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第十四話 ポータル港できつねうどん

よろしくお願いします。


「うおー!!ちっくしょおー!死んでやるぅー!」


 男が1人、俺の目の前でダイナマイトらしき赤い円柱をいくつも腹に巻き、やけくそに叫んでいる。普通なら俺は大きく叫んで逃げ出すべきなのだろうが、幸いなことにここはポータル港。そういう刺激というか、破壊的な力は制御されるんだ。


「あれっ、火が!火がつかねぇ!?」


 その男に視線をやることも無く俺は立ち去ることを決めた。だってここはポータル港。非合法な手段を異世界で取ることも出来るってのに何が楽しくて自爆しなきゃならんのだ。マシンガン持ち込んで自分は神だ!なんてやる馬鹿も居る場所だぞ。


 大方、ポータルクレジットで出来る先物取引か異世界為替証拠金取引──どっちにしろForeign eXchangeなのでFXに変わりはない──で失敗したクチだろう。背中に女声の静止の声と電撃音を聞きながら俺は無機質な通路を歩いて行く。あんな奴に関わってる暇なんて1秒たりとて惜しい。


 だってお腹減ったから屋台でご飯食べるんだもの。今朝起きてからもうずっとご飯食べてないし!



 第十四話 きつねうどん



 ポータル港はとにかく広い。専用のイントラネットも完備で、ネットカフェはもちろん。そういう機械に一切触ったことの無い異世界人向けの講習も無料で毎日開催されている。俺も初めてここに来た時はゴブリンがパソコンの使い方を習っている光景に吹き出す所だったな。


 そんなことを思いながら専用の講習会場のエリアを抜け、屋台エリアへとたどり着いた。大きな広い会場で、壁にはいくつかのアーチとその上には区別するための番号。目的地は最終番号のエリア。


 通路を歩いて行き最終エリアの34のアーチをくぐった。ショッピングエリアにあるようなフードコートが目の前に広がり、屋台が並んでいるが、数はまだ1つしか無いらしい。33のほうが良かったかな


「いらっしゃーい!猫がやってるうどん屋だよー!肉球でこねたうどんだよー!トッピングは油揚げ、海苔、天かす、わかめにネギ、その他ぜーんぶエルフも大丈夫なベジタリアン思考だよ!にゃー。」


 とってつけたような鳴き声はともかく、アーチに展開されていた防臭フィールドのせいで香ってこなかった出汁のいい匂いがこちらの胃袋へダイレクトアタックを仕掛けてくる。もううどんでいいか。


 すでに屋台には長い耳の人が1人……なんか妙に浅黒い、エルフらしき人がうどんを食べておえるところだったようだ。


「ごちそうさま、本当に久しぶりに野菜を食べることが出来たよ。遺伝子というか、やっぱエルフの本能なのかな。野菜が食べたくてしょうがないんだ。」

「デザートエルフは大変だにゃー、また来てにゃー。」


 ミニマジックスクロールを売りにきた人かな、たまに現地の人がポータルまでやってきて売りにくることも珍しくはない。彼とすれ違い、俺は屋台の席に座った。小さな屋台だ、席は5つ備え付けられた木製の引っ張って動かす屋台で、屋台のオーナーの猫人の前では大鍋がグツグツ煮立っている。

 

「いらっしゃいにゃー。トッピングはいっぱいあるから好きなのを選んでくれにゃー、かけでもいいよ!」

「とりあえず……。」


 屋台の上から吊り下がっているトッピングを眺めたが、これが多い。海苔、刻み海苔、海苔の佃煮、油揚げに厚揚げ、天かす、れんこんの天ぷら、かぼちゃの天ぷら、ごぼうの天ぷら、わかめ、昆布巻き、餅巾着、焼き餅、焼き草餅、焼きヒエの餅、ちくわぶ。定番どころだが確かに肉や卵の類が存在しない。


 さらにスミトールまである。スミトールは生きていて、知性が虫並の四足植物なんだがベジタリアンはOKなのかな……他には見たことが無い名前ばかりだ。


「とりあえず?」

「トッピングに迷ったからとりあえず猫巻きを1つ。」



・猫巻き -1クレジット-

 猫野菜を酢飯と海苔で巻いた巻き寿司。猫野菜とはスミャルト大陸南東にあるフォレスター帝国という猫人が支配している地域で栽培されている細ネギのような葉野菜。見た目はネギだが風味はレタスに近い。フォレスター帝国の猫人はこれを食べてグルーミングの際に飲み込んだ毛を吐き出すのに使う。


「はいどーぞ。」

「どーも、いただきます。」


 緑色の束ねられたカルアタエ──カルが猫、アタエが野菜を意味する現地の言葉──が巻かれた寿司だ。かんぴょうやかっぱより結構イケるんだ。


 シャキリ、と小気味良い咀嚼音。ようはレタス巻きなんだが、人間にもこれは良い味なんだ。さて、食べながらトッピングを決めるか……。


・油揚げ煮キャベツわかめ焼き草餅うどん -3クレジット-

 煮キャベツは余計だったかな……。油揚げとわかめはともかく、草餅というのがなかなか食べられる機会が無いためつい注文した。4クレジットかと思いきやトッピングは小数点以下の計算もするため3クレジットに納まったらしい。



