第十三話 未来でジャンボエビフライのランチ
よろしくお願いします。
「現在ソネア砂漠ではおよそ半分が緑化に成功しましたが、環境保護団体がこれは環境破壊だと訴え……。」
「モネド海上に60はあると言われるメガフロートのうち1つが海賊によって撃沈され……」
コンビニの雑誌を立ち読みしていると、そんなニュースがちょいちょい流れてきた。3346年現在、世界はあいも変わらず平和らしい。
「コンビニで飯を買うのもな……。」
俺はそう思いながら30分ほど立ち読みで粘ったあげく、107セネバの粒ガムだけ買って外へ出た。
第十三話 ジャンボエビフライ
「自立党!自立党のKE917-67号でございます!皆さんどうかよろしくおねがいします!」
この世界の選挙が近いのだろう、太陽が真上にある中汗1つかくことのない4足歩行の人型ロボット──脚が4つ有る以外は人間と同じ形をしている──が街宣用トラックの上から自前のマイクを大音量にして宣伝している。
「バッキャロー!ロボットなんぞに投票してたまるか!」
1人の野次馬が懐から取り出したのは、卵。きっと生卵なのだろうな、と思っているうちに彼はロボットの議員に向けて放り投げた。だが、ケーなんとかなんとか号は自らに投げられた卵を金属むき出しの右手で器用にキャッチし、人間と同じようについている頭部へとそれを運び口らしき開口部へと放り込んだ。
「うん、新鮮で美味しい良い生卵ですね!差し入れありがとうございます!頑張ります!」
そうロボットに声を返された男はバツが悪そうな顔をしながら路地裏へと消えていった。ケーなんとかなんとか号は目の部分に当たるライトを黄色と青に点滅させながら、まるで人間のように肩をすくめ演説に戻る。金属部品丸出しでケーブルも見えているというのに、人間臭い。
この世界は、ロボット技術が発展しすぎた世界。ロボットが有機物を食べる世界なのだ。始まりは今から800年以上前、とあるメイドロボットはふと、自分も人間のように充電を尻のコンセントではなく口から出来ないものかと考えたのがきっかけである。
そのメイドロボの持ち主は技術のあるロボットオタクで、面白そうだからと改造して発声装置から充電出来るようにしてしまった。そして肝心の充電時にスパークが起きたが、そのメイドロボがバグって自我が芽生えたというのだ。
「今じゃロボット人工……じゃなかった人口が120億台だもんな。」
自我が芽生えたロボットは人間と同じように食事をしようとするようになったという。奇妙なモノで、何かを食べれば食べるほど賢くなっていき、気がついた時にはそのプログラムは量産され、ロボットは有機物を食べられるように自分を加工していたという。今では何を食べても体内炉で燃やされ、排泄物として灰が排出されるとか。
人間も美味しいご飯を食うためにいろいろと進化・工夫していったものだが、人工物までそうやって飯を食べるために進化するのって面白いよな。そう思いながら信号待ちをしていると、隣のサラリーマン風の男たちの会話が漏れ聞こえてくる。
「人間より、ロボットのほうが優れてるんじゃないかなって俺はたまに思うんだよ。」
「先輩、そろそろ人間辞めたらどうです?」
「だってよ、あいつら砂漠化は食い止めるし、メガフロートの上で畑作ってるんだぜ?環境破壊だっていう奴も居るけどよぉ。人間が出来なかったこと全部やっちゃってるじゃん。そりゃそう思うよ。」
「増えすぎたロボットを養うためじゃないですか。あんまりやってることは人間と変わらないですよ。」
人口爆発はこの世界でも問題で、ロボットになるともっと問題で。紛争地帯辺りだと人とロボによる食料の奪い合いが頻発するらしい。別にロボットは有機物をとらなくても活動出来るはずなのだが、そうやって刺激を毎日取らないとプログラムが劣化していくという迷信が信じられているとか。ロボットの利点をかなぐり捨てているように思える。
