第二話 ポストアポカリプスでフライ盛り合わせ
よろしくお願いします。
ポストアポカリプス、あまり馴染みのない言葉だが、日本語に言い換えれば世紀末の後である。言うなれば、北斗の拳が近いかもしれない。残念なことにポータル港にある護身術の道場では暗殺拳を教えてもらうようなことは無く、基本的に自分の身を守るとしたら銃に頼るのが手っ取り早い。
【異世界のグルメ】 -第二話 フライ盛り合わせ-
最大の問題は、両手が空いているならばという点だろう。俺は今、錆びた手押し車に預かった商品を載せて逃げている最中だ。追っ手のほうはこれまた奇妙なことに、四足歩行の牛である。
「モー!!!」
「うるせー!こっち来るんじゃねえ!」
俺を追いかけてくる牛は4頭、こいつら全部肉食で、哀れな犠牲者を貪り食っている最中にもう1名、哀れな犠牲者を見つけて追いかけている最中である。俺のことだよクソッタレ!これだからポストアポカリプスは嫌なんだ!俺の常識が通じない!ハイファンタジーで出会った二足歩行の牛はもうちょっと友好的だったぞ!ハロー、死ね、ぐらいは言ったぞ!
周囲は瓦礫と炭の山。今から150年前に第三次世界大戦が某大国と某大国の間で勃発してしまった俺達が住む世界のパラレルな場所、困ったことに日本も真っ先に核兵器のターゲットとなり、俺の歩いている付近は完全に死の土地である。
「モー!!!」
「ド畜生有蹄類め!帰ったらお前らの仲間を食ってやるからな!」
さすがに郊外型の元ラブホ街で比較的走りやすい廃墟とはいえ、道路の荒れ模様は最悪、走って逃げてはいるが鈍重な有蹄類にも追いつかれそうな勢いである。こうなっては仕方がない。
俺は懐からエアコンのリモコンのようなとある精密機械を取り出すと、いかにもステーキ肉4割引きを見つけた主婦のように追いかけてくる牛4頭に対して先端を向け、リモコンについている赤い大きなボタンを押した。
白い閃光とバチバチと半径10m以内なら余裕で聞き取れるほど大きく不快な電撃音。巨大な電気の球体に包まれた4頭の牛は地面に倒れた。
「ザッマーみやがれってんだ!こちとら体重2tのバニアラス惑星の現住生物すら一発でノックアウトしてくれるスタンガン様だよ!クサレ特売牛共が!」
俺はf**kサインをマグロのようにのたうつ牛達に見せつけて満足すると、先を急ぐ。出来ることならさっさと落ち着いた場所で飯を食いたいものだ……。
本日の仕事は、高速道路のサービスエリアを流用して作られた世紀末後のコミュニティへ補助物資の配送バイトである。高架高速道路自体はすでに戦争で落ちてしまっているが、サービスエリアというのは徒歩で入れる場所もあり、今回はそういう場所だったらしい。
サービスエリアへとたどり着くと、なるほど、こういう場所ね、と頷いてしまう光景が広がっていた。サービスエリアの建物は共用施設か、もしくは食堂となっている。広い広いサービスエリアの駐車場には大量の廃車があり、そこに人々が住み着いていた。バスには何人も乗り込んで座席を自室とし、大型トラックの間にはロープがピンと張られ、洗濯物や肉を干す場所となっている。
「さて、ここのリーダーは……あぁ、わかりやすいな、あそこか。」
俺の目線の先は150年前はちょいと洒落たコーヒーチェーン店。そこには世紀末後でありながらでっぷりと太った男が使い古したコーヒーショップの備品である1人用ソファに座っていた。カテキンに見せられた写真はあいつだ。
「どうも、守山の代理で来た多部田です。」
「あぁーどうもー!無線で連絡頂いておりますわ、初めまして、このコミュニティの代表を務めているイシバシです。面倒な挨拶は抜きで、品物のほう見せてもらってもよかですか。」
「えぇ、どうぞ。ご注文頂いたレーザーライフル3つに溶接機のスペアパーツ、それとC4が5kgです。」
イシバシはねっとりとした目で持ってきた商品の品定めをする。俺もちょろっと見たが、ごまかす気の無いほど新品のピッカピカ一年生集団だ。別世界で買ってきた物らしい……軍用品はさすがに別の世紀末世界で盗ってきたのだろう。
