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第三十一話 異世界転生チート者が居るファンタジー世界でシチューパイ

よろしくお願いします。


「MOOOOOOOO...」


 ガタゴトと静かに荷車を揺らす*生エンジン*が嘶き、落し物をする合図と臭いが俺の元に漂ってきた。勘弁していただきたい。レンタル馬車屋の動物は全て本物だから生理現象は仕方ないが、臭いよ。草だけ食ってるのにどうして臭いんだよまったく。あぁ、くさだけに……。


 周囲に広がる広大な牧場と、それに伴う副産物の臭い。この国では牧畜が盛んで、牛に鶏、後は豚や山羊に羊が飼われている。ファンタジー世界でありながら、牛や豚が飼われているのだ。といってもほとんどは水牛とかバッファローとか猪から牙や角を折ったものばかりである。


 ここは俺達異世界商人が来るには相当珍しい土地だ。文化汚染が許可されている個人所有の惑星なのだから。




 第三十一話 シチューパイ




 ここはいわゆる宇宙世紀の時代では無い。この世界の根幹となる惑星は未だに火薬を開発していない程度の文化レベルである。だが、いくつかの超技術を持ち込み、この異世界にある別惑星に入植し続けるというアホなビジネスをやらかした異世界の住人がおり、それがポータル港で許可されている不思議な世界だ。


 そしてテラフォーミングされた惑星は別の人に売られ、その星を買った人──管理者もしくは神と下々の住人に呼称させることが多い──は根幹惑星からエルフやオーク、ヒューマンやゴブリンを誘拐して強制的に入植。星界魔法と呼ばれる禁忌、もしくはそれに相当する魔法により惑星そのものの時間を500倍から2000倍に加速させ、1年後には1000年経過して出来上がった伝説や集落がちらほら存在する楽しい楽しい観察惑星の出来上がりである。クソの所業ですね、間違いない。


 街作りゲームの要領で作られたその異世界は管理者の手によって自由自在に弄ばれる。安定した世界はつまらないと比較的好戦的な種族に武器を与えて大戦争を巻き起こしたり、ちょっと強そうな生き物を見つけたらさらって、様々な改造を施した後に*魔王*として放り込んだりとやりたい放題である。


 やりたい放題の極みは、異世界転生だ。


 別の異世界で必要とされていない人物をポータル港で許可申請して大金を払って、誘拐し、賢者の石やエリクシール、その他魔力発生装置や人工筋肉などで人体の組織を置き換え*勇者*として転生させられる。そうしてこの勇者様が私利私欲のまま動くのを楽しみ、飽きたら心臓に埋め込んだマイクロ爆弾を炸裂させ殺すという畜生にも劣る行いが平然とまかり通る異世界である。


 もっとも、俺が今えっちらおっちら牛車で移動しているこの惑星は比較的、管理者が飽きっぽかったのか、攫われた人は100年経った今でも老化すること無く生きている。幸運か、不幸なのか。そんなこんなでようやくお目通りがかなった土地へとたどり着いた。

 

 ヤマダ国ヤマダ城下町を文字通り牛歩の歩みで通り過ぎ、鎧に身を包んだ衛兵に通行許可証を見せ、手荷物と共にヤマダ城へと入場した。そして謁見の間ではなんともまぁ尊大な王冠と毛皮のローブに身を包んだアジア系独特ののっぺり顔がお待ちかね。彼の名は山田幸太郎さん。俺の世界の出身で2010年に誘拐され、今に至る。何故5年が100年に増加したかは俺も彼もよく知らない。


「大臣、兵と共に下がれ。」

「ハッ!」


 俺は謁見の間にある独特のピリピリした空気にはなかなか慣れない。例え目の前の王様が元ヒキニートであっても100年も経てば貫禄もつくというもの。むしろそんな呼び方をするのは人生の大先輩に失礼であった、脳内で謝っておこう、ごめんなさい。


「それで、多部田さん!頼んだ物は持ってきてくれたか!?」


 前言撤回と言いたくなる子供のようにキラキラと目を輝かせ、尊大な王冠とローブを脱ぎ捨てて、[今晩晩婚化傾向]というロゴがついたダサTとダボダボのカーキ色のズボンを履いたダメ男のご登場である。もう5分持たせてくれ。そんなダサTこの前は着てなかっただろ、前に着ていたのは[銘酒エルフンダー]だっただろ。自作か、まさか自作なのか。


