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第二十八話 ポータル港でエナジードリンク飲み比べ

よろしくおねがいします。


 ポータル港には様々な世界と繋がっている。物品の持ち込みはもちろん、食料品や生物の持ち込みも基本的に問題無い。ただまぁ、いろいろと病原体をもらってきてひどい目に合うことは多い。


「じゃ、薬出しときますね。」

「はい、どうも……。」


 1ヶ月に1回はある定期検診で引っかかっちまった。



 第二十八話 エナジードリンク飲み比べ



 青い錠剤、赤と白のカプセル、ついでに緑の粉に、ドリンク剤タイプの薬と4種類コンプリートである。コンプボーナスにのど飴もらった。人によってはポイントカードまであったりと至れり尽くせりな医院と薬局である。俺もよく利用するしポイントカードは発行すべきかな……。


「ポイントカードの説明は……おっと、ポスターがあった。」


 5クレジット分の支払いで1ポイント、500ポイントが貯まるとこの中からお好きなものを貰えますというポスターに書かれたアイテムは5つ、絶対に腐敗しないけど胃の中でちゃんと溶ける謎ケーキ、全身にふりかけると5年分若返る粉末ドラゴンの血、世界樹の葉を煎じた緑茶、マナを装填する拳銃、使い魔(1年間の保証書付き)のスケルトン君である。やっぱりいらない。


 ポータル港にはポータル付属のスキャナーが存在するが、感知した問題はよほどの緊急事態でない限り通知だけで治療はされない。だからこうやって自前でポータル港で大量に、山ほど、コンビニ並に存在する医院は生き残るためにいろいろとやっているというわけだ。


「それにしても俺自身の体調は悪いはずじゃないんだがな……。」


 確かに医者に言われた通り少し熱っぽい気もしなくはない。疲れやすくなったのは確かだ。薬を受け取った薬局は他にもいろいろと売っている。軽く見回し、エネルギードリンクの冷蔵棚を見つけた。


「アレでも飲んでおきますか……って結構あるな。」


 冷蔵棚には魔女の婆さんの秘薬からM●NSTERまで揃っている。普段は飲み慣れたものしか飲んでいないが、こういう機会だしついでにいろいろと飲んで比べて見るのも面白いかな……。


 俺はグレーの買い物カゴを手に取り、いくらか目についたエネルギードリンクの類を放り込んでいく。時代の新旧は問わない、世界樹ドリンクのほうがレッ●ブルより効果がありそうだしな、MPも回復しそうだ。そうして会計を済ませ、俺は新しいオフィスへと帰還した。


 ドアを開けるとカチャカチャと金属音を鳴らしながら炊飯器型の警備ロボットが俺の前に登場だ。ご丁寧に、ペン立てのような物を垂直に展開して臨戦態勢である。しかし入室した人物が俺であるとわかったようだ。ペン立て風9連装9mmマイクロロケットランチャー発射機を不満げそうに震わせ収納すると[ジャー]はカチャカチャとおもちゃのような足を鳴らしていつもの充電パッドへと戻っていった。電子レンジの隣である。予約タイマーは入れていないのでご飯も炊けていない。


「ただいま。」


 新しいオフィスは以前の二倍程度には広い。おかげで150cmの水槽に釣りたてナマズを入れて飼育したり、デスクには小さなドワーフテラリウムまで置けたり出来る。地下20Fにマグマの階層つきの奴で、結構高かったが見ていて飽きない。


 俺は机を6つほど置けるほどの広さがあるオフィスを横切り、仮眠用に買ったマストドンの皮で作られたカウチに靴も履いたまま沈み込む。あぁ、悪くない。毛皮製のカウチがじんわりと俺を温めてくれる。


「ゴァォ。」


 悪くないけどまったく落ち着かない、このカウチは鳴くのが難点だ。体を起こし、先ほど買ってきたエネルギードリンクを古タイヤを重ね、上にプラ板を乗せただけのコーヒーテーブルの上にぶちまけた。


「さぁて、飲み比べて楽しむとするか。」



・モンスターエナジー -1箱8クレジット 1ダース入り-

 俺の母世界で売られている奴。飲み慣れているので自分のオフィスに常備してある。



 まずは、M●NSTERからだ。黒く塗られた缶に緑の稲妻模様が入ったいつものやつ。プルタブを引っ張り、缶を開けるとプシュリと炭酸の小気味良い音に続いてシュワーと小さな泡が連続で弾ける音がした。


