さはおよそ3m、立泳ぎをしながら他の投げられ客の邪魔にならないようスワンプジャイイアンとから離れていく。さすがにこんなところでは落ち着けない。
巨大生物用の温泉から出て、俺はわざわざこの宿を選んだ理由である変わり湯へと足を進めた。その変わり湯の広さは……結構な物だ。ここの露店風呂のおよそ四分の一を占めているほど、この宿のウリである。
俺は恐る恐る、その変わり湯に足をつけてみた。ねっとりとした触感にほのかな温かみ、意を決して、えいや!と溶けたチョコレートのようなものが大量に入っている……泥風呂の中に俺は足を踏み入れた。
普通、泥風呂というのはさらさらしているものだが、ここのはものすごいねっとりとしていて、一歩動くごとにかなりの抵抗感を覚える。田んぼの中を歩くよりはよっぽどマシだろうが、イメージ的には……底なし沼に浸かった時のことを思い出す。あの時は冷たかったが、こちらはぽかぽかだ。ある程度中へ進み出たところで座り込んで肩まで浸かった。
さすがに、泥である。大地の栄養が全て染み込んでいるのか、それとも水よりも熱をよく蓄えて放出しない性質なのか、温度はそう高くは無いが全身がぽかぽかと温まってきた。水と比べるとやや重量感があり、体を締めあげられているような感覚を覚えるが、それがまた心地よい。まるで誰かに優しく抱きしめられているかのような感覚である。いや、ちょっと待てよ。
「……私を抱きしめているのはどちらさまでしょうか。」
「ハァイ!アタシよア・タ・シ!ねぇ、あなたどこから来たの?」
「南の港町のほうからだよ。」
本当に全身を触手で抱きしめられていた、女性のスキュラにだ。
「あら、めっずらしー。潮風きつくなぁい?触手が乾いちゃったりしてさー。」
「……俺、人間だからそこまでは。」
「え?あれ?ちょっと失礼……あら!本当だ!ごめんなさいねー、同族と間違えちゃった。」
「よく、言われます。匂いが似ているって。」
「そーそー!匂いがそっくりだったのよね!ね、良かったらアタシの部屋で海の話を聞かせてもらって良い?私、ほら、スキュラだからさぁ、ね?」
「お誘いはありがたいんだけど、連れが居るんだよね、女性の。」
もちろん嘘である。正直なところ、スキュラと遊ぶには相当な体力と根性が必要だし、肉食ガチ勢なので体力が消耗しきったところを本当に食われる可能性もあり、こういう素人の誘いは恐ろしくてしょうがない。スキュラといいこの手の人を食べる肉食系亜人は骨まで無駄なくきっちりと消化するから完全犯罪になってしまうんだよ。
「あらそー?そんなに警戒しなくてもいいのにー。ざんねんねー。」
スキュラは俺の下半身に巻きつけていたイソギンチャクを思わせる触手を緩めて俺を開放すると、上半身の手をひらひらとさせながら別の男のほうへと向かっていった。しかし、またスキュラに絡まれたな。俺はそんなに臭うのかな……気をつけてはいるんだが。
気を取り直して、もう一度泥湯を楽しむことにしよう。温かい泥を両手で掬い上げると首元にペタペタと貼り付けた。暖かい。べっとりと張り付いたままだから熱がじんわりと首元に浸透していき、血行がよくなった気分になる。
全身泥まみれ、それもぽっかぽかで泥の重みもあり、まるで誰かに優しく抱きしめられているかのような感覚である。(2回目)この弱い圧迫感が本当に心地よい。俺と同じように、オークやラミア、リザードマン等も泥風呂につかり、同じ快感を共有している……オークが泥風呂に入っていると豚の泥遊びを思い出すな。
おっと、今のは人種差別だ。例え粗暴なオークや、言葉巧みに支払いを渋るエルフ、人をディナーにしようと企む吸血鬼やスキュラに、即暴力に訴えるリザードマンであろうと大事な未来の顧客なんだからそんな風に考えては良くない良くない。そして仕事のことは忘れてるために来たんだからこんなことも考えないようにしよう。ってことはさっきに戻るわけだ。あそこでバチャバチャ音を立てて泳いでるオークは本当に豚の泥遊びだな……。
「ねぇ、あなた1人?」
