第二十二話 ポータル港で冷凍食品
よろしくお願いします。
窓の外から人工夕陽が俺のオフィスの中に染みこんでくる。俺は頬杖をつきながら夕陽のビデオを眺めていた。今日は細々とした物の整理で終わってしまったな。そんなことを考えながらカチャカチャと音を立てながら竜の牙を運ぶ炊飯器型の警備ロボをボーっと眺めて思うのだ。随分遠い所まで来てしまったなと。
深夜、酔っ払って路地裏のゴミ袋の山で寝ていた時に見たあのポータルを開く瞬間は今でも覚えている。どん詰まりの暗闇に白く光る煙が現れて、そこに人が現れた。初めて見た時は宇宙人が日本に侵略してきたと本気で考えたなぁ。そして今でも思う、どうしてポータル港はこんなに現地民との接触対処が雑なのだろうかと。
あの時、あまりの出来事に俺は思わず吐いた。リバースした中身にたらスパと唐揚げの切れ端がアスファルトの上にびちゃびちゃと垂れ流され、現れた男のピカピカに磨かれた革靴に引っかかった。あんときゃふらふらと頭を動かしながら平謝りしたんだよな。覚えてる、覚えてるよ。
「End!」
「あぁ、もうやることもないし充電パッドに戻ってていいよ、ジャー。」
4足歩行の炊飯器のようなロボット──名前はジャー──はオフィスの端にある平たい充電パッドの上に戻って座り込み、四脚を胴体に収納した。パッと見は完全に炊飯器だ。うーん、炊飯器……。
「……ジャー、やっぱ飯を炊いといて。」
「Copy!」
第二十二話 -冷凍食品-
ジャーは胴体から4つの細い足を出し、カチャカチャと音を立てながらオフィスの端にあるキッチンへと歩いて行く。シンク真下の戸棚を開き、白米入りの米びつ引き出した。
そしてジャーの胴体上部、炊飯器の蓋のような形の蓋を開き、収納されていた計量カップアームと指が2本のロボットアームが登場した。1合分をきっちり量って釜に入れると、ロボットアームを使ってキッチンに登り、シンクから水道水を釜に入れ、ロボットアームのほうで米をかき回して洗う。そして自身の胴体を傾けてとぎ汁をシンクに流す。これを3度ほど自動でこなして蓋を閉め、炊飯を始めた。
後は40分待てば炊きあがりだ。こいつはやっぱり警備ロボットというより自動米炊き機能つき炊飯器なんじゃないかな。
次はおかずの準備。味噌汁はインスタントの物が、漬け物は冷蔵庫に入っているが……、おかずのほうが欲しいな。俺はポータル用の固定電話の横に置いてあるプラスチックの薄い板を数枚取り出した。
蕎麦屋、ピザ屋、それに中華料理に大衆食堂。出前用のメニューをピラピラと脇に置き、目的のメニュー表が出てきた。冷凍食品専門店。
元は俺の世界から出向してきた業務用のスーパー。それが様々な世界から食品を輸入し始め、今やポータルの港のテナントの大半に食品を卸し、一部の屋台じゃこっから買った物を使ってるところすらある。そこが始めたサイドビジネスは冷凍食品と缶詰を調理した出前である。
メニューは様々だ。山積みエビフライ、ブルードラゴンのアイス小籠包、ユニコーンの骨粉ふりかけ、フライドポテト、茹でマンドレイク、よくわからない生物のフライ達に冷凍世界樹の実……ゲェッ生クリームバーまである。相変わらずここのチラシは見ていて面白いな……あー、食いたいものは……肉かな。
俺は電話を手に取り、店の番号をプッシュして呼び出した。
「はいこちらインスタント!番号確認、源太郎様ですね。ご注文をどうぞ。」
「どうも、それじゃあ……。」
・ドラゴンのハンバーグ -1クレジット-
げんこつほどの大きさはある冷凍ハンバーグを解凍した物。竜の血から作られたソースと共に給仕されている。いつものことながら、この竜は大型のトカゲと大差なく、血を飲んでも不老不死になることは無い。
・宇宙キノコのサラダ -1クレジット-
大気の無い小惑星の上で育つ大きなキノコを茹でて作られたサラダ。真っ赤なキノコでやや毒々しいがマヨネーズと共にあえてある。直径28cmだが切り取って調理した物が冷凍されている。ビタミン豊富でこれが存在する世界の宇宙飛行士達は皆このキノコを食べて生活している。
・マンドレイク汁 -1クレジット-
マンドレイクをジューサーにかけて粉々のジュースにした物を冷凍した物。栄養満点、MPだって回復する本物のマンドレイク。俺にマジックポイントは無い。見た目は黄色がかった白。
・クロレラの漬け物 -1クレジット-
釣りに使う重し程度にまで巨大に成長したクロレラを塩で漬け込んだ漬け物。見た目を一言で言うならば緑色のたらこ。