それにしても、ハラ減ったなぁ。街頭モニターじゃロボットコックが奇抜なアイディアを披露し、目の前を歩くロボット達はそれぞれアイスや菓子、何かしらの片手で食べることが出来る物を手に食べ歩きしているんだ。人間もちゃんと80億人いるって話なんだけど、今歩いているスクランブル交差点はロボットが6、人間が4って感じである。
「俺も昼飯を食うか。」
俺はたまたま目についた、チェーン店らしきアークフードというレストランへと歩いて行った。
「イラシャイマセー、お一人様デスネー、コチラドゾー。」
案内する店員は発声装置が故障気味でノイズが混じったロボット店員。店内は良くあるチェーン店って感じで、全体的に茶色でどれもこれも型にはまったテーブルと椅子に衝立に申し訳程度の観葉植物。テーブルには大体人が座っており、ずいぶん繁盛しているようだ。
俺はやや奥まった所の小さなテーブルに椅子が2つ備え付けられたセットが10はある場所へと案内された。
「オ客サン、グッドタイミングヨー。ソロソロハジマルカラチョトマテテネー。」
グッドタイミング、とはどういうことだろうか。とりあえずメニューを手に取ってハンバーグのページをすっ飛ばしながら──飽きるよね──適当にフライのセットでも食べようかと思案を始めたところで、店内に奇妙な物が運び込まれた。
巨大なかぼちゃだ。まるでハロウィンに使うような黄色いお化けかぼちゃ。俺が両腕を軽く広げた程度には幅があり、高さも肘から先ぐらいはありそうだ。ワイン樽を横倒しにしたらあれぐらいになるだろうか。
ペラペラとサイドメニューのページを眺めていると、あった。これか。アーク煮込みかぼちゃ。アークって、何だ?
「ご来店の皆様、こんにちは。私は溶接の資格をいくつか所持している溶接用ロボットのAY-2658です。これより、この右腕の電熱裁断機、通称アーク裁断機で煮込みかぼちゃを裁断するショーを披露したいと思います。」
右腕が溶接機になっているロボットはそう言い終えると、シュゴッ!という燃える音を鳴らし火に包まれる裁断機のアピールを始めた。
あー……バーナーで炙る料理はいくつか聞いたことがあるけどそういうのはハジメテダナー。
「じゃあ一気に行きますよー!お客さんは危ないから離れて見てねー!」
Aなんとかロボットの右腕の裁断機、ナタのような何かが赤く発熱を始めた。さっき燃えたのは一体何だったんだろうか。
「一刀両断!」
そういってロボットは巨大かぼちゃに対して水平斬りした。ずぶずぶと焼ける音とかぼちゃの焦げる匂いが店内に充満し始める。
「ハァッ!短冊斬りッ!」
かぼちゃを横にスライスした裁断機を今度は上から何度も何度も斬りつけていく。多分短冊切りではない。
「あとはこれをもう一度スライスして……」
ロボットがさらに増えていき、サイコロキャラメルの箱サイズに切り分けたモノを器に入れては厨房へと運び込んでいっている。
「では、お客様お待ちかね!アークかぼちゃ1皿サービスさせていただきまーす!」
イェー!と歓声を上げたのは学生と思わしきジャージのグループ集団。若いとノリがいいなぁ。そんなことを思っていたら俺の前にも一皿給仕された。ついでに水と氷水入りのポットも置かれた。
「あ、ついでに注文いいですか?ジャンボエビフライのランチセットで。」
「ジャンボエヒフライのランチセット、インプットしました。以上でよろしいですか。」
「はい。」
・アークかぼちゃ -サービス品-
切断面が真っ黒になっているかぼちゃの煮込み。量は塊が3つ。そういえば母が結構な頻度でかぼちゃを焦がしていたっけ。
じゃ、エビフライが来る前にこいつを片付けちまおうかな。
「いただきます。」