思わずそんな声にピクリと反応してしまったが、どうやら俺では無いようだ。
「ん?オレ?オレは確かに1人だぜ?」
「泥風呂も楽しいけどさぁ、あっちのほうにもうちょっと狭いところがあるのよ。私と一緒にどう?」
女のほうは舌をチロチロと男の首元に這わせている、ラミアだこれ。男のほうは典型的なオーク。
「あぁ、OKOK!よっしゃ!すぐ行こう!」
オークは平均体重が数百キロのラミアをお姫様抱っこで抱え上げ、ボチャボチャと泥風呂に大きな音を立てながらあっちのほう、人の目がなさそうな、大岩の裏へと歩いて行った。
数分後、岩の裏からラミアだけ出てきた。心なしか顔がつやつやとしていて、蛇の胴が太くなっている気がする。そうして軽く知り合いらしきアラクネに手を振りながら泥風呂に浸かった。
「あ、おかえりー、どうだったー?」
「割りといいわね、オークは食べがいがあるから狙い目かも。ちょっと筋張ってるけど。」
「筋張ってるのかー、というかオークは大きすぎるわよー、私は下半身蜘蛛だから蛇のあなたと違って食べ溜めとか出来ないしー。」
「食べ溜めっていうか、これ丸呑みよ?消化に3日かかるからこれはこれで歩くの大変、卵が生まれる時みたいになるんだもの。」
「やっぱ体液ちゅーちゅー安定ですわー。ていうかそれ、太りそー、服とか大変じゃなーい?」
ラミアとアラクネが半裸で泥風呂に浸かりながらそんな会話をし始めた。食われたんですね……。丸呑みなんですね……。3日なんですね……。
俺は背筋が寒くなりながらも30分ほど泥でコーティングされた体のラインがバッチリ浮き出た半裸のラミア達をボケーっと眺め、時折異種族の男と消えたと思ったら1人で帰ってきて、腹を撫でながらゲップをしているラミア達の姿に戦慄する──今のところ被害者は3名──というのを繰り返していた。しかし、泥風呂にこうも長く浸かっていたおかげか新陳代謝が活性化してきたようで、さすがに腹が減ってきた。
「そろそろ出るか……」
あぐらから体育座りに切り替えていた姿勢を正し、泥から半身を出し、体についた泥を落とすことなく湯船を歩いて行く。耳の裏や髪の毛についた泥はパリパリに乾いている。これを完璧に落とすのは面倒だろうな……。俺はそんなことを思いながらようやく湯船をあがった。両手、両足、垂れ落ちる泥ははたから見れば俺が泥人形にしか見えないだろう。
そして、湯船から上がるときにこの風呂では泥を落とす必要は無い。不思議なものだが、湯船以外の床にはお湯が流れており、落とした泥を勝手に洗い流してくれる。流れ湯は排水口から外の沼へと流れていく。俺はその湯が掛け流されているところへと向かっていった。
大瀑布とでも言おうか、源泉ではない温められたお湯が大量に垂れ流されていた。そこには人々が集い、修行もとい泥を落とすために体を晒している。俺もその滝に身を晒し、全身の泥を落とすことにした。
湯に頭から突っ込み、髪の毛についた泥を流し去る。次は耳、そして湯を肩にあて、全身の泥を落としていく。湯のカーテンの合間からチラチラと黄色い声をあげるラミアやアラクネ、スキュラやスライムの姿が見える。食欲的な意味で肉食の彼女達の好奇の視線に晒されるはちょっとな。競りに出されている魚の気分だ。
耳の端にほんの少し泥を残し、泥風呂を堪能した俺は逃げるように──今度は2日ほど飯抜きなコヨーテの目をしたラミアにナンパされた──脱衣所で服を着て、屋台街へと繰り出した。
温泉が沸く、となれば当然高温の蒸気も沸く。そうしたら、調理に使わない理由が無い。そんなわけでここの屋台は大半が燃料を必要としない蒸気釜、通称地獄釜で調理した物を提供している。暖かい飯を食うのに薪や泥炭等の燃料の類が要らないというのは大きいよな。
俺が辿り着いた屋台街は足元が石畳、真正面には木製の屋根とザルの乗った石窯の屋台が立ち並んでいる。そしてどこもかしこも真っ白な水蒸気をもうもうと立ち上げ、お前が食う飯屋はここだと主張しているんだ。