 ホカホカに香る昆布出汁の香り、俺は蒸気をすぅっと吸い込むとまずは一満足。まずはうどんを一啜り。


「ずずずっ。」


 コシがしっかりしてて良いうどんだ。肉球が良いのかな?今度自分でうどんを作る時は猫の手も借りるべきか。


 次は草餅。でろーんと伸びるまだらな緑色。もにゅりと香ばしい香り。そもそも草餅って焼くものだったか?こんぶ出汁の汁をすすり、口の中でミニ雑煮だ。うん、美味しい。これが日本ならヨモギだろうが、何か似た草なんだろうな。


 うどーんすすーる。


「ずずっ。」


 キャベツの煮込み。箸で持ち上げると不透明だ。きっと芯のある煮込み方なんだろう。箸で持ち上げると手のひらほどのキャベツがビローンと伸びたが、そのまま口の中へ。キャベツの甘い味。春キャベツだ。一体どこの春から収穫したのやら、嬉しいけどね。


「ずーずっ。」


 わかめ、多分乾燥なんだろうな。もしゃりもしゃりと食べるわかめ。わかめなのにこんぶ味


「ずっずっ。」


 うどんが美味い。そして肉の代わりの油揚げだ。もっぎゅ、もっぎゅと出汁がたっぷり染みこんだ油揚げを食べていく。油揚げってマズくする方法が無いよな。


「ずー……ずるっ。」


 ここにビロンと溶け始めた草餅を口の中に放り込み、これで餅巾着だ。うん、鼻から草の香りと油揚げの香りが突き抜けていった。満足感があるね。


 キャベツで餅を包み、楽しく食べながら最後のうどんをすすり、後は薄味の汁をゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に飲み干した。


「ぷはっ、ごちそうさま。」

「お粗末さまでした。っと、にゃー。」


 苦笑い、屋台を経営するとなると猫人もキャラ作りで大変だな。席から立ち上がると俺はエリア34を出て、エリア33へと足を進めた。


「34の屋台が1つってことは、33は満タンなんだよな。」


 33エリアのアーチをくぐると客引きの声が聞こえてくる。その中でも一際気になったのは……。


「ジャヌサはいかがですかー!リーンシェイマの特産物であるジャヌサはいかがー?ミントクリームを挟んだビスケットもあるわよー。」


 嘘だろおい、ミントのように透き通る緑の髪の毛に太陽のような明るい笑顔。172歳児のニカール・バニビ・カンターサナ、リーンシェイマエルフの族長の娘がなぜポータル港に居るんだ。


「あっ!ゲン・タロ!あなたはやっぱりここの人だったのねー。」

「ニカール!どうしてこんなところに!?」

「たまたま行商に来たデザートエルフっていうンガラ族のエルフのポータルに一緒に入っちゃったのよ。ここは良いところね、シェイマが無いのに明るいわ。」


 こういう、現地民がポータルに来る事故は珍しくない。友好的だと俺達の仲間に引きこまれ、敵対的だとそのまま細切れだ。いや、しかし、顧客が異世界のことを知るのは何回かあったとはいえ、なぁ。うわー、リーンシェイマが来ちゃったかー。今の俺を鏡で見たらきっと笑顔が張り付いていることだろう。


「いやぁ、まさかここに来るとは。」

「気にしないでいいのよ、ゲン・タロ。商売なんて騙し騙されが当たり前ですもの。私だって交易の時に言葉がわからない振りして何度かやったわ。」


 でもね、と屈託の無い笑顔で彼女は付け加える。


「いくらなんでも、ただの電球をあの値段は無いと思うわ。ふふ、手札が1枚増えた気分ね!だってあなたはまだソーラーパネルは卸して無いんですもの。」

「わかった、わかったよニカール。君の勝ちだ。彼らには黙ってて欲しい。」

「もちろん黙ってるわ、そのほうがあの人達は幸せですもの。だからね。」


 ずいっと差し出されたのは薄緑色の丸い物体。


「ミントアイスクリームの試食をしてちょうだい!」

「ちょっと待て、ニカール。乳製品はリーンシェイマはダメなんじゃなかったか?」

「デザートエルフに誘われちゃって、ケバブ食べちゃったのよね。あれがすっごい美味しくて。あ、そういうわけで電話番号教えて頂戴。あなたならいろんな物を食べてるんだから、ここのスタンダードもわかるわけだし、いっぱい味見してもらうわよ!」

「一気にまくし立てられると頭がくらくらしてくるよ。」

「そうね、とりあえず連絡先とこのミントアイスを召し上がれ?」


・ミントアイスクリーム

 チョコミントでは無く、ミントと牛乳オンリーのミントアイスクリーム。俺も日本人であるように彼女はどうあってもリーンシェイマなんだな。


 プラスチック製のカップに入ったアイスにプラスチックのスプーン。ファンタジー世界のエルフだってのにどうしてこうなったんだろうか。


 とりあえず一口。


「……ニカール、まずはリーンシェイマ式を全て忘れたほうが良いよ。ミントの香りがキツすぎる。」

「やっぱり?私も最近そう思ってたのよね。」

閲覧頂きありがとうございました。

なお、次回の投下は以下のURL先のR-18G版になります。

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