しかし……切断面全てが真っ黒だ。皮が有る部分は黄色が残っているが、ほとんどは全ての面が真っ黒である。サイコロにもルービックキューブにもなれない真っ黒っぷり。いや、サイコロにはなれるか。そんなことを思いながらサイコロキャラメルの箱並の大きさのかぼちゃを箸でつまみ上げた。
「……焦げ臭いな。」
やっぱり戻す。一本の箸でかぼちゃを固定しもう一本でナイフのように焦げた面をそぎ落とした。どうやら煮こまれていたのは本当らしく、箸に軽く力を込めるだけで焦げた部分は落ちていく。カットを5回ほど繰り返し、現れたのは黄金色に輝く宝石さん。
「以外といい感じじゃないか。」
箸でつまみ上げたかぼちゃをふっと一息かけ、口の中に放り込む。おっと?予想外にジューシーで口の中でボロボロと簡単に崩れていく。これは……成形かぼちゃだな。一度煮込んだのをプレス機か何かでぺしゃんこに潰した後、運びやすいように四角に成形して冷凍し、運んでいくというアレだ。出汁が口の中にあふれていくのはまさに成形かぼちゃ特有である。
大方、巨大カボチャ風に形を整えてあったのだろう。味のほうはちょっと香ばしいが、ソレ以外は結構悪くない。かぼちゃっぽい感じがして前菜としてはナイスだ。しかし、食べるために毎回焦げを排除させられるのだけはいただけない……。
「ジャンボエビフライランチセットオマチドー、ゴユックリー。」
・ジャンボエビフライ2本 -ランチセットで2000セネバ-
思わず割り箸で大きさを確認したくなるほどジャンボなエビフライ。割り箸よりも長く、手持ちの巻き尺で測ってみると30cm以上。マジかよ。タルタルソースとごま入りの小皿サイズのすり鉢がついてきた。ミニすりこぎもあるんだが……え?ゴマをするの?揚げ物ということで後ろに千切りキャベツが盛られているのだがキャベツよりエビのほうが大きい。なんだこのエビフライ。太さは普通よりちょっと大きいかってぐらいである。
・お味噌汁 -ランチセットで2000セネバ-
ちょっと小さなお椀に刻んだ油揚げと刻んだ白ネギが入っている。定番isベスト。
・ご飯 -ランチセットで2000セネバ-
やや大きめのお茶碗に盛られたご飯。お代わりは有料だが量は普通の店と比べれば結構多い、はず。
・各種野菜の漬け物 -ランチセットで2000セネバ-
白菜、ニンジン、茄子、きゅうりがちょこんと盛られている。
「このゴマはどうするんですか?」
「スリバチデスッテ、ソノ中ニソースヲ混ゼ込ンデ美味シク頂クノヨー。」
「なるほど、どうも。」
ジャンボとはあった。いつも通りただの写真で※実物とは異なります、だと思っていたのだが。本当にデカイ。思わず鞄から巻き尺を取り出し、エビの大きさを測ってみる……わぁ30cm超えた。もういいや。これがこの世界でよくあるクローンエビだろうがバイオエビだろうがどうだって良い。食おう。
せっかく二本あるので、一本はタルタルで、もう一本は胡麻ソースで行ってみようか。俺はまず箸でエビを掴み……掴み……でかすぎて掴みにくい!こんな苦情を言える日が来るとは誰が思っただろうか!こんな嬉しい問題初めてだよ!
俺は諦めて付属の木製スプーンでタルタルソースをべちゃりとジャンボエビフライにこすりつけ童心に戻ってエビフライにかぶりついた。
味はエビだ。ただの良いエビフライだ。人差し指と親指で作る輪っかより一回り小さいが口の中いっぱいに頬張れるエビフライだ。プリプリとしていて、エビ独特の風味をタルタルソースの酸味が重なり、美味い。
となればやっぱり、ご飯に合う。エビを飲み込み、米を一口頬張り、味噌汁をすする。白ネギの風味がいい感じ。
「思いっきり頬張ってやったのにまだこんなに残ってやがる……。」
5cmは食べたんじゃないだろうか。普通のエビフライならこの時点で尻尾程度しか残らないはずだが、このエビフライはまだまだ余裕といった表情だ。隣にあるもう一本の巨大エビフライが無ければやせ我慢とすら思えないほど余裕に見える。ちゃんと減ってるよこのエビフライ!