「えぇ、ですがやはりゲーム機の類は文化汚染にひっかかるということで持ち込み許可は降りませんでした。映画はフィルムの段階でもダメ、蓄音機も例え陶器製であっても論外。花火も火薬の検査で引っかかってダメでした。申し訳ありません。ですが、ご要望のあった漫画本や雑誌とボードゲームのカタンの開拓者たちは無事持ち込めました。」


 機械はアウト、火薬はアウト、がっくりと肩を落としていた山田王は漫画とカタンが手に入ると聞き顔面から虹が溢れるかのような笑顔を見せていた。


「おぉ!おぉ!懐かしいボードゲームに……漫画!漫画が読めるなんて本当に夢のようだ!!!」


 100年、100年もの間自分の慣れ親しんだ物から引き剥がされたら俺もこんな風に喜ぶだろうか。俺は手元の袋から全てが木で作られたカタンの開拓者の基本セット+拡張セットに加え、要望のあった続き物の漫画に、日常系の漫画に萌え系の情報雑誌。とりあえず合計で250kgにも及ぶものの中から5冊をチョイスして持ち込んだ物を山田王に手渡した。


「あぁ……萌え絵だ。萌え絵だよ。」


 山田王はオゥッオゥッと嗚咽をあげながら泣き始めた。日常系の漫画のページをペラペラとめくっただけでこんな感情を垂れ流す人を見るのは本当に初めてです。


「最近、というか2、3年前からは擬人化も再ブームの兆しが見えておりまして、この雑誌に居るキャラクターは有名ですよ。」


 黒のローライズに上半身セーラー服の超絶あざとい駆逐艦の擬人化キャラを指差して説明すると、とても興味深そうに彼は耳を傾けていた。


「すごいなぁ、俺の居た頃にも軍事系の擬人化はいくつかあったけどとうとう大ヒットを出したのか、俺も、その場に居たかったなぁ……。」


 そういうと思って、頑張っていろいろ集めてきましたとも、ええ。




 山田幸太郎王の質問攻めはなんとたったの1時間で済んだ。


「機械系がアウトなのは非常に残念だったが、俺の居た場所の匂いがするものを持ってきてくれただけでも本当に嬉しかったよ、多部田さん。」


 そう言いながら山田王は右手を差し出し……すいませんそのやけに分厚い書類は何でしょうか。


「次はこれを頼めるかな?」


 拝見いたします、とパラパラとめくると出るわ出るわ漫画本にライトノベルの山に山。山田王、ご存知無いとは思いますが、私はもっとこう、ハイセンスなグラスや皿、そういった食器から置き物を扱う雑貨商なんですよ……などと思っていたらちゃんとそっち系の物もあった。ただし萌え系の物なので俺のセンスは一切活かせないのが悲しいところ。まぁ、そのうちそういう品物も扱わせてくれるかな……。最近そういう商品扱ってないな……。


「あ、そうだすっかり忘れてた!申し訳ない、これが今回の報酬だ。」


 そういって山田王が運んできたチェストには銀貨と金貨がぎっしり詰まっている。……山田王は人工筋肉と魔力で筋力が増強されているから問題無いのでしょうが、俺がこれを運ぶのはちょっと無理があるんですよ、などと苦笑いしそうになったところでもう2つ、同じものが入ったチェストが目の前に置かれた。


「少ないかもしれないが、代金だ。あぁ、もしこの国のデフレのことを心配しているなら大丈夫、これは4つの国を滅ぼした時に手に入れた金塊と銀塊で作らせた物だから、むしろインフレ対策さ。」

「いやいや、数えてはいませんが十分すぎるほどですよ。ただそのー……今手渡されてもこんな重い物を運ぶにはちょっと、私はひ弱でして。」

「あー……そういえば普通の人だったんだったか。すっかり忘れていたよ。OK、後で多部田さんの牛車へ運ばせておくよ。」


 異世界転生を果たした勇者様は太っ腹である……。そしてすることが3Sしか無いからSportのWarをしていたのね。俺が渡した漫画本が平和に貢献出来るととてもウレシイデス。萌えは世界を救うってね。冗談抜きにこっちでもそうなりそうだ。


 俺は少し山田王と雑談をし、マジックスクロールで貨幣の数を計算させ、口から心臓が出そうになるのを抑え、領収書を王に渡した。山田王はそれを確認すると手を叩き、兵を呼び寄せた。チェスト1つにつき4人の兵士がつき、12人の兵によって牛車に信じられないほどの額を積み込み、城を出た。


