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第十七話 ゾンビアポカリプスでMRE

よろしくお願いします。


 荒れ果てた芝生の上を俺は走っていた。三ヶ月前は子供が遊んでいたであろう自然公園。その脇には何かしらの現代アート的な彫刻が立ち並んでいた。ここは博物館近くの公園で、俺はその博物館にこっそり忍び込んでもう必要無くなったであろう遺物をいただこうと思ったのだが、バチが当たったらしい。


「こっちに来るんじゃねえミイラ野郎!!」


 生まれて初めて立ったような幼児みたいな歩き方のくせに俺の走りについてきている。主に走り方がキモい。ゾンビアポカリプスになった世界だと聞いてはいたが、ミイラまで復活して襲ってくるってどういうことだよ!


「アキャキャキャキャ!」


 俺の目の前でそう奇声をあげたのは肉がまったくついていない二足歩行の骨、スケルトン。これだから魔法がある世界は嫌なんだ。



 第十七話 MRE(Meal Ready to Eatらしき何か)



 魔力が電気の代替品となり、錬金術が化学に成り代わることなく魔導学が発達した世界。そんな世界となればやっぱり学ぶ奴が現れるのは死霊術。通常は危険な労働向けの道具として終身刑以上の死体に魔法がかけられるものだが、どっかの馬鹿が軍用に開発した広範囲の死霊術の術式が範囲と威力をいろいろと間違えたらしい。


「だからこっち来るなって言ってるだろ!」


 俺は念のために持ってきた対魔導拳銃を腰のホルスターから取り出すとミイラに向けて1回トリガーを引いた。カプセルトイにしか見えない銃型の玩具からPis!Pis!Pis!と小さな電撃音と共に青白い電撃が扇状に水平に広がり、ミイラに着弾した。


 ミイラに変化は見られず、よちよち走りで俺に迫っている。魔法は世界によって組成が異なるから効かなかったのか、はたまた3割引きだったの良くなかったのか。


「よしわかったお前ら、生きてる人間のほうがいかに足が速いか教えてやるよ!」


 これが効かないんじゃどうしようもない。幸いスケルトンとミイラはそこまで足が速くないので俺は走って逃げ出した。公園から車が放棄された道路へと風景は移り、周囲は割れたガラスまみれだ。


 四車線の道路には車、歩道には割れたガラスにぐちゃぐちゃのチラシ類。走るなら歩道だな。そう思いながら歩道を走り、移動自由の交差点を歩いていると左手に妙な形で止まったトラック、いやバンだ。真っ黒に染まったバンが道を遮るように止まっていた。


「UYPD……ユニジュラポリスか。特殊部隊が対応したんだな。」


 魔法がある世界ではあるが、俺の世界と同じように内燃機関を発見し精製して進化していった。ユニジュラ市はここら一帯では一番大きな都市だ。それだけにユニジュラ博物館も良い物があると思ったんだが、ミイラで防御されてるのは想定外だった。


「あそこに銃とか無いかな。」


 ここで銃が見つかればいちいちオフィスに戻って銃を取ってくるよりは速いし、経費も浮く。ミイラに効くかはともかく俺は早足でその車のバリケードへと近寄っていった。


 バリケードは十字の交差点の中心で作られており、車の内側には大量の乾いた血痕といくつかの銃に迷彩柄の切れっ端、軍隊が居たのかはわからないが中央部には木箱がいくつか置かれており、箱からは銃っぽい何かが銃口を覗かせていた。


 よし、銃だ。弾薬の箱は一部を除いて血に濡れておらず、使えそうだ。そして一部にはヘルメットに、食べ物。Mealって書かれたビニールに包まれているのは絶対食べ物だ。軍用糧食って奴だろう。


 今日はまだ朝飯しか食べていないし、これからミイラをぶっ飛ばさなきゃならないんだ。体力をつけるにはきっとちょうどいいだろう。そう思って硬いビニールパックを切り取り線にそって引きちぎったら中身がボロボロとこぼれ落ちてきた。