 飲み口に顔を近づけるとガラナの香りがプチリと香ってきた。わかりやすいエネルギードリンクの香りだ。そのまま口を近づけてドリンクを一口。強い炭酸の刺激が舌ベロに伝わり、喉へと流れていく。味は薬っぽく少し舌に苦味が残るような気がするが、飲みやすいね。


 飲み比べだから一口で十分だ。キッチンからボウルを取り出し──ホットケーキミックスがややこびりついているが──その中にエネルギードリンクを全部流し込んだ。


 次は、一気に時代を遡る。



・ネクター -1本3クレジット-

 ユグドラシルと呼ばれる巨大な惑星樹の真っ赤な実を醸造して作ったフルーツワイン。今回のユグドラシルは木を核として作られた世界にあるものだ。その世界には他のユグドラシルが8本は存在し、その一本一本に国が存在する奇妙な星。不老長寿は得られないが、ネクター1瓶で一日に必要な活力を得られることはわかっている。



 ネクター1瓶で一日に必要な活力が得られる、それはわかる。わかるよ、1リットルの瓶だもの。ネクター入りのワイン瓶を手に持ち、軽く弄んでからもう一度テーブルに置いた。そして瓶からコルク栓を引き抜き、紙コップにネクターを注ぎ込む。


 このネクターはユグドラシルの実と水だけで作られた酒である。それは知ってる。今回飲むのが初めてだ。


 ……瓶を傾けているのにコップにネクターが注がれない。


 だが、瓶の中身が動いているような感覚はある。5秒ほど瓶を保持し続けているとようやく赤みがかった粘度の高い液体がねっとりと瓶から出てきた、まるで蜂蜜だ。ぼとりと一塊が紙コップに落ちた所で瓶を垂直に戻し、テーブルの上に置いた。


 ……テーブルに置いたはずなのに瓶の中身は上へと零れている。それもゆっくり、ゆっくりとだ。このままテーブルの上にあふれてしまっても困るので瓶の口を先ほどのボウルへと突っ込んでおいた。


 さて、ネクターのほうだが紙コップを傾けてみても俺の口に入る気が無いらしい。常識はともかく物理法則を無視するのは本当に勘弁していただきたい……。キッチンからスプーンを取ってきた。赤い、半球体となった粘液をスプーンで掬い上げる。先ほどの重力への駄々こねが嘘のように持ち上がった。スプーンを下へ降ろしてみても空中に浮き上がることは無い。食べても大丈夫なようだ。


 ネクターを口の中へと運んだ。舌ベロにねっとりと絡みつくがアルコール特有の臭気と刺激が弱々しく口の中に広がっていく。あぁ、酒なんだな。だけどそんなに強くない。これなら確かにフルーツジュースとして飲めるだろう。甘い、とても甘い。腐ったイチゴのような味だ。


「味は悪くないが、エナジードリンクとして常用するのはちょっとキツイな。」


 体に急激な変化は見られないが、少し体が熱くなった気がする。さて。別のを飲もう。以前似たようなのを摂取したことがある奴だ。



・カーバンクルドリンク -箱に1ダース入りで4クレジット-

 カーバンクルと呼ばれる額に赤い宝石が埋め込まれたような兎の宝石を粉砕して栄養ドリンクに混ぜ込んだ物。おかげで中身は赤い。瓶のサイズは200mlでこれを飲むと体がキラキラ輝くのがクセモノ。



 箱買はしてあったが、今回はわざわざ買ってきた。こうでもしないとどうも飲む気がしない。赤い攻撃色の小さな瓶に入ったそれのキャップをねじ明けた。匂いのほうは……薬臭い。まーたこのタイプか。そんなことを考えながら意を決して、一口。


 薬っぽい。ガラナ臭が舌ベロを通り過ぎ、次に辛味。舌と喉が焼けるような辛味だ。ちょっと鷹の爪を入れすぎたペペロンチーノを食べている気分である。


「水は必要ないが……ふぅ。」


 飲んだ直後から少し息苦しく、脈も上がった気がする。二度、三度と大きく息を吸い、流れるままに鼻から吐き出した。これは全部飲んで大丈夫な奴だろうか……。瓶の説明を軽く眺めてみると一言。


