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第二十四話 水没したポストアポカリプスでサラダクレープ

よろしくお願いします。

 編笠と紺色のぴっちりしたスーツを着込んだアンバランスな女性の船頭と共にビニール製のボートがそびえ立ったビルの間を泳いでいく。ボートの下を覗き見ればキラキラと太陽を反射しながら泳ぐ小魚達や、それを追いかける大きなワニの姿が見える。そこはサメか大魚じゃねえかなぁ……。


 ここは2022年の日本、だった。以前行った異世界とはまた違うこの世界。この地球には小さな隕石が落ちた。それが地殻を揺らし、世界中で地震を引き起こし、大津波が世界中を襲った。世界滅亡説がその通りになり、水は引かなかった。俺の下では崩れたビルが巨大な魚礁と化している。水面が高いわけじゃない、スカイツリーとか高層ビルがぶっ倒れてちょっとしたダムが出来てしまっているのだ。


 この世界で生き残ったのは地震と津波で倒れなかった5階以上の建築物ぐらい。もっとも、この世界じゃそんなものはそうそう無いけどな。ワニがこっちの素敵な肉の塊に気がつかないことを祈りながら……おっと、ワニが増えた。こっち見るんじゃねえ。



 第二十四話 サラダクレープ



 ボートは汽水域と化した東京山手線内側を流れていく。水底には魚礁の高層ビルだった物に、渋滞だった車達。そして底の見えない海底洞窟と化した地下鉄に……そこから現れた潜水装備のダイバー達。


 この世界ではダイバーは珍しくない。貴重な物資のほとんどは水没したこの世界、水底までの距離もせいぜい2~3mと比較的潜りやすいせいか結構な人が潜っている。何せ食料も海藻に栄養豊富な肉を食べた魚貝類がメインだ。


 特にすることも無く、湖底の魚礁を眺めていると先ほどのダイバー達がこちらへと登ってきた。


「よぉ!あんたらどっちに行くんだ?」

「あっちさ、えーと……東京ドームのほうだ。」

「あぁ、あれの上か。そりゃ残念、どーもな。」

「悪いね、あんたらどこから来たんだ?」

「地下鉄の一駅分さ、スナック菓子を目当てにキオスクを探ってたらいきなり水流が強くなってな、吹っ飛ばされた時はありゃ死んだと思ったぜ。」


 そうダイバーはニカりと笑い、他のダイバー達の元へと戻っていった。地下鉄や浸水したコンビニは大抵食料の宝庫だ。普通は缶詰を探すもんだけどな。スナック菓子が入っているような袋なんかは水圧で簡単に潰されちゃうし、缶ジュースならカロリー摂取だけは出来る。


 俺達の船の正面から別の船がやってきた。ダイバー達はまた1人そちらに向かって2、3話した後振り向いた。


「おーい!OKだってさ!俺達の船の付近まで行くみたいだ!」


 ダイバーたちはわらわらと正面の船に集まり、潜水用の道具は水に沈めたまま括りつけ、その船に……ドラム缶や2Lのペットボトルを底に敷き、その上に丸太や廃材などで床を作り、軽トラック一台分の大きさがある屋台つきの船に乗り込んだ。そうして彼らはその船の主と少し会話しているようで……なんらかの三角形、いや扇型っぽい、何らかの紙巻の品を受け取った……。あれは一体何だろうか。


 船はダイバー達に紙巻の物を渡し終えたのか、またエンジンを動かして進み始めた。俺の船とその船が交差した時に屋台の看板を俺は垣間見た。レプーク。クレープだろ。クレープか。悪くないね。


「止めてくれ、おーい!俺もクレープを食べたいんだが何があるんだ?」

「ワニコーンレタスクレープだけだよ!どうする!?450円だよ!」

「……わかった、それを1つくれ。」


 クレープって認識しているのに何でレプークなんだよ……。



・ワニコーンレタスクレープ -450円-

 まずは小麦粉を水で薄く溶いた物をフライパンに薄く広く伸ばして紙のような小麦粉の生地を作る。次にコーン缶の中身と、塩味で焼いたワニの肉を新鮮なレタスの上にちらしてマヨネーズをばらまき包む。



「いただきます。」


 ダイバー達が乗った屋台船がエンジンを起動し、別方向へと流れていくのを眺めながら俺は紙で包まれたブーケのようなクレープにかぶりついた。


 うん、甘い。噛み付きが浅かったらしくクレープの皮しか口の中に入らなかったらしい。小麦粉らしい小麦粉の味だ。焼き方さえ失敗しなければ美味しいよな、ふわっとしていて、優しい味なんだ。


 もう一口かぶりつこうとすると香ばしい匂いが漂ってくる。小麦じゃない、肉の香りだ。そういえばワニの肉が入っているんだっけ、もしゃりもしゃり。どうやって彼らはワニを捕まえたんだろうかな。


