第二十三話 水没したポストアポカリプスでスパニッシュオムレツ
よろしくお願いします。
雲一つない空、陸地は見えず、360度水平線しか見当たらない。ここはなんて青い世界なんだろう。そんなことを思いながら俺は肩から伸びているスイッチを押して操作しようとする。
「……あー、違う。そっちじゃない。」
口に出してみても状況は変わらず、とうとう高度30mまで上昇してしまった。今使っている機材に問題は無い、あるとしたら3度目のフライトだというのに未だにジェットパックの使い方に慣れない俺が問題だろう。
「おかしいなぁ、どうしてせいぜい20mの幅を飛び越すだけのはずが縦に20m飛び上がってしまったんだか……。」
第二十三話 -スパニッシュオムレツ-
降りるにしてもジェットをふかしながら降りないとミンチの出来上がりである。両手で肩に背負った2本のエンジンの出力を操作し、足のペダルで旋回と前進に後退をあたふたこなしながらゆっくりと降りていく。目標は足元に見える島と板のような物。主に板のほうが目的地だ。
ゆっくりと降下していき、ようやく板が空母の姿に見えてきた。眼下に見える空母はキティ・ホークと呼ばれる種類の物、だった。地球が崩壊した今、あれはアイランドという名前の居住地である。
2054年、人類は地球温暖化の対策に苦慮していた。大陸の砂漠化は進み、永久凍土は溶け始め、コーンベルトはどんどん北上を続けていた。しかし、石油が実は化石燃料ではなく、地球全体で共通の微生物が生産しているものだと判明すると人々の欲望は増加。尽きるかと危惧されていた石油が無尽蔵の資源であることが判明したせいで開発が加速化。環境運動家の忠告──わんわん叫ぶアレ──も聞くこと無く、広がった温帯や亜熱帯に失業者達を送り込み全ての地域を人々の物にしようとした時にダムは決壊した。
北極の氷が溶けたのだ。もっともそれは観測されていた事象の1つであり、他にも要因はあっただろう。わかっているのは24時間だけ海面が1000m急上昇したこと。そして文明的な世界は水に押しつぶされ滅びた。水はある程度引いたが、海面は俺の知っている世界とくらべても相当高い。よく見なくても澄んだ水の底には都市ビルの姿が確認出来る。昔はビジネスマンの住処で、今は栄養豊富な魚礁だ。
俺が今着陸を試みているところは、沖合に出ていたために津波に押しつぶされなかった空母の1つである。もっとも、水が引くときに損傷したらしく、どこかよくわからない島の浅瀬に座礁してでっかいアパートと化していた。
「よーし!いいぞ!そのままゆっくり降りてくるんだタロー!」
ようやく、空母の声が聞き取れるようになってきた。ゆっくり、ゆっくりと俺は空母の甲板へと降りていく。ふと、真下からジェットパックが2つ、小さな人間を伴って飛んできた。
「タローは相変わらずジェットパックが下手なんだなぁ。」
「潜水も下手なんだろ?お母さんに怒られない?」
「はいはい、いいから離れろって。危ないぞ。」
キャッキャと笑いながら俺の周囲をクルクルと飛んで回るのは9歳の子供達だ。この世界の住人の仕事といえば素潜りによる漁である。陸地では人々がのんきに農業をやっていられるほど、土は多くない。子供の頃から海に潜り、群島間や大型船を飛び回って荷運びするために幼少の頃からジェットパックを扱う彼らは3次元移動のプロである。
そしてこの世界の仕事といえば素潜り以外には海底のサルベージ、世界が滅びてもなお潤沢な石油を用いた航空機による輸送、そしてその輸送機を狙った空賊と空賊を襲う賞金首ぐらいだ。今も、上から見るとIとOの形に見えるIの空母とOの島に飛行機が何機も着陸しては、飛び立っていく。島側の駐機場には俺が乗ってきたレンタルレシプロ輸送機の姿も見えた。
眼下に見える島は典型的な南国の島といえる。ビキニのねーちゃんがまったく存在しない砂浜。その砂浜は貴重な食料を供給する椰子の木が立ち並び、内陸に進むにつれて大水を耐えた未開拓のジャングルの姿が見える。あのジャングルには哺乳類が存在しなかったが、たまたま輸送されていたニワトリを離したらしく、ジャングルにニワトリが放し飼いである。コケーコッコとうるさい。
そして空母は島から少し離れている。座礁した位置も悪かったようで、ここからは見えないが空母の側面にはガバガバの巨大な穴が滑走路のすぐ下から喫水線にまで開いている。その水没した穴は貝や海藻の養殖場として使われているため、人が登ることは出来ない。ジェットパックか小型のヘリコプターを利用して島と空母を行き来するのだ。
出来ることなら徒歩で移動出来るようにして欲しかった、そんなことを思いながら俺は着陸予想地点を大きく外れ、空母の側面大穴を目撃出来るところまで降りてきました。やったね、観光タイムだクソッ。