腹ペコ人種の群れへと俺は踏み出した。雑踏の中は爬虫類が5、俺のようなヒューマンが3、そしてエルフやオークが1、残り1は……よくわからない種族が混ざっている。異世界でも観光地なんてものはいつもそんな感じで、俺がスーツで堂々と混じっていようが問題無く溶け込める。ありがたい話だ。
問題は何を食べるかだ。腹は減った。それだけは間違いない。腹は減ったんだ。何食おう。
石畳の上を革靴が滑り、周囲の屋台や出店を眺めても目が滑る。蒸かしジャガイモ、蒸かしサトイモ、蒸かしとうもろこし、蒸かし卵、蒸かしプリン、蒸かし豚まん、蒸かしざりがに、蒸かしスキュラ足、蒸かしワニ、蒸かしアボガド、蒸しパンに蒸しおこわ……蒸す以外に脳がないのかお前ら。そういう地域だった。
「いらっしゃーいらっしゃーい!温泉に来たんなら温泉玉子を食べなきゃいかんだろー!?」
なんとまぁ偉そうな呼びこみだろう。つい目を向けた先の露店ではリザードマンが確かに鶏の温泉玉子を売っていた。それに群がるように何匹、もとい何人ものラミアが集い、温泉玉子を片手で割っては平らげている。そんな食べ方でいいんだろうか。ていうかあの集団に入るの怖い、絶対俺も食われる。丸呑みされて3日かけて消化されそう。
しかし、言われてみれば温泉に入りに来て、温泉玉子を食べずに帰るのはどうなんだろう。そもそも地獄釜を普通に堪能すれば問題ないのでは、という点は無視だ、蒸しだけに。
決まりだな、温泉玉子を扱っている屋台を探そう。とりあえずラミアが群がっているところは絶対怖いからやめておく。
そんなことを考えながら軽く周囲を見回してみると……全ての屋台で温泉玉子を扱っている。とりあえず温泉玉子のノリだろうか。温泉玉子に合うのは……やっぱり米だよな。
「米、米、米っと……。」
「おこわー!しいたけおこわあるよー!」
ちょうどいい屋台がようやくあった。そういえばさっきすれ違ったところだったな。俺はすぐ、その屋台のところへ向かっていった。
どの屋台とも変わらない木製の粗雑な屋根にザルの乗った石窯つきのおこわ屋台にはおこわの他に温泉玉子、蒸かしスキュラ足、蒸かし豚まんなどいくつかのメニューがあった。さて、温泉玉子と……。
[おこわは味とトッピングが選べます]
トッピング……と来たか~。魚醤味、わかめ塩味、しいたけ味の三種類にトッピングはぶつ切り塩ナマズ、煮込み椎茸、エビ、里芋、亀、ワニなどの淡白な肉系があるようだ。わかめ塩にナマズと椎茸でいいかな。
そして他のおかずだが……うん、ここはやっぱりとうもろこしだろ。
「すいません、温泉玉子1つと蒸かしとうもろこし、わかめ塩おこわに、ナマズと椎茸をトッピングで。」
「まいどありー!エグ銅貨13枚だよー!」
俺は懐から銅貨入れの小袋を取り出し、石に囲まれた泉風の刻印がされている銅のコインを取り出して数え始めた。エディトアル大陸ではやはりというか中世ファンタジー世界であるがために通貨価値の変動は激しく、両替商が蔓延る暗黒の大地であった。そこに、革命的な進歩を促したのが、[温泉入場料銅貨1枚]である。
この観光地は温泉ギルドという爬虫類亜人の集まりによって取り仕切られている。面白いもので、どこの宿屋も宿泊料金はまちまちだが、温泉だけは銅貨1枚と決められているのだ。先ほど俺が入った大きなところも、宿屋のこじんまりとした露店風呂も値段は変わらない。さらに、近くの集落では養鶏も盛んであり、温泉ギルドによって温泉玉子は1個銅貨1枚と仕切られている。
ちなみに平均的な下層民達が1日に必要な生活費は温泉代込みで銅貨10枚ほどと言われている。
気がついた頃には温泉玉子本位制経済が成り立ってしまい、通貨価値は相当落ち着いた。両替商達がここへ攻め込もうにも悪魔の調理場は爬虫類亜人のテリトリーなのでゲリラ戦術によって兵士は削られていき、湿地帯での戦闘を得意とする爬虫類系亜人は当然温泉ギルドに付くのでどうしようもない。こうして、この大陸全体の経済は強大な武力と温泉玉子によって落ち着いたというわけである。嘘みたいなホントの話。
「はい13枚受け取ったよ!ほら、飯だ!裏の喫食スペースで食っていってくれよ!」