 <接種後、尿がキラキラと輝きますが無害です。>


 そういえばそういう奴だった。ビタミンB2の摂り過ぎで小便が黄色くなりますと同じような書き方をしてあるがやっぱどうかと思うよ。ついでに手もキラキラ輝き始めたので、瓶の中身を先ほどのボウルに全部突っ込んでおいた。ネクターはまだ瓶から出きっていない。


「常用しようにもこの息苦しさはなんとも言えないな。」


 ちゃんぽんした結果かもしれないが、疑問の解決は先延ばしと行こう。次に飲むのは別のやつ。



・エリクシール -1本20クレジット-

 50mlの小さなフラスコのようなガラス瓶に入っている無色透明な液体。不治の病を癒やすだのいろいろと言われており、そしてそれが実際販売されているためおそらく本当に治す模様。なお、このドリンクの説明文を読んでわかったのだが、不治の病に分類されるのは片頭痛と風邪である。



 これは魔法文明の世界から輸入されている物で、製法は一子相伝とかそういう系の謎薬である。40人ぐらい同じ作りの薬を引き継いでいるらしいのでここに書かれている一子相伝のラベルは嘘だな。


 三角形のミニフラスコのてっぺんに刺さっているコルクの栓を軽く回転して引き抜いた。匂いのほうは……全く無い。瓶は透明だが中身も透明だ。瓶をつまんだ状態で軽く回してみたが特に異常性は無い。


 ただの水にしか見えないが、一口飲んでみた。味は無いが、冷たい。真夏の炎天下で1時間歩きづめた後にようやく飲んだ氷水のような冷たさだ。胃袋も冷たい気がする。だが、すぐに変化は訪れた。先ほどのカーバンクルドリンクを飲んだ後から感じていた息苦しさが解消され、ドクンドクンと弾んでいた心臓も鳴りを潜めた。止まってはいない。


「ん?ん……なんじゃこりゃ。」


 口の中に急に異物が現れた。他の歯に当たりカラコロと音がなったそれを手に吐き出すと、歯だった。歯が抜けた感覚は無いが……銀色に輝いた詰め物がしてある。こいつは虫歯を治療した歯だ。ってことはこいつは右の奥歯なのだが……こいつがあった部分に舌を這わしてみたが、歯が残っている。


「なんでだよ。」


 虫歯だった歯をテーブルに置き、懐からPDAを取り出して磨かれた背面で自分の口の中を写してみる。銀色の輝いていた俺の歯は存在しない。テーブルの上にあるのが元の歯で、俺の気がつかない一瞬で歯が生えたということになる。これなら1本で6000円分の価値は余りあるな。常用はお財布が病気になってしまうのが難点だ。万能薬にも限界はあるってことだね。


「エナジードリンクの棚に置いてはあったけど、こいつはただの薬じゃないかな……。」


 残ったエリクシールはそのままボウルに流し込む。ついでにネクターの瓶も手にとった。ようやくネクターのほうは瓶から全部出たようだし瓶は洗ってゴミに出しておこう……。



・ヒーリングポーション -1ダースで4クレジット-

 ゲームとかでよく見る赤い液体の入ったエナジードリンク。擦り傷、裂傷、打撲、骨折、その手の外傷全てに効くらしい。



 見た目は普通の栄養ドリンクの瓶である。ちょっと飲み口が広いのが気になりつつ金属のキャップをねじって開けた。周囲に漂う香りはなんていうか……湿布臭い。


 内容量は200mlはあり、飲み口は俺の中指と親指で輪っかを作った時のものと同じぐらい大きい。これだけ大きいとちょっと飲みにくいんだよな……などと思いながら一口。ハッカの香りが口の中に広がり、ねっとりと絡みついてくる。咳止めシロップってこんなねっとり感だったよな。


 体に変化は無い、栄養ドリンクの棚においてあったとはいえただの薬だし、そもそも俺に外傷は存在しないから何の効果も出なくて当然である。試しに買ったものとはいえまぁ、こんなもんだ。異世界に行く時に持っていく分には邪魔にならないし十分だろう。


 そんなことを思いながら瓶をキラキラと光る手のひらの上で回し、塗り薬と書かれたその瓶をテーブルに置き、二度見した。


「なんで栄養ドリンクの棚に置いてあるんだよ!!」


 飲んじゃったじゃないか!飲んだ場合はどうするんだこれ!?もう一度瓶をよく見ると、※飲用可能の文字。思わず浮かした腰をもう一度カウチに沈めて大きなため息をついた。


「あぁ、内臓系の傷にも効くんすね……。喉が荒れた時とか、舌を火傷した時に便利っすね……。」


 予想以上に便利だけど塗り薬のほうを大きく書かないで欲しい……本気で焦った。これも飲みきれないのでボウルへGO!