「タロー、遊んでないで早く来てくれって村長が言ってる。」
「すぐ行くって伝えてくれ。」
先ほどの子供が1人、無線機を頬に当てながらジェットパックを伴い俺の横にご登場だ。楽々とジェットパックを扱っていて嫌になるね、自転車じゃないんだぞ。俺はもう一度ジェットパックで高空旅行をした後、ようやく空母の甲板に着艦した。
「今日は割りと早く着艦出来たなぁ、タロー。」
「どーも、おかげさまでようやくこれにも慣れてきたところだよ。」
ジェットパックを脱ぎ、甲板上の蜜柑畑の隣に置いておく。そしてハゲ頭の男と握手した。つるっぱげで潮風にさらされた屈託の無い笑顔を見せる老人がここの長だ。なんでも元海軍の大佐だとかでこの空母をずっと管理している。
「それで、頼まれた物を持ってきたよ、食器に家具、後は桃の種に桃の缶詰。苦労したよ。俺は一応小物の雑貨を扱う商人だからな。」
「OK、下でガキと女が確認してるよ。食器なんかはなかなか作れなくてなぁ、皆ヤシの皮の器で飯を食ってたんだ。助かるよ。」
「今日からは陶器の皿で食えるさ、それで他には何か必要な物は無いかな?」
「航空機のエンジンだな。レシプロでもジェットでも構わんが……。」
「悪いがそれはちょっと無理かな。」
言ってみただけだよ、と村長はおどけて笑う。この空母には燃料もジェットパックもあっても飛行機の数が足りないらしい。エンジンの自作も難しいので稼働する物は貴重品だ。
ふと、空を見上げるとペンキをぶちまけたような青い空から轟音と共に円盤が降りてきた。UFOか?訝しげな顔に気がついたのか、村長が口を開く。
「ありゃ、10年前の最新型の飛行機だよ。ワシも見たこと無い奴だがこの前発掘されたらしい。」
「へぇ……そりゃすごい。」
円盤は空母の上空で止まると、ゆっくりと高度を下げてきた。どうやらここに着陸をするようだ。見た目に反して……いや、見た目通り垂直離着陸が出来るようだ。こんな飛行機もある世界かー。
「あれに乗せてもらえたら楽しそうだな。」
「うーん、ありゃワシらのじゃないからな、近くの島に住むクソジジイの孫の物よ。なんでも相当気難しいそうだ。」
「孫が?それともその保護者が?」
「いや、飛行機のAIだ。普通のと違って自我があって……あぁ、AIなんていうてもわからんか。飛行機が気分屋で、あの坊主以外が乗ると飛ぼうとしなくなるんだと。」
自我持ちのAIまで存在する世界か、そんなのが居ても滅びる時は滅びちゃうのが人間の文明何だよな……この場合、むしろ暴走したAIが地球を綺麗に浄化したパターンかな?まぁ、UFOに乗る機会はまたにしておこう。
UFOから16~18の少年が降りる姿を見ながら村長の世間話に合わせておく。俺が出入りする拠点はここからより東、なんとまぁ酔狂な異世界人がここの無人島を改装中である。飛行場はもちろん、浄水施設、魚などの養殖場に畑など生命を維持するための施設は全て存在する。ついでにこの世界でのポータルの入り口のうち1つがそこの飛行場倉庫だ。異世界に住み着いちゃう異世界人は数多く居るが、こうしてポータルの入り口にまで設定される人は結構珍しい。
「……あー、無線からだ。確認にもうちょい時間がかかると。」
「そうか、そうだなぁ、村長、食堂はやってる?」
「やっとるよ、すまんがヤシ酒は切らしちまったがね。飯を食っていないなら行ってくる良いさ。」
「椰子酒無しか、それは残念。今日は朝から食べてないし、お言葉に甘えてちょっと食べに行ってくるよ。」
俺は村長に軽く手を振り、甲板から下の格納庫へ降りるために甲板に生えているタワーへと向かっていった。品物はあのよくわからない女性的存在が見ているから盗まれる心配も無い。タワーの中へ入り、階段を降りる。食堂と格納庫という看板が2つかかった大部屋へと入場した。
空母の中というのは無機質で、狭い。今も階段や廊下を移動する時に人とすれ違ったが成人男性二人分の幅ギリギリだ。だが、この食堂は少々違っていた。床には砂が敷き詰められ植木鉢に植えられた椰子の木と、いくつかの南国チックなけばけばしい花も飾られている。開放感溢れる大穴……もといバルコニーからは青い空と青い海を眺めることが出来る。不幸中の幸いとはこのことか。
食堂にはサンダル履きの人達が食事をしている、いかにも荒くれ者といった格好の男達や女性達。不思議なことに荒くれ者達は女性に声をかけたりせず、むしろ怯えるように部屋の隅へと追いやられている。女のほうが強いのはどこも変わらないらしい……。