「どうも。」
・温泉玉子1個 -1つで銅貨1枚-
鶏卵っぽいサイズの温泉卵。半熟の白身とそこそこ固まった黄身のコンビネーションがたまらない。この辺りの屋台ではアヒル、がちょう、七面鳥等も混ざっているが、サイズも味も大差ないので別に問題は無い。ホカホカに蒸された卵の殻を割るのが待ち遠しい。備え付けられているソースは塩か魚醤なので魚醤をチョイス。
・おこわ -おこわが銅貨5枚、ナマズが銅貨4枚、椎茸が銅貨1枚-
もち米に漁港から運ばれてきた乾燥わかめを混ぜ込んで炊き、出来上がったら海の塩を軽くパラパラと振りかけたおこわ。もちもちとした独特の食感に海の香りがたまらない。
椎茸、椎茸栽培は俺の世界では割りと新しいものなのだが、会話の通じるマイコニドさんと人型電気なまずさんが専門で栽培している。当然のことながら相当売れており、彼ら種族はウハウハである。やり方を本格的に教えたのは俺らの同業者らしいが安定の消息不明だ、文化汚染はやめなさい。このしいたけは生の物を温泉の熱で煮こんである。余談だが椎茸は英語にするとSiitakeである。
ナマズは大型の淡水魚だ。丸の状態なら500mlのペットボトルを2つ縦に並べたようなサイズだが、今回はぶつぎり二切れなのでそれほどでもない。味のほうは塩で軽くつけてあるだけなので淡白な味がより薄くなっている気がしなくもない。英語にするとNamazuだったりはしないので要注意。
・蒸かしとうもろこし -半分に切られたものが銅貨2枚-
悪魔の調理場近く、平原の養鶏場でよく作られている家畜用飼料。リザードマンがとうもろこしを間違って食べて、これ美味いじゃん!?となり、普通にヒトも食べるようになった。今でもたまにエディトアル大陸のリザードマンはモロコシーとか呼ばれることがある。味付けは基本塩。
受け取った木製のおぼんにはおこわの茶碗に魚の切り身と椎茸が1枚。そして木製の浅い皿にとうもろこしが乗り、陶器製のちんまりとした小皿に黒い液体、魚醤が入っていた。温泉玉子はとうもろこしの横で自己主張している。そしてひっそり乗っている木製マグカップにはやや温めのお湯。
キョロキョロと喫食スペースを見渡し、ラミアやスキュラが固まっているところからやや外れ、オークやゴブリンが居るスペースへと逃げてきた。
「……爬虫類系亜人ってコエーヨナ。」
「確かにね。」
オークが縮こまってそう声をかけてきたが、すぐに目線は自分の飯に戻っていった。普通、どの世界でもオークって奴はビビらないものなのだがね……。俺はちらりと後ろのラミア達のほうを見たが、カムカムとばかりに彼女たちに手を振られた。美人ばかりでほんと怖い。それでは両手を合わせて。
「いただきます。」
さて、観光地料金の飯、第一スプーンはもちろんおこわだ。俺は木製のスプーンをおこわの器に突っ込み、山盛りで顔の前へと返した。ホカホカで米特有の匂いが鼻腔に入り込み、ついで海の風を感じさせてくれる。口の中に放り込み、咀嚼した。もち、もちとしか形容出来ない不思議な米の食感がして、ついでわかめの香り。地獄釜で蒸してあるだけあって、温泉の香りもするがそこに塩の味が混ざって……良いお米は塩だけで十分すぎるほど食えるんだという感想が出てきてしまう。出てしまった。
まさかこんなところで理想的なおこわに出会えるとは思わなかった。ちょっと驚きだ。この塩わかめおこわだけでご飯が2杯は行ける気がするが、その前にちゃんとおかずも食べておかなきゃな。そんなこんなでスプーンでナマズのぶつ切りを掬いあげてみる。形は鮭の切り身のように見えるが、全体的に白く、皮はついていない。
こういうの、フォークで食べる物だと思うんだけどなぁ~!先割れスプーンでも無く、箸の類も見当たらない。串さえあれば別なのになぁ、などと思いながら白身の肉をスプーンの先で割っていく。おぉ、あまり力を入れなくても案外ポロポロ崩れてくれるもんだな。逆に不安になったが、一欠片をすくい取り、口の中で泳がせてみた。
