第十ニ話 凍ったポストアポカリプスでサメの刺身定食
よろしくお願いします。
目の前に広がるのは純白の景色。大きく息を吸い込むと鋭さを持った冷気が肺へ送り込まれる。ここはかつて地球と呼ばれた星。もっともそれは訳したら地球という意味で現地の言葉でラヌエという名前がついている。
俺は熊の毛皮で作られたコートを冬用スーツの上から羽織り、顔はゴーグルと狐の毛皮の帽子に防寒マスク、手には兎の毛皮の手袋。腹には使い捨てカイロが張り付けられた綿製の腹巻きに絹のトランクス、そしてよくわからん化学繊維の靴下といつもの革靴という姿でこの極寒の地域を移動している。
乗り物はソリ、引いている動物はトナカイ。後ろに乗せている商品は各種様々な小物を運んでいる。
第十二話 -サメの刺身定食-
「残り10分で目的地へと到着します。」
「どーも。」
レンタルトナカイとレンタルソリの制御をしている真っ赤な帽子に真っ赤なふわふわとした服を着た女性らしき何かが俺に告げてくる。ゴトン、と人だった物を轢きながら、バコン、と人だった雪柱を破壊していきながら淡々と報告するだけだ。相変わらず彼女?には慈悲とかそういったものとは無縁のようだ。
この星は元々気温マイナス25度が基本の極寒の星だったわけじゃない。ちゃんとした生物が住める星だった。地球温暖化防止のために星中を冷やそうとした結果が殺人寒波の到来である。そのせいで世界の99%以上の人が死に絶えたが、それでもやっぱり人類は生きていた。
それにしても寒い。太陽は分厚い雲で覆われここ20年は引きこもっているとはいえ、あいも変わらず異常な寒さだ。早いとこ、目的地に到達したい。
「これがバナナで釘が打てる寒さって奴かね。」
「バナナと釘と板ならございますがお使いになられますか?」
「……いや、いい。」
無駄なところでサービスを搭載していたレンタルソリは無言で進み、目的地であるアクアパラダイスへとたどり着いた。[歓迎:アクアパラダイス]と描かれた看板は吹雪にされされ続け白く凍りついている。あの看板は、こうなる前のものだと聞いている。
巨大な建造物があったと思わしき場所は完全に崩壊しており、バスケットコートサイズの広さの瓦礫の山が作られている。高さは1階分といったところだろうか。その周囲を囲むように白い長方形の建物が両手で数えられる程度に存在している。サイズ的にはプレハブ小屋程度だが1つだけ一回りほど大きく、天井には装飾が施されたクリスマスツリーらしき物が4本、雑に突き刺さっている。まるでバースデーケーキのように。
「あそこの、手前の白い建物の中に入れてくれ、あそこがソリ置き場のはずだ。」
「かしこまりました。」
トナカイ二頭立てのソリは速度を落とし、ドアが無く入り口が大きく口を開けている白い建物へと入場した。その白い建物の中はがらんどうで、用途は俺みたいな交易商人の乗り物を止めるところだという話だ。
「ここで待っててくれ。」
「かしこまりました。」
俺は荷物を入れた大袋を背負い、クリスマスツリーが名残惜しそうに輝いている建物へと歩みを進めた。そんなに輝いていたって本物のサンタクロースは来ないんだがね。
ツリーが刺さった白い建物の中は俺がソリを置いた場所と同じようにほどんと何も無いが、地下へと続く階段とその上に置かれた木の板。そして、そこから天井へと伸びる黒いケーブルがあった。
ケーブルに荷物が引っかからないように注意しながら戸板を上げ、地下への階段を確認する。段一つ一つは緩く、滑り止めの敷物が敷いてあるが……螺旋階段のようになっており長い。俺は足裏の雪を払い、注意深く下っていった。
最後の階段を降りると、2車線の道路程度には開けた空間に8名の槍や銛などを持った集団が現れた。
「おっとサンタクロースのおでましだ。新顔だな?」
「どうも、これが紹介状だ。入れてもらえるよな?」
「おっとっと、あんたがコータの知り合い?こりゃ失礼サンタクロース。交易所はこっちだ。」
一人の男に促され、俺は大きな袋を肩に背負いながらその2車線道路並の通路を進んでいく。
「どのキャラバンも極寒に耐えて馬力のあるトナカイでソリを引いてくるけど、あんたみたいに品物を袋に入れてサンタっぽいのは初めて見たよ。」
「ちょうどいいものがなくてね。」
「いやいや、馬鹿にしてないよ!様になってるって言いたかったのさ!」
極寒の世界では車だって動かない。この世界に存在する現地の交易商人達は皆トナカイでソリを引かせるため、誰が呼んだかサンタクロースと呼ばれるようになっていた。ちなみに俺が袋で品物を入れてきたのは守山耕太クソ野郎にそう教えられたからだ。嘘だったらしい。