「確認しましたー、10分ほどでそちらに到着致します。」
「はい、どーも。」
仕事用のテーブルの上の物をざっと床に落とし、出前用のマットを広げた。メニューを見て悩……つい眺めてしまってすでに飯は炊けているから問題無い。
10分後、出前マットの上の空間がひび割れ、歪み、両手でカーテンを開けた時のように空間に穴が空いた。そしてその空間の底面から腕と注文した調理済みの品が乗ったトレーが現れた。
「ご注文の品ですー、食べ終えたらこちらのベルを鳴らしてくださいねー。」
腕だけの女性店員はそう声をかけて、開いたミニポータルを消した。
「ほんと便利だよなぁ、オフィス直通出前ポータル……。俺もポータル内の取引で使えるように申請しようかなー。」
唯一の問題は利用料がかさむこと。固定料だから食事の配達みたいに大量に使用しないと元が取れないんだよな……。
「ま、いいか。ジャー、飯を盛ってくれ。」
ジャーは、Copy、と調子外れの機械音声で反応をし、俺の差し出した茶碗に米を盛ってくれた。
「いただきます。」
じゃ、まずはクロレラの漬け物といこう。見た目は緑色、小さなたらこほどの粒々が蛍光灯に照らされてキラキラと光っている。小さなスプーンでクロレラをすくいあげてご飯の上に盛りつけた。なんだか、たらこみたいにくっついていないな?簡単にスプーンから離れてくれた。
そして米とクロレラを一緒に口に放り込んだ……。うん、しょっぱい。油漬けにされていたのか、クロレラの粒がほんのりとテカテカした食感だ。そしてぷちぷちとしていて、口に広がる菜っ葉の味。結構いけるな。後で冷凍クロレラ1kgの袋を買って夜食か酒のお供にしよう。
そんなことを考えながら次はメインのハンバーグ。ドラゴンも安売りされて可哀想になぁ。俺はとろりとしたデミグラスソースの乗ったハンバーグを箸で一口サイズに切り取り、口の中に放り込んだ。油がたっぷりで……うん?ワニよりも、いやニワトリよりも淡白な味だな。
肉汁もタレも濃いが、これはどこかで食べた事がある味だな?……ソイミート!ソイミートだ!つるんといけてパクパクいける薄味で食べやすい肉……こりゃホワイトドラゴンの肉だ!草食で豆を好むからよく人の畑を襲うドラゴン!せっかく大豆風味の肉なんだからミンチ肉じゃなくてソイミートじゃ味わえないステーキとかそういう歯ごたえのある食べ方がしたかったな。
もう一口ホワイトドラゴンを食べながら口直しのために宇宙キノコのサラダに手を付けた。本当にキノコしか入っていないんだな……。真っ赤なキノコが一口サイズで白いマヨネーズに彩られている。これを食べたら死んだりしないよな……?
そんなことを考えながら宇宙キノコを口に放り込んだ。んー……マヨネーズの味しかしない。なんだろうな、しめじか?茹でたしめじの味だ。食べやすいからいいとはいえちょっと物足りない味。どうして宇宙に飛び出た連中は味に無頓着なんだよ。栄養豊富だから食べやすいのはいいことだが、うん。
より野菜らしさを求めるために俺は透明なコップに入れられた黄色がかった白い液体を口元に運んだ。臭いはどこか人参臭。味のほうは……生姜を思い起こす辛味。後はレタスっぽい味だ。これなら生姜でいいよな……。
マンドレイク汁をもう一口。ポータル港に輸入されているマンドレイクは割りと発展した世界で水耕栽培されていて、引き抜く時は増水して叫び声が聞こえないようにするらしい。水っぽいとは聞いていたが、ほとんど混ぜ物無しでこんなジュースっぽくなっているのかな。
そして俺はハンバーグとクロレラでご飯を食べて器を空っぽにし、キノコを食べきってマンドレイク汁を流しこんだ。やっぱクロレラ美味しい。
「ごちそうさまでした。」
割りと満足、後はトレーの上に乗っているベルを押した。チーン、と少々抜けた音がした後に空間がひび割れ、歪み、空間が開いた。
「ご利用ありがとうございましたー。」
開いた空間の底面から腕が伸び、トレーを回収していった。相変わらず奇妙な光景だ。
「後は食後の茶か。」
キッチンの上の戸棚からインスタントのスミレ茶を取り出し、粉末状のそれをマグカップに入れてお湯を注ぎ、マドラーでかき混ぜた。オフィスの人工窓から見えるのは夜景だ。ドラゴンが火を吹いてどこかの町を襲っている光景……。苦笑いしながらスミレ茶を一口飲み、人工窓の光景をリモコンで別の物に変えた。
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