薄い……、いや、悪くはない。ご飯に合う味だ。もう一口、薄い……。大きく口を開けて、魚肉の一切れを頬張ってみる。もぎゅり、もぎゅりと噛みしめていくうちに塩と淡白な白身魚の味があわさっていき……うん、美味い。美味いんだけど、おこわの味に負けちゃってるな。わかめ強いや。
もにゅりとおこわを一口放り込み、一瞬にして口の中が淡水から海水に切り替わるのを感じながら煮込み椎茸をスプーンの上へ載せていく。あまり大きくはない。中指と親指で輪っかを作ったぐらいのサイズの椎茸だ。
煮こまれた椎茸というのは、見た目がプルンとしていて、テカテカと艶のある輝き方をしていて、俺好みの美人ちゃんなんだ。そうして俺は椎茸を口の中へ滑りこませた。一噛みで肉厚の椎茸の抵抗を感じられる。厚さ的には親指ほどの太さだったっけな。奥歯のほうへ椎茸を追いやり、もにゅり、もにゅりと潰していく。キノコ特有の臭気がする。しかし煮こまれているおかげか比較的弱い。ちょうどいいキノコの塩梅だ。
おこわと一緒に食べると、うまみが倍増している気分になる。2コセットの椎茸の片方は残しておいて、温泉玉子に行ってみようか。
温泉玉子を手に取ると、まだ温かい。そして手の上に乗った玉子を眺めながらこう思うのだ、俺って温泉玉子の殻を割るの苦手なんだよな。玉子をやや強く握り、生卵を割るようにテーブルに2回叩きつけ……ひびの入り方が甘いのでもう一回。コン!っとね。いつも3回叩いてしまうんだよな。そして放射状に入っひびに両手の親指を当て小皿の上で押し広げた。
ぽちゃん、と黄色い塊だけが小皿の上に落ちた。首をかしげながら玉子の殻を覗いてみると、ずいぶん分厚い殻になっていた。
「また失敗か……。」
そもそも温泉玉子なら白身は全部落ちるような気もするけどな。スプーンで内側の白身をこそげ落とし、軽く醤油、じゃなかった魚醤をあえた。
そして、小皿の縁を持って、ぐいっと飲むように口の中へ流し込んだ。舌で黄身を押しつぶし、真っ二つにする。生臭さととろりとした黄身が口の中に絡みつき、魚醤がそれを中和する。玉子を食ってるなぁって味がした。ラミア達はこういうのが好きなんだな。
そしておこわ、もちもち。ナマズもぽいっと放り込み、塩気で生臭さをさらに中和する。……これ、とうもろこし要らなかったかな。おこわをさらにカツカツと音を立てながら口の中へ垂れ流すように食べていく。
とうもろこし以外は全て食べた。マグカップを傾けて、ただのお湯で全てを流し込み、口を完璧にリセットした。半分に折られたとうもろこしをしげしげと眺めてみるが、俺の母世界のもろこしと違いはない。しいて言えばややオレンジがかっているのは始めて見た品種かな?という程度か。
両手で端を掴み、とうもろこしの粒々が所狭しとつまりにつまって飛び出しそうな果肉へリスのように齧りついた。ゾリっとフォークリフトのように前歯で削り取り、シャキシャキと口の中で躍らせる。ちょっと塩気が強いがいいじゃないか。ぷりぷりとしていて、トウモロコシの甘みが際立っている。
面白いもので、オークも、ゴブリンも、リザードマンもみーんな同じような食べ方をしている。スキュラですら、2本の触手で端を掴み、ゾリっと食べている。彼らとは姿形は違うが、同じヒトなんだな。裸になるとまったく違う種族のように思えるのだが、こうやって飯を食べている時はヒトだって思えるんだ。
……ところでこのとうもろこし、随分甘いけど本当にこの世界に元々合った品種なのかね。行方不明者多そうだなぁ。
「ごちそうさまでした。」
もろこしと玉子の殻は備え付けのゴミ箱へ放り込み、それ以外は屋台のおっちゃん──身長が160cmもある大柄なゴブリン──に返却だ。
「あぁ、良い休暇だったな。」
そんなことをつぶやきながら、俺はポータル港推薦のポータル展開場へと向かっていった。場所は悪魔の調理場危険区域、酸性ガスが発生して相当危険な区域。あんまりヒトが来ないから、ヒトが山盛りに居るこの場所でも気にせず展開出来るいい場所さ。
閲覧していただきありがとうございました