 大儲けである。金貨だけで20kg超えてるので大儲けである。これはポータル港の両替所で両替するよりも、企業経営のレアメタル取引所辺りに持ち込んだほうが良さそうだ。銀だけでも多分相当な額だよコレ。大儲けで嬉しいには嬉しいのだが、やっぱり本業と外れているのを考えてしまうとちょっと複雑な気分である。


「空きっ腹だから考えちまうんだよな、ちょっと止めてくれるか?」


 俺は御者の女性的な何かに声をかけて牛車を止めさせて降りると、ヤマダ城下街に存在する屋台街へと足を進めた。


 この町は城主様の意向により、食べ物屋台には税金がかからない。そのため様々な屋台がしのぎを削っている。その数は1分歩けば屋台を1つ通り過ぎるほどと言われ、この町では自炊をする人は少ない。何せ出来合いを買ったほうが安いのだ。


 そんなこんなで俺は屋台を冷やかしながら歩いている。しのぎを削っているとはいえ、ここはまだ石炭が燃料として使われていない世界。串焼き、焼き芋、サラダ巻きとかそういう物が多いんだ。


「んー……ガツンって気分じゃないんだが、ベジタボウッ!って気分でも無いんだよなぁ。」


 腹は減っているが、何が食いたいのかさっぱりわからぬ。俺は迷路に等しい屋台街を堂々巡りに歩きながら胃液を補充し、空腹度を加速させていく。どうしたものか、と悩みながら売り子の声を聞いていると幼子の声が聞こえてきた。


「おにーさん!ミルクティーはどうですか!1杯1エン!1杯1エンだよ!」


 付近には農場や牧場が地平線の彼方まで広がっているこの国だ。ミルクもまた安い。声を張り上げている木製の粗雑なミルクティー屋台には小さな女の子が立っている。その手元にはマグカップほどの木の小ジョッキ。エン銅貨1枚でミルクティーが飲めるというのは安いものだ。もっとも、木のジョッキを持っていくわけにはいかないからその場で飲む必要があるわけだけど。


「じゃ、ミルクティーを1杯貰おうかな。」

「チャリーン!まいどありがとうございまーす!」




・ミルクティー -エン銅貨1枚-

 事前に茶葉をお湯で開かせた後、別の鍋で山羊のミルクを沸騰直前まで温め、茶葉を放り込んで蒸らした物。日本ではロイヤルミルクティーと呼称される。牛乳で茶葉を煮だしているため非常に濃厚な後味が特徴。茶葉はよくわからん。なお、やかんに入っていたものをジョッキに注がれた。やかんあるのか。




「いただきます。」


 比較的飲みやすいようぬるくなっているとはいえ、やや熱い。右手で取ってを持ち、左手でジョッキの底を抑えるお子様持ちのまま口元へ運び、軽くふーっと息を吹きかけ申し訳程度に冷ます。そしてジョッキをゆっくりと傾けてミルクティーを味わった。


 まず最初に感じたのは、濃厚な舌触り。そして子供に返った気分になるむせかえるミルクの香り。幼稚園にかよっていた頃、おやつの時間で出されたミルクティーがこんな味だった。ほとんどホットミルクで昔は好きじゃないっけな。遅れて現れた熟成した紅茶の香りは濃厚なミルクに負けず劣らず鼻腔に絡みついてくる。どこかほっとする味なんだ。


 しかし強烈な甘みは感じない。砂糖はほとんど入っていないストレートミルクティーなのだろう。確か養蜂も盛んだったはずだが銅貨1枚じゃそんなものか。


 コクリ、コクリと喉を小刻みに鳴らし、鼻から大量のミルク臭と紅茶のほのかな香りを吐き出して、少々多めのミルクティーを飲みきった。


 少女にごちそうさま、と声をかけジョッキを返却すると、えくぼを作る勢いの笑顔を見せてきた。


「ありがとうございましたっ!」


 いい気分だ。どこかの農場の娘なのか、それとも商売用の奴隷か、その辺は置いておこう。腹に少々放り込んだおかげで少しは空腹もまぎれ……そうにない。むしろ活発化した気がする。飲料じゃあそうなるか。足並みは先程と変わらずトボトボと広い屋台街を途方に暮れながら歩き続けていると堕落の音が聞こえた。


 ジュー……パリパリパリッ。


 高温の油に水分を含んだ物を沈めた時になる音だ。来たよ、とうとう来ちゃったよ、揚げ物だ。堕落とカロリーの象徴である揚げ物だ。俺の求めていた物はこれか。


 早足で音と、高温のねっとりとした油の香りに誘われて辿り着いた屋台には中華鍋のような底の深い鍋に、店員が白い楕円形の物をトングのような道具で放り込んでいる現場に遭遇した。見た目からして、おそらくはパン系だ。だが、屋台の看板にある文字はこうだ。