 5本のエネルギードリンクを混ぜ込んだボウルの中身はまさに魔女の鍋といった様相だ。炭酸はすでに抜けているがネクターが溶けて広がっている。


 さてと、と思ったところでチャイムが鳴った。そしてドアも開いた。鍵をかけ忘れていたようだ。


「よー、頼まれてた万年氷のジョッキ揃えてきたぜーって何だそれ。何の実験だよ。」

「エネルギードリンクの飲み比べをしてたんだよ、飲みきれないのは全部こんなかに入れてた。」


 ズカズカとオフィスへ入ってきたのは折谷だ。普段は服や布を扱っているが、万年氷を扱う場所のツテがあるというので品物を頼んであった。カチャカチャとジャーが9mm自動機銃を展開したが、対象を確認すると不満気に機銃を震わせまた電子レンジの隣に戻っていった。


「アホなことやってるなぁ。俺も前にやったけど。それににしても……ずいぶん広いオフィスに引っ越したんだな。」

「あぁ、ちょっと理由があってさ。いろいろ──」

「お、でっけぇナマズじゃん!あー広いオフィスいいなこれ。アロワナとか飼えそうだ!俺も引っ越すかなぁ。で、そのエネルギードリンクどうするんだ?これで飲む?」


 折谷はクイッと酒を飲むようなジェスチャーを見せた。


「うんにゃ、そうじゃない。クレープ、これ飲んでいいぞ。」


 俺はボウルをカウチの側に置いた。するとマストドンのカウチの下、収納できそうな部分からイリエワニがノソノソと現れ、ボウルへ器用に口を突っ込んでエネルギードリンクを飲み始めた。


「…………あれは何?」

「ペットのクレープ。クレープ、挨拶してやれ。」

「ゴァォ。」


 折谷は苦笑いを隠そうともしない。


「あー……引っ越したのってあれが原因なのか。」

「あぁ、転送の時に巻き込んじゃってな。処分はちょっと可哀想だったし、ワニを飼ったら面白いかなって。」

「面白くねーよこえーよ、あのミントエルフちゃんとか寄り付かなくなるぞ。」

「喜んで写真も撮ってたぞ。しかも森じゃ見ないから珍しくて面白いって上に座って楽しんでた。」

「俺もワニ飼うわ。」

「食費すげーぞ。」


 キラキラと光り始めるクレープを見ながら俺はカウチから立ち上がり、ナマズの水槽に手を突っ込んでナマズを鷲掴み。1.5リットルペットボトル並のナマズをクレープに放り投げてやった。


「ゴァォ!」


 イリエワニはその巨体に見合わない反応を見せ、飛び跳ねて空中でナマズをキャッチし、着地。バリボリと大きな音を立てながら満足そうな表情を見せた。一方折谷は眉間にシワを寄せていた。


「ナマズを素手で掴んだところか、ワニを飼い慣らしているところのどっちに突っ込みを入れるか迷う……。ちょっと見ない間にとんでもないことになってるのな……。もしかしてポータルパークに散歩させに行ったりしてる?」

「あぁ、この間、リザードマンの飼いアナコンダと格闘繰り広げて大変な目にあったわ。でも知り合い増えたし楽しいよ。」

「……やっぱ俺は飼うなら犬か猫でいいよ。つーか毎回デカイ魚食わせてるのか?」

「そんなわけないだろ、ニワトリのほうが安い。」


 生きたニワトリ?の返答に俺はそんなわけねーだろとジェスチャーを交えながら返すのだった。そしてクレープは虫歯だった歯を4本ほど吐き出した。今日も俺のオフィスは平和です。

閲覧していただきありがとうございました。

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