俺は格納庫の食堂を歩き、何らかの鉄板に砲弾らしき何かで支えられたカウンターへと向かった、良い趣味してる。そして気だるそうなおばちゃん店員はこちらを見ながらタバコをふかしていた。
「こんにちは、メニューはどこに?」
「あるわけないでしょ、オムレツとパンにココナッツジュースのセットだけだよ。で?」
「じゃ、それを頂くよ。」
「OK、すぐに出すからまってな。あと5ドルだよ。」
・スパニッシュオムレツ -5ドルのセット-
炒めた具材を塩で味付けした卵に混ぜ、フライパンで焼いた物。トルティージャともいう。炒めた具材はジャガイモとツナ。
・パン -5ドルのセット-
楕円形のパン。表面にはナイフで切れ込みを入れてあるのかパリっと開いた焼き目がついているよくある普通のパン。ポストアポカリプスで酵母の知識が残っているパターンって結構少なかったりする。
・ココナッツジュース -5ドルのセット-
イエスココナッツ!残念ながらガラスのコップに入れられている。何故だ、オムレツはココナッツの器に入れられているのになんで直接ストローを突っ込ませて飲ませてくれないのだ。
ココナッツの器に入ったオムレツの上にパンが乗せられ、グラス入りのジュースを渡された俺は近くのテーブル席へと座った。
「いただきます。」
器が足りないってのは本当なんだなぁ、と思いながらまずはココナッツジュースを一口。…………薄いんだけど!なんだこれ!?ココナッツミルク的なものを考えていたんだがなんていうか……うん、もう一口飲んでもやっぱり薄い。毎日飲む分には悪く無いんだろうか。
それはさておき、オムレツとパンを食べよう。スプーンを手に持ち、ココナッツの器にぴっちり嵌ったオムレツをさくっと掬った。まるで茶碗蒸しだな。それも焦げ目たっぷりの奴。口に放り込んで噛むともっぎゅもっぎゅと奇妙な食感。厚焼き玉子より硬くて、だけど食べやすい不思議な気分。
噛み続けると風味が変わってきた、魚だ。いつも食べているツナの油漬けな味がする。もっぎゅもっぎゅするのはシーチキンの油が玉子の中に入っているからかな。もっぎゅもっぎゅする。もっぎゅもっぎゅ。もっぎゅもっぎゅもっぎゅ……。
パンを一口大にちぎって口に放り込んだ、これもなんかもっぎゅもっぎょする。もっぎゅもっぎゅ……またツナが出てきた。ここの人達はツナが好きだなぁ。ツナで攻めすぎじゃないか?そりゃ付近一帯は魚取り放題だろうけど。
オムレツをもう一度もっぎゅもっぎゅと食べていると、俺のテーブルの前を台車と大量のツナ缶を伴った青年が現れた。
「おばちゃん、またツナ缶取れたから持ってきたよ!」
「またかい!要らないよ!頼むからサルベージするところを変えてくれないかね。」
「だって、あそこは大量にこの缶詰が海水に触れずに残ってるんだよ?大丈夫だって、まだ20年しか経ってないし皆お腹いっぱいご飯が食べられるじゃないか。」
「そういう問題じゃないよ!せめて別の缶詰を取ってきな!あんたは15だからいいがこっちは40だよ!同じものばっかり食わされる身にもなってくれよ。」
「七捨ニ入して40だろ?」
「だまりな!」
あぁ、ポストアポカリプス特有のアレか。生産工場か何かを見つけて、それが尽きるまでずっと同じ製品を食べるっていう……。しかも20年物か。オフィスに帰ったら胃腸薬の類を確認しておいたほうがいいな。
「ま、食えるだけマシなんだろうな。」
塩と魚だけは豊富な世界、どうしてツナの油漬けの缶詰をわざわざ食っているのかは俺も知ったこっちゃない。豊富なだけで実は食えないとか無いだろうな。海水や生物から金属を取り出すためだけに養殖場のような物を用意する世界もあったりするし、別におかしくない推論だ。そんなことを考えながらパンを食べていると今度は女性が桶を持って現れた。
「おばちゃん!ホタテ持ってきたよー!」
「そこに置いといて!夕飯用のスープになるからね!」
ポストアポカリプスに生きる人達の考えることはゴブリンよりもわからない。なんで新鮮な魚を食べずに缶詰を食べているんだかな。でも飯は案外美味い。もっぎゅもっぎゅとオムレツにツナ入りパンを俺の軟弱な胃袋に放り込み、ココナッツジュースを飲み干した。
「ごちそうさまでした、食器は……そこか。」
ココナッツの皮とガラスのコップが食器かどうかはともかく、カウンターにそれらを返却した。そしてまた狭っこい空母の通路と階段を登り甲板に出る。そして村長と軽く話をして料金をもらうと、俺は大好きなジェットパックを背負ったのだ。
「……さっさと戻れるといいな。」
俺は滑走路のある方向とは逆の方向に飛び立ちながら、満天の青空に苦笑いを見せるのだった。
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