・スロッピージョー -拾った-

 いくつかの野菜と共にトマトソースで煮込んだ牛ひき肉をパンに挟んで食べる物。量は多いが味はお察し。牛ひき肉とパンは別々に包装されており、暖めた物を自分で挟む。


・エッグチーズ -拾った-

 卵そぼろのようにバリッバリに炒めた卵にチーズを混ぜた物。栄養だけは豊富。


・クラッカー -拾った-

 後述のピーナッツバターにつけて食べる。牛乳成分配合らしくそれっぽい匂いはする。


・ピーナッツバター -拾った-

 お弁当用ケチャップのような形の軍用らしく頑丈なビニールパックに入っているピーナッツバター。もさもさしているがたまに食べる分には割りといける。


・豆のスープ -拾った-

 付属の加熱剤で温めるレトルトの豆スープ。トマト味で悪くはない。


・アップルサイダー -拾った-

 駄菓子のような粉末型のアップルサイダー。これが入っていたビニールパックに水を入れてアップルサイダーにする。


・ハードキャンディ -拾った-

 6種類6粒の市販されている飴。飴はカロリー補給に最適とされており俺も板チョコと一緒に缶入りの奴を持ち歩いている。



「こりゃ、準備が大変だ……。えーと……まずはじめに、よく噛んで食べよう……。」


 そんなこと知ってる。ビニールパックの中身は食べ物が詰まった小分けのビニールパック。他に浄水剤、加水式加熱剤、プラスチック製のスプーンにマッチ、ウェットティッシュにホットソースと塩コショウ、そして角砂糖がまとまって入った袋が1つ。


「マッチはあっても固形燃料とかそういうのはついてないのか……。」


 調理方法は簡単。加水式加熱剤。つまり温かいお弁当とかで使うアレなわけだ。生石灰と水だっけ?こいつを元のビニールパックに入れ、他の加熱が必要な食品のパックも入れ、なんか適当な水をちょびっと入れると発熱するらしい。


 水か、一番大きなビニールパックに説明がついているのだが、泥水でも小便でも良いらしい。


「……おっと、木箱に水のボトルがあったか。6本はあるしこれでいいな。」


 スロッピージョー、エッグチーズ、豆のスープにパンとの4種類のレトルトパックを袋に入れ、加熱剤を入れた後、ビニールパックの端っこを持って軽く振って位置を整えてビニールパックに水を投入した。

 

「半分ぐらいで十分なんだよな……。」


 シューシューと蒸気のような音がし始め、ビニールパックが熱くなってきたので木箱に立てかけて置いておく。加熱時間の目安は10分ほど。


「先にクラッカーとピーナッツバターを食っておくか、いただきます。」


 クラッカーのパックを開けるとすでに中にあったクラッカーは割れていた。こればかりはしょうがないないか。とりあえず何もつけずに破片を一口。


「クラッカーな味だな。」


 小麦の味と塩の味しかしない。こんなものを食べ続けていてもしょうがない。ピーナッツバターの袋を開き、匂いを嗅いでみる。ピーナッツの香りしかしない。


 割れたクラッカーの上にピーナッツバターを少し載せて食べてみる。うーん、もさもさしてる……。別のクラッカーにピーナッツバターを載せてまた放り込む。もさもさしてる……。


「アップルサイダーを作ろう。」


 俺はだれともなしにそう呟くとアップルサイダーの袋を開け、固定すると粉袋へ水をぶっかけた。水を入れた直後は粉が水に浮いていたが、すぐにシュワシュワと炭酸が作られる音がし始め粉は水に沈んでいった。水を入れる量はおよそ300mlほど。そうして出来上がったのは赤くて安っぽいりんごの香りを振りまくジュースだ。


 もさもさしている口をなんとかするべく俺は一口飲んだ。あー、甘い。なんていうか想定通りのアップルサイダーだな。少なくとも、コーラを飲むよりも飯には合わない。


「今のクラッカーとピーナッツバターにならまだマシか。」


 もさもさ、ぱりぱり、あまい。カロリー補給って作業はこんな感じなんだろうな。もさもさと食べながら手元の時計で時間を確認するとそろそろ大丈夫な時間である。俺は熱湯でやけどしないように気をつけながら食べ物の袋達を取り出した。


 まずはエッグチーズを食べてみようか。袋を振って中身を偏らせた後切り取り線に沿って袋を破いた。中からは蒸気が香ってくる。胡椒とチーズの風味、遅れて卵。なんだか嫌な予感に苦笑いをしながらMREに付属していたスプーンで中身を掬ってみる。


 見た目は最悪の一言。卵そぼろにオレンジ色の斑点がつき、黒い粒がたっぷりだ。味のほうは……割りと悪くない。チーズの味は皆無だが胡椒玉子という点で見れば合格点である。以外とイケるな。保存期間にもよるがこれだけ持って帰って夜食か酒の肴に出来そうだ。


 水で胡椒の辛味を流しこむと次は豆のスープ。袋を破くと中からはトマトソース臭。スプーンですくった物は豆らしき何かに小指の先ほどのパスタらしき何か。それがトマトソースで汚らしくデコレートされている。