「うん、美味い。」


 ワニ肉は淡白な塩味。臭みはレモン臭で消えているがそれが逆にクレープに合う。ような気がする。コーンをぷちぷちと潰し、甘みを楽しみながら肉とクレープ、そしてレタスを食べていく。マヨネーズの酸味が加わった、いい感じ。


 小麦も、レタスも、一体どこで育てているんだろうな、この世界は浅いとはいえほとんどが水没している。土も手に入れるのが大変な世界だ、野菜を育てるのも大変だろうにな。もっとも肉となるワニや魚なら困らなさそうだ、今も目の前に居るしな。


「……何でワニが目の前に居る?」


 俺のボートのへりにワニが1匹登っていた。船頭の女性らしき何かは特に気にせずオールを漕いでいて、俺とワニの距離は鼻先1m。


「よし、落ち着け。ちょっと待て。」


 ワニは俺のほうに目を合わせるが、ふわぁと大きくあくびをした。それに釣られて俺もつい大あくび。


「ふわぁ……、ちょっと待てってそういう意味じゃない。」

「ゴァォ。」


 挨拶までされてしまった。なんだこの状態。懐からPDAを取り出し、ワニをスキャン。どうやら……イリエワニのようだ。体重は500kg超え、嘘だろ?そんなのがボートのヘリに寄っかかっているのにボートは傾きすらしていない、相変わらず謎の技術だ。そしてPDAには日本にイリエワニが居るのはおかしいとまで解説つき。とっくにこの世界はぶっ壊れてるんだよ。


 ワニは俺から目を離さず、とうとうボートの中に乗り込んできた。船頭は特に動かない、ボディーガードも兼ねている人だから俺に危険があれば確実に動くので、ワニに敵意は無いということだろう。


 そういえば、ロボットは買ったが最近は動物に触れていない、ちょいと前のもふもふ猫人との逢引は良かったなぁ……。このワニもひなたぼっこ状態だ。あくびもするぐらいリラックスしているし、撫でることぐらいは出来るんじゃないか?


 ワニはボートに乗ったまま、方向転換をし俺に背中を向けている。これならいけるんじゃないか?俺はそっと手を伸ばし──。


「危険な行為はおやめください。」

「あ、はい。すみません。」


 怒られてしまった。そりゃまぁ、俺の何倍もある肉食の動物に近づこうとするほうがおかしいよな。ちょっとしょんぼりしながらクレープをもしゃり。もしゃり……ワニがこっちを向いた。


「こっちみんな。」

「ゴァォ。」

「まさかお前、これが欲しいのか?」

「ゴァォ。」

「お前な、人の借りた船にただ乗りしてひなたぼっこまでしてくつろいでいるくせに食事まで要求するとか厚かましいにもほどがあるぞ。」

「ゴァォ!」

「わかった!お前の勝ちだ!牙見せるな!怖い!」


 俺が食べたおかげでクッキーサイズになり、マヨネーズが底に詰まったクレープを放り投げると、ワニは首を素早く動かして口でキャッチ、口を軽くもごつかせるとおとなしくなった。


「ゴァォ。」

「それはどういたしましてでいいんだよな?」

「ゴァォ。」

「もうそれでいいか。」

「源太郎様、そろそろポータルゲートが開きます。異物がある場合は破棄するようお願いします。」

「……いやいや、破棄って。ワニが居るんだが。」

「あと1分です。」

「いや、おい!?俺が出来るわけないだろ!?ワニ!降りろ!」

「ゴァォ?」

「何で疑問形なんだよ!さっき意思疎通出来ただろ!」


 今回持ってきてあるのは水中銃だけ。すでに使用済みで、水上に出てからは自衛の必要がないため装填していない。そして俺は素手で500kgを吹っ飛ばせるほど人間をやめていない。どうしよう。PDAの魔導翻訳回路は言語がある生物でないとうまく動作しない。


「なぁ、あんたがこれを降ろしてくれれば済む話だよな?」

「申し訳ありませんが、私は自衛以外で力の行使は許可されておりません。」

「そもそも500kgのワニがこんなに近くに居る時点で自衛の権利は有るだろ?!」

「ゴァォ。」

「お前の自衛の権利じゃねえよ!」

「源太郎様、ゲートが開きます。」

「ちょ、待ってくれよ!?ワニがポータルに──。」


 ボートはポータルを開くのに適したどん詰まり、崩れた高層ビルにぽっかりと開いた穴の中へと流れてついている。中は暗く、水は濁っておりダイバー達もそうそう現れないだろう。でもワニがボートに乗ったまま俺達は光に包まれた。


「──オグェッ!?」

「お帰りなさいませ、源太郎様。」


 ボートごと帰還したのはよかったが、転送時の衝撃でワニが俺を敷布団にしてしまった。どうすんだこれ。


「源太郎様、生物をポータル港に持ち込んだ場合はこちらの書類をご確認していただき、サインをお願いします。」

「……動じないんですね。」

「ここは毎日十人以上の人が紛れ込んできます。よくあることですよ。早くそれをどかしてサインしてください。次が詰まっています。」


 軽く言ってくれるよ……。


閲覧していただきありがとうございました。

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