もう一度スプーンでタルタルソースをつけ、エビフライを一口。もしゃりもしゃりと食べごたえのある食感。そして飲み込み、ご飯、味噌汁。
もう15cmほどに減ったエビフライを箸で掴み、直接タルタルソースの皿へと投入する。やっとここまで弱らせてやったという達成感すらある。味わい、かぶりつく。かぶりつけるんだよ、エビフライにそんな表現を使う機会があるとは思わなかった。
ジャンボエビフライを一本完食した俺は少々の満腹感を感じていた。お漬物で少しリセットをして味噌汁をすすり、ちょびっと残ったタルタルソースをキャベツの山に載せると、俺は大口を開けてキャベツを貪った。
「これだけ満足感たっぷりだってのに、もう一本あるんだもんなぁ。」
俺はすり鉢を手にとった。小さなすりこぎも握り、すりこぎの底にあるゴマをすりつぶす。乾燥したゴマのプチプチとした音が小気味良い。20回程度は回したが、大体粉微塵になった。こんなもんだろう。一緒に運ばれてきたソース入れからソースを注ぐ。
見た目は黒々としたソースに白っぽい粉々のゴマが浮かぶ微妙なものだ。そこにこのジャンボエビフライを……ジャンボエビフライを……よっと。何回か扱ったおかげで30cmのジャンボエビフライをソースに直接つけることが出来た。
そしてごま入りソースエビフライをひとかじり。
「おほっ、香ばしい。」
揚げてあるから元々香ばしいが、ここにゴマとソースの香りが加わることによりさらに香ばしくなった。これは……タルタルよりゴマのほうが美味しいかもしれない。
エビを飲み込み、茶碗から半分以上は減ったご飯をさらに頬張り、味噌汁、漬け物と順番に食べていく。そしてエビをもうひとかじりして、プリプリアツアツのエビをばっちり咀嚼していく。
「しかし、量が多いな。」
二種類のソースがあるおかげで飽きは来ないが、そろそろ満腹になりそうだ。エビを飲み込むとしょっぱい漬け物を口に入れてポリポリと食べる。うん、食欲自体は落ちてない。
「おっと……エビより先にご飯が尽きてしまった。だがお代わりっていうにはな。」
残ったエビは後一口分。こればっかりはもうしょうがないな。味噌汁も漬け物も食べきったので、ラストエビを食べた後は胡麻ソースをかけたキャベツで〆よう。もしゃり、もしゃりとゴマっぽいキャベツを食べきった。
そして思いっきりたっぷりエビをかじり終えた後に残った2つの尻尾。ジャリジャリしててあまり好きじゃないのでこちらはお残しだ。
「あー……、食い過ぎた。ごちそうさま。」
ただの定食でここまで腹がふくれるのも珍しいな。その分値段も高かったが、ジャンボエビフライなんて文言に惹かれない男の子は存在しないだろ。
普段の昼飯代より二倍近い金を払い店から出た俺は懐からPDAを取り出し時間を確認する。ちょうどいい具合だろう。目的地は時計屋、普段使っている時計が壊れてしまったので修理に出していたのだ。
「あぁ、源太郎さん。お預かりしていた時計は直りましたよ。」
「どうも。」
「しかしこの懐中時計、変わってますねぇ。今時ネジを巻く機械式でダイバーズウォッチのように頑丈で耐水性があって、冷凍庫に突っ込んでもちゃんと作動する。風防蓋には木を模した見事な意匠まである。一体なんだってこんな頑丈な懐中時計をご利用に?良い腕時計もちゃんとしているようですが。」
「話しのタネにね。珍しいでしょう。」
やっぱこの前の極低温の世界がダメだったのかな、それとも真空に放り出されたせいか。腕時計ならもうちょっと安くて頑丈なのがあるんだが、ファンタジー世界では懐中時計じゃないとすり合わせが難しいんだ。それに首から下げて蓋さえ開けなきゃ気の利いたタリスマンだって言い張れるしな。
閲覧していただきありがとうございました。