俺が歩いている通路は氷で出来ていた。壁も床も天井も全て氷だ。元は海中水族館だったという話だが、右手の方向、凍りついているのはサメでございます。左手の方向、キラキラ輝いている集団はよくわからない小魚でございますと来ている。ここ、本当に海中なんだな。
「本当に海の中なんだな……。」
「あぁ、あんた地上の集落しか見たことないんだって?ここはちょっと不便だけど良いところだよ。今も地下5階ぐらいまで掘っているんだが、ちょっと掘れば飯が取れるからな。」
「……そこで凍ってる魚のことか?」
「あぁ、解凍すると新鮮で美味いんだ、トナカイよりイケると思うぜ。」
なんでも良いから、暖かい茶が飲みたい気分だよ。3分ほど歩かされた先では天井が2m程度だが、広さだけはバレーボールコート並の場所。全てが氷で覆われている。
「それで、頼んだ物は全部持ってきてくれたんだよな?」
「食器、オイルランプ、それといくつかの装飾品に化粧品、だろ?確認してくれ。」
どれも大したことがない代物である。しかし、極寒のこの世界では下手な世紀末よりも出歩くのは危険だ。敵は大自然で常にまとわりつき、貴重な水や食料は凍りついて使い物にならない。まだ武器を持たず強盗団の前でダンスを踊れと言われるほうが楽なものである。
原価だけ見ればしょっぱいものだが、輸送費だけで値段が跳ね上がるというものだ。もし、俺がこの世界の住人ならそこに人件費と危険手当も載せたいところだろうね。
「……問題ない、以前言っていた言い値で買い取るよ。」
「まいどあり。」
そう言って彼らが取り出したのは銀貨である。この星は銀の産出量が多く、技術レベルが上昇するにつれて銀の価値が下がっていったらしい。しかし、世界が滅びてもなお貨幣の価値は変わらなかったようだ。
「826タラだったな。」
500タラ玉が1枚、100タラ玉が3枚、20タラ玉が1枚に1タラ玉が6枚だ。荷物が軽くなるのは嬉しいね。
「確かに、今後共ご贔屓を。」
「あぁ、こちらこそ。あんたらサンタクロースにはほんと感謝さ。」
「ところで、ここには交易商人向けの食堂はありますかね?腹が減ってしまって。」
「この部屋の隣さ、ぜひ暖まってくれよ!残念なことに酒は置いてないがな!」
「そりゃ残念。」
天然冷凍庫で凍らせた酒を飲んでみたかったやもしれぬ。俺は交易所へやってきた人達とすれ違い挨拶しながらすぐ隣の食堂へと歩いて行った。
食堂は、これまた天然総氷。20人ぐらいはゆったり入るだろう広い空間に、氷の床、氷の壁、氷の天井に氷のテーブルと椅子に氷のカウンターである。なんでも凍らせれば良いってもんじゃないというか、物が足りないから氷で代用しているらしい。溶けないのかね。いや、それは無いか。未だに俺は防寒具を顔につけたままだし、さっき取引した奴もマスクをつけていた。
「いらっしゃい!一人様?カウンター席へどうぞー!」
ウェイトレスも全身フル毛皮にゴーグル装備。ここはそういうところなんだな。暖めれば良いと思うのだが、薪木も足りなければ暖めすぎて部屋が崩れてしまうのだろう。俺は半ば諦めた気分でカウンター席(冷たい)に座りこんだ。
「本日はサメの刺し身定食かサメのスシになってますー、どちらにしますか?」
「……じゃあ、刺し身定食で。」
「どうもー、お飲み物はグリーンティー、ティー、コーヒーに白湯が選べますがどれにします?」
「あー、じゃあグリーンティーで、砂糖とミルク抜きでね。」
「グリーンティー砂糖ミルク抜きまいどー!苦いの好みなんですねー珍しい。」
日本じゃ緑茶に砂糖もミルクも炭酸も入れないんですがそんなこっちゃ知らないんだろうな。以前行った異世界で頼んだグリーンティーは全部入りでひどい目にあったが砂糖ミルク抜きで頼んで正解。
・サメの刺身 -セットで10タラ-
氷のブロックで生きたまま凍りついていたサメを削りとった物。微妙に凍っている。ツマの類は無く、本当に刺し身だけ盛られている。醤油は無い。海の底まで凍りついた殺人寒波ってどれだけ寒かったのだろうか……。よく人間は生きてたな。
・白菜の漬け物 -セットで10タラ-
30年前の殺人寒波で凍った物を解凍した何か。何故か食べることが可能。
・インスタント味噌汁 -セットで10タラ-
お湯は電気ポットで瞬間沸騰させたものを使用。具材はフリーズドライかと思いきや冷凍野菜を回収してきた物を利用しておりゴツゴツとした野菜達が奇妙なダンスを踊っている。なお、保温用の小さな水筒に入れられて給仕された。マジかよ。
・白米 -セットで10タラ-
むき出しの状態で凍っていた氷……もとい米を運んできたらしい。彼らはこれを食べているというが本当に大丈夫なのだろうか。調理は炊飯器を使用しており、器には凍らないように蓋がされている。