「ふむ、相変わらず良い品です。OK、モリヤマさんの言い値で買わせていただきます。」
太った男はそう言うと足元からブリーフケースを取り出し、俺に中身を見せた。これまたキンキンピカピカ、金のインゴット1kg相当。現代日本に持ち込めば400万円ほどになるだろう。ポータル港内の取引所でも2万から3万クレジットは固い。あいつはほんとアコギな商売してやがる。人のことは言えないが。
「本当にこんな玩具みたいな物でいいんですかねぇ~、この辺りじゃあコレじゃないとどこも取引してくれんのですが。」
そう男が取り出したのは俺も現代世界でお世話になっているコンビニ用の電子マネーカード。ババ抜きどころか七並べが出来るほどの量を広げ、扇子のように扇いでいる。
まったく、実際に目にすると不可解なものだ。新しく作るのが難しく、偽造が不可能で、なおかつ嵩張らない物を新しく通貨とする場合がある、とは聞いていたが本当にそんなものを通貨にしているとはね。理にかなっているようだけど、普通に硬貨じゃだめなんですかね。
「東のほうだと、大口はこれで取引するんですよ、うちみたいなとこだと取引毎にカードの枚数を数えるのが大変でして……。」
口裏合わせも大変だ。
「でしょうねぇ~。こんな軍用品の爆弾なんて持ってきて頂けるんですから、ほんっとモリヤマさんとあなたには頭が上がりませんよ。きっと、良い場所を確保しておられるんでしょうねぇ、そんなパリッと糊が効いたスーツにバッチリ決まった革靴をお履きになられているのですから。ねぇ?」
……やっちまった。こんなくたびれた世界じゃ、洗っていないスーツと汚れた革靴じゃないと逆に怪しまれる。これだからポストアポカリプスってのは嫌なんだ。常識が微妙にずれてるからハイファンタジー系と違ってやりづらい。
「えぇ、私も彼には頭が上がりませんよ。それで、何か他にご注文などはありますでしょうか。」
「いやぁ、今のところは大丈夫ですねぇ。」
「そうですか、では、この次もご贔屓を。」
俺はそう挨拶すると逃げるように彼の私室から歩き出た。もういっそ学生時代の芋ジャージでも着てたほうが面倒くさくなかった気がする。
さて、帰還ポータルの予約時間は……手元の装置を見ると3時間待ち。昨日からずっと俺達異世界商人の存在を隠すために東から歩き続けて、今日は昼食がまだだ。何か腹に入れよう。
そう思った俺は途中で見つけたサービスエリアの食堂を改装したと思しき場所へ歩いて行った。
食堂の中は雑多という言葉が非常に似合う状態だった。テーブルの規格は統一されておらず、椅子に至っては同じ物が一つとして存在しないしDIYの物が半分以上。おそらくは長い間に破損したので何度も何度も交換した結果なのだろう。
床は土等で汚れており、ホウキで綺麗にしようという努力の後すら見られない、誰も気にしないからそういうサービスは必要無いのだ。俺はホウキで掃いておくぐらいはしてほしいんだけどな。
しかし、店の中は口内に唾が発生する程度にはいい匂いが充満していた。高温の油の匂いがする。目の前にレッドカーペットが現れた気分だ。
匂いにつられてふらふらとカウンターのほうへ向かうと疲れきった表情の女性と目が合った。何故かは分からないがメイド服を着ている。コスプレ用の服を着るぐらい物が足りないのだろうか……。
「あー、いらっしゃい。今日はフライ盛り合わせだよ。カード5枚。」
彼女は雑に言い放つと、威圧的に右手を出してきた。どうやらメニューは選べない店らしい。それで良い、今日はフライが食べたい気分になったんだ。
俺は懐からトレーディングカードを入れるケースを取り出し、そこから電子マネーカードを5枚、メイド服の女に渡しかけて、止まった。
「何か飲み物は?」
「あー、水が1枚だよ。後ミニコーラ缶が2枚。」
……150年物のコーラって飲めるのか?少し気になる。
「じゃ、フライとコーラに水で。8枚ね。」
女は興味なさげにカードを受け取ると、手動で動かすレジスターにしまい込み、後ろへと引っ込んだ。
何らかのタネが高温の油の中へ放り込まれる音がする。万人の拍手音とも聞き間違う食べ物が揚がる音に、俺は自然と生唾を飲み込んでしまう。