 味のほうは……ポークビーンズだこれ。ポークも玉ねぎも入っていないがそんな感じである。豆は煮詰まっており柔らかく舌先だけで潰すことが出来、パスタは茹で過ぎているが悪くは無い。


「美味しいとはいえないかな。」


 毎日食べるってわけじゃないだろうが、軍人はこんなものを食べるのか。カップラーメンのほうが美味いぞ。


 そんなことを思いながら俺は本日の期待できなさそうなメイン、スロッピージョーの袋に手をかけた。スロッピージョーは先程のエッグチーズと同じく手のひらよりちょいと小さい程度。ハンバーガー1個分ぐらいにはなるだろうかな。そうして袋を破くと。


「またトマトか……。」


 肉が入っているのだから文句は言えない、パンの袋を開けるとホカホカにしんにゃりとしたハンバーガーに使うバンズのようなパンが現れた。まぁ、こんなもんだよなと苦笑いしながらパンの下半分を取り出しその上にスロッピージョーをペタペタと塗りたくっていく。

 

 パンの全体に塗りたくってもやはりスロッピージョーは半分以上余っていた。こんなクドそう、いやクドいものを単体で食べるのはちょっとな、豆だけで十分だ。そう思いながら残った牛ひき肉も全てこんもりと山になるようにパンの上にのせた。そしてパンの上半分をポトンと載せて出来上がったハンバーガーを一口。


 見た目に反してパンは以外と悪くない。スロッピージョーのほうも肉々しく割りと食べがいはあるほうだ。


 そんなことを思いながら俺は二口、三口と食べ進め、残ったパンを全部口の中に放り込むと水で流し込んだ。なんていうか、あんまり味わって食べると食欲を失いそうなクドさだった。


 そうして残ったのはエッグチーズと豆スープ。玉子は美味いんだよ、割りと。胡椒がピリピリっと効いてて結構食欲が湧くのだが……あぁ、そういうことか。


 俺は小さな調味料用のビニールパックに入れられたホットソース──タバスコ──を破くとその少ない赤色の液体を全部豆スープに突っ込み、スプーンでゴリゴリとかき混ぜた。

 

 そうして、ガツガツと食べるのだ。くどさに辛味が加わり、さっきよりは大分刺激的である。美味いわけじゃない。


「ふぅ。」


 そうしてその辛味のままエッグチーズも食べきり、水で流し込んだ。まぁ、悪くない。


「じゃ、おやつと行きますか。甘い物完備しすぎだろ。」


 微炭酸のアップルサイダーを飲み、目をつけたのは紙で包装された角砂糖。何故かはわからないが角砂糖って心を惹かれるものがある。口の中に放り込んで舌で夢を溶かすとやっぱりただの砂糖の塊だった。


 もう一度アップルサイダーを飲んで、次は緑色のキャンディ。口の中に入れてカラコロと転がすと非常にジューシーなメロンが現れた。


「今日のMREで一番美味しいぞ。」


 笑うしか無いな。これだけ1世代ぐらい上の技術で作られているんじゃないだろうか。甘いものだけは持って帰るとしようか。


「アガー……。」


 カラコロ音をさせながらそんなことをぼんやり考えていると奇妙なうめき声が聞こえてきた。そちらの方向を振り向くと腐肉が歩いてきている。今度はゾンビか、やっと出会えたな。


 俺は木箱からアサルトライフルを手に取ると安全装置を外し、その辺に落ちていたライフルからマガジンを抜き取って手持ちの物に取り付け、ボルトを引いた。多分これで問題ないはずだ。


 俺はゾンビにアイアンサイトで狙いをつけると引き金を引く。BLAM!と小気味良い破裂音が周囲に響き渡り、ゾンビは倒れない。ていうか当たってない。BLAM!BLAM!BLAM!


 何度撃ってもゾンビに当たらない。弾切れになるまで10発は撃ったはずだが当たっていない。俺は頭をコリコリと掻くと銃をバットのように持ち替え、ゾンビに歩いて近づきフルスイングで打ち抜いた。


 SMASH!と小気味良い音がし、ゾンビの頭と胴体が泣き別れ、ついでにアサルトライフルも気持ち凹んでもうただの鉄パイプである。頭が離れた胴体は数回ほど跳ねたがすぐにおとなしくなったようだ。


「……銃の使い方をいい加減覚えるかな。」


 懐からPDAを取り出し、ポータルゲートを開く用意。一旦オフィスに戻ってショットガンと魔法スクロールを取ってきたほうが良さそうだ。

閲覧していただきありがとうございました。

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