 【シチューパイ】


 シチューパイって、何だ?ちょっと立ち止まって考えてしまった。シチューっていうと煮込みという意味合いになる。だが、この国の文化は俺の母世界から転生してきた山田の意思が色濃く反映されていると言って良い。


 店員がまたトングを掴み、揚げていたものを取り出した。……なんか、遠目にはふわふわしているように見える。まてよ?パイってまさかパイ生地か?もしかして、ポットパイか?あの陶器の器にシチューを入れ、パイ生地で蓋をしてある奴。どちらにしろ、腹が減った。

 

「マイドー!シチューパイ1個3エンよー!」

「じゃあ、それを1つください。」

「マイドー!」




・シチューパイ -エン銅貨3枚-

 とろみがつくまで煮込んだシチューを分厚いパイ生地で包み、揚げたパン。ポットパイというよりもカレーパンの発想に近い。中身はミルクをベースに鳥肉とブロッコリー、ジャガイモ、人参がゴロゴロと入っている。




 目の前で新たなシチューパイがトングによって油の中へ放り込まれ、じっくり油攻めにした後助けだされた。そして鍋の上で少し油をはらうと、包み紙に入れられて渡してきた。紙を通じてとんでもない熱が伝わってくる。



「マイドアリー!うちは王様御用達だから味はお墨付きだよ!」

「どーも。」


 発想がどことなく、カレーパンに近いんだよな。そしてこの国ではカレーになるための香辛料は発見されていない。カレーパンの代用品だろうか?そんなことを考えながら屋台の前にあるテーブル席に落ち着き、目の前のパイ生地に包まれたシチューを眺めた。


「いただきます。」


 とりあえず、かぶり付きだろう。口を大きくあけて、カレーパンを食べるときのようにムシャリと一口、口内でパイ生地がパリパリと大きく音を立てた。中はしっとりということも無くパリパリだ。そして少しだけ漏れてきたクリームシチューをぺろりと舐める。

 

 ミルクの甘み、野菜の甘み、肉の甘みが入り混じったよくあるクリームシチューの香りだ。切れ目に軽く吸い付き、口内のパサパサへしっとり感を補充すべくさらにシチューを要求する。塩味のパイに、やや胡椒が振られたと思わしきクリームシチューが合わさった。これ、好きかも。


 もう一口、バリバリバリと城壁を崩すかのように削り取る。ついでに中から野菜も幾つか回収したようで、さっきよりちょっと熱い。一噛み、二噛みともぐもぐ口を動かすと独特の苦味の薄い青臭さが口内に広がった。


 ブロッコリーだー!


 あるところにはあるんですなぁ、ブロッコリー。レンジでチンしてよし、茹でてよし、煮込んでよし。食べやすいこの野菜はほんと大好き。芯までしっかり煮こまれて簡単に潰れるブロッコリーちゃんを飲み込み、またシチューパンに齧りつく。


「ほふほはっ?」


 今度はさらに熱の持った何かのご登場だ。熱に耐えながら噛み続けると非常に小さなぷちぷちとじゃりじゃりな食感が歯と歯の間に現れる。じゃがいもだな。異世界転生の申し子のご登場だが、チートごとすり潰して美味しく頂いた。口の中に入ってしまえばただの飯よ。


 もうひとかじり、ぷるんとした食感の肉。これは鳥肉だろう。定番だがいいアクセント。肉が一塊入っているだけで満足感が5倍は違う。そして人参だ。人参にいうことはないかな、うん。


 揚げたてパイ生地の食感にクリームシチューの甘み。これはポットパイがあったとはいえ、持ち歩いて食べられるようにしたのは偉大な発明なのではないでしょうか。そんなことをつい丁寧語で思ってしまうぐらいには美味かった。


「ごちそうさまでした。」


 包み紙は屋台に付属しているゴミ箱にポイッ。衛生管理もしっかりしているようで、異世界転生者が整備したファンタジー世界は住みやすいね。もっとも、転生した本人は俺のようにホイホイ帰ることが出来るどころか二度と帰れないから不幸そのものだろうけどな。


 さて、牛車まで戻って、カタログにチェックがつけられた漫画本をネット注文する作業を頑張ろうか。今度は何kgになるやら。

閲覧していただきありがとうございました。

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