「はいよ、フライ盛り合わせとコーラに水。ソースはそこの小皿分しか無いから気をつけな。」
目の前のメイドの女の胸元すら目に入らず、俺が注視するのは揚げ物だけ。運動の後の油物はたまらねえな。
【フライ盛り合わせ】-カード5枚-
・バッチリとパン粉のような衣がついたフライの山盛りセット。長方形の整った形が1つ。紙巻煙草ほどの太さの細長いフライが5本。丸い細い輪っかが3つ。そして形が整っていない握りこぶしほどの大きさで平たい物が2つ乗っかっている。
【デミグラスソース】-↑の付属品-
・匂いからしてきっとデミグラスソース。小麦をバターで炒めて一度冷やしたルーに、牛の肉や骨と、いくつかの野菜で煮込んだ出汁を混ぜて煮詰め、150年物の1500円ぐらいのテーブルワインで風味をつけた物。小皿というか、プラスチック製のプリンケースにケース半分ほど入っている。
【150年物のコーラ】-カード2枚-
・貴重な甘味。プルタブで開けるタイプだが放射殺菌されていたおかげか腐ってはいない。ビールならともかく温いコーラはちょっと反応に困るね。
【ろ過水】-カード1枚-
・コップ一杯分でこれである。ここは日本なので穴を掘れば水が出るとはいえ、肝心の大地と地下水が戦争で破壊された工場から流れだした化学薬品で汚染されているため、雨水をろ過し、煮沸した物しか安全性が保証されない。そしてこれすらも結構怪しい。
「いただきます。」
しかし、お預けである。俺は懐から10年間共に働いている厚めのPDAを取り出し──最新の異世界全対応薄型スマートフォンは目が飛び出るほど高いのだ──水と食料の汚染具合をスキャンする。
「……よし!許容範囲!」
人類は1,000RADを浴びると即死だがこの程度の経口摂取分ならポータル港に帰った後、排出用の薬を半錠も飲めば問題ない。確かピルケースにはまだ12錠残っている。余談だが、ゴ○ブリは100,000RAD浴びてもその後30日以上生き残る個体が居るらしいというのが実験で確認されている。完全に化物ですね。
俺は汚染水で軽く喉を湿らせ、まずは細長いスティック状のフライを一本、箸で掴んだ。薄い衣からうっすらと透ける色は赤色、おそらくはニンジンのフライ。
そう確信して口の中に一部を放り込み、噛んだ。二度、三度、ジュワリとニンジンの甘みが口内に広がる。高温で処理するとニンジン特有の臭みや泥臭さは消えるためとても美味しい。子供の頃からの好物の一つだ。世紀末であろうと優しさは変わらないらしい。
となれば、次はこの丸い輪っかのフライ。ここは内陸で海は遠い。となればもう中身は何かなんて決まっている。輪っかの端を素手でつかみ、ジャキンとかぶりつく。これまた甘み。酸味がほとんど吹き飛んだオニオンフライであった。どちらも根菜で、きっとどこかで畑を作って育てているのだろう。保存の利く根菜はポストアポカリプス世界じゃ重要だ。
だが、俺は満足していない。オニオンリング1つを口の中に放り込んでモグモグしながらなお求めるのはフライである。当然、フライと来ればミートなのは揚げ物の摂理。はんぺんも可。長方形の整ったフライを箸でつかみとると、ソースに軽くつけてかぶりついた。
デミグラスソースが微妙にフライとミスマッチ。そして、次に舌が感じたのはミート、そしてソルト。しょっぱいぞこれ。そしてどこか安っぽい感じに鉄臭い。かぶりついたフライを口から離し、噛み跡を確認してみるとピンク色の断面が見えた。
スパムだこれ。ホーリースパムだこれ。150年前のスパムじゃねーか!!!チクショウ何故かうまい!
核兵器の余波で放射殺菌されたのか、150年後でもギリギリ食用可能なスパムが残っていたのは幸運か。自宅でやれるわ。だけど牛から走ってきたばかりの俺からすると、このスパムは悪くない。塩っけたっぷりで、失ったミネラルを補給してくれる気がする。
モシャリモシャリとスパムを齧りながら俺が思うのは、ビールが欲しいな。の8文字だ。残念ながらここには無いようだし、一応仕事中。だから俺はコーラを飲むよ!