・緑茶 -セットで10タラ-
貴重な温かいお茶。保温が可能なタンブラーに入れられているが、できるだけ早く飲まないと凍ってしまう。
「いただきます。」
ポストアポカリプスでは胃に入ることが何より大事。俺は口元のマスクを外すと、まずは緑茶入りのタンブラーに手を付けた。
「あっつ……はは。」
この世界に降り立って30分。心臓まで凍りつくかと思ったよ。口の中へ迎え入れた緑茶の味はまったくわからず喉元を過ぎてもなお熱を放っているのがよく分かる。胃が温かい。
もう一口、今度は凍りついた口を溶かすようにお茶をかき回す。冷えきった歯にこの熱は痛い。ふんす、と吹き出した鼻息で鼻毛まで凍りついていた鼻が解凍されていく。
「じゃ、まずは味噌汁からいきますか。」
小さな水筒の蓋を取ると蒸気が吹き出した。アツアツなのだ。手袋をした手でフォークをつかみ、そして突っこみ、具材を一つ引き上げる。
「……味噌汁に、ブロッコリー?」
ほかほか温野菜、味噌の味。み、ミスマッチすぎやしませんか。水筒に口をつけてずずっと一口、濃厚な味噌汁の味。良いね。
冷めないように水筒に蓋をして、俺はサメの刺し身に目を移した。醤油は無い。近くの調味料置き場にはソルトミルのみ。サメの刺し身に塩をふりかけ、フォークで一切れ突き刺して一口パクリ。
……これは本当に魚の刺し身か?もちもちしているというか……生肉を食べているような食感だ。生肉と違って噛みちぎりやすい。
「へぇ、アンモニア臭があるかと思ったら、無いんだな。白身魚っぽい味だ。」
不思議な食感だがマズくはない。ご飯の椀から蓋を外し、フォークで掬って一口。とても30年前の米とは思えないほど臭みは無い。
俺はソルトミルをもう一度ゴリゴリと動かし、全ての刺し身に塩をふりかけた。1枚食べ、一口米を食べ、水筒から味噌汁を少し飲む。冷えてきたな。少しペースをあげよう
小さくまとまった白菜の漬け物にフォークを突き刺して、口に放り込む。シャリシャリしてる……どうやら少し凍っているようだ。普段なら面白い食感だが氷は見飽きたよ。
また水筒にフォークを突き刺し、今度はコロコロした里芋が出てきた。一口でパクリといける小さな里芋だ。大きな奴を塩ゆでにしてわさび漬けと醤油をつけて食べると最高なのだが。
「……こうやって味噌汁に入っているのも悪くない。」
ねっとりとした里芋の味。田舎の味って気がしてブロッコリーよりは落ち着く。しかし他に味噌汁には何が入っているんだ?……ブロッコリー、ブロッコリー、ブロッコリー、里芋……。
お茶を一口。サメの刺し身はちゃんとした場所で食べてみたかったかもな。塩をふりかけたサメの刺し身を口に運び、もち、もちと食べる。うん、結構好みの味に食感だ。新鮮なサメの刺し身って普通に食べられるんだな。
俺は冷め始めた米の茶碗にブロッコリーの味噌汁をぶっかける。ちょっと下品なようだが、こうでもしないと冷たい味噌汁を飲むはめになっちまうんだ。カツカツカツとお味噌汁ぶっかけご飯を食べきり、残っていたサメの切り身を3つとも口の中へ放り込んだ。
シメってわけじゃないが、残っていた白菜のシャーベッ……漬け物でサメ一色になった口をリセットだ。白菜はしょっぱく、そして少し甘い。
ややぬるくなったお茶のタンブラーを両手で持ち最後の一息。そして吸い込んだ空気は刺すように冷たいんだ。予想外に美味しかったが、サメは煮込みとかそっちでもよかったんじゃないかな……。体が冷えてしまった。
「ごちそうさま。……んっ?」
腰をあげようとしたが、氷の椅子が溶けて、また凍って尻がへばりついてしまっている。毛皮のズボンだから問題は無いか、勢いをつけて立ち上がると、少しビリッと毛が剥がれる音がしたが気にしない。どうせ異世界露店で買った安物だ。熊を絶滅に追い込んだような世界の品だし数だけは大量にある。
「よっ!サンタクロース!うちの飯はどうだった!」
「面白かったよ、生魚が食えるとはね。」
「だろ?他のサンタにも好評なんだ!新鮮な魚は美味いからな!」
防寒用のゴーグルと毛皮の帽子に防寒マスクを身につけた先ほどの男の表情からはそれが冗談なのか本気なのか読み取れない。
「それで……もう帰るのか?有料だがうちにゃ個人サウナルームもあるんだよ、暖まってったらどうだ?」
「サウナか、いいね、体の芯から温まりそうだ。いくらからなんだ?」
「30分1タラ、もう一つのは1時間で50タラさ!」
「30分のほうにしておくよ……。」
買春は何が起こるかわからなくて危険だから避けろって異世界講習じゃ第一回目に教えてもらうんだ。俺は良い子揃ってるよとの声を雑に躱しながらサウナがある方向へと歩いて行った。
閲覧していただきありがとうございました。