第二十六話 現代ファンタジーでカーバンクルのハンバーガー
よろしくお願いします。
俺はミノタウロスの人力車にゆっくりと揺られながら国道82番線から駅前へと移動を続けている。本日のアイアンパンダビルはお休み、目的の食事も無しだ。手元のPDAを操作して適当にしょうもないニュースの類をチェックしている。
エルフルズとスパイダーズのサッカーはスパイダーズ側の糸吐きによる反則で選手が退場、それに抗議したファンのアラクネ達が一斉に糸を吐いたせいでフットボールスタジアムはベトベトになって閉鎖……。
「ほんとにどうでもいいな……。」
種族は違ってもやるこた俺達と大差無いな。だけどサッカーで二本足vs八本足っていいのか?もう骨格からして違うじゃないか。内骨格と外骨格だぞ。いや、アラクネの上半身は内骨格だから問題ないのだろうか……。あ、腹減ってきた。
第二十六話 カーバンクルバーガー
「運転手のおっちゃん、この辺で軽く食える店は無いですか?肉系だと嬉しいんだけど。」
「それ、ミノタウロスに聞くことじゃねっすよ、旦那。」
「あ、あぁ失礼。」
ミノタウロスって大抵の世界じゃ肉食なんだが、この世界のミノタウロスは草食オンリー。まれにミーターと呼ばれる肉食を好むミノタウロスが居るぐらいである。すっかり忘れていた。
「でも俺はミーターなんだよなぁ、良い店知ってますよ。でも次からミノタウロスに聞かないほうがいいですぜ、旦那はヒューマンだしいきなり殴られても法的に保護されませんから。」
「その通りだ、忠告ありがとう。それでその……良い店って近いのか?」
「駅に行くよりは、行き先変えます?」
「頼むよ。」
ミノタウロスの人力車は方向を180度変え、いま来た道を戻り信号を1つ通り過ぎると十字路を曲がった。人力車は車1台分の広さしか無い路地に入り、スナックやいくつかの定食屋、八百屋などを通り過ぎ、1つの店の前に止まった。
「ついたぜ、カーバンクルダイナーだ。ここのカーバンクルハンバーガーが最高に美味いのさ。」
「カーバンクルね、どーも。」
俺は苦笑いしながら財布から金を出し、釣りをミノタウロスが出すのを待った。まったく、カーバンクルね。あのクソ動物に関わるとろくなことが無い。
カーバンクルというのは額に赤い宝石のような物が埋め込まれた動物の総称だ。俺の世界じゃ幻獣扱いだが、異世界じゃ結構な頻度で実在してこいつの宝石を欲しいという程度にはそこそこ出会える動物だ。赤い宝石の希少度は……象牙みたいなもんだな。
この世界じゃカーバンクルはこの世界のワシントン条約っぽいのには含まれちゃいない。なんだっけっかな、絶滅危惧種保護条約だっけかな。ミノタウロスから釣りを受け取り、軽く手を振ってから俺はそのダイナーへと足を進めた。
カーバンクルダイナーの見た目は一般的なダイナーに近い。例えるなら食堂車か、対面式のボックス席がある鉄道車。建物の中央にガラス張りのドアがあり、建物の側面には大きな鉄道車で使われている大きな窓がついている。客はボックス席に4名ほどのみ。
「いらっしゃいませー。カウンター席へどうぞー。」
リスを模した茶色のコック帽のような物を被った女性の促しで俺はカウンターへ備え付けられた席へ座る。メニューは……ダイナーだな。カーバンクルバーガー、オムレツ、ホットドッグにハッシュドポテト、照り焼きチキンや焼きはんぺん、焼きおにぎりが日本風をわずかに残している感じである。
「焼きはんぺんね……。」
光量が少なくやや薄暗い食堂車めいた店内を軽くぐるりと見渡すが、ぐりるされている照り焼きチキンの香りに負けそうになる。カウンターの向こうでは店員が忙しなく動いており、どうも気が散るな。カウンター席の難点だ。
注文をするとしよう。おひやを出してきた──よく見たらこの店員、猫耳と尻尾に肉球がついてやがる──彼女に注文を頼んだ。
・カーバンクルバーガー -350円-
3kgほどある茶色の兎のような見た目で額に親指の爪ほどの大きさはある赤い宝石のような結晶体がついた動物の肉を潰してミンチにし、ハンバーガーのパティとして使ったハンバーガー。他にはレタスにピクルス、チーズが挟まっている。手のひらからややはみ出す程度には大きい。ソースはケチャップっぽい何か。
・フライドポテト -200円-
典型的なシューストリングポテト。量は100g弱といったところか。塩が軽くふりかけてあるがケチャップがついている。
・コーンコールスローサラダ -250円-
刻んだキャベツと缶詰から出したてのコーンをドレッシングに数時間なじませたサラダ。ドレッシングはマヨネーズ。
「いただきます。」
揚げたてポテトを1つ摘んでホフホフといただく。フライドポテトはどこも大抵変わらなくてほっとするね。3本ほどまとめて掴んで口の中に放り込み、胃袋と口を食べる体制に持って行こう。そして、カーバンクルだ。
カーバンクルは額の宝石目当てに牧場で育てられている。その副産物として肉や毛皮が利用されているのだ。俺の世界じゃ幻獣なのになぁ……別の世界じゃ神として崇められているところすらあるのにひどいもんだ。
デフォルメされたカーバンクルの飾りがついたプラ製の爪楊枝で固定されているカーバンクルバーガーを両手で掴み、口を大きく開けてかぶりついた。歯を通じてレタスがじゃきりとちぎられる小気味良い音が頭蓋骨に響いた。新鮮だ。
パティにクセは無い。鳥肉に近い淡白な味だ。だが、ケチャップだと思ったソースはちょいと違う。甘辛い。甘みのあるチリソースといった感じだろうか。もう一口、バンズも甘い。さすがにファーストフードと比べるのは間違っているが、こういうところで食べるハンバーガーは最高だな。
カーバンクルの肉といっても特に大したことは無いみたいだ。サラダのスプーンを手に取り、白と黄の泉から一口分掬いあげ、口の中へ。シャキシャキと酸味のパラダイス。そこにコーンの甘みが入ってくる。ぷちぷちだ。
ポテトをケチャップにすくいあげて食べ……手が光ってる。赤く、キラキラと。なんだこれ。軽く周囲を見てみるとキッチンの上にポスターが1枚。
<カーバンクルバーガーで使われているソースはカーバンクルの額の宝石をすり潰した物が混ざっています。摂取すると体がキラキラと輝き、微量ではありますが体力増強の効果があります。>
ということは顔もキラキラ輝いているわけだ。面白いな。薄暗くてわからなかったが、よく見れば周囲の人もキラキラと輝いているような気がする。ポテトを食べ、ハンバーガーを貪り、サラダで口直し。体が光る以外は良いバーガーだ。
ハンバーガーを先に食べ、ポテトとサラダを食べきった。確かに体力も食い気も増した気がするが、気のせいって感じもするなぁ。
水を少し口に含み、懐からPDAを取り出してネットサーフィン。カーバンクル……カーバンクル……コンビニでカーバンクルドリンクなんて売ってるのか、なんとか1000ミリグラム配合より効きそうな気がするな。後で買いに行ってみるか……でも飲んだらキラキラ光るんだよな。
「ごちそうさま。」
代金を払い、文字通り輝きながら俺はダイナーの外を出た。
「んー……まだ腹が減っているような気がする。」
カーバンクル効果だろう、とりあえず歩いてみて腹具合がどうなるか確認しようと、俺はコンビニを探しに歩き始めた。コンビニについても腹が減っていたらアメリカンドッグでも買って食おう。
「しかし、カーバンクルの宝石を栄養ドリンクに混合か、この世界の夜はキラキラ光って綺麗だろうな……。」
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