ミニ缶なので本当に小さい。薄ぼんやりとしか見えない外側のラベルには160mlと書いてあるぐらい小さい。行儀悪くスパムを口で咥えもっぎゅもっぎゅと噛みながら、左手で缶を固定し、右手でプルタブをひねりあげてコーラの蓋を開けた。
カキョン、と開いた音はしても、プシュッ!と炭酸水特有のあの音がしない。嫌な予感がする。揚げスパムを皿に落とし、コーラを流し込んでみる。
のどごしねっとり、炭酸皆無。なんてこった、液体キャンディになってしまっている……。甘い物が手に入りづらいこの世界の人ならこれでも喜ぶのかもしれないが、俺がこんな物をありがたがって飲むのはちょっと無いな。
困ったことに、こんなのでも日本円にして200円相当の代金を支払ってしまった。MOTTAINAI精神は世紀末後の世界では人類共通語。とりあえずこれはざっと流し込み、後味を引かないよう水で流し込んでおこう。残念だ。
それにしても俺以外の客が居ない。時間的には昼過ぎなのだが、他の住人はまだ食事をしに来ないようだ。
さて、残念だったことはさっさと忘れ、メインイベント。デカイ塊と行こうじゃないか、食事を楽しもうぜ俺。
改めて箸で掴み、まじまじと見つめてみると本当に雑な形をしている。あの肉食の牛の肉だろうか?しかし、切り身にしてはどこか、余分な場所が多すぎる。鶏肉かもしれない。俺はデミグラスソースにフライの塊をつけ、口の中へと押し込んだ。
「……ひぇびか?」(注:エビか?)
この香ばしさはエビに近いが、何らかの臭みが邪魔していてなんとも言えない。だが、不味いわけじゃない。猪やイルカのように癖になりそうな味だ。やや泥臭い気もするが、高温で揚げているせいか臭みはそうひどくはない。エビ、伊勢海老ならあり得るサイズだし、内陸から運んできたなら臭みも納得出来る。
「いや、ザリガニかなぁ。」
俺の頭の中で放射線が照射されることで遺伝子構造がねじまがり、巨大化することがあるという与太話が思い出された。もちろん真面目な科学者達はそんな簡単に変異してたまるものかと言うだろうが、日本どころか世界全体に高濃度の放射線が撒き散らされ、それが150年ともなればそういう変異体が現れた挙句繁殖に成功することもあるだろう。
「肉食の牛とか居たしな。でかくなったザリガニやエビぐらい居てもおかしくない……。美味いし、別にいいか。」
根菜などで作られたと思われるデミグラスソースとの相性も抜群では無いが、引き立てあっている。周りを見渡してみれば茶色の木、落ちた道路、2階と1階が逆になった民家。そんな世界でこれ以上の贅沢を望むだなんて罰当たりにもほどがあるさ。
二つ目のエビの塊へ。もっぎゅもっぎゅと旨味が口の中に広がり、デミグラスソースを掬って口に入れるたびに油がスパークして脳内に幸福物質を生成する。俺っち、デカイエビフライに降伏しちゃってますね。しょうがない、美味いんだもの。
「ふぅ……結構ボリュームあったな。ごちそうさまでした。」
今更だが、ご飯が欲しかった。水田なんて望めない世界だし仕方ないが、あぁ、ご飯が欲しかった。
俺が食後の余韻に浸っていると、ガヤガヤと顔と服が汚れた集団が現れた。周囲の廃墟から有用な物資を探しだすスカベンジャーの類だろう。男女問わず笑い合いながら食堂の席を占領し始める。そろそろ席を立つべき頃合いかね、ああいう集団は見知らぬ人に対しては警戒半分、好奇心半分で話しかけるのがほとんどだ。下手に探られるとボロを出してしまう。
「おーい、メイドのねーちゃん、飯頼むわ!今日何よ!」
「フライの盛り合わせ!」
「あー、昨日1m超えの巨大ゴキブリがいっぱい取れたもんねぇ、それ消費してるんだ。」
「まだ裏で生きてるのがカサカサしてるよ!で、6人分だな?カード30枚はよしな。」
彼らが当然のようにゴキブリのフライを注文し、腹減っただの、ゴキ食うの久々だななどと楽しそうに会話をしているなか俺は呆然し、こう一言呟いた。
「……マジかよ。」
閲